お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏

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第27話 品評会、当日

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腕自慢の料理人たちが、それぞれに新作を持ち寄り一同に集う。

城内の一角に設営された特設舎屋のステージ。

採用の栄誉と、成り上がりを求め、各組の表情は怒気とやる気に満ちていた。

組数は10組。
それぞれに大鍋やフライパン、大中小の蒔き釜✕2と、
大量の飲料水を貯めた瓶が貸し与えられている。

大テーブルに並べた食材を見ながら、腕まくりで髪を頭巾で縛り、いざ。

全員、手をモーラスが持ってきた消毒液で流す。


「何とか間に合いましたね、ケッペラさん」

「いやぁ。行きは苦労したが、帰りは暇で暇で。チラッと聞いたが、こっちは大変だったんだってな。俺だけ、なんかすまねえ」

「まだまだ。油断は出来ませんよ」

「おぅ、警備は任せとけ」


久々にメメット隊全員が集まった。

ここまで誰一人欠けることなく乗り切れた。

メメットとカーネギは味見(毒味)担当。
同時に燻製品の持ち込みと管理を頼んだ。

ソプランとメレスには洗い場で野菜と魚介類、肉類の捌きを担当して貰う。
海辺の町に住んでいて、2人共手先が器用で採用した。

モーラスは調味料の管理と計量。唐黍から抽出した黒砂糖も持って来てくれた。

残りのメンバーは交代警備と食材の運搬担当。

銀食器を含め、最後のテーブルに並べるまで、他の誰にも触らせない。


別件だが、ムルシュは婚約の申し込みを一時保留にしたそうだ。
「スターレンの名を出した途端、態度を急変させた。信用は出来ん。来月にでも改めるさ」
だそうです。


各組には審査員が2人ずつ付く。

王国料理番上層の彼らとの顔合わせが、調理開始の合図だ。

調理の最終工程での毒味も兼ねている。


城の警備兵を半数割いて、特設会場の外周を取り囲んでいる。

下の給仕人たちは、今日は何も手は出さず、専ら会場周辺の害虫駆除が仕事となっている。

蠅の子一匹通すな、との布令が出ているらしい。
ヘルメンも覚悟を決めたみたいだな。

近年稀に見る警備体制。過去に例を見ない気合いの入れようだと聞いた。

遠目に走り回るライラの姿も見えた。
ギルマートとノイツェが警備の全体管理をしている。

過去。品評会に国防の役人が絡んだ例は無く、警備兵たちも物々しい雰囲気。


警備の運営上、間仕切りや衝立は取り払われた。
隣の組が何をしているかも丸見え。
だが大した問題じゃない。見たけりゃどうぞ。

だって海の鮮魚を扱っているのはここだけ。
燻製品も竹炭も、特殊な物を揃えているのは俺たち。

即席で真似出来るもんならやってみろ。不可能だ。

一応時間内なら、追加の食材を運び入れる事も可能だが。



審査員の2人が来た。

顔合わせに全員で一礼。

「始め!」ギルマートの声が会場に響いた。


最後のテーブルに構えるヘルメンの終了宣言が会の制限時間。長くて3時間程度だと言われている。

王族が現われる時間は解らない。抜き打ちで早めに来る事も予想される。

呼び寄せる国賓があれだけに、ヘルメンが出張り、公爵以下貴族連中は一切排除された。これも特例の一つ。

通常であれば、爵位を持つ数人と王国料理長だけで済ませる。

他組の面々の気合いも充分だ。


審査員に献立と初期で使う食材の説明。

メニューはこちら。

○燻製類の焼き物
 (ウィンナー、ベーコン、鯵の干物をチョイス)

 付け出しは、マヨ擬き、ケチャップ、マスタード。

○魚介のスープカレー
 (ホタテ、エビ、剣先イカの切り身、野菜)

○マカロニのイカスミパスタ(パセリはお好み)

 インパクト大で濃厚さが売り。

○竹炭を使ったブラウンチョコレート

 固めずにフルーツをフォンデュで召し上がれ。

○魚介とキノコのアヒージョ

 フランスパンに似た硬めのパンを添えて。

○溜り醤油風味のフォアグラソテー

 今回もトマトソースを採用。

○鴨肉の塩竃焼き(間に合えば)

 マスタードオリーブで良いでしょう。

○カレー風味の肉まん(お手軽サイズで)

 蒸籠の出番です。

○ロブスターと松葉蟹擬きの塩ゆで

 タラバじゃなくて良かった…。
 こちらには付け出しに、
 海老・蟹味噌と海胆を混ぜたソースを添えた。


折角鮮魚を取り寄せたのに、生では使わないのか?
間違っても当たってはいけない。衛生レベルが高くはないので全ての食材には火を通す。

生なのは果物だけだ。

お刺身やガスパッチョは自分たちで楽しめばいい。

シチューはどうした?
家庭料理はパスです。そもそも採用されたりしたら、糞虫の口に入ってしまう。絶対にお断りだ。

ヘルメンにも食わせたくない。

先日ロロシュ氏には食べて貰ったが大絶賛だった。
身内だけでいいのさ。


「漸くここまで来ましたね。頑張って下さい」
ホントだぜロイドちゃん。


ロイドの声援も受け、コンロ群を挟んで対面にフィーネと向い合う。

調理人は勿論。俺とフィーネ。
目線を合わせ、頷き合った。



使用した食材に、各料理工程の詳細は誰かのご想像にお任せし、結果だけ述べると。

打っ千切りの優勝。
優勝とは言って何も出ませんが。

各メニューの採用の栄誉が与えられた。


不採用になったのは、
鯵の干物燻製。ちょっと塩っぱすぎた。

イカスミパスタ。マカロニとの相性が思いの外悪く、後で王国料理番で改良するとのこと。
食材はこちらから納入。

鴨肉の塩竃焼き。これは俺が失敗(塩が黒焦げに)して、更に他の組と被った。そちらが採用され撃沈。

松葉蟹擬きの塩茹で。これは在庫数の都合上、足りないと判断され、蟹身が採り辛いのが低評価だった。
蟹味噌だけを奪われ、細かい身は捨てられる。
身だって美味しいのに…、廃棄される前に引き取ろう。

