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第32話 晩餐会当日(前半)
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捕えた刺客からは殆ど処か、何も情報は取れなかった。
糞虫を追い詰めるネタにはならない。
今持つ武器だけで戦うのみだ。
会場は王宮迎賓広間。場内はホームベース型の五角形。
最奥の長辺壇には国賓席が並べられた。
中央卓は、主催のタイラント王と王妃。
向い左手は、ロルーゼの関係者卓。誰かは知らん。
向い右手に、マッハリア卓。久々に見たあいつは前より更に横に大きくなっていた。
更に右はアッテンハイム卓。当然知らん顔だ。
各卓には各国首脳。
ロルーゼとアッテンハイムは男性2人が座っていた。
中央卓の後ろ壁の台上に、スタプの彫像がポツンと突っ立っていた。大きな台に奉られて御神体の様相。
笑えるー。
午前から昼食会までは国賓以外の下流は立食形式。
挨拶したい人や何事かを取り入りたい人が、国別に分かれた卓の手前に並び、隣り合う人たちと親交を温め、談笑しながら待つ。
俺は興味がないから下手のビュッフェコーナー近くでスタルフとだべって時間を潰していた。
「反吐が出ますね。スターレン様」
にこやかにソプランが背後から声を掛けて来た。
「そう言ってやるな。ああ見えて、各国の下流は生き残りを賭けて必死なんだ。俺には必要がないがな」
周りをキョロキョロして落着きがないスタルフ。
「あ、兄上。ロルーゼの関係者には、挨拶しに行った方が良いのでしょうか」
「落ち着け。侯爵家でもマッハリアの方が立場が上。堂々してろ。用があるなら向こうから挨拶しに来る。
話があっても、生誕祭後。各国の首脳が帰った後に来るだろう。
その為にホテルを延長してんだよ」
「何から何まで。もう、僕は自信が…」
「本番で弱音吐いてどうする。ほら来たぞ、顔と名前は覚えておけ。補助でサンも、後ろで確認しておいてくれ」
「畏まりました」
「俺は離れる。兎に角頑張れ」
数人に囲まれる2人から離れると。
ライザー王子とシュルツが並んでやって来た。
「言葉を交すのは久しいな。君の話は何時も為になる。
今度是非、御康弁を賜りたい。個人的にな」
「殿下ともあろう人が何を。御自分の足元を見誤らなければ大丈夫です。権力と欲に足を掬われませぬ様、お気を付け下さいね。お隣の将来の御夫人を、守るとお決めになったのなら」
「耳が痛い話だ。いや、勿論そうするとも」
「凝った事はありませんが、肩が凝りますわね。本格的な社交の場が、殿下との婚約の挨拶回りになるとは…」
「笑顔笑顔。愛想振り蒔いて、お辞儀してるだけで後は殿下が何とかしてくれる」
「だと、宜しいのですが」
シュルツがライザーを睨んだ。若干たじろぐ王子。
12歳の尻に敷かれる19歳。そう言う家系なのかも。
2人が次に向かった後、メイザー王太子も御婦人連れで挨拶に来た。
「スターレン殿。こちらがメルシャン。私からの婚約を受けてくれた。ご挨拶を」
「初めまして、スターレン様。お噂通り、お若いのですね。
数々の偉業。とても自分より年若などとは思えません」
ドレスのスカートを抓み、優雅な挨拶。
均整の取れた所作と佇まい。次期王妃はこの人になるのか。正式な発表は明日と予想。
「初めまして、メルシャン様。私は所詮口先だけの男。
実利はメイザー王太子殿下の足元にも遠く及びません。若輩ですが、以後お見知り置きを」
偉業とは何か、と思えば。歯ブラシと歯磨き粉をべた褒めしてくれた。
貴族様にも浸透している。こりゃ来月からの振込も期待出来そうだ。
その後も数組挨拶に現われたが、特別大物は来なかった。
ドリンクをグラスで持ってテラスへ退避。
脱出寸前でロロシュと目が合ったが。多くの取り巻きに囲まれ。
「助けよ」
「無理っす!」
アイコンタクトを交してスルーしたった。
人が疎らなテラス席に腰掛けてホッと一息。
ソプランは背後に張り付いている。
「ご病気のフィーネ様をお連れにならなかった理由が、やっと理解出来ましたよ」
「だろ」
「どうして私をお選びになったのかは…、恨むぞ!」
「今日だけだって。午後の舞踏会でもやる事は特に無いしさ。楽勝でしょ。
本番は夕食会の前後。俺に任せろって言ったじゃん」
「私の記憶には御座いません」あんたは政治家か。
ちゃっかり毒味と称してグラスの半分飲みやがって。
中入り直すの面倒くせー。
暫くボーッと時間を潰していると、軍服姿のライラがグラスを3つ持って席に来た。
「ちょっと休憩がてら。相席させて頂きまーす」
了解無しで座り、挨拶そこそこに飲み始めた。
「丁度飲み物欲しかったとこだった。貰っていい?」
「どうぞ。その為に持って来ましたし。ソプラン様も。
あーあ。警備のお仕事以外に、何処ぞの奥様から何処ぞの旦那様の監視まで頼まれるとは!いい迷惑です」
家の嫁がなんかすんません。
他のグラスを取ろうとすると、ライラは自分が口を付けたグラスを寄越した。付けた所を向けて…。
「心配してくれるのは有り難いけど。今の俺、毒無効掛かってるから大丈夫だって」
「それでも駄目です」
そうっすか。では間接キッスを頂きます。
喉を潤しながら、会場の奥から流れる生演奏に耳を傾ける。社交界だなーって感じる静かなメロディー。
独特な曲調。国の色を表現しているみたいだ。
各所のトークを邪魔しない程度の。
「後でノイツェも来るでしょうけど。息抜きだけですから長居はさせないで下さいね」
「了解」
「そう言えば。スターレン様はダンスはお得意で」
「父上に習っとけって無理矢理な。得意じゃないが、普通にステップ踏んで、御婦人の足を蹴らない程度には」
「御父様は紳士なのですねぇ」
「紳士かなぁ。堅物の頑固者。生真面目を絵に描いたような人だ。ガキの俺には中々胸の内を話してくれない。
少しゴンザに似ているとこあるかも」
「それは是非一度お会いしてみたいですね。恒久的に和平が続くなら何時か、スターレン様の知り合いだと言って訪ねてみたいです」
「なーんも無い。王都の外れ田舎さ。都内も殺伐としててお勧めなんて何も。新婚旅行ならラフドッグを勧めるよ」
「それも候補の一つです。私の母方の生まれでもありますしね」
そうなんだ。
ライラは少し間を置いて。
「では私は任務に戻ります。余り御婦人の腰にべたべた触らないように。酷かったら報告しますよ」
「善処しまーす。俺が踊るっても、シュルツとメルシャン様位だからな。下手は出来ん」
フフッと笑って裏手の階段を降りて行った。
段下の警備兵の輪の中に入って行く姿を見送った。
「私もお見合いパーティーとやらに期待しております」
「あんたは金が命じゃなかったのかよ」
「人目も憚らず!二組も目の前で!イチャイチャとされては金の亡者も心が折れる!…ますよ」
「も、申し訳ない。ちゃんと候補に入れます」
また暫くすると、今度はサルベインが逃げて来た。
「見付けた!良かった。相席を頼む」
手元に残っていたグラスを奪われた。
自分で持って来いや!
