お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏

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第19話 陽動

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朝早くにムルシュに仮眠から叩き起こされ、スターレンの自宅へと急いだ。
主の不在と残された血痕と争った跡。
血は寝室から玄関まで点々と続いていた。

同時に駆け付けたムルシュに問う。
「居なくなったのは何時位だ」
「俺がメレスと交代した後だと思う」
スターレンと共にメレスの姿も見えない。

メレスが裏切ったのか、二人共に連れ去られたか。
自宅隣のライラの宅へ押し掛けた。

荒々しくノックを繰り返す。
「朝早く済まない」
薄手の寝間着にロングコート姿で現われた女性。
「…ご、ゴンザさん!?どうされました?」

完全に寝起きで目が虚ろ。恥ずかしそうに胸元の着衣を気にしていた。
「スターレンが連れ去られた様だ」
「はい?」
見上げる顔は浮腫み、少しばかり酒臭い。
「だから。今朝方見張りを交代してから、二人共姿を消してしまった。ライラ殿、済まないが手を貸して欲しい」

ライラは首を振り、眠気覚ましに自分で頬を張った。
「何ですって!本当ですか」
「態々嘘を伝えには来ない」

「着替えてから直ぐに参ります。直ぐです!」


スターレン宅に戻りライラを待つ事数分。
「お待たせしました。血痕が玄関まで続いています。発端はここですか」
脱がされた鎧。血と争った跡を瞬時に見抜いた。
「どうやらそうらしい。見張りに立てたメレスの姿も見えない。メレスが連れ去ったのか、二人共かは解らない」
「フィーネさんは」

「フィーネ嬢は昨夜から外出中だ。彼女が居たらこんな事にはなっていない」
「それもそうですね。しかし…不自然さが残ります」
勘が鋭いのか、想定内の言動か。どちらだ。

「玄関前には血痕は見当たりませんでした。貴方方はマッサラでも何かをしていた様子。これも、何かの陽動でしょうか」

それにはムルシュが答えた。
「今回は何も聞いてはいない。俺もゴンザもだ」
「これは俺の失態だ。王都内は安全だと油断していた。最早誰も信用出来ない。ノイツェ様に直接伝えて欲しい」
「衛兵長のメドベドにも伝えるなと?」

「そうだ。昨日、スターレンは弱体化の魔道具の在処が解ったとか言っていた。その詳細も聞いてはいなかったが、全くの無関係とも思えない」

「弱体化の…魔道具。先日にノイツェにスターレン殿が尋ねられていたあの事ですね。その所在が解った矢先。となれば場所はマッサラか王都に限定的…」
「どうするんだ。早くしてくれ。お嬢が戻る前に、対応の詳細を知りたい」

「解りました。ノイツェに報告をします故、ゴンザさんは隊の皆さんを出来る限り集めて下さい。場は…メメット宅の裏手の工房で構いませんか?」
「そこでいい。今あそこは隊員の宿舎としても使っている」

慌てた様子で走るライラを見送り、血に濡れた鎧と剣を持ち出して玄関に施錠を施した。


予定通りに雛鳥の元からも仲間が戻り、残りの見張り役の三人と、寝ていたメメットを起し工房に集まった。
「どうだろう、ムルシュ。何か感じたか」
「何とも言えんな。対応と状況判断に不都合は特に感じなかった」

ソプランが異議を唱えた。
「ライラは魔道具に関して、ノイツェに何かを聞いていたのか?スターレンがノイツェ以外に話すとは思えん。
ノイツェも上司なら兎も角、自分の補佐官とは言え、軽々しく漏らすとも思えないが」
「確かに…。その言動だけは不自然だな」

メメットが場を収める。
「まぁ慌てるな。何か知ってるなら、必ず何処かでボロが出る。普通の対応してる分には白だとしか判断出来ん。誰か別の人間が動き出してもまだ灰色だ。
本当に弱体化の魔道具が在るなら、軍部こそ喉から手が出る程欲しがるだろうからなぁ。
逆に動き無しなら、既に手に入れてる可能性が高いってもんよ」
疑いは晴れないが嫌疑として不充分。

トームがスターレン鎧を調べて口にした。
「これ、こんな重かったんだな」
「身体能力の底上げ以外にも、使用者を限定する何かが付いてるらしいぜ。昨日寝る前に独り言喋ってた。その剣も同じ様な感じだとよ」

「意外に、魔道具も闇市に流れてるのかもな」
「いっそ俺たちだけで覗きに行くのはどうだろう。入り方はマッサラで学んだ。メメットさんは場所を知らないか」

「馬鹿言うなよ。知ってはいるが、あそこは怪しさ満点のコマネンティの縄張だ。冒険者がホイホイと入れる場所でもねえ。自滅するのがオチだ。スターレンが戻るまでは止めとけ」
「まあ、スターレンも必ず連れてくって言ってたし。下手に虎の尾を踏みに行くのも気が進まんな」

「現状ではこれ以上打つ手無しか」
待つのも仕事と解っていても、冒険者の癖かどうにも馴染まない。


ライラを待っている間にフィーネ嬢が戻って来た。
「スターレンとメレスさんは、出発したみたいですね」
鎧に付着した血の跡を見ながら、そう発した。

「床の血の量も大した量じゃなかった。ほんの掠り傷。
予定の馬車には応急箱も用意してある。
カメノス製の最高級品だ。心配は無い」
安心させる積もりで言ったが。
「そうですか…」

