お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏

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第4話 王族って誰が?

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気が付くと、俺は最愛の母の子供だった。
性別は男性。全てを理解した時は15歳の春。
本格的に暑くなる手前、初夏の頃。

花々の芽吹きも終え、彩色豊かに咲き誇る花畑。
母が育てた花畑。誰とも知れぬ男の為に造った墓標。
傍らの小さな石碑には「スタプ」と刻まれていた。

俺は自由を手に入れていた。

「憎むべき王妃の石像を探しなさい、スターレン」
母が名付けてくれた名。
希望と言う意味が込められているらしい。

最初言われた時は意味が全く解らなかった。
憎むべき王妃とは何なのか。
首を捻る俺に、母は優しく教えてくれた。
「私から全てを奪った愚か者よ」と。

父は兎に角忙しい人だった。
公務や祭事に担がれ、何時も見るのは家を出る時の後ろ姿ばかりだった。

侯爵家の貴族にも関わらず、父は気さくで優しかった。
母の命日や誕生日を大切にし、後妻は取らないと豪語していた。
他にも俺たち兄弟の誕生日には、豪華な食事と金品をくれた。貴族と言ってもピンキリで、家は裕福とまでは言えなかったのに必ずくれた。
国の徴収が厳しすぎる。上から下まで残らず全てが。
平等と呼べなくもないが、城は大層儲けているだろうよ。

「スターレン。リリーナは好きか?」
「勿論です。父上」当然だと答える。

父と久々に会話をした。母の墓の前で。
訳の解らない質問をする父と、墓石に母が好きだった紫の花を添えた。
「ならば。母の願いを叶えて遣りなさい」

生前母は俺に旅好きな商人スタプの名をよく口にし、共に南方へと旅してみたかったと話してくれた。
「長い旅へ出掛けます。母上」
胸に手を置き祈りを捧げ、母の墓石と忙しい生家に別れを告げた。

スターレン・シュトルフ。18歳の誕生日。
旅立つ時に母方の姓を使って良いと父に許可を得た。
「これまでお世話になりました、父上。我が儘をお許し下さり感謝致します」
「行って参れ。達者で暮らせ、スターレン」
最後はとても温かい言葉で送り出してくれた。

王宮へと旅立ちの報告に向かう。
身支度をしていると弟が部屋を訪ねて来た。仲が良いとも悪いとも無い弟が訪ねて来るとは珍しい。
兄弟との別れとはこんな物なのか。
「兄様。二度と帰らぬお積りで?」確認か。
「帰らない。兄は死んだ物と思ってくれて構わない。この部屋に在る物全て、煮るなり焼くなり好きにしろ。全部押し付ける様で、済まない」
「厳しい兄から謝罪の言葉が聞けるとは、いよいよな事ですね。僕はこれまで兄様の影として生きて来ました。それが突然表に立たされる。後目世継ぎの争いをしなくて済むのなら、寧ろ僕は運が良い。一応、お元気で」
そっけないな。

別れを交わす弟を握手の代わりに抱き締めた。
血筋なんだろうか、弟も小刻みに震えていて笑った。
「忘れてしまえ。俺に構って手を汚している暇は金輪際無いぞ。父様の言い付けを守り、しっかりと勉学に励め」
「…はい。兄様も、お達者で」

一度だけ18年を過ごした屋敷を振り返った。

落として壊し回った花瓶の数々。水浸しにして侍女を困らせた洗面所。髭を加えられた貴重な絵画。父の秘蔵だったワイン樽。書物と文献を読み漁った机と、隠した少し卑猥な絵本。隠れて出られなくなった納屋。

思い出も多い思春期や反抗期。
弟との他愛もない喧嘩。歳近い侍女の尻を撫回し、父の鉄拳を浴びた日々。
家族と従者たちとの時間が心を掴んで離さない。

友達と呼べる者は相変わらず作れなかった。

張りぼての剣を腰に据え、襟を正して歩き出した。
王宮へ足を向ける。この国の王と王妃の元へ。
母を毒殺した王妃の元へ。
俺は拳を握り締めた。


久し振り。ロイドちゃん。
「お久し振りですね。復讐を果たされるのですか?」
いや大丈夫だよ。あんな雑魚に構ってやれる時間は微塵も無いから。接見したら解らないけど。