「自分で持って来て下さいよ」
「すまん。貴族に顔と名前を売り回るのに疲れてな。下手な商談よりも疲れる」
サルから遅れて侍女長さんも現われた。
「こんな所に。まだまだ回り切れておりませんよ。もっともっと切り売りして貰わないと」
結構ズバッと行く人だ。
「も、もう少し。少しだけ休ませてくれ」
「仕方がありませんねぇ。これだから、これまで主人様が場にお連れにならなかったのです」
「痛く身に染みた。貴族なんぞ真っ平御免だ」
あんたもその一員なんだけどな。
短時間だが、おサルと世間話で盛り上がった。
続いて。何処かの国の貴族様が、刺客(令嬢2人)を送り込んできたが、サックリと冷たく遇った。
どうせ俺の関わる事業に咬みたいだけだ。
覚える価値はない。
「お見合いしたいなら、声掛け直すけど?」
「いらね。顔は良くても魂胆が見え見えってのはなぁ」
だよなぁ。
更に続いて。何と人混みを掻き分けて、クインザとムートンの公爵2人が同時にやってきた。
後ろに付き人もゾロゾロと。
ここは面接席か!!
「ここは場外ですので経緯は払いませんよ」
「結構。私はムートン・ソル・オーキナ。先日は挨拶もせず申し訳なかった」
ガリガリ白髪頭。確かメルシャンさんの親父さん。
「気にはすまい。クインザ・ゲレ・シュナイズだ。ロロシュ卿には近付くなと釘を刺されてしまったが、何としても挨拶だけでもと思っていた」
恰幅のいい普通のおっさん。
襲撃に加担して、格下げ派閥縮小の責任だけ取らされた悲運な公爵様だ。
2人共、闘技場の天覧席の下に居たから顔は覚えてる。
「改めまして。スターレン・シュトルフです。格下相手に下手に出るとは、どう言った風の吹き回しで」
「これはこれは辛辣。オーキナ家は未だ中立。敵でも味方でもない。そう怖い目をせんでも。後ろの従者も。
先日も今日も見届け役だ。邪魔はせんよ」
「私も似たような者。今では格下げされて派閥下位から突き上げを喰らっておる身。あんな物を見せられてはな。
二度と手出しはしまいと誓ったよ」
何気にバチバチしてんなこいつら。余所でやれや!
「理解はします。今はそれでご勘弁を。くれぐれも、夕食会では足を引っ張られぬ様お願いします」
「充分に注意するとも」
「同じくだ」
本当に挨拶しに来ただけのようで。言い残すと会場内に戻って行った。
「俺よりも先に喧嘩売らないで下さいね」
「申し訳ありません、スターレン様。…どうにも、ムートン卿の目が怪しかったもので。つい」
「まあ邪推するなら。本当はメルシャン様を俺に当てたかったが、寸前で殿下に掠め取られて。手駒が無くなった腹いせって感じかな」
「貴族怖ーわ。本番は大丈夫でしょうか」
「態々伝えに来たんです。爵位家の頭首がコロコロ掌は返しませんよ。そもそも、付け入る隙を作らなければ済む話です。どっちみち短時間勝負になりますから」
「帰りてー」
それ俺もっす。
それにしてもいい天気だなぁと青空を眺めていると。
ノイちゃんが席にやって来た。
「こんな所に居たのか。帰ってしまったのかと胃がキリキリしたぞ」
「ちょっとそれ考えてました。ソプランと一緒にばっくれようかと」
「冗談でも言わんで欲しいな。…それより、少し耳を貸して欲しい」
椅子を隣まで持って来て、話してくれた内容は。
今朝方入った西方三国情報で。
何と西の大陸から海峡越えを狙う一団の目撃情報が在ったそうだ。
「スターレン殿はどう見る」
「うーん。予想よりも大分早いですが…。まだ単なる偵察レベルでしょうね。三国の防衛力に期待しましょう。
あちらが復讐戦を企てていても、本格的な戦闘はもっとずっと先になると思います。
今の時点で心理戦を仕掛けなくてはいけない事情。俺はそっちの方が気になります。パッと思い付くのは。
食料とか」
「少し安心したよ。…しかし食料難か。一理あるな」
「ここが落着いたら、船で救援物資を送るのも面白いかも知れませんよ。
三国よりも強力な戦力が手に入ります。こっちの話が通じればですけどね」
「面白い、で済まされるのは頂けないが。それを決めるのは上だ。もう少し様子を見よう」
ソプランからは後頭部を軽く叩かれた。
「あ、手が滑りました。主人様が余りに辺鄙な事を口走るもので、つい」
「こんな人前で主人の頭叩くとか。そんな従者はソプランだけだよ」
ノイツェは苦笑いを浮べて去って行った。
そんなこんなで午前の部は終演。
軽いお食事タイムを挟み、舞台は会場内へと戻る。
第33話 晩餐会当日(後半)
午後からは舞踏会。
各円卓の設営から、夕食会へと流れる。
ヘルメン王直接の招待者。国賓招待者だけとなり、人でひしめき合っていた会場内も余裕が出てきた。
何時仕掛けて来るか。
若干の緊張感も漂う舞踏会の部。
予定通りに、俺はシュルツとメルシャンさんをお誘いして短くダンスを踊った。
タイラントの王族と仲がいいアピール。
さて糞虫にはどう映るのかな。
始めにシュルツから。
「緊張してる?」
「かなり…。得意ではなく、殿方と密着すると言うのは。
後で、お姉様に怒られはしないかと」
そっちか。
「上手上手。後で殿下と踊る時は、身を任せて居ればいいだけさ。フィーネも怒らないって。もしもの時は俺も謝るから大丈夫」
「お願いします」
続き、人気の高いメルシャンさんを誘って。
「先程、御父様とお会いしましたよ」
「何か、余計な事は」
「顔で笑って、目の奥は死んでましたね」
「全く…。あの人は。どうかお気になさらず」
「気にしてませんよ。お美しい未来の王妃様と踊れて感無量です」
「お上手ですこと」
他の御婦人も踊りたそうな視線を送って来たが、ガン無視して壁際の下座に退避。
遠目でスタルフは右足首に、包帯をグルグル巻きにして椅子に腰掛けていた。
お前、午前元気に歩き回っとったやないか!
