お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏

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第167話 夏休み・後半突入

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前半のご新規様はクエ・イゾルバで救出した人と。人身売買組織から救出した人の中から移住希望を出した者。

国の調査を経て家族が居る人は帰し。残りの内訳は身寄りの無い平民、親兄弟に売られた奴隷落ち寸前の平民が全て。既に奴隷ギルドに買い取られていた人に関しては国に引き取って貰った。

冷たいようだが国毎の法には抗えない。そこに手を付けてしまうと他の人。ギルドに登録された人を全員買い戻さないといけなくなる。

ピエールとソーヤンが悪いようにはしないと言っていたのでお任せするしかなかった。力及ばずで御免と、泣きながら移住を懇願する子に伝えるのは辛かった。

然りとて連れて来られた38名の男女。将来有望な15から上は21歳の若者たちを前に。
「君たちはまだ試験運用期間中の身。王都とハイネで住居と金銭を貸し与えていますが定住権を得た訳では有りません。窃盗行為や単独及び複数での逃亡行為を働いた場合は借金付きでクワンジアへ戻します。それらは出国前に説明した通りです。

過度な未成年者の飲酒。異性同性への暴行。などは何処の国でも犯罪です。その他にも女性特有の下らない派閥作り。目上の者への態度。現在仮で従事している仕事への姿勢。協調性、統率力、順応性等々が常に査定されていると念頭に置き。まずはタイラントのラフドッグと言うこの港町を楽しんで下さい」
「はい!」

「楽しむ中でも節度を保った行動を。今回は実験的に男女比と年代以外は無作為に5組に分けます。友人知人、出生問わずです。一番年齢が高い者が引率し、他は上の指示に従うように心懸けること」
「はい!」

「町中ではこちらのロロシュ財団、当町市場統括のメドーニャ女史を筆頭に財団関係者で町や仕事内容を案内して頂けます。はぐれて迷子にならないようにと。各班リーダーは下の面倒を欠かさないように。
町内外で私や妻を見掛けても手を振る以上の接触を図るのは減点対象。個人的な話が有る場合は同ホテルに滞在中のソプランとアローマに。夕食前迄に連絡を」
「…はい!」

「ホテル内での交友は自由。翌日の予定に支障を来さない範囲で。恋愛も自由ですが女性過多なので血みどろの喧嘩をする前に!話し合いで解決を。
その他意見の食い違いでの多少の喧嘩は認めます。この際腹を割って同様に」
「は、はい!」

「各班の査定引率者に取り入る行為は厳禁。宗派を問わず複数人で淫らな行為に及ぶのも当然厳禁。そんな物は帰ってからやって下さい。強姦などの重犯罪が起きた場合は当国の法に則る前に。吟味して私が加害者を海の底にに沈めます。私からは以上!」
「…」

メドーニャさんにバトンタッチ。
「要するにスターレン様とフィーネ様の邪魔をせず。余計な仕事を増やすなって事さ。他人を羨む前に自分を磨けってね。それじゃあ今から行事予定を説明するよ。
一日目は」

説明に入った段階で俺とフィーネはペッツたちを連れてエリュロンズの広いロビーを離脱した。

人数比的にも個人勧誘したハイマン一家とヤンとフラーメは後半のタツリケ隊家族と合同にて。


ホテルを出た所で思い切り伸びをして。
「うぅ~。これで3日はのんびり出来る」
「そうねぇ。でもさっきの最後。言う必要有ったの?」
「若い男はお猿さんだからさ。ちょっとモテると直ぐに勘違いする生き物なんよ。あれ位が丁度良いんだ」
「怖ーい」
言葉とは逆に腕を絡ませて来た。