通算で46年。リリーナと父が出会って俺が生まれるまでの2年を加算して48年。想像以上に早く過ぎてしまう。
こんなペースではダメだ。何一つ準備が出来ていない。

ロルーゼのベルエイガは老衰で崩御した。今は息子が2代目を継いでいる。他の冒険者たちの行方が全く掴めてないのが問題だった。早く南へ移らないと。
誰か一人でも生身で生きてさえ居てくれればと願う。

今回は間違えない。
幼少期から勉学に励み、剣術と武術も王宮仕えの厳しい師範の元で鍛えた。ステはそれでも下の上。まだまだ人間の域を出ない。師範も制約を受け口だけは厳しかった。
制約の類は王妃が出していたと言えば解って貰えるか。

マッハリアは国を挙げて女神教を信奉している。内部を探る足掛りとして俺も入信した。
適度な素行の悪さと実は真面目な青少年を演じ切り、何処にも違和感は無い筈だ。

旅の軍資金も、父の政務官としての仕事を手伝う傍らで、母が譲り受けたスタプの遺作を転売して貯めた。
これで数人レベルなら上級冒険者を遠方まで雇える。
それでも海越えの大陸間移動の費用としては全く足りていない。

一応の充ては在る。それを今から回収しに行く所。


王宮までの行き掛けに俺のステを挙げる。
種族:人間
レベル:12
体力:83
腕力:75
防御力:34
俊敏性:90
魔力:126
対魔力:126
知能:131

特技:工芸品彫刻、農業初級、剣術初級
特徴:フリューゲル家の長男

レベルは只のバロメータ。上がっても能力加算は無い。
だらだら過ごせば数値はガンガン減る。
打たれ弱いのと、他と比べると魔力が高い。
体力、腕力、防御力は修行の成果。筋トレで変動。
俊敏性は個人のセンスが影響。肉体が持つバネには個性が出る。
魔力はベースの知能に引き摺られ、対魔は魔力の反対。
勉強する事で変動。
顔?弟君よりは不細工寄りだ。突っ込まないでくれ。
両親のいいとこ取りした弟。先に生まれた筈の俺の方が残念な仕上がりに成った。何でやねん。

嫌いな勉強も、数値化されると多少はやる気が出る。
打たれ弱いのは筋トレでもしながら補おう。余裕が在れば防具に金を掛けてもいい。

特技はある程度前世から引き継げる。記憶と経験が生きている。アザゼルの能力を持って来られないのは、種族の問題だと推測。
「正解です」合ってた。

特徴のフリューゲル家は父の家系。侯爵家に当たる。
母はスタプ殺害の責任だけを負わされ、王族から除名され父に拾われた。結果オーライ。
全くの無駄死にじゃなくてホッとした。

あんな方法を取らなくても、色々な選択肢が在っただろうが後悔した所で戻れないので考えるだけ無駄だ。

「何が正解かは解りませんからね」慰め有り難う。


王宮前の登城時に帯剣は許されず没収。
心細いがこれは例外無く誰でもなので我慢。

あの頃行けなかった上階の渡り通路を案内された。

懐かしい庭園と屋敷が覗き窓から見えた。胸が熱い。
感傷に浸ってる場合じゃないな。

王宮を抜け、城内の王妃私室へと通される。

国王は公務で隣国ロルーゼに外出中。元々国の実権を掌握しているのは王妃。王妃と会えるだけで問題無い。

豪華な扉だ。こんな所に金を掛ける奴の気が知れない。
頭イカれてるから仕方が無い。
「フレゼリカ様。スターレンです」
「お入りなさい」

母を毒殺した憎むべき相手。
証拠?無いよ。指示したのはこいつで、実行部隊は綺麗に消された。
どうして解ったか?それはこの女の強欲の為せる業。
人の物をやたらと欲しがり、除名したのにイケメン貴族と結婚したリリーナが許せなかった。そんな所だろう。