その後、サルが御婦人のスカートを踏み、押し倒す面白場面がありつつ。舞踏会の部は終了。
会場設営の間は休憩時間。
この間にソプランを連れて連れション。
トイレは国賓用と招待者用に分かれた場所に在り、重役と出会すハプニングは起きなかった。
「メルシャン様とのダンス。べったりだったと、後で奥様に伝えたくなりました」
「止めてぇ。マジで怖いから止めてぇ」
若干別の意味で胃が痛み始めた、夕食会。
国賓席の面々もお色直しを済ませて着席している。
自分も配席表通りの席へ着席した。
食事が始まれば、終りまで途中では仕掛けて来ない。
あいつに取って食事は何よりも重要。
自ら放棄する事は絶対に有り得ない。
案の定何事も無く、もしかして…今日は何も無く。後日のお呼び出しなのか!と思いきや。
ヘルメンがやってくれた。
何と食後の場で、メイザーとライザー両王子の婚約発表を各国首脳の眼前で執り行った。
これでフレゼリカが欲しがっている物の1つ(シュルツ)を潰した形だ。
一歩も退かぬと。ヘルメンの本気が窺えた。
こうなってはあの女も手出しが出来ない。
4人の発表が終わると。次に。
ヘルメンはアッテンハイム首脳に話を振り、出席者の中で誰か気になる者は居ないかと問う。
マジか!これは予想外だ。
こちらに向けたヘルメンの目は、お膳立てはしてやったと言いたげ。やっぱあいつ信用出来ねぇ。
アッテンハイムの首脳は、ロルーゼの貴賓席に座る貴族を指名した。その繋がりは知らない。
アッテンハイムが終わると、今度は。
ロルーゼ首脳に問い掛ける。流れは不自然ではない。
直前の話の流れだからだ。
対抗でもしているのか。ロルーゼ側もアッテンハイムの貴族を指名。
最後には当然、マッハリア。
「マッハリア王、クライフ殿。何方か話がお有りか」
「余は、特に無いな。フレゼリカは居るか」
何この強引な流れ。おぉ、腹が痛ぇ。
トイレ行くのは無理だ。速攻で終わらせる。
「私は…」
---------------
私、フレゼリカ・クリエ・ラザーリアは指名した。
あの忌々しい目をした男の名を。
どうしても欲しい物を手に入れた憎い男の名を。
昔から、リリーナの目が嫌いだった。
何でも見透かしような、冷め切った目だ。
…私が感じたのは、脅威。
自分が裏で行っている事業の内容まで、見透かされているような気がした。
それを断罪するかのような目。
二十年前。
スタプと言う名の、私の彫像を造る工芸職人を謀反の疑いで殺害したリリーナ。
意味は解らなかったが、私の所有物を害した罪は重い。
序で、やっと排除出来ると死罪を言い渡そうとしたが。
第二妃に連なる穏健派貴族院の妨害に遭い、それは失敗した。
リリーナを強姦しようとしたスタプが悪いのではとの嫌疑が掛かり、免罪され追放にも出来なかった。
実に忌々しい。由々しき事態だ。
この私の思い通りにならない。それが何より悔しい。
復讐の機会を窺いつつ、貴族院の穏健派関係者を時を掛けて徐々に削って行った。
事業拡大も含め、順調に勢力を伸ばした。
時を同じく、憎きリリーナは侯爵フリューゲル家に拾われ子を二人設けた。
子がある程度育てば、母のリリーナは要らない筈だ。
今度こそ排除する計画を練った。
結果。下臣を操り罪を被せ、毒殺には成功した。
繋がる証拠は丁寧に潰した。
気分が良かった。あの日は丁度雨が降っていたが、
私の心は晴れ渡り、達成感に満たされていた。
油断していたとは思う。ほんの僅かな時間。
一瞬にも満たない。
その僅かな時間を、この目の前の男に見られた。
その時。この男の目は、大嫌いなリリーナと同じ目をしていた。
…私が感じたのは、恐怖。
男の目は。
「お前がやったのか」と浮べた気がした。
嫉妬に似た悔しさ。自分でもその時の感情は理解出来ていない。
流石に「気がした」だけでは不敬で害する事も出来ず。
そのまま見送った。
事は風化の兆しが見え、安堵した私は男から注意を逸らした。後に、逸らさず対処すべきだったと後悔する。
男は、表では勉学に勤しみ励む姿を演じ。
裏では私の抱える事業を探っていた。
高々齢十数の子供が、そんな事を出来る筈はない。
当初はそう思っていた。
私が挑まれたのは情報戦。伸びる手先を潰し合う。
それに気付いた時は、もう手遅れだった。
男は十八の成人を迎えるや否や。
私の所を訪ね、南に旅に出るのだと言い出した。
男も、その家族も。私の所有物。離れる事は許し難い。
しかし手元に置いておくのも危険な男。
悩んだ末に、旅を許可した。
そして今度は、私の彫像が欲しいと言い出した。
私を片時も忘れない為にと。
私は理解した。この男は、復讐する気なのだと。
タイラントか、更に南の大陸で力を蓄えて。
事業で温めた、廃品の魔人を幾つか送り。
私兵の一部まで送ってみたが、悉くを潰して見せた。
何処かで見たような既視感。
これは、そう。彫刻師スタプがロルーゼからマッハリアに渡る時に見せた動きに良く似ていたのだ。
パージェントまで渡り切り、新たな事業を興した男は。
数ヶ月振りに手紙を寄越した。
勝手に脱教と改信をしただの。彫像はヘルメンに寄贈する予定だだの。水竜教への改信と同時に結婚したなど。
見るに堪えない文面だった。
私は所有物の勝手が許せない。
私はまんまと男の挑発に乗り、ヘルメンの生誕祭に合わせタイラントへ出向く事にした。
各地から私兵を集め、領内の平原に控えさせた上で。
勝手を働いた所有物に罰を与えんと。
その男。その家族。その仲間。全てを葬り去る為に。
パージェント到着後。
以前から私が欲していた物を、闇商人経由で受け取る為に下臣の一人をバザーに参加させた。
男は横からそれを奪った。潜ませた下臣を捻じ伏せて。
また一つ。私の物を奪った。
私は怒りに震えた。
取り戻そうと。怒りに任せて異国の地で刺客を放ってみたがそれも返り討ち。それは私の準備不足も在った。
私は焦った。あの薬を手に入れないと、大切な事業が先へと進まない。またしても私の思い通りにならない。
私は後手を踏んだ。男に先を読まれている事にも気付かずに。
私は間違えた。諸外国の首脳が集まるその席で。
「私は…。商人スターレン・シュトルフを指名します」
待ってましたと言わんばかりの表情を浮べる男。
その間違いが、私の敗北に繋がった。
---------------
まずはご挨拶から。
「ご指名に預かりました、スターレン・シュトルフに御座います。
久しき間を置き、異国の地でお会い出来たこの僥倖。
フレゼリカ様に置かれましては。変わらぬご健勝とお見受けします」
「世辞はそれ程に。ここは異国のタイラント。面を上げなさい」
「お心遣いに感謝致します。して、このヘルメン王陛下の御誕生をお祝いする会席で、一介の商人の私めをお呼び立てされたのには解が及びません。
どうか、フレゼリカ様の真意をお示し下さいませんでしょうか」
「真意も何も在りません。
マッハリア。クライフ王の血脈の末席に連ねるお前が、どうして私たちに挨拶に来ぬのか。それを問うています」
ふむふむ。飽くまで俺が悪いんだと。
「末席で在るからこそ、で御座います。
ご挨拶ならば。後日。クライフ王陛下、フレゼリカ様が帰国の途に就かれる前が宜しいかと、身勝手ながら愚考致した次第です。
どうか、何卒お許しを」
「成程。それは理解しました。
ふと、お前の噂を耳にしました。
マッハリアから離れたこの短期間で、多くを学び。
商員として多くの事業を始め、大きな成功を収めたと。
その利は、このタイラントに充分に収められたと聞きます。
そろそろ私たちの元には戻らぬのか。問います」
財産全部持って来いってか。薬と一緒に。
「大変遺憾ながら。出国時にフレゼリカ様に誓いました事案が達成出来ておらず。
未だ戻るには適わぬ状況です」
「確か。南の大陸へ渡る、と言う話でしたね。
それは何時程になるのか、示しなさい」
おいおい、そんな焦んなよ。あんたらしくもない。
「何分、渡を予定しております、南西の大陸は。
未だ未開の地が多く残っていると聞いており、こちらタイラントからも多くの商人が既に渡っておりますが。
展開された事業は多くはないと報を得ました。
未知である事には予測を立て辛く、未だご返答には及びません。
私も商員の1人である以上。渡るだけでは終わらず、未開の成功を目指したいと考えまする故に」
さてどう出る。押すのか引くのか。
「そうですね。
成功を見ぬままでは帰れない。よく、解りました。
さて、もう一つお前の噂を耳にしました。
最近、不思議な薬を手に入れたとか」
いよいよ本題か。前置きなげーよ。
「これはお耳がお早い。
確かに。不可思議な薬を手に入れました。
それに対し、フレゼリカ様が何を惧されているのか。
お聞きしても宜しいでしょうか」
「それは私も欲していた妙薬。
それを私に譲る気はないか。問います」
ドストレート!!