「他に何か在るのか?」

「どうしてあの人は、何でも自分で決めちゃうのかなと。
どうして一言相談してくれないのかなって…。
人の命は大切に思える人なのに。自分の命や将来さえ省みない。それだけは、何を言っても変えてくれない」

抱く想いは人それぞれ。男女差は関係無しに、己の根幹の部分は変えたくないと思うのは当然。
「スターレンは、人生の終りを決めていると言っていたが。自殺願望でも在るのか」
「自殺じゃありません。そんな優しい代物じゃないんです。
彼が真に望む物。それは…」

「ゴンザさん!居ますか」下からライラの声がした。

「時間が来た様だ。その話の続きは本人から聞くさ」
「…はい。愚痴言って済みません」


ライラはフードを目深に被った従者を一人連れていた。
二階に上がり、フードの下から顔を覗かしたのはノイツェ本人だった。
「どうも。皆様とはお久し振りですね。大体の概要は聞きました。
折角ライラに監視させていたのにも関わらず!」
「…申し訳在りません。スターレン殿らが酒会を開いていると聞き。昨夜は我慢出来なくて、私もつい…」
それで酒臭かったのか。

「少々皆さんとの間に誤解が生じている様子でしたので、いそがっしい時間を割いて直接来ました。
話を聞いた感触だと、このライラまで疑われている。
違いますか?」

「正直その様に」

「事が事だけに慎重に成るのは当然です。
ですが我々も国を護る軍人。気持ちは同じだと信じて頂きたい。と豪語しておきながら、軍部も敵の内通者を内包しているのもまた事実」

「まだ膿は出し切れていないと?」

「残念ながら未だ、完全排除にまでは至っていません。
ロロシュ殿と敵対関係に在る上流貴族。利権を狙う商売敵の商会が幾つも複雑に絡んでいますので」

「どっちなんだ。信用していいのか悪いのか」

「お好きな様に。但し、余りにもこちら側に情報提供がされない場合。軍部からの援助がし辛くなる。半端に渡すのも止めて下さい。余計な混乱を招く原因です」

正直に言えと脅された。

懸念されている魔道具の存在の明確化。
魔人と呼ばれる生体兵器の存在と、それを運んだ女神教暗部の連中の炙り出し。
マッサラで捕えた盗賊リーダーの解放。
主要な内通者の探りも兼ねて。
それらの計画の全てを詳細に話した。


ライラは絶句し、ノイツェは考え込んだ。
「二兎を追う処か、四兎一気に…。中々に大胆。如何にも彼らしい計画ですね。素晴らしい」
「ノイツェ様。初めて聞く話ばかりです。生体兵器とは」
話を聞いただけで理解したノイツェに対し、ライラは困惑していた。
普通の人間であれば、ライラの方が正解だと思う。

「今は君の感想を聞いている暇は在りません。後にギルマートに部分説明をします。説明はその時」
「はい…。出過ぎた言動、お許し下さい」

「第一に。魔道具の存在を調べる上で、隊の皆に注意事項を加えます。
スターレンが魔道具だと断定した物に、彼以外は絶対に素手で触れない様にして下さい。運ばなければいけない状況なら必ず厚手の布で包む。これだけは必須です。
この世には、数多の魔道具が存在しますが。その殆どの物に使用者を固定化する機能が付与されています。
この私の眼鏡や、フィーネ嬢に渡した仮面もその一部。
物に依って許容の大小は在れど、権限無き者が悪しき呪いが掛けられた物を触れ続けるとどうなるか。最悪は死亡良くて廃人と成りますのでご注意を」

「どうしてスターレンだけは大丈夫なのですか?」

「特異体質とでも呼びましょうか。稀に居るのですよ。どんな魔道具にも影響されない人間が。闇市の商人然り、恐らくは彼もその一人かと」

「確か闇市へ入った時も。主人に了解を得る前に、絶対に商品に触れるなと注意を受けた」

「それは闇市の基本ルールではありますが。不意の呪いの発動懸念も兼ねていたのでしょうね。
第二に。呪いの類について。
先程私は呪いには善悪が在ると言いました。
神々の崇高なる加護を受けた古代兵器に属する物。
一時的にそれが付与された物等が善。
数多の命や魂を吸収し、形と為した物。
又はそれらを人為的に作成された物等が悪。
飽くまでも人間的な価値観。例え善なる物だとしても、実際に触れてみないと真偽は解らない」

「そこに在る鎧や剣にも何かの呪いが付いてるって話だがどうなんだ。俺たちは平気で触っちまったが」
ソプランが指差したスターレンの鎧と剣。
「彼が何も言わなかったなら、問題な…!」
「どうされました?ノイツェ様」

一気に青い顔をするノイツェ。
グローブを外した震える手で、鎧と剣を一撫で。
「これは…驚きました。彼は、これを何だと」
「身体強化が付与されてるとか何だか」

「見える?魔道具無しで…。スキルだとすると…あれか」
ノイツェは苦笑いを浮べ元の立ち位置に戻った。
「それらに付いては触れても問題ありません。また彼には問い質さなければ成りませんが。
彼以外が使っても、何の効果も無い只の武具です」