その他、付け出し含め採用に預かった。
特にマヨ擬きとチョコフォンデュ、鯵以外の燻製が高評価だった。もっとメインを食えメインを。

きっとマヨ擬きは、プロたちの手で本物に近付くだろう。

作成された全メニューは調理した料理人、所属する商会の登録商品(特許権と同義)となる。

国が下々の飯の種を奪う訳は無い。



会がお開きになり、片付けをしているとヘルメン王に呼び出された。

「逃げずに居てくれたのだな。感謝する」
言葉を交すのはあの日以来だ。

「私はもう逃げません。ここには守りたい多くの人が居ります。生家からも我が愚弟も同行して来るそうですから」

「強いな…、君は。
それはそうと、本日の品は何れも大変に美味であった」

「その誉れ。素直に頂戴致します」

「その報償、ではないが。一度、我が宝物庫を見せたい。
見せると言ったからには、気に入った物を与えよう」

「とても嬉しいのですが。後でそれは駄目だ、何て言わないで下さいよ」

「勿論言わん。ただ全てを要求されると困るがな。
来週のバザーにも余の腹心が出向く。
他意はない。これまで影で参加し続けていたのに、急に止めると余計な疑念を招くからだ。
君と敵対だけはしないと約束する」

「多分なご配慮。感謝致します」


何時でも来いとの言葉を受け、宝物殿の閲覧は明日の午後とした。




---------------

ノイツェの別宅にて品評会終了の打上げを行った。

メンバーはメメット隊全員と、家主のノイツェとライラ。

品評会で持ち込んだ調理器などの荷物はポーチの中。

余った食材は一旦ロロシュ邸の地下蔵へ。

食材引き渡しの各手続きは明日、城へ行く序でに済ませることとなった。

料理は全て料理番の胃袋の中へ。審査員たちがメモした工程内容を元に、研鑽を重ねるらしい。

引き取れるかと思ってたのに…。

またまた出店の惣菜を持ち寄り、ノイちゃん貯蔵の高級ワインで宴会にした。

今日は料理をしたくない。

音頭取りを仰せつかったので、杯を取る。
「今日は皆さんお疲れ様でした。皆さんが居なければここまで来る事は出来ませんでした。
まだまだ晩餐会、生誕祭終了まで気は抜けませんが、今日は飲んで食べて、忘れましょう。それでは皆様」

「乾杯!」


楽しい夜だった。
ずっとこんな日ばかりならいいのにと心底思う。
こんな日を続ける為に。俺は頑張るだけだ。


宴も酣。

ノイツェがワインを注ぎに来た。
「今年の品評会は異例尽くめだった。警備体制も万全にしたが、給仕に一人隠者が紛れ込んでいた。
君の忠告に感謝する。

王と何か話されていたようだが、聞いてもいいかい」

「宝物殿を見せてやる、だそうです。明日の午後に行くと伝えました」

「王の秘蔵を見られるのか。羨ましいな。とても羨ましい。
そもそもあそこは王族以外は立ち入れない。
私の眼鏡もポーチも、王より賜った物だ。悔しい!」

肩にノイちゃんの手が食い込む。
「痛いですって。明日は俺とフィーネだけで行く積もりでしたが、何ならノイちゃんも入れるか聞いてみましょうか?」

「頼む!私は見るだけでいいんだ」

「イタタタタッ」

フィーネがそっと背後からノイツェの首を持った。
「折りましょうか?痛くしませんから。一瞬で」

「お、お止め下さい」

肩の痛みが取れました。

「まぁ王のご機嫌次第でしょうね」


しょんぼりと席に戻った後も、寄ったライラに平手を張られていた。
「国事に私情を挟むとは何事ですか!」

「だってさぁ」

「だってではありません。子供ですか!来月には私は居なくなるんですよ」

「待ってくれ。その話はまだ認めてないぞ。責めて。
責めて後任のニーダ君が育つまでは」

「彼女を引き受けてくれるんですか」

「ああ。怪しさの塊ではあるが、彼女は優秀。
城内には入れず、専ら外回りを遣って貰う積もりだ」

ちゃんと考えてくれてたんだ。

「彼女を頼みます。赤の他人ですが、本人よりベルエイガが何をしてくるか全く読めません。充分に注意を」

「心得た」



お隣のご夫婦と共に歩む帰り道。

酔い潰れてしまったゴンザを、ライラと俺で両腕を担いで歩いた。

「いい夜ね」
隣を優雅に歩くフィーネの髪が風に靡いた。

こっちは大荷物担いでるんですけどね!

「ごめんなさい。ホントにごめんなさい」

「まぁお隣さんだし。持ちつ持たれつ、で」


ライラの家の前で別れた。

ゴンザさんもすっかり尻に敷かれてるなぁ。
俺はもう座布団さ。
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