「あれは私共が協賛者を募り、大変に苦心して手にした代物に御座います。
当方で集めました鑑定道具に於いても、本物であると出ました。
本物である以上。あれは大国ですら揺るぎ兼ねない逸品にて。既に対価を求めるに及ばず。
値を付け様が在りません。
幾ら敬愛するフレゼリカ様と言えど。私の一存では決め兼ねます故。お許し頂ければ幸いです」
「許しません!値を付けなさい」
素で怒っちゃったよ…。ホントにこいつどうしたんだ。
「強いて。値を独断で決めるならば…。
マッハリア王国金貨で、5000億枚では如何でしょう」
「!!」
会場全体が静まり返る。
どうする。マッハリアの国家予算の万倍だぜ。
「それは…。些か法外に過ぎる値です。
他に、代価を払う案はないのですか」
何コレ必死。そこらの雑魚と変わらんぞ。
「そうですねぇ…。金で払えない、となれば…。
幾つかのご提案が在り、何れか1つに絞る事が難しく」
「良いでしょう。
先ずは、その内容を話しなさい」
一気に行きます。
「1つは。
マッハリア、タイラント間に於ける取引品の内。食料品、衣料品以外の全てのお取引を。明日、ヘルメン王陛下の生誕祭後の5年間休止する。
1つは。
ここより北西に広がる草原の平安を取り戻す。
1つは。
私自身と、私に関わる全ての関係者への加干渉行為。
御見守り行為の一切を、
只今を以ての恒久的な停止をする。
この3案を達成し、お約束して頂けるのならば。妙薬を無償でお渡しする事は可能かと考えます」
糞虫が意表を突かれた顔をしている。
鳩は豆を喰らってない。鳩に失礼だ。
「1つ目と3つ目は。この場に於いて、ご出席の諸外国首脳陣の合意承認とさせて頂き。
2つ目のタイラント国側の確認が取れ次第、のご発送となります。
その発送に於いても。マッハリア特使の荷馬車に乗せ。
こちらからの一切の干渉を控えさせて頂き、以降の現品保証も不問としたい旨、ご了承頂ければと思います。
如何でしょうか」
糞虫の逡巡時間が在り、暫くした後。
糞虫が屈した。
「…解りました。その全案を、飲みましょう…」
あんたが答えちゃいかんだろ!
集中する周囲の目に気付き、慌てて。
「いいですね、クライフ」
おせーよ。
「…了承した。タイラント王、ヘルメン殿。問題は」
「特に問題は見当たらない。自国の商業ギルド員への補償はこちらでする。貴国に関しては不干渉。
宜しいですかな」
「…問題無い」
そのクライフの返答を聞き終え、ヘルメンは即座に。
「今の緊急事案に対し。追って証書を作り。
後に。ここに集まる四国代表と、商人スターレン・シュトルフの署名を集めるものとする。
以上だ」
膝立ちも長いと足が痺れるねぇ。
ヘルメンに一礼。クライフに一礼。糞虫に一礼。
それから俺は自席に戻った。
ヘルメンの謝辞と御礼の弁を以て。
晩餐会は終幕した。
終了しても帰れません。
1時間控え室に待機させられ。
王城の玉座の間、右手の特別議室にドナドナされた。
ソプランとは入口前で別れ、1人で入室。
顔を並べるのは、ヘルメン、メイザー、ライザー。
ロロシュ、シュルツ、メルシャン、ミラン。
ギルマート、ノイツェ。
ヘルメンの前の机上には、1枚の証書。
「見事だ、スターレン殿。取り敢えず座れ」
一礼して空きの末席に座った。
「署名しながら発言しても?」
「よい、許す」
回って来た証書には、
既に4国代表の名が記入されていた。
渡された筆で署名と捺印を施した。
「王陛下。あの強引な持って行き方はないですよ。
流石に肝が冷えました。
もう少し焦らせば楽勝だったのに」
「余計な世話だった様だな」
「全く以て」
「これから。あれはどう動く。君の意見を聞かせてくれ」
どう答えるか。一同の顔ぶれを見渡す。
「マッハリア全体に関わる話になるので、胸の内に留めておいて下さい。
メルシャン様の御父上に告げ口するのも無しで。
宜しいですか」
全員の同意を元に。
「今回渡す秘薬は、長寿を促す薬です。
入手したフレゼリカは、滞っている生体兵器開発にそれを投入するか、自分で使うかの2択に迫られます。
あの人は、とても欲望に忠実な方なので。
恐らく我慢出来ずに自分で使うと予想します。
しかし。あの薬はそれだけで完結する様な、そんな生易しい代物ではありません。それは断言します。
自身でも魔人開発でも結果は同じ。
禁忌の魔道具であれ、奇跡の秘薬であれ。
使用するには代償を伴います。
それが力の暴走なのか、数多の生贄なのか。形は定かではありませんが、碌な事にはならないでしょう。
開発に失敗したフレゼリカが次に取る行動は。
激高した帝国に対し。降伏するか、手持ちの兵器で戦うかの2択となります。
あの人の性格上、降伏は絶対に有り得ません」
「マッハリアと帝国の戦争になる。君はそこまで予想しながら、この手を打ったのかね」
「そうです。それが最短であり、最少。
短期間で終わり、最少の被害で済む。その被害は、マッハリア国内だけで完結します。
歴史上。引き金を引いた私の名が、後世に汚点として刻まれるか。
戦犯として、王家の名が刻まれるかは解りませんが」
「君は…。どうしてそこまでする」
「理由…ですか。それを語るのは苦しいです。
強いて言うなら。マッハリアを出国する時。フレゼリカをこの手で倒すと決めたあの日から。
こうなる事はある程度予想していました。
勿論、葛藤はあります。妻と一緒に逃げ出したい。
南の大陸を巡り、世界を回る夢もありました。
それでもです。
自国に残る父は、今この時も。水面下で、各地に散らされた抵抗勢力の有志を募り、同胞を集め、嘗ての穏健派を鼓舞して回っているでしょう。
私が取れる責任は、開戦前にマッハリアへと戻り、
早期停戦の道を探るのみです。
父が倒れ、私が死んでも。最後には弟が残る。
現王家が全滅すれば、次の王位は弟スタルフ。
若輩で何もかも足りませんが。
あいつが居るから、私は頑張れるのかも知れません。
目下の悩みは。妻をどう説得すれば、暴走しないで居てくれるのか。だけですかね」
「何か…。私に出来る事はないのか」
「大変有り難いお言葉ですが。
手を出された時点で、帝国の餌食にされます。
どんな戦力だろうと。数の暴力には勝てません。
今回回避した件が水泡に帰します。
それでも何か、と仰って頂けるのなら。
今度、私がアッテンハイムの旅行から帰って来た時に。
ノイツェ殿と一緒に。
宝物殿の地下室を覗かせて下さい」
「…やはり、気付いていたのか。良いだろう。
国を救ってくれた礼だ。見せてやるとも。
但し。あれらは強力過ぎる。外へ出すのも余りに危険。
君への信用は置いてだ。
どうしてもと言う物だけ。その時に相談しよう」
「ご配慮、有り難う御座います。
それからシュルツ。これだけはフィーネに内緒だぞ。
これは、俺から言わないと駄目なんだ」
「…はい…」
苦しませて済まない。
「自分が居なくなった後の展開予想は、ロロシュ卿やノイツェ殿に伝えてあります。
折を見て、報告を求めて下さい」
「解った」
「何だかんだと言って。フレゼリカが自滅して、帝国が挙兵しないで居てくれるのが一番楽なんですが。
それは神に祈っても。叶わぬ願いなんでしょう。
これまでの無礼の数々。この場をお借りして、深く、お詫び致します」
あいつマジで死んでくんねぇかな!