誰にも優しく聡明な母が誰かの恨みを買うのは考え難い。
フレゼリカ以外は。

フレゼリカの前に跪く。吐きそうだ。
「面を上げなさい」顔を上げると、思わず戻し掛けた。

「お久しゅう御座います。ご健勝の事で何よりです」
「私も暇ではありません。堅苦しい挨拶は省きましょう」
今直ぐあの太い首を絞めに行きたいが、警護の衛兵が部屋の四方に立っている。ある意味助かった。

「南方へと出発のご挨拶に伺いました。旅の戻りは未定に尽き。フレゼリカ様のご許可を頂きたく存じます」
「然様か。態々伝えに来ぬとも良いのに」
嘘を吐け。伝えに来ないと後で激怒するのはお前だろ。
父の屋敷に火を着けられても困る。だから来た。

「して、何処へ向かうのだ」
「南西の大陸まで渡航しようと考えます」
ここで正直に話す必要は無い。訳は直ぐに解る。

「然様か。長期となるのだな。では、この部屋に在る物を一点だけ旅の駄賃として持って行くが良い」
俺はこれを待っていた。
「それではあれを所望致します」

指したのは燭台の並びに鎮座する一つの彫像。
「スタプの遺作。フレゼリカ様を模したあの像を。フレゼリカ様を片時も忘れ得ぬ為にも、どうか」

フレゼリカは頬を紅潮させた。マジで吐きそう。
「よ、良かろう。あれは一番の気に入り品。大切に扱うのだぞ」
「有り難く、頂戴致します」国出たら速攻売るけどな。
問題は売り方とタイミング。

無事に目的を達成し、そそくさと王宮を後にした。
色々と爆発しそうなんで長居は無用。


商業ギルドに立ち寄る前に、真っ先に大切な家宝の剣を闇市で売り裁いた。
どうせ中身がすり替えられているから、寧ろ清清する。
王妃は必ず俺を殺しに来る。
お気に入りの彫像を奪い返す為にな。

あいつはそう言う女だ。


武器屋で鉄製の短剣と中剣を購入。超重い。
防具も欲しいがそれはまだ早い。勘付かれたら刺客の人数が倍になる。

ギルドでは会員登録済なので、南国タイラント王都までの通行証を発行して貰いに立ち寄った。
事前申請が功を奏し、手続きは滞り無く終わった。

ギルド内の誰も居ない部屋の影で、彫像から地図を抜いた。土壇場でこれを隠してくれた母の機転には感謝しか無い。地図を開き頭に焼き付け、焼却炉に投げ入れた。
現時点で持っていていい物じゃない。

思い出深い品だが、情報露呈の危険性には変えられないと判断。

焼却炉は大体どのギルドにも設置されている。
誤記などの重要書類を燃やす為に。シュレッダー変わりに成っている。


最短で旅支度を終えても、時間は夕刻。
本日の最終連絡便に乗り込んだ。

隊列7車の大人数のキャラバン。
護衛の人数も多く、安心して眠れるのも今夜の宿場町までとなる。越国した先はどうなる事やら。

忌まわしき王都。沢山の思い出の詰まった都市。
離れて行くラザーリアの、夕日に染まる姿を。馬車の最後尾から眺めた。
「行って来ます。リリーナ」

同乗者の口髭を蓄えた、恰幅の良い年配者が声を掛けて来た。
「兄ちゃん。それは想い人かい?」
「いえ。幼い頃に亡くした母の名です」

「そうかい。そりゃ悪い事を聞いちまったな。俺はメメットって言うタイラントの行商だ」
「俺はストアレン。訳在って家名は捨てました」
本名を名乗る必要は無い。通常商人の大半は偽名や通り名を使う。名の売れたランク上位の商隊や商団クラスでもない限り、特に名乗っても意味を為さない。

「道中宜しくな、ストアレン。見たとこ偉く身形がいいが何処ぞの貴族の家出人か何かか」
「そんな所です。俺の身の安全を保証してくれるなら、この服全部タイラントの町に到着後、お譲りしますよ」

「世間知らずのお坊ちゃんかと思いきや、こりゃ肝が据わってるなぁ。或は飛び抜けた馬鹿か」
「どっちかと言うと馬鹿の方だと」

メメットは返事を聞いて豪快に笑った。
「気に入った。この車に居るのは全員俺の護衛だ。口約束はしない主義だが、その服と交換ならお前を警護対象に入れてやるよ」
「是非、宜しくお願いします」助かります。