久々に2人とペッツだけのデートや買い物を丸半日楽しめた。

ロイドは全体監視員のソプランたちのサポート役。目は幾ら有っても困らない。

レイルたち3人は自由行動。市場巡りや浜辺で遊んでいるに違いない。

夕食前にフィーネがブートバナナをペリーニャにプレゼントしに行った以外はイベントは無く。平穏無事に初日が終わった。

「ペリーニャ凄く喜んでたよ。あの子も寝覚めが悪い子だから有り難いって」
「それは良かった」
「でもどうして3本に制限したの?ペリーニャだけなら5本は渡せたのに」

「グラハム君が手を出せないように」
「あぁ…なる」
「種を飲み込まれても植えられても困るし。余力与えると一気に2本食いされそうで。優しいペリーニャがお強請りされたら断れるかなってその予防」
「ふむふむ。弟君はちょっとお馬鹿さんみたいだもんね」
「今後安定生産が出来るようになればまた考えるか」

「うん。明日私は午前中にグーニャ連れて水没行って来ます。最少装備と蔦だけで何処までやれるか試します」
「頑張って。その間にシュルツとプリタ連れてポムさんとこで打ち合わせして来るから」
「じゃお昼にここ集合で。カルはどうする?」

「監視員も手が足りていなかったので引き続きこちらで」
「クワッ」
招待者の様子を偵察しに行ったクワンも協力してくれるらしい。

明日の午前は正真正銘1人になるのか。今までは常に誰か傍に居たからなぁ。

楽しみでも有り不安でも有る。人間は身勝手な生き物だ。




---------------

どんな物にも隙や綻びが有る。それをスフィンスラーで学んだ。

今までは邪魔なら破壊すれば良い、と短絡的に考えていた。それは違うとベルに諭された気がする。

発動者のフィーネからの権限移譲は受け取って直ぐに済んだ。問題はその先に在る。

プレドラ本人が張る障壁。その後ろの神の加護。何方も壊そうとして壊せず悩んでおった。

邪神が異界に居る内なら。加護の厚みも薄い。必ず綻びは有る。そこを突き崩せばプレドラは墜ちる。

従者2人とは別室で細く笑いながら作業に取り掛かろうとした時。聞き慣れた優しげなノック音が聞こえた。
「レイル様。少し、折り入ってご相談が」
ラメルの方じゃったか。

入室を許可すると何やら重たい表情を浮べ。口淀み言い難そうに妾の前に立った。
「今日は一人かえ」
「はい。姉を説得して、お話をと」

「何じゃ。ハッキリと申せ」
「実は…」

ポツポツと紡ぐ様な語り口で。昔、両親が目の前で斬られて以来。ナイフや包丁が特に生肉や魚に対して真面に握れなくなっていると話した。
「成る程のぉ。それで豚の解体見学の時に気絶しおったのか」その時は慣れていないだけだと思っていたが。
「はい…。スターレン様からも先輩料理人からも恐怖感を持っていないかと指摘されました」

過去深くに根付いた記憶は改変し難い。消去しても塗り替えても前後の辻褄が合わず。最悪の場合は精神が崩壊してしまう。

「時と経験を重ねて乗り越えるしか無いじゃろな」
「…僕を、クビにはしないのですか?」
「こんな逸材を逃す訳が無かろう。自信を持て。万一妾が切ったとしてもスターレンが居るではないか」

ラメルは目をキツく閉じ。
「それでは嫌なんです。レイル様の下で働きたいのです。貴女様の、笑顔が見たいのです」
「それは目を開けて言う台詞ではないのかえ」
知らぬ間に魅了を受けてしまったのか…。

「瞳を見詰めて話すと…。レイル様が最も嫌う言葉を吐いてしまいそうで」
大昔の情景が重なる。…あの時のベルも。確かこんな感じじゃったかの。
「特別じゃ。何でも申せ。男らしく」

息を深く吸い込むと目を開き、真っ直ぐにこちらを見詰め言い放った。
「レイル様が好きです。一目お会いした時からお慕いして居ります。目障りなら…この命、散らせてくれても構いません」
「辛い選択じゃぞ。それは」
「覚悟は、出来ています」

真剣な眼差しじゃ。本来のこの姿を男に本気で好きだと言われたのは。魔族のベルに抱かれたあの日以来。

不意に懐かしく。切ない感情が甦った。

ラメルは少しだけ当時のベルに似ている。面影ではなく身に纏うオーラが。だからこそ雄でも気に入った。

「殺しは為ぬ。眷属にも為ぬ。人間の生は、儚く短いからこそ煌めく物じゃて。妾を…」
口調を大昔に戻して。
「私を好きにしてみたい?」

驚きで目を剥いた。
「え…?レイル…様?」
「さっき好きだと言ったばかりじゃない。したいの?したくないの?今夜を逃したら二度と機会は与えないわ」
「したい…です。でも僕、経験が無くて」
欲望に忠実じゃのぉ。