「…コメントを控えさせて頂きます」
だよねー。
その後。本日最後の仕事を終え、長らく待たせた妻の元へ帰った。
くよくよ悩まない。
今夜はフィーネを独り占め~。
糞虫を追い詰めるネタにはならない。
今持つ武器だけで戦うのみだ。
会場は王宮迎賓広間。場内はホームベース型の五角形。
最奥の長辺壇には国賓席が並べられた。
中央卓は、主催のタイラント王と王妃。
向い左手は、ロルーゼの関係者卓。誰かは知らん。
向い右手に、マッハリア卓。久々に見たあいつは前より更に横に大きくなっていた。
更に右はアッテンハイム卓。当然知らん顔だ。
各卓には各国首脳。
ロルーゼとアッテンハイムは男性2人が座っていた。
中央卓の後ろ壁の台上に、スタプの彫像がポツンと突っ立っていた。大きな台に奉られて御神体の様相。
笑えるー。
午前から昼食会までは国賓以外の下流は立食形式。
挨拶したい人や何事かを取り入りたい人が、国別に分かれた卓の手前に並び、隣り合う人たちと親交を温め、談笑しながら待つ。
俺は興味がないから下手のビュッフェコーナー近くでスタルフとだべって時間を潰していた。
「反吐が出ますね。スターレン様」
にこやかにソプランが背後から声を掛けて来た。
「そう言ってやるな。ああ見えて、各国の下流は生き残りを賭けて必死なんだ。俺には必要がないがな」
周りをキョロキョロして落着きがないスタルフ。
「あ、兄上。ロルーゼの関係者には、挨拶しに行った方が良いのでしょうか」
「落ち着け。侯爵家でもマッハリアの方が立場が上。堂々してろ。用があるなら向こうから挨拶しに来る。
話があっても、生誕祭後。各国の首脳が帰った後に来るだろう。
その為にホテルを延長してんだよ」
「何から何まで。もう、僕は自信が…」
「本番で弱音吐いてどうする。ほら来たぞ、顔と名前は覚えておけ。補助でサンも、後ろで確認しておいてくれ」
「畏まりました」
「俺は離れる。兎に角頑張れ」
数人に囲まれる2人から離れると。
ライザー王子とシュルツが並んでやって来た。
「言葉を交すのは久しいな。君の話は何時も為になる。
今度是非、御康弁を賜りたい。個人的にな」
「殿下ともあろう人が何を。御自分の足元を見誤らなければ大丈夫です。権力と欲に足を掬われませぬ様、お気を付け下さいね。お隣の将来の御夫人を、守るとお決めになったのなら」
「耳が痛い話だ。いや、勿論そうするとも」
「凝った事はありませんが、肩が凝りますわね。本格的な社交の場が、殿下との婚約の挨拶回りになるとは…」
「笑顔笑顔。愛想振り蒔いて、お辞儀してるだけで後は殿下が何とかしてくれる」
「だと、宜しいのですが」
シュルツがライザーを睨んだ。若干たじろぐ王子。
12歳の尻に敷かれる19歳。そう言う家系なのかも。
2人が次に向かった後、メイザー王太子も御婦人連れで挨拶に来た。
「スターレン殿。こちらがメルシャン。私からの婚約を受けてくれた。ご挨拶を」
「初めまして、スターレン様。お噂通り、お若いのですね。
数々の偉業。とても自分より年若などとは思えません」
ドレスのスカートを抓み、優雅な挨拶。
均整の取れた所作と佇まい。次期王妃はこの人になるのか。正式な発表は明日と予想。
「初めまして、メルシャン様。私は所詮口先だけの男。
実利はメイザー王太子殿下の足元にも遠く及びません。若輩ですが、以後お見知り置きを」
偉業とは何か、と思えば。歯ブラシと歯磨き粉をべた褒めしてくれた。
貴族様にも浸透している。こりゃ来月からの振込も期待出来そうだ。
その後も数組挨拶に現われたが、特別大物は来なかった。
ドリンクをグラスで持ってテラスへ退避。
脱出寸前でロロシュと目が合ったが。多くの取り巻きに囲まれ。
「助けよ」
「無理っす!」
アイコンタクトを交してスルーしたった。
人が疎らなテラス席に腰掛けてホッと一息。
ソプランは背後に張り付いている。
「ご病気のフィーネ様をお連れにならなかった理由が、やっと理解出来ましたよ」
「だろ」
「どうして私をお選びになったのかは…、恨むぞ!」
「今日だけだって。午後の舞踏会でもやる事は特に無いしさ。楽勝でしょ。
本番は夕食会の前後。俺に任せろって言ったじゃん」
「私の記憶には御座いません」あんたは政治家か。
ちゃっかり毒味と称してグラスの半分飲みやがって。
中入り直すの面倒くせー。
暫くボーッと時間を潰していると、軍服姿のライラがグラスを3つ持って席に来た。
「ちょっと休憩がてら。相席させて頂きまーす」
了解無しで座り、挨拶そこそこに飲み始めた。
「丁度飲み物欲しかったとこだった。貰っていい?」
「どうぞ。その為に持って来ましたし。ソプラン様も。
あーあ。警備のお仕事以外に、何処ぞの奥様から何処ぞの旦那様の監視まで頼まれるとは!いい迷惑です」
家の嫁がなんかすんません。
他のグラスを取ろうとすると、ライラは自分が口を付けたグラスを寄越した。付けた所を向けて…。
「心配してくれるのは有り難いけど。今の俺、毒無効掛かってるから大丈夫だって」
「それでも駄目です」
そうっすか。では間接キッスを頂きます。
喉を潤しながら、会場の奥から流れる生演奏に耳を傾ける。社交界だなーって感じる静かなメロディー。
独特な曲調。国の色を表現しているみたいだ。
各所のトークを邪魔しない程度の。
「後でノイツェも来るでしょうけど。息抜きだけですから長居はさせないで下さいね」
「了解」
「そう言えば。スターレン様はダンスはお得意で」
「父上に習っとけって無理矢理な。得意じゃないが、普通にステップ踏んで、御婦人の足を蹴らない程度には」
「御父様は紳士なのですねぇ」
「紳士かなぁ。堅物の頑固者。生真面目を絵に描いたような人だ。ガキの俺には中々胸の内を話してくれない。
少しゴンザに似ているとこあるかも」
「それは是非一度お会いしてみたいですね。恒久的に和平が続くなら何時か、スターレン様の知り合いだと言って訪ねてみたいです」
「なーんも無い。王都の外れ田舎さ。都内も殺伐としててお勧めなんて何も。新婚旅行ならラフドッグを勧めるよ」
「それも候補の一つです。私の母方の生まれでもありますしね」
そうなんだ。
ライラは少し間を置いて。
「では私は任務に戻ります。余り御婦人の腰にべたべた触らないように。酷かったら報告しますよ」
「善処しまーす。俺が踊るっても、シュルツとメルシャン様位だからな。下手は出来ん」
フフッと笑って裏手の階段を降りて行った。
段下の警備兵の輪の中に入って行く姿を見送った。
「私もお見合いパーティーとやらに期待しております」
「あんたは金が命じゃなかったのかよ」
「人目も憚らず!二組も目の前で!イチャイチャとされては金の亡者も心が折れる!…ますよ」
「も、申し訳ない。ちゃんと候補に入れます」
また暫くすると、今度はサルベインが逃げて来た。
「見付けた!良かった。相席を頼む」
手元に残っていたグラスを奪われた。
自分で持って来いや!