議題は今後の展開へと移った。
「マッサラへの連絡を、少し遅らせて欲しい」

「それは勿論。彼の計画の邪魔はしませんよ。ただ私が動かなくても、きっと激怒したカメノス殿が救護隊を差し向けるでしょうから。それを見越しての彼の行動。
熟々、商人にしておくには勿体ない人物です」

フィーネ嬢が苦しそうに呟いた。
「これ以上の勧誘は、止めて下さい」

「ご心配には及びません。彼は何よりも、誰よりも貴女の事を一番に考えている。
そんな貴女が正しく生きている限り、彼は誰の誘いにも乗らないでしょう。
挙式後の話で私は彼に問いました。
この国を使い潰す考えなのかと。しかし彼は否定した。
その答えが全てだと思いますよ」
「…」

「さて。大筋の彼の考えは掴めましたので私は戻り、時間工作でもしましょうかね。これ以上の詮索で貴重な時間を食い潰してしまっては、後で彼に怒られます」
「有り難う御座います」

「礼だ何てとんでもない。貴女の幸せを一番にする彼だからこそ。世界は救われるのかも知れません。
我らはただ彼の足枷に成らなければ良いだけです。
感謝はこちらの台詞。
貴女の序でに助けて貰う立場ですから」

ライラが難しい顔で、小声で俺に問う。
「お話に付いて行けていないのは、私だけですか」
「…正直俺たちも不安だらけだ。何時もな」

「ライラ。君は彼らの救護班に同行し、事の顛末を確認して来なさい。百聞は一見にしかず。
くれぐれも軍部が動いていると気取られぬ様に」
「ハッ!念頭に置いて対処致します」


続け様に人員配置の変更を伝えた。
「ライラ殿の参戦に依り、人員変更を加える」
「私は呼捨てで構いません」

「俺、フィーネ、ソプラン、ライラは救出班。
トーム、カーネギはメメットの護衛任務を継続。
ムルシュ、ヒレッツは雛鳥の元で待機。以上だ。
何か、異議有る者は」

「申し訳ない。雛鳥とは?」

「今は何も言えない。それに関しては何も言うなと言われているのでな」
「そうですか。私、信用されてませんものね」

「ライラ君。私は彼らの邪魔をしないと言った筈だな。
感情を優先させるなと常々言っているだろう」
「…済みません」

「信用されていないと感じるなら。先ずはその信用を勝ち取りなさい。いいですね」
「…はい」

メメットが付け加えた。
「あいつはな。嬢ちゃん以外は誰も信じちゃいねえさ。
商人から言えば、他人を信じないってのは。本当にどうでもいい奴か、巻き込みたくないのかのどっちかだ。
不器用な奴だぜまったく」
「…」
俺も後者で在りたいものだ。

「それと、ノイツェ様。これは余計な話かもだが。昨日寺院で、マッサラで拾ったガキをスターレンが偉く気に掛けてた。
あんたならあいつの考えが解るかも知れねえ。余力が在ったら見に行ってやってくれ。
口の利けない記憶喪失者って言えば一人だけだ」

「それは気になりますね。是非そうさせて貰いましょう」


「各自持ち場へ。目標。遠征組は明日の午前までに王都へ帰還とする。全員無事に。解散!」

スターレンの武具を馬車に積み込んでいると。
身支度を済ませたフィーネが駆け寄って来た。
「ありがとう、ゴンザさん。私、雛鳥の班だったのに」
配置換えの事か。
「気にするな。一つ位、あいつの嫌がる事でもしないと俺たちは只の木偶で終わってしまう。
今度ばかりは何が起こるか解らない。フィーネ嬢も、止めた所で行く積もりだろ?」
「バレバレでしたね」

遠い記憶が甦る。
若い二人に自分は何が出来るのだろうか。
自分たちの様な悲劇にはさせない。その手助けを。


御者はライラが担当した。
東門も問題無く潜れる。
「中の荷は見なかった事にせよ。お前たちの顔は覚えた。どう言う意味か解るな」
「は、はぁ…何となくは」
そんな遣り取りが聞こえた。

「なぁゴンザ。あの姉ちゃん大丈夫かね」
「さぁてな。噂が本物なら問題ないと思うが」
「噂?」

「一部には、鮮血鬼と呼ばれる程の実力者らしい。実際の戦い振りを見たのは…トームが居たな。何も聞いてはいないが、助太刀は不要と言う事だ」
「ノイツェさんが無手で送り込む訳ないですもんね」

ソプランが足を崩しながら。手をヒラヒラと。
「一応は注意しとくが、俺には大役がある。後の事は知らねえぞ」
「ここまでは想定内だ。恐らくフィーネ嬢の事も」
「私は旦那の身を案じる良妻役、ですもんねぇ」
鎧に付着した血糊を丁寧に拭き取りながら、フンと鼻で笑っている。
彼女の事は旦那に全任しよう。




---------------

マッサラまでの逃避行は順調。
数隊の車列と擦れ違ったが、特に不審な動きは無かった。
「囚人の身柄引き受け書だ。確認してくれ」

「自分を誘拐した犯人を受け取るのか?お宅の主の考えは解らんな。王都のノイツェ様も大変故意にされていると聞き及んではいるが…」
スターレンが天幕から身を乗り出して手を振った。