同乗者はメメットを含めて4人。
メメットの両脇を固める2人と、対面右隣に1人。

「料金上乗せして下さいよ、メメットさん」
メメットの左隣の人が文句を付けていた。彼がリーダーに違いない。
「解った解った。一人分追加だ」
また笑うメメットに対し、何時もの事だと3人は項垂れ、渋々了承した。

鍛え上げられた腕や首筋。3人共、胸板も厚く同じ軽装鎧を着用している。得物が見当たらないのは、荷席の下にでも隠して在るに違いない。

他人のステータスが見られないのが残念だ。
「触れた相手なら見られますよ」
そう言うのはもっと早く教えてよ。だからってベタベタ触れんでしょが。
あ、アザゼルの時もそうだったんだ。盲点だった。

今後も人の強い弱いは雰囲気で感じ取るしか無い。
何ならお別れの握手でも交わす時に、参考で覗かせて貰おう。

メメットの左隣の人。
重なる気苦労が頭の頂点に窺える。
「俺はゴンザだ。メメットの護衛隊リーダーをしている。この車の前列の馬車も同じ隊だ。後で紹介しよう」
予想通り。

メメットの右隣の人。
長身で肩までの長髪を後ろで束ねた姿が印象的。
「俺はムルシュ。得物は中剣か。身の丈に合った物を選択出来るなら、冒険者としても見所が在るかも知れん」
一応警戒してたみたい。当然だな。

俺の右隣の人。
護衛3人の中では一番小柄。座高は俺よりは少し高い。
「トームだ、宜しくな。商人として大成したら、俺たちを贔屓にしてくれよ。主にマッハリアとタイラント間の護衛業をしてるからな」
商人じゃなくとも営業努力は怠らないと。

「皆さん、宜しくお願いします」
気持ちの良い人たちで良かった。こうも強面に囲まれると懐かしきボッチのトラウマが再燃しそうで怖かった。
ギルド所属の商人と共に、冒険者も身元が保証されているから一安心だ。

保証されている=犯罪は滅多に犯さない。
身包み嗅がされてポイも有り得るけど、ちゃんとギルドに動向予定を登録しておけば面倒事には成らない仕組み。
目立つ持ち物はスタプの石像。

公開するかどうかで悩む。切り出せるいいタイミングが在れば。
危険物運搬を知らせない訳にも行かないからなぁ。


名も無き宿場に到着した。
通過点には名称を振らない。現在位置を外部へ漏らさない為でもある。ギルドの内通者が行動予定情報を垂れ流さなければ大丈夫。

この世界で俺はここに居るぜ何てアップしてたら、餌が居ます殺して下さいと盗賊に教えている様な物。

繋がる街道は全て国軍が定期清掃してくれているので、賊も近付いて来ない。碌なご飯食ってないから大概弱いらしいとも。

総数30名規模のキャラバンを選んだ。
送られて来る刺客も国内は避けると思う。
タイラントで一人に成った時が最も危険。

早く換金したいなぁ。

そんな訳で、商隊毎に小屋に別れて食事中。
この危険物をご紹介しました。

簡素な木造の佇まい。国営の公共施設。
手入れされていて隙間風は入らない。宿場や中継点の町がボロだと行商隊が来なくなるから、管理メンテはどの国も必須項目に入っている。

別馬車の冒険者仲間の6人も加え、この隊は合計で10名となる。ご挨拶と紹介の後。
「これは女王フレゼリカ様を模して造られた、スタプ最後の遺作です。女王の証書も在りますので本物です」
響めく一同。スタプも中々捨てたもんじゃないな。
頑張って良かった。

メメットの目の色が変わった。
「そんな大層な代物。どうして手に入れられたんだ」
「遠いですが母が縁者だったので。その伝手で王妃から頂戴しました。売って良しとの許可も得てます。これをどうにかタイラントで捌きたいのですが、取引出来そうな誰かいい人紹介して貰えます?」