「自分で持って来て下さいよ」
「すまん。貴族に顔と名前を売り回るのに疲れてな。下手な商談よりも疲れる」
サルから遅れて侍女長さんも現われた。
「こんな所に。まだまだ回り切れておりませんよ。もっともっと切り売りして貰わないと」
結構ズバッと行く人だ。
「も、もう少し。少しだけ休ませてくれ」
「仕方がありませんねぇ。これだから、これまで主人様が場にお連れにならなかったのです」
「痛く身に染みた。貴族なんぞ真っ平御免だ」
あんたもその一員なんだけどな。
短時間だが、おサルと世間話で盛り上がった。
続いて。何処かの国の貴族様が、刺客(令嬢2人)を送り込んできたが、サックリと冷たく遇った。
どうせ俺の関わる事業に咬みたいだけだ。
覚える価値はない。
「お見合いしたいなら、声掛け直すけど?」
「いらね。顔は良くても魂胆が見え見えってのはなぁ」
だよなぁ。
更に続いて。何と人混みを掻き分けて、クインザとムートンの公爵2人が同時にやってきた。
後ろに付き人もゾロゾロと。
ここは面接席か!!
「ここは場外ですので経緯は払いませんよ」
「結構。私はムートン・ソル・オーキナ。先日は挨拶もせず申し訳なかった」
ガリガリ白髪頭。確かメルシャンさんの親父さん。
「気にはすまい。クインザ・ゲレ・シュナイズだ。ロロシュ卿には近付くなと釘を刺されてしまったが、何としても挨拶だけでもと思っていた」
恰幅のいい普通のおっさん。
襲撃に加担して、格下げ派閥縮小の責任だけ取らされた悲運な公爵様だ。
2人共、闘技場の天覧席の下に居たから顔は覚えてる。
「改めまして。スターレン・シュトルフです。格下相手に下手に出るとは、どう言った風の吹き回しで」
「これはこれは辛辣。オーキナ家は未だ中立。敵でも味方でもない。そう怖い目をせんでも。後ろの従者も。
先日も今日も見届け役だ。邪魔はせんよ」
「私も似たような者。今では格下げされて派閥下位から突き上げを喰らっておる身。あんな物を見せられてはな。
二度と手出しはしまいと誓ったよ」
何気にバチバチしてんなこいつら。余所でやれや!
「理解はします。今はそれでご勘弁を。くれぐれも、夕食会では足を引っ張られぬ様お願いします」
「充分に注意するとも」
「同じくだ」
本当に挨拶しに来ただけのようで。言い残すと会場内に戻って行った。
「俺よりも先に喧嘩売らないで下さいね」
「申し訳ありません、スターレン様。…どうにも、ムートン卿の目が怪しかったもので。つい」
「まあ邪推するなら。本当はメルシャン様を俺に当てたかったが、寸前で殿下に掠め取られて。手駒が無くなった腹いせって感じかな」
「貴族怖ーわ。本番は大丈夫でしょうか」
「態々伝えに来たんです。爵位家の頭首がコロコロ掌は返しませんよ。そもそも、付け入る隙を作らなければ済む話です。どっちみち短時間勝負になりますから」
「帰りてー」
それ俺もっす。
それにしてもいい天気だなぁと青空を眺めていると。
ノイちゃんが席にやって来た。
「こんな所に居たのか。帰ってしまったのかと胃がキリキリしたぞ」
「ちょっとそれ考えてました。ソプランと一緒にばっくれようかと」
「冗談でも言わんで欲しいな。…それより、少し耳を貸して欲しい」
椅子を隣まで持って来て、話してくれた内容は。
今朝方入った西方三国情報で。
何と西の大陸から海峡越えを狙う一団の目撃情報が在ったそうだ。
「スターレン殿はどう見る」
「うーん。予想よりも大分早いですが…。まだ単なる偵察レベルでしょうね。三国の防衛力に期待しましょう。
あちらが復讐戦を企てていても、本格的な戦闘はもっとずっと先になると思います。
今の時点で心理戦を仕掛けなくてはいけない事情。俺はそっちの方が気になります。パッと思い付くのは。
食料とか」
「少し安心したよ。…しかし食料難か。一理あるな」
「ここが落着いたら、船で救援物資を送るのも面白いかも知れませんよ。
三国よりも強力な戦力が手に入ります。こっちの話が通じればですけどね」
「面白い、で済まされるのは頂けないが。それを決めるのは上だ。もう少し様子を見よう」
ソプランからは後頭部を軽く叩かれた。
「あ、手が滑りました。主人様が余りに辺鄙な事を口走るもので、つい」
「こんな人前で主人の頭叩くとか。そんな従者はソプランだけだよ」
ノイツェは苦笑いを浮べて去って行った。
そんなこんなで午前の部は終演。
軽いお食事タイムを挟み、舞台は会場内へと戻る。
第33話 晩餐会当日(後半)
午後からは舞踏会。
各円卓の設営から、夕食会へと流れる。
ヘルメン王直接の招待者。国賓招待者だけとなり、人でひしめき合っていた会場内も余裕が出てきた。
何時仕掛けて来るか。
若干の緊張感も漂う舞踏会の部。
予定通りに、俺はシュルツとメルシャンさんをお誘いして短くダンスを踊った。
タイラントの王族と仲がいいアピール。
さて糞虫にはどう映るのかな。
始めにシュルツから。
「緊張してる?」
「かなり…。得意ではなく、殿方と密着すると言うのは。
後で、お姉様に怒られはしないかと」
そっちか。
「上手上手。後で殿下と踊る時は、身を任せて居ればいいだけさ。フィーネも怒らないって。もしもの時は俺も謝るから大丈夫」
「お願いします」
続き、人気の高いメルシャンさんを誘って。
「先程、御父様とお会いしましたよ」
「何か、余計な事は」
「顔で笑って、目の奥は死んでましたね」
「全く…。あの人は。どうかお気になさらず」
「気にしてませんよ。お美しい未来の王妃様と踊れて感無量です」
「お上手ですこと」
他の御婦人も踊りたそうな視線を送って来たが、ガン無視して壁際の下座に退避。
遠目でスタルフは右足首に、包帯をグルグル巻きにして椅子に腰掛けていた。
お前、午前元気に歩き回っとったやないか!