「まぁ。とても手の掛かる変人なのは確かだな」

「好きにしろ。誰かさんのお陰で独房が一つ潰されてしまったからな。あの後風呂に入れるのも苦労したんだぞ」
「それは済まなかった」
「さっさと引き取ってくれ。念の為に、ノイツェ様には報告するが」
「問題無い。引き取ろう」

荷台に戻り、スターレンに轡と手枷足枷を施してからミレイユの元へ向かった。
「あんた♡」
顔を合せるなり恥ずかしそうに俯いている。
「寂しい想いをさせて悪かった。お望み通りではないが減刑も認められた。町を出るまで大人しくしていてくれ。
荷室にちょっとした土産物も用意してある」
「ああ解ったよ。外に出られるなら何だっていいさ」


荷室にミレイユを運び入れると、スターレンを見て驚いていたが、手枷を外すと大人しくなった。
「攫って来たのかい。私の為に…大胆だねぇ」
「惚れた女の為だ。こいつは大事な交渉材料。手荒な真似で傷付けるなよ」
「解ってるよぉ。所で、何処に向かうんだい?」

「王都じゃ駄目だ。渓谷も暗部が居るかも知れない。東か南になるが。南なら俺の故郷が在る。どっちがいい」
「…選ばせて貰えるんなら、東だね」
即決か。気の所為か顔の強ばりが見られる。

「ロルーゼに抜けるか…。時間は掛かるがこの国に留まり続けるのもな。解った、行こう。こいつは国境前の何処かで捨てる」
「殺さないのかい?」

「お前はまだ誘拐の罪背負ってるだけだ。こいつを殺せば仲間が黙っちゃいないぞ。特に嫁さんがな。
追手を増やして欲しいならそうするが」
「そいつは嫌だねぇ。あんたの言う通りにするさ」
それでも尚、寝ているスターレンを足蹴にしようとするミレイユの顔を掴んで唇を合わせた。

「出るまで辛抱しろ。聞き分けの無い女は嫌いだぞ」
「ちょっとした憂さ晴らしだよぉ」




---------------

後方車列が見えた。
カメノス隊の救援部隊、五車。心強い。

先頭車が横に着け、天幕から隊のリーダーが顔を出す。
「今度は何だ!団長がブチ切れて夜勤組の俺たちまで引っ張り出された。またしても誘拐だとか」
「違うかも知れないが、連れ去られたのは事実だ」

「違うって何だよ!まぁいい。俺たちは後ろから追う。存分に先行しろ」
「迷惑掛けて済まない」

リーダー車が後ろの車列に戻った。

この先はマッサラ。
言い訳が面倒なので町には寄らず、南側を迂回する。
問題はその先が見えない事。

「予定通りかそれとも」
「何か…変」
フィーネ嬢が仮面の上から眉間を掻いていた。
「何が変なんだ」
「スターレンが、北東に向かってる」

「ど、どうして解る」
「夫婦特権?」

ソプランが詰める。
「ニッコリ笑って誤魔化すな。その勘は正確か?外したら見失うぞ」
「百の自信が在る。間違いなく北東」

「どうすんだゴンザ」
「…フィーネ嬢を信じよう。町で情報収集するのも面倒になる。このまま北の荒野を迂回する。お嬢はライラの隣で指示を出せ」
「了解」

「東方面の分岐に差し掛かった所で休憩を挟む。後続にも一応伝えないといけない」


予定とは南北逆だが、俺は夫婦の絆に賭けた。
羨ましく…はないな。旦那の現在位置を把握する嫁。
いやはや恐ろしい。




---------------

マッサラを出て一旦北へ。
本街道を避けるのは予定通りだが、先日の拉致ルートに似た方角。

後ろへ何も伝えられない。

荷室には自分一人。町を出てからミレイユは御者のメレスの隣に座った。

こつこつ蹴られっ放しでは、寝たふりも難しいので助かった。芋虫状態で室内を這い回る。

座席下に隠した小袋に手を入れ一掴み。
天幕の裾から、少しずつ等間隔で投げ捨てた。

目印になる貨幣。メメットの貯蓄じゃない方の。

メレスの機転でミレイユに行き先を選ばせた。
選択肢を潰した上で。これなら疑い様も無い。

ロルーゼ方面なら本気で逃げようと思えば逃げられる。
2人だけの逃避行。それをメレスが選ぶなら、早めに離脱しないと厄介だ。

しかし馬車はかなりの速度で進行。
運行中に落下したら着地失敗で死ねる確率が高い。
「自殺は許しません!」
選ばないって!防具着けてないんだから。

鎧着けてても首が折れたらご臨終。
ここは大人しく止まるまで待とう。



マッサラから離れて数時間。ここまで来ると今日中に王都に戻るのは難しい。夕暮れが近い。出来れば夜間移動は避けたい所。

自分のお小遣いが切れ、メメットの小袋に手が伸びかけた頃やっと馬車が止まった。

御者台から聞こえたメレスの怒鳴り声。
「これはどう言う事だ、ミレイユ!」

天幕が開けられ外へと引き摺り出された。
引き摺り出したのは、あの日監視に居た点心3人。
こいつら…渓谷戦闘中に離脱してたのか。
渓谷では遺体を全て確認している暇が無かった。
分散させていても可笑しくはない。