「そいつは構わねえが、お前そんな物騒なもん持ち歩いて大丈夫か」
フレゼリカは強欲で有名。商人でなくとも誰もが知る所。
スタプの時に事前に知っていれば、石像を彫る事はしなかった。情報収集を怠った俺の盛大なフライングだ。
「マッハリア国内で手出しはされないと思ってます。タイラントで俺が一人に成った時が危ないでしょうね。出来れば内密に処理して新たな事業を始めたいんですが」

「解ったから仕舞っとけ。やっぱりお前は馬鹿だな。俺ならさっさと手放すぞ」
「さっき言った通りでしょ。それにこれは保険です。身を守ると同時に大層な危険も伴う。手放した瞬間に殺されるかも知れません。ですが、これは母と俺の復讐も兼ねてますので。正々堂々とこっそり売ってやるんです」

「良く解らねえが、もう覚悟を決めちまってるんだな。
何とか手を打ってやりたいが…。まぁ到着までに考えておいてやるよ」
「ご面倒掛けます。ゴンザさんたちにも」
「全くだ。これは更に上乗せして貰いますよ」

「あー解ってるよ。あいつは駄目だ…、あついも違う…」
メメットは食事を口に掻き込みながら、ブツブツと呟いては首を振っていた。

暫く暖炉周辺を歩き回った挙句。
「お前との付き合いは王都までと思ってたが、こりゃ長い付き合いになりそうだ。王都に着いたら、一発逆転を狙いに行くぞ」
「一発逆転?」
「タイラントの頂点に売り込みを掛けるのさ」
国の頂点。そうか、王様に売り込むのか。
小国とは言え、位が同じならあのババアも手出しは出来なくなる。目から鱗だ。

「ただ、そこに行き着くまでの伝手を持ってない。俺も中流商人の端くれ。一世一代の大勝負になる。面白くなって来たじゃねえか、スターレン」
「…俺の本名を?」
「どうせ隠すなら、もうちょい名前も捻れよ。リリーナ、貴族で女王とも縁が在って名工の遺作と来れば、お前の名前位嫌でも思い出すわ」
そう言って俺の肩を豪快に叩いた。
捻りが足りなかった。超反省。

「ギルドの情報網を嘗めるなよ。商機は何処に転がってるか解らねえもんだ。ちんけな命張る前に、その馬鹿な頭に叩き込んどけ」全く以てその通りだ。

自分の無知と愚かさを悔やんでも悔やみ切れない。
マッハリアで立ち止まらず、タイラントに向かえば良かったんだ。国の大きさで選んでしまった浅はかさを恨む。
「後悔に意味は在りませんよ」解ってるよ。

「有り難う御座います」勝手に涙が零れた。
「泣く奴があるか。まだ何も始まっちゃいねえ。死んだお袋さんに笑われるぞ。男が勝負に出るんだ。寧ろ笑い飛ばす位が丁度いい。だろ?」
フリューゲル家の父ともまた違う優しさを感じた。
元世界でもこんな父親が居たら、もっと違う人生だったのかも知れないな。

未練じゃないぞ、ロイドちゃん。
「強情ですね」一々痛いなぁ。

ゴンザが仲間の顔を見渡しながら。
「聞いてしまった以上は後には退けん。メメットさんが勝負に出るなら、俺らも専属契約を結んで貰わないと割りに合わない」
「いいのか?大儲け出来るか、最悪死罪の2つだぞ。情報を漏らす様な小物はここには居ないと思ってる。辞退したって文句は言わん。今夜一晩考えろ。返事は明日の出発前に聞く」


俺は異世界に来て、いったい何を一人で燥いでいたんだろうな。
「さぁ」でしょうよ。

お休み、ロイドちゃん。「お休みなさい、智哉」
何だかこれも懐かしいな。

夜襲も来ず、平穏無事に朝を迎えた。

軽めの朝食後に出発。南国タイラント領に入るまでは約2週間の行程。マッハリア領南端のツンゲナの町が、国内最後の中継町となる。

たった一つの国を越えるだけに20年。アホだな。


途中途中で休憩が入った。
木陰のおトイレと、凝った身体を解す序で。
ムルシュさんに生の剣術の手解きを受けた。勿論道で拾った木の枝で。訓練に真剣を持ち出す馬鹿は居ないさ。