その後、サルが御婦人のスカートを踏み、押し倒す面白場面がありつつ。舞踏会の部は終了。
会場設営の間は休憩時間。
この間にソプランを連れて連れション。
トイレは国賓用と招待者用に分かれた場所に在り、重役と出会すハプニングは起きなかった。
「メルシャン様とのダンス。べったりだったと、後で奥様に伝えたくなりました」
「止めてぇ。マジで怖いから止めてぇ」
若干別の意味で胃が痛み始めた、夕食会。
国賓席の面々もお色直しを済ませて着席している。
自分も配席表通りの席へ着席した。
食事が始まれば、終りまで途中では仕掛けて来ない。
あいつに取って食事は何よりも重要。
自ら放棄する事は絶対に有り得ない。
案の定何事も無く、もしかして…今日は何も無く。後日のお呼び出しなのか!と思いきや。
ヘルメンがやってくれた。
何と食後の場で、メイザーとライザー両王子の婚約発表を各国首脳の眼前で執り行った。
これでフレゼリカが欲しがっている物の1つ(シュルツ)を潰した形だ。
一歩も退かぬと。ヘルメンの本気が窺えた。
こうなってはあの女も手出しが出来ない。
4人の発表が終わると。次に。
ヘルメンはアッテンハイム首脳に話を振り、出席者の中で誰か気になる者は居ないかと問う。
マジか!これは予想外だ。
こちらに向けたヘルメンの目は、お膳立てはしてやったと言いたげ。やっぱあいつ信用出来ねぇ。
アッテンハイムの首脳は、ロルーゼの貴賓席に座る貴族を指名した。その繋がりは知らない。
アッテンハイムが終わると、今度は。
ロルーゼ首脳に問い掛ける。流れは不自然ではない。
直前の話の流れだからだ。
対抗でもしているのか。ロルーゼ側もアッテンハイムの貴族を指名。
最後には当然、マッハリア。
「マッハリア王、クライフ殿。何方か話がお有りか」
「余は、特に無いな。フレゼリカは居るか」
何この強引な流れ。おぉ、腹が痛ぇ。
トイレ行くのは無理だ。速攻で終わらせる。
「私は…」
---------------
私、フレゼリカ・クリエ・ラザーリアは指名した。
あの忌々しい目をした男の名を。
どうしても欲しい物を手に入れた憎い男の名を。
昔から、リリーナの目が嫌いだった。
何でも見透かしような、冷め切った目だ。
…私が感じたのは、脅威。
自分が裏で行っている事業の内容まで、見透かされているような気がした。
それを断罪するかのような目。
二十年前。
スタプと言う名の、私の彫像を造る工芸職人を謀反の疑いで殺害したリリーナ。
意味は解らなかったが、私の所有物を害した罪は重い。
序で、やっと排除出来ると死罪を言い渡そうとしたが。
第二妃に連なる穏健派貴族院の妨害に遭い、それは失敗した。
リリーナを強姦しようとしたスタプが悪いのではとの嫌疑が掛かり、免罪され追放にも出来なかった。
実に忌々しい。由々しき事態だ。
この私の思い通りにならない。それが何より悔しい。
復讐の機会を窺いつつ、貴族院の穏健派関係者を時を掛けて徐々に削って行った。
事業拡大も含め、順調に勢力を伸ばした。
時を同じく、憎きリリーナは侯爵フリューゲル家に拾われ子を二人設けた。
子がある程度育てば、母のリリーナは要らない筈だ。
今度こそ排除する計画を練った。
結果。下臣を操り罪を被せ、毒殺には成功した。
繋がる証拠は丁寧に潰した。
気分が良かった。あの日は丁度雨が降っていたが、
私の心は晴れ渡り、達成感に満たされていた。
油断していたとは思う。ほんの僅かな時間。
一瞬にも満たない。
その僅かな時間を、この目の前の男に見られた。
その時。この男の目は、大嫌いなリリーナと同じ目をしていた。
…私が感じたのは、恐怖。
男の目は。
「お前がやったのか」と浮べた気がした。
嫉妬に似た悔しさ。自分でもその時の感情は理解出来ていない。
流石に「気がした」だけでは不敬で害する事も出来ず。
そのまま見送った。
事は風化の兆しが見え、安堵した私は男から注意を逸らした。後に、逸らさず対処すべきだったと後悔する。
男は、表では勉学に勤しみ励む姿を演じ。
裏では私の抱える事業を探っていた。
高々齢十数の子供が、そんな事を出来る筈はない。
当初はそう思っていた。
私が挑まれたのは情報戦。伸びる手先を潰し合う。
それに気付いた時は、もう手遅れだった。
男は十八の成人を迎えるや否や。
私の所を訪ね、南に旅に出るのだと言い出した。
男も、その家族も。私の所有物。離れる事は許し難い。
しかし手元に置いておくのも危険な男。
悩んだ末に、旅を許可した。
そして今度は、私の彫像が欲しいと言い出した。
私を片時も忘れない為にと。
私は理解した。この男は、復讐する気なのだと。
タイラントか、更に南の大陸で力を蓄えて。
事業で温めた、廃品の魔人を幾つか送り。
私兵の一部まで送ってみたが、悉くを潰して見せた。
何処かで見たような既視感。
これは、そう。彫刻師スタプがロルーゼからマッハリアに渡る時に見せた動きに良く似ていたのだ。
パージェントまで渡り切り、新たな事業を興した男は。
数ヶ月振りに手紙を寄越した。
勝手に脱教と改信をしただの。彫像はヘルメンに寄贈する予定だだの。水竜教への改信と同時に結婚したなど。
見るに堪えない文面だった。
私は所有物の勝手が許せない。
私はまんまと男の挑発に乗り、ヘルメンの生誕祭に合わせタイラントへ出向く事にした。
各地から私兵を集め、領内の平原に控えさせた上で。
勝手を働いた所有物に罰を与えんと。
その男。その家族。その仲間。全てを葬り去る為に。
パージェント到着後。
以前から私が欲していた物を、闇商人経由で受け取る為に下臣の一人をバザーに参加させた。
男は横からそれを奪った。潜ませた下臣を捻じ伏せて。
また一つ。私の物を奪った。
私は怒りに震えた。
取り戻そうと。怒りに任せて異国の地で刺客を放ってみたがそれも返り討ち。それは私の準備不足も在った。
私は焦った。あの薬を手に入れないと、大切な事業が先へと進まない。またしても私の思い通りにならない。
私は後手を踏んだ。男に先を読まれている事にも気付かずに。
私は間違えた。諸外国の首脳が集まるその席で。
「私は…。商人スターレン・シュトルフを指名します」
待ってましたと言わんばかりの表情を浮べる男。
その間違いが、私の敗北に繋がった。
---------------
まずはご挨拶から。
「ご指名に預かりました、スターレン・シュトルフに御座います。
久しき間を置き、異国の地でお会い出来たこの僥倖。
フレゼリカ様に置かれましては。変わらぬご健勝とお見受けします」
「世辞はそれ程に。ここは異国のタイラント。面を上げなさい」
「お心遣いに感謝致します。して、このヘルメン王陛下の御誕生をお祝いする会席で、一介の商人の私めをお呼び立てされたのには解が及びません。
どうか、フレゼリカ様の真意をお示し下さいませんでしょうか」
「真意も何も在りません。
マッハリア。クライフ王の血脈の末席に連ねるお前が、どうして私たちに挨拶に来ぬのか。それを問うています」
ふむふむ。飽くまで俺が悪いんだと。
「末席で在るからこそ、で御座います。
ご挨拶ならば。後日。クライフ王陛下、フレゼリカ様が帰国の途に就かれる前が宜しいかと、身勝手ながら愚考致した次第です。
どうか、何卒お許しを」
「成程。それは理解しました。
ふと、お前の噂を耳にしました。
マッハリアから離れたこの短期間で、多くを学び。
商員として多くの事業を始め、大きな成功を収めたと。
その利は、このタイラントに充分に収められたと聞きます。
そろそろ私たちの元には戻らぬのか。問います」
財産全部持って来いってか。薬と一緒に。
「大変遺憾ながら。出国時にフレゼリカ様に誓いました事案が達成出来ておらず。
未だ戻るには適わぬ状況です」
「確か。南の大陸へ渡る、と言う話でしたね。
それは何時程になるのか、示しなさい」
おいおい、そんな焦んなよ。あんたらしくもない。
「何分、渡を予定しております、南西の大陸は。
未だ未開の地が多く残っていると聞いており、こちらタイラントからも多くの商人が既に渡っておりますが。
展開された事業は多くはないと報を得ました。
未知である事には予測を立て辛く、未だご返答には及びません。
私も商員の1人である以上。渡るだけでは終わらず、未開の成功を目指したいと考えまする故に」
さてどう出る。押すのか引くのか。
「そうですね。
成功を見ぬままでは帰れない。よく、解りました。
さて、もう一つお前の噂を耳にしました。
最近、不思議な薬を手に入れたとか」
いよいよ本題か。前置きなげーよ。
「これはお耳がお早い。
確かに。不可思議な薬を手に入れました。
それに対し、フレゼリカ様が何を惧されているのか。
お聞きしても宜しいでしょうか」
「それは私も欲していた妙薬。
それを私に譲る気はないか。問います」
ドストレート!!