外は開けた岩場。粗末な小屋が点在していた。
一目で盗賊たちのアジトの一つだと解った。

「どうもこうもないねぇ。夢見がちなお馬鹿さん。けどあんたは気に入った。今からでもこっちに来なよ」
「…ちょっと考えさせてくれ。時間は取らせない」

見渡す限り20人程度。
「私の旦那が来るまでたっぷり時間は在る。ガキとその男を牢にぶち込んどきな!」
「…結婚してたのかよ…」

「誰も独り身だなんて言った覚えはないけどねぇ。お前ら聞いたかい」
メレスを嘲笑う盗賊たち。
「俺を選ぶ気は、無いんだな」
「一度や二度寝た位で勘違いするとはねぇ。…腹が捩れちまうさ」何だよ今の間は。

「糞が」メレスの小さな呟きの後。俺たちは同じ檻に入れられた。渓谷の物よりは数倍頑丈に出来ている。



奥行きの在る洞窟。
入口付近の檻に入れられたが、更に奥手から獣の様な唸り声が低く響いている。ひょっ。
「としなくても居ますね」
やーだー聞きたくなーいー。
「駄駄を捏ねられましても困ります」


「済まんな…。俺は女を見る目が全く無いらしい」
「お見合いパーティー頑張りましょうよ。王都でもハイネハイネでも。世界の半分は女性です!」

「…気立てが良ければ、どんな不細工だって…」
「それ絶対言っちゃダメ奴ですって。それよりも、もう暫く芝居を続けて下さい。奥に化物2号が居るみたいです。装備品が無い今、2人だけで倒すのは非常に厳しい。
後続の救援隊が俺が置いた目印に気付いてくれるのを祈りましょう」
今度はメレスの武装も没収されてしまった。
…これが普通だろ。

「女神様の加護と共に、意図しない相手の認識を阻害する力も付与されてましたからね」
そんな事だろうとは思ってたけど!後出しは良くないよ。

「…解った。頑張る」頑張って。


小一時間後。
素顔を晒したままのミレイユが男を連れて来た。男には見覚えが在った。こいつは。
「道端にコイン置いてったのはどっちだ?」
男の掌から溢れ落ちる、絶望の音色。
「ガキの方だよ。道中ずっとメレスは隣に居たからねぇ」

「そんな物は知らねえ」
「お前がメレスか。人の嫁さん散々捏ねてくれたそうじゃないか。えぇ!!こいつは殺してもいんだよな?」
「好きにしな。ガキは国を出るまでの人質だ。まだ殺すんじゃないよ、ピューレイ」
ミレイユはメメットの小袋を手に持っていた。

ピューレイと呼ばれた男。
カメノスとの初交渉の日にクビになった、うっかり護衛だった奴だ。俺も人を見る目有るんだか無いんだか。
「カメノスさんとこに潜り込むとは、中々やるじゃん」
「何年も掛けて潜り込んだってのに。たったの一日でクビになるとはな。一瞬見抜かれたのかと肝が冷えたぜ」

「どうして毒を盛らなかった」
「カメノスはかなりの気分屋だ。俺も随分悩んだが、その場で飲まれちゃ俺が真っ先に疑われる」
盗賊にしては頭は正常に回るな。

「俺は知らねえ。なぁ助けてくれよミレイユ!その金とこいつはくれてやるから」
ミレイユは檻を蹴り込み。
「五月蠅いね!騙される方が悪いのさ。この金とあれさえ在れば逃げ切って幾らでも遣り直せるってもんさ」
「この腕輪か?」
ピューレイが腕輪を指差した。
少ない面積にルビーの様な真っ赤な光沢石が散りばめられている。能力云々より単品で商品価値が在る。

「それをロルーゼで卸せば、私らは一生安泰だよ。私をがっかりさせないでおくれよぉ」
「あぁ解ってるって」
余裕な顔でミレイユの尻を撫回す。

「随分高そうな腕輪だな。誰から貰ったんだ」
「教えてやってもいいが…。お前のよく回る舌と手足を切り落とすのと引き換えだ」
「どうせ2人共、奥の檻に放り込むんだ。人生の最後に聞かせてお遣りよ」

「優しいねぇミレイユは。お優しい嫁に免じて…言う訳ねえだろ!」
ピューレイはメレスが持っていた剣を引き抜き、ミレイユの背中から串刺しにした。
「な…、んで…」
「ミレイユ!」

ピューレイはミレイユを床に転がしたまま。
「そうだよなぁ。この金と腕輪がありゃ、お前みたいな口汚え年増女より、若くて生きの良い女がわんさと囲えるってもんだろ。なぁ?」
こちらに同意を求められてもな…。

「ミレイユ!返事してくれ」
メレスは檻越しに手を伸ばして叫んだ。

「こんな女に惚れたのか?お前、正気じゃねぇなぁ」
剣をミレイユの背から引き抜き、メレスが伸ばした腕の上から振りかぶった丁度その時。

「うぉぉーーーお頭ー」
一人の盗賊が洞窟に駆け込んで来た。
「何だ?こいつは俺らを売った女だ。今日から俺が」
「そうじゃねぇんです。南からこいつらの加勢が!」

「足跡は消して来たってのに。どうしてここがバレたんだ。鬱陶しい。数は」
「大体二十」
「数は余裕だな。仮面女が居ても、この腕輪さえあれば」
ピューレイは気色の悪い笑顔で、唇を舐めずった。
腕輪にどんな効果が在るのか解らない。
それでも男の狙いは明白だった。
「止めろ!」
敵を油断させる為に武装を置いて来た事を今更後悔した。