「打合いの前に握手して貰ってもいいですか?」
「丁寧だな。礼儀は商人としての弁えか」
不思議そうな顔をするムルシュ。一般的じゃないのかも知れないが、重要な事なので外せない。

体力:190
腕力:201+15(武具)
防御力:78+80(防具)
俊敏性:188
魔力:99
耐魔力:99
知能:125
特技:剣術中級
特徴:実はお酒に滅法弱い
マジっすか。全然酒に弱そうに見えない。

基本スペックが俺の倍以上。これが経験値の差。
体力と腕力と足回りのバランスがいい。それよりも気に成ったのが魔力の頭打ちの方だ。
「魔力は人に依っては不要となる力です。智哉は素養が在るのと、異世界の知識を持ってしまっているので高めと成っているのでしょう」
元世界にも魔法なんて無かったけどね。素養は在るんだと知れて嬉しい反面、結局使い道が無いのがショック。
「その点に付いては、現在交渉中です」
ちょ…、後で詳しく!
「過度な期待はせぬ様に」

「来い、ストアレン」
「はい!」思わずボーッとしてた。

師範のスペックを見て来なかったのが悔やまれる。
教えて貰ったのは基本の型のみ。修練は専ら近所の大木が相手。練習積むにも監視の目が在って自由が利かなかった。何処までも王妃が邪魔をする。

それもこれもマッハリアを出るまでの我慢。

敢えて型を捨てる。
中段、下段、上段へと打ち込む。上手く間合いを離され避けられるのが殆ど。抜けたと思っても見事に合わせられて弾かれた。
弾かれ崩された体勢から斬り上げる。
「これは中々驚いた」顔色一つ変えずに受け流された。

上段からの反撃を正面から受け止めた。重い。
明らかに手加減をしているにも関わらず、こっちの腕は痺れっ放しだ。腰から捻りを加え、後方に逃れた。

数手打ち合っただけでこの態。
息を切らせて汗もダラダラ全身から噴き出した。
「お手合わせ、有り難う御座います」
「まずまずだ。見所は在る。商人辞めて冒険者に鞍替えしないか?」
「ご冗談を。次の休憩の時にでもお願いします。一応この服も派手には汚せないので」
「それもそうだな。しかしどうして型を崩した」
お見通しか。
「襲いに来た盗賊や魔物が、こちらが構えるまで律儀に待ってくれるとでも?」だったら楽だ。
実戦でターンなどは存在しない。乱戦や対多数が殆どと言っていい。

ムルシュと周りで見物してた人たちに笑われた。
「人間相手じゃなく魔物と来たか。笑って済まん。それなら確かに型など関係ないな。しかし、それでも基本の軸は持っておく物だ。独自の型とでも言い換えるか」
「独自の、型…」

「おいおいそこまでにしてくれよ。折角の商品が台無しじゃねえか。次は着替えてからにしろ」
半笑いのメメットが文句を言った。
「お前はいったい何処まで先を見てやがるんだ」

「何世代も先。数百年後の未来。前代よりも強い魔王が生まれる世界、ですかね」
「…」近くに居た全員が息を飲み込んだ。
あれ、反応薄いな。そっかブラックジョーク通じないんだわこの世界。
「やだな。冗談ですよ。そんな訳無いでしょ」

「だ、だよな。これだから世間知らずのガキはよ」
何だかみんな無理して笑ってくれてる気がする。

そんなに変か?
「変も何も…。魔王討伐から五十年近く経った今でも、根深く残る痛みを抱えた人々は疎らに居ます。魔王や魔族との戦争は終わった。残った各地の魔物さえ倒し切れば本当の平和が訪れる。皆さんはそう信じているのですよ」
あぁ…、あぁまた俺。余計な事言ってたのか。

「そんな未来は来ないんで、奴隷も平民もみんなが笑って暮らせる世界に成ったらと。それに一つでも貢献したいなと俺は思ってます!」言ってて恥ずかしいわこれ。

今度はみんな爆笑してくれた。余計にはずいわ。
今俺顔真っ赤だ。多分絶対。
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高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

神の加護を受けて異世界に

モンド
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親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
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 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

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