「あれは私共が協賛者を募り、大変に苦心して手にした代物に御座います。
当方で集めました鑑定道具に於いても、本物であると出ました。
本物である以上。あれは大国ですら揺るぎ兼ねない逸品にて。既に対価を求めるに及ばず。
値を付け様が在りません。
幾ら敬愛するフレゼリカ様と言えど。私の一存では決め兼ねます故。お許し頂ければ幸いです」
「許しません!値を付けなさい」
素で怒っちゃったよ…。ホントにこいつどうしたんだ。
「強いて。値を独断で決めるならば…。
マッハリア王国金貨で、5000億枚では如何でしょう」
「!!」
会場全体が静まり返る。
どうする。マッハリアの国家予算の万倍だぜ。
「それは…。些か法外に過ぎる値です。
他に、代価を払う案はないのですか」
何コレ必死。そこらの雑魚と変わらんぞ。
「そうですねぇ…。金で払えない、となれば…。
幾つかのご提案が在り、何れか1つに絞る事が難しく」
「良いでしょう。
先ずは、その内容を話しなさい」
一気に行きます。
「1つは。
マッハリア、タイラント間に於ける取引品の内。食料品、衣料品以外の全てのお取引を。明日、ヘルメン王陛下の生誕祭後の5年間休止する。
1つは。
ここより北西に広がる草原の平安を取り戻す。
1つは。
私自身と、私に関わる全ての関係者への加干渉行為。
御見守り行為の一切を、
只今を以ての恒久的な停止をする。
この3案を達成し、お約束して頂けるのならば。妙薬を無償でお渡しする事は可能かと考えます」
糞虫が意表を突かれた顔をしている。
鳩は豆を喰らってない。鳩に失礼だ。
「1つ目と3つ目は。この場に於いて、ご出席の諸外国首脳陣の合意承認とさせて頂き。
2つ目のタイラント国側の確認が取れ次第、のご発送となります。
その発送に於いても。マッハリア特使の荷馬車に乗せ。
こちらからの一切の干渉を控えさせて頂き、以降の現品保証も不問としたい旨、ご了承頂ければと思います。
如何でしょうか」
糞虫の逡巡時間が在り、暫くした後。
糞虫が屈した。
「…解りました。その全案を、飲みましょう…」
あんたが答えちゃいかんだろ!
集中する周囲の目に気付き、慌てて。
「いいですね、クライフ」
おせーよ。
「…了承した。タイラント王、ヘルメン殿。問題は」
「特に問題は見当たらない。自国の商業ギルド員への補償はこちらでする。貴国に関しては不干渉。
宜しいですかな」
「…問題無い」
そのクライフの返答を聞き終え、ヘルメンは即座に。
「今の緊急事案に対し。追って証書を作り。
後に。ここに集まる四国代表と、商人スターレン・シュトルフの署名を集めるものとする。
以上だ」
膝立ちも長いと足が痺れるねぇ。
ヘルメンに一礼。クライフに一礼。糞虫に一礼。
それから俺は自席に戻った。
ヘルメンの謝辞と御礼の弁を以て。
晩餐会は終幕した。
終了しても帰れません。
1時間控え室に待機させられ。
王城の玉座の間、右手の特別議室にドナドナされた。
ソプランとは入口前で別れ、1人で入室。
顔を並べるのは、ヘルメン、メイザー、ライザー。
ロロシュ、シュルツ、メルシャン、ミラン。
ギルマート、ノイツェ。
ヘルメンの前の机上には、1枚の証書。
「見事だ、スターレン殿。取り敢えず座れ」
一礼して空きの末席に座った。
「署名しながら発言しても?」
「よい、許す」
回って来た証書には、
既に4国代表の名が記入されていた。
渡された筆で署名と捺印を施した。
「王陛下。あの強引な持って行き方はないですよ。
流石に肝が冷えました。
もう少し焦らせば楽勝だったのに」
「余計な世話だった様だな」
「全く以て」
「これから。あれはどう動く。君の意見を聞かせてくれ」
どう答えるか。一同の顔ぶれを見渡す。
「マッハリア全体に関わる話になるので、胸の内に留めておいて下さい。
メルシャン様の御父上に告げ口するのも無しで。
宜しいですか」
全員の同意を元に。
「今回渡す秘薬は、長寿を促す薬です。
入手したフレゼリカは、滞っている生体兵器開発にそれを投入するか、自分で使うかの2択に迫られます。
あの人は、とても欲望に忠実な方なので。
恐らく我慢出来ずに自分で使うと予想します。
しかし。あの薬はそれだけで完結する様な、そんな生易しい代物ではありません。それは断言します。
自身でも魔人開発でも結果は同じ。
禁忌の魔道具であれ、奇跡の秘薬であれ。
使用するには代償を伴います。
それが力の暴走なのか、数多の生贄なのか。形は定かではありませんが、碌な事にはならないでしょう。
開発に失敗したフレゼリカが次に取る行動は。
激高した帝国に対し。降伏するか、手持ちの兵器で戦うかの2択となります。
あの人の性格上、降伏は絶対に有り得ません」
「マッハリアと帝国の戦争になる。君はそこまで予想しながら、この手を打ったのかね」
「そうです。それが最短であり、最少。
短期間で終わり、最少の被害で済む。その被害は、マッハリア国内だけで完結します。
歴史上。引き金を引いた私の名が、後世に汚点として刻まれるか。
戦犯として、王家の名が刻まれるかは解りませんが」
「君は…。どうしてそこまでする」
「理由…ですか。それを語るのは苦しいです。
強いて言うなら。マッハリアを出国する時。フレゼリカをこの手で倒すと決めたあの日から。
こうなる事はある程度予想していました。
勿論、葛藤はあります。妻と一緒に逃げ出したい。
南の大陸を巡り、世界を回る夢もありました。
それでもです。
自国に残る父は、今この時も。水面下で、各地に散らされた抵抗勢力の有志を募り、同胞を集め、嘗ての穏健派を鼓舞して回っているでしょう。
私が取れる責任は、開戦前にマッハリアへと戻り、
早期停戦の道を探るのみです。
父が倒れ、私が死んでも。最後には弟が残る。
現王家が全滅すれば、次の王位は弟スタルフ。
若輩で何もかも足りませんが。
あいつが居るから、私は頑張れるのかも知れません。
目下の悩みは。妻をどう説得すれば、暴走しないで居てくれるのか。だけですかね」
「何か…。私に出来る事はないのか」
「大変有り難いお言葉ですが。
手を出された時点で、帝国の餌食にされます。
どんな戦力だろうと。数の暴力には勝てません。
今回回避した件が水泡に帰します。
それでも何か、と仰って頂けるのなら。
今度、私がアッテンハイムの旅行から帰って来た時に。
ノイツェ殿と一緒に。
宝物殿の地下室を覗かせて下さい」
「…やはり、気付いていたのか。良いだろう。
国を救ってくれた礼だ。見せてやるとも。
但し。あれらは強力過ぎる。外へ出すのも余りに危険。
君への信用は置いてだ。
どうしてもと言う物だけ。その時に相談しよう」
「ご配慮、有り難う御座います。
それからシュルツ。これだけはフィーネに内緒だぞ。
これは、俺から言わないと駄目なんだ」
「…はい…」
苦しませて済まない。
「自分が居なくなった後の展開予想は、ロロシュ卿やノイツェ殿に伝えてあります。
折を見て、報告を求めて下さい」
「解った」
「何だかんだと言って。フレゼリカが自滅して、帝国が挙兵しないで居てくれるのが一番楽なんですが。
それは神に祈っても。叶わぬ願いなんでしょう。
これまでの無礼の数々。この場をお借りして、深く、お詫び致します」
あいつマジで死んでくんねぇかな!
「…コメントを控えさせて頂きます」
だよねー。
その後。本日最後の仕事を終え、長らく待たせた妻の元へ帰った。
くよくよ悩まない。
今夜はフィーネを独り占め~。
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