「女は生け捕りだ。お前の目の前で犯してやるのも悪くねえなぁ」
嫌らしい笑みを浮べ、ピューレイは剣を投げ捨て洞窟を出て行った。


クソ!クソ!フィーネは来てるのか?教えてくれ。
「残念ですが来ている様です。落着いて下さい。まだ戦闘は始まっていませんよ、智哉」
これで落着いて居られるかよ!あの腕輪は何だ。
「遠目でははっきりとは言えませんが、弱体化を促す物では無く、対象の数名を隷属させられる物の様です」
隷属?もっと駄目な奴じゃないか!


「ミレイユ!」
刺されて倒れたミレイユが動き始めた。
「…ったく。私は、男に恵まれないねぇ…。ゴボッ」
血反吐を吐きながら這い、檻に縋り鍵を開いた。
再び倒れ込んだミレイユを、飛び出したメレスが抱えた。
「どうしてだ!何で俺をここへ連れて来た。お前ならもっと上手く遣れただろ」
「どいつも、こいつも五月蠅いねぇ…。
知りたかったんだろ。…魔道具の在処、をさ。わたしは、持ってなかったからね…」
「もういい!喋るな」
ミレイユは鍵の束を取り上げ。
「奥の、鍵も在る。これだけじゃ、何の罪滅ぼしにもなりゃしない…。地獄で土下座でもするさ…」

事切れたミレイユを檻の中に安置すると。メレスは血塗れの剣を握り締め立ち上がり、鍵の束を投げて寄越した。
「あいつだけは俺が殺す。…邪魔すんなよ」
「はい。でもあいつは変な魔道具を持ってます。接近戦は避けて下さい」

「そいつは無理な相談だ。ゴンザの気持ちが今、痛い程解ったよ…」
不味い状況が重なって行く。

メレスの後ろから洞窟を出て、高台まで上り鍵の束を遠くへ投げ捨てた。これで化物排出までの時間は稼げた。
劣悪な状態は何も変わらない。
今の俺では盗賊一人倒すのも…言い訳は止めだ。

冷静に考えろ。
あの腕輪は何だ。使用回数か人数が定められた物。
隷属の腕輪。対象の人間を支配下に置ける物。
人数や回数。…搭載された石の数だけ。
だと仮定すると相当数の人数に使用出来る。
ピューレイも人数は余裕だと口走っていた。
装着者に決定権が在る。発動条件が不明。
任意だとすると、解除条件も解らない。
発動後、又はピューレイ殺害後に解除されないと詰みだ。

決着を着けるなら、発動前の一瞬のみ!


今居る高台から連なる小高い崖の上。
伏せて望遠鏡の様な物体を構える人影が見えた。
下で雄叫びを張り上げるメレスに気を取られ、こちらにはまだ気付いてない。

見張りの背後まで忍び寄り、距離を見極めた。
時間操作:前1

伏せる者の足首を一気に掴み上げ、崖の上から下に落とした。望遠鏡諸共落ちてしまったが、今はどうでもいい。
遠鏡が無くても目はいいんだ。

身を屈めて遠方を探った。

車列にして6。坂下から駆け上って来るのが見えた。
何とか回り込んで接近を遅らせたい。

30m以上は在る対岸までは飛べない。
時間を食っても丁寧に崖を降り、崖下で悶える盗賊の背中に飛び乗った。
盗賊の懐から短剣を引き抜き、首元を斬り付け大人しくさせた。

怒れるメレスが暴れる集落中央部からは死角になって見えない位置。
冷たい岩壁を背にして中央付近まで接近。
乱戦模様の中央には目をくれず、全力で坂下に向かって走った。

動きが鈍い。息が切れる。
日頃の鍛錬が足りてない証拠。

頭上から降り注ぐ矢の一本が肩口を掠めた。
次の波が飛来する寸前。俺の身体が宙を舞った。

「お待たせ」
フィーネに担がれ、救援部隊と合流出来た。
「どうして来たかは愚問だよな。それより俺の剣は」
「馬車の中」

「着付けを手伝って。ゴンザさん!真ん中でメレスさんが孤立状態です。敵首領は隷属の魔道具を持ってます。
俺が戻るまで遠距離から削ぎ落として下さい!」
「了解だ。総員中央以外、外周の敵を殲滅!」
呼応する声と共に、迎撃の矢が放たれた。

ソプランが肩の傷を見ながら問う。
「肩やられたのか。メレスは」
「掠り傷です。痺れの解毒薬を!メレスさんは怒りに我を忘れてます。今なら隷属にも掛かりません」
上の服を脱ぎ捨てて肩に傷薬を塗りたくり、解毒薬を飲み干した。
鎧を地肌に着込みながら疑問顔の3人に答えた。
「隷属の魔道具は、弱体化よりも厄介です。恐らくは付近の敵を任意で奴隷化出来る代物。解除条件が不明。
フィーネとライラは出ないで下さい!意味は察してくれ」
「…解った」
「解りました」