「逆に経験が有ったら誘いもしないし。この場で殺しているわ。運命に感謝為さい。この私が一から教えてあげると言っているのよ?」
「レイル様!」
ベッドの端へ誘うと犬のように覆い被さり、柔らかい口吻を求めて来た。

軽くそれに応え。
「勢いと度胸は良いわね。でもそれでは女は喜ばない。普段通り冷静に、且つ情熱的に。私を満足させなさい」
「努力します」

「そして過去の記憶と弱い自分を乗り越え為さい。この機会を無駄にするなら。それこそクビよ」
「頑張ります!見捨てられないように」

………

裸の胸の上で果て眠るラメルの頭を撫でながら想う。

筋が良い!身体の相性も良かった!暫くは遊んでやっても良いかもと。姉弟揃って…は無理じゃろか。

一々記憶を消すのも億劫じゃ。また懇願されたら考えてやろうかの。

「その瞳。寝ている間だけ借りるわよ」

さあ、震えながら待っていろプレドラ。
そして、墜ちよ。




---------------

フィーネ様からとても美味しいブートストライトの果実を頂いて。最近では珍しく良く眠れた。

種は回収されると言うので厳重に布で包み、バッグへ入れ保管した。そこまでは良かった。

夏風邪の病み上がりで鈍っていた私は一つの失敗をする。

飼料にしかならないと聞いた果実の皮を。厨房の生塵入れに投棄していた所を弟グラハムに見られていた事に気付かなかったのだ。

塵入れの真ん中辺りに紛れ込ませた筈だったのに…。

翌朝。グラハムは、皮を片手に騒ぎ立てた。
「姉上だけ狡い!外にも出てこんなに美味しい物まで貰えて狡い!」

僅かに残った実を舐め取ったのだろうか。

嫉妬に狂った駄々っ子がそこに居た。
「グラハムももう少し大きくなれば外に出られます。それまで我慢為さい」
「嫌だ!今直ぐ出たいー」

頭が痛い。助けてフィーネ様…。いけない。
私も頑張ると約束したのに数日で音を上げて助けを請うては笑われてしまう。

真贋スキルは有用で何でも見通せる反面。肉親や血縁関係が近い人。身近で親密になった相手は見え難くなってしまう傾向が有る。

相手の感情を表情で読み取るのは普通の事だと思う。

今目の前で騒ぐ幼児は嫉妬と怒りに満ちていた。

フィーネ様の言葉をお借りするならば。うっざい!!
正直鬱陶しい。汚い言葉で申し訳ありません。

「お外に出たいなら私でなく義母様に言うべきでしょ?」
「姉上なら聞いてくれるって言ってたもん!」
頭痛が増しただけだった。

「私だって無理よ。連れ出せない」
連れて歩きたくない。スターレン様の言う通り。絶対迷子になるに違いない。
「いーやーだーーー」
皮を顔に打つけられた。まだ臭みが出ていなかったのが救い。それでも良い気分ではない。

「物を人に打つけはいけません!硬い物だったら怪我をさせるでしょ」
「知らない!」私も知らない。

こう言う時に限って周りに人がい…。
修女が柱の陰に隠れていた。この子にお手上げ?私もなのですが?

溜息を吐き。その場で暴れるグラハムを放置して洗面所へ行き石鹸で顔をあらっ…ている最中にも。私のお尻を強く叩く幼児が後ろに。

聖女として。いいえ、一宗教の総家に生まれた人間として直ぐに暴力に訴えるのは愚行。

顔をタオルで拭き上げ振り返り。
「痛いでしょ」
「僕の手も痛い!姉上の尻が硬いから!」
だったら止めて欲しい。肉付きが悪いと言われているようで心も痛いです。

人間の我慢には限度が有ります。誰にでも!