「でもスターレンが操られたら、どうするか解らないよ」
俺以外を殲滅するビジョン。最悪だ。
「そんな事はさせない!絶対に大丈夫だ。俺を信じろ」
「うん。負けたら許さないから」


地に降り、飛び交う矢の雨の中を駆け抜ける。
「何だありゃ。俺たち来た意味が…」
後ろの車列からそんな呟きが聞こえたが無視。

孤軍奮闘中のメレスと対峙するピューレイが見えた。
「この野郎!何度使わせりゃ気が済むんだ。止めだ。やっぱ男には効き辛い。しかし」
手下の数人を宛がい、メレスと距離を取った。
「こいつは武器にだって使えるんだぜ」

左手で持っていた湾曲剣。それを腕輪を着けた右手で持ち直すと、刀身部が肥大化。
その先端が揺らめき始めた。華が開くが如くに先端部が枝に分かれた。

メレスの動きも通常以上。群がる盗賊たちを斬り伏せながら軽快なバックステップで不規則に伸びる枝を払い除けていた。その答えは振り回している剣。

一時でもいい。神様、感謝します。

時間操作:前1

メレスに注意を奪われるピューレイの右肘を、突進の勢いを借りて斬り払った。
「ぎゃーーー」

ドサリと腕が地に落ちると同時。操られていた剣も元の姿で転がった。油断はしない!

痙攣するピューレイの右腕を、踏み付けて上から腕輪を見極める。
人が造りし物なら繋ぎ目が在る。
力を宿した装飾品なら必ず核が在る。

手当たり次第に剣先で石を砕いて行くと、やがて痙攣も治まり静止した。

俺はこんな低俗な物を利用しようとは思わない。破棄するのがベストだ。触れたくもない!


「待て!待ってくれ。知ってる事は何でも話す。だから殺さないでくれ」
振り返ると、メレスがピューレイに剣先を突き付け立ち尽くしていた。

メレスの目が一度だけこちらに向いた。
「どうせ何も知りませんよ」

メレスは躊躇せず、剣をピューレイの口に挿し入れた。
「口汚いのは、お前の方だ!」

涙も無く。返り血を拭いもせず。ただ立ち尽くす彼の後ろ姿を。俺は忘れないだろう。
彼の深い悲しみを招いたのは、この俺だ。


「メレス!」
ソプランが双剣を手に、メレスに斬り掛かった。
軽々と受け止め弾き返す。
「大丈夫。正気だ。幕はそもそも上がってなかっ」

ブォォォーーー

鼓膜を震わす絶叫が、洞窟の奥から木霊した。

「どうした。終わってないのか」
ソプランに続き、後方部隊も中央に集まって来た。

「まだあの奥に魔人が居ます!」

やるしかないんだな。
「腕輪の破壊に因り、隷属の効果も切れたのだと」
だと思ってたよ。


「総員!洞窟入口から離れて!弓が使えるなら、出て来た所に一斉射撃を。何を見ても手は止めないで」

「何が来るってんだよ…」
質問に答えてやれる時間は無い。

姿を現わした小型の魔人。それでも2mは越えている。
今度のは女性の身体をしていた。
着衣は乱れて破れ、何も隠せてはいない。

「嘘…」悲鳴を上げたのはフィーネだった。

真新しい死体を噛み砕き、咀嚼して回る化物。
弓矢の第一陣が到達。魔人の目線がこちらに向いた。

第二陣が放たれる寸前。
「止めて!あれは、あれだけは私がやります」
どうして、君が泣いているんだ…。

「魔物の、肉を埋め込むとしたら。何処?」
「心臓か、脳天。だと思う…」
「そう…。ありがとう」

ふわりと宙に浮いたかと思うと、フィーネは魔人の目の前に立っていた。

食事を邪魔された魔人は、崩れた食材を投げ捨てフィーネを払おうとした。
彼女はそれを無言で受け止め、返し際に腕を背負って投げ飛ばした。宛らそれは一本背負い。

どうして彼女がそんな柔道技を使えたのかは解らない。
偶然の一致だろうか。

受け身も取れずに転がる魔人に馬乗りになると、背中から胸を突き破り、脈打つ心臓を握り潰した。


動かなくなった魔人の傍から動こうとしない彼女の肩に手を置いた。
「余り、見ないであげて。彼女は、カルレ。私の親友だった人。出来れば、ここで燃やしてあげたい。灰に成るまで見届けてあげたい」

近寄って来たライラが。
「今は職務外ですので。私は居ない者とお考え下さい」
そう言って剣の柄から手を離し、警戒を解いてくれた。
「助かるよ」

「私は周囲の確認と掃除をして来ます。ゴンザさんとソプランさん。出来ればご同行を」
「解った。行こう」
「チッ。しゃーねーなぁ」


「ちょっと待ってくれ。お前ら、あれが何なのか知ってるのかよ」
カメノス隊のリーダーがゴンザを引き留めた。
「何と言われてもな…。人間としての自我と尊厳を奪われた、哀しい人々だ。総称して魔人などと呼ばれてはいるが、あれは同じ人間が造り出した業の塊。
関わりたくないなら、口を閉ざして国を出ろ。しかし何処へ逃げても、数年後にはあれが大挙して押し寄せる。そんな類の御伽話だ」

ソプランも続けて加えた。
「俺も何処まで付き合えるかも解らんが。あいつらの敵にだけは回ってやるなよ」

「職務外ですが。貴方たちの顔も覚えました。情報が漏れ出た場合。どうなるか、お解りですね」
「ああ…、理解した。最近団長が何時も以上にピリピリしてたからなぁ。来るんじゃなかったと、後悔してももう遅いわな…。
お前らも。火葬の準備だ。盗賊はあちらさんとは別にして焼いてやれ。ピューレイが居た事だけ先に報告しよう」
「はい…」
返事は疎らだったが、救援隊はリーダーの指示通りに動いていた。


細波の様に打ち寄せる後悔の念。
ああすれば、こうすれば。
それは激しい黒煙と成り空へと立ち上る。
上へ上へ。天へ天へ。誰もが想い願う。
次が在るならばと。


ミレイユの遺体もカルレと共に炊き上げた。
重い罪を背負っていたとしても、人生の最期に抗って見せてくれた功績を称えて。

カルレは魔人へと変化させられても、女性の遺体は捕食の対象ではなかったらしい。最後に残った自我か男性への復讐なのかは誰にも解らない。

名前:廃棄された村娘・カルレ(新初期型)
特徴:死亡

布で巻く直前で見せて貰った彼女のステータスは、余りにも簡素で味気ない物だった。
見た事を悔いては居られない。同じ初期型にも色々タイプが分かれている事が解った。貴重な情報だ。

昇る黒煙を見詰めるフィーネの背を、後ろからそっと抱き締めた。
彼女は何も言わず、頭を胸に預けてくれた。
掛ける言葉は無い。無くていいんだ。やらなければいけない事は見えているのだから。

メレスも後方で瓦礫に腰掛け、空を見上げていた。


望遠鏡と腕輪。魔道具は破片も含めて回収した。
触りたくないからと放置した挙句、別の誰かに復元されても一大事。

ライラも含めた6人で火を囲み、考察を述べた。
「俺は触れた人や物の能力値が見えるんです。そこまで詳しい情報は見られません。一般的な情報に少し味付けされた程度の物です」

名前:望遠鏡(視認性拡大)
特徴:コマネンティ財団製

名前:壊れた背徳の腕輪(古代兵器)
特徴:半径5m内の物を従属させられる
   (異性特化型)
   使用回数はセットされた石の数内で制限
   石の交換で再使用可能

名前:魔石の破片
特徴:稀に上位魔獣の体内から摘出される
   魔力を帯びた石

「…」
5人は押し黙って聞いている。
「望遠鏡は市販品ですね。魔道具に類する物でもなく、山間部や海上で重宝されています。これがコマネンティ製だからと言って彼の商団を疑うには根拠が足りません」
ライラが疑問を口にした。
「コマネンティと会った事があるのですか」
「握手を交した訳じゃありませんが。ひょろ長でガリガリ、色付き眼鏡を掛けた第二秘書官を名乗った男だと」
「私が目にした人物とは随分違いますね」

「大規模な商団を取り纏める者として、偽装や影武者を頂きに据え置くのはまぁまぁな常套手段です。特に闇側の稼業も含めた仕事も手掛けるなら尚更」
「そちら方面には疎いので」

「次にこの腕輪。ピューレイが漏らしていた様に、直近5mに入って来た対象物に隷属を掛けられる物です。異性に特化されているので、如何わしい使い方をしていたんでしょうね。
上位種の魔獣から稀に取れる魔石を加工して穴にセットすれば復元は可能です。
各地や西の大陸で採取した石を使っていたんでしょう。
持っていても反吐が出そうなんで、これは王都でライラさんに渡します。厳重に管理して下さい」
「お役目、賜りました。その旨ノイツェに伝えます」

「くれぐれも身に付けない様に。多分一度着けたら死ぬまで外れません。核となる石は壊しましたが、念の為」
「死んでも着けませんとも。強制されたらこの腕を引き千切ります」

「稚拙な策で犠牲の上、釣れたのがこんな紛い物。
俺はいったい何しに来たんだか。メレスさんに何遣らせてんだか。
皆さんにも迷惑掛けて…」
「ほんの一時。馬鹿な夢を見させて貰っただけだ。気にするな。帰ったら、自棄酒に付き合えよ」
「喜んで」


「一人で何でも背負い込まないで。もっと私を。みんなを頼ってもいいんだよ」
重ねられたフィーネの手を握り返す。
「そうするよ。そうして来た積もりだったけど。まだ肝心な部分を話してないもんな」
「そうだよ。そろそろ彼女を紹介してくれてもいいんじゃないの?いい加減私も会ってみたい」
「えー。それはちょっと…」

「何だ。まだ何か在るのか」ゴンザの疑問顔。
困ったな。どうするロイドちゃん。
「一瞬だけなら問題は無いですが。皆様が堪えられるのかどうかが不安です」

「うん。考えとくよ」

本命は釣れなかった。本当の黒幕も解らないまま。
その夜は男女に分かれテントを張って過ごした。
坂下の焦げ付く臭いが漂う荒野で。
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