頭痛を押し退け頭に血が上った私はグラハムの背襟を鷲掴みにして引き摺り本館二階会議室を目指した。

毎朝恒例の役員会議の朝会が行われている部屋を。

そこには父の他に、何時も私から逃げ回る義母イレイスフィアも居る筈。
「やめーろぉー。はなーせー。暴力反対ぃ」
「それはグラハムです。私は襟を正しているだけ」

暴れようと爪を立てられようとお構いなしに。止めに入ろうとする修女や衛士を押し退けて。

扉の前に塞がる衛士も転移で飛び越えて。会議室の扉を開け放った。
「御父様!!」
「なっ…」
私の血塗れの腕を見た所為か。騒ぎ暴れるグラハムに肝を抜いたのか。会議室に集まる人々の目が点。

「どうして反対別館に居る筈のグラハムが!何故に私の私室の周りを毎日の様に自由に徘徊しているのですか!」
「それは…」

「病み上がりで頭痛が残る私に捨てた果物の皮を打つけるわ。洗顔中にもお尻を何度も打つわ。今も爪で私の腕を引っ掻くわ!御父様の躾け不行き届きです!!」
「す、済まない」
「謝罪の言は要りません」

グラハムを床に転がし、呆然とするイレイスフィアに歩み寄り、その胸倉を掴み上げた。

戦く周囲と口をだらしなく開けるグラハム。そんな中。
「イレイスフィア様。義理の娘である私に。育児まで押し付けるとは何事でしょう」
「ご、御免なさい…」
「謝罪は要らないと言っています!先日は私が入浴中の風呂場まで押し入り。寝室にまで無断で入り。私の大切な私物まで盗み。いったいあの子に何をさせたいのですか」
「…え?」

「え?では有りません!」

バッグから大きな白紙を取り出し。右腕の血を左手で拭い取りテーブルの上で紙を叩いた。

即席の血判状である。

「今この役員が集まる場で誓いなさい!」
「な、何を」

「公務の前に実親である二人がグラハムをしっかり育てること。
私の私室と館の風呂場と特別室に魔力内鍵を設けること。
今日から三年間、あの子を私に接近させないこと。
以上!!」
「で…」

「出来ない?何故ですか!何れか一つでも破られるなら私は来年の即位式までクワンジア、モーランゼア、タイラント、マッハリアへ赴き。一日足ともこの地に戻りません!
それが嫌なら。さあ、誓いなさい!」

震えながら文面を起こす情けない親を尻目に。スターレン様とフィーネ様から頂いたカメノス商団製の消毒薬と傷薬で腕の傷を処置した。

包帯を巻きながらグラハムを睨み付けると彼は首を振りながら泣き始めた。
「嫌…嫌だ…。いやいやいやぁぁぁ」
「知りません!」

それでも駆け寄ろうとするグラハムの前に。イレイスフィアの椅子を引き倒して盾にした。
「痛い!何て酷い…」
彼女の目の前に包帯部を突き付け。
「誓約は、交わされましたよ。義母様」

静まる議場を見渡し。
「私は史上初の武闘派聖女としてアッテンハイムの歴史に名を刻む事をここに宣言します!
手始めに今年十一月の生誕祝辞を廃止。費用の全ては寺院や教会に割り振り為さい。
次に来年二月のマッハリア。スタルフ王の載冠式典に誰が行こうとも参列します。以上です」
「勝手に決め」
「文句を述べる前に。遣るべき事を遣りなさい」
イレイスフィアの腕の中で尚も暴れるグラハムを指して父に育児を促した。

「ゼノン。朝会は終わったのですね」
「ハッ。つい今し方終わり掛けにて」
「では修練場で剣の稽古を」

「は?ペリーニャ様は今、体調が…」
「は?では有りません。体調が悪い時こそ修行の好機。基礎体力向上と共に魔力も磨けるのです。今なら雑事も耳に入りませんから」
「では…。基本の型と、体力作りを」

「ユリアド卿。同じ女性としてお願いします。修練を終えるまでに内鍵の取付を」
「直ちに!」

魔力内鍵の構造はそれ程複雑ではない。単に発動者の許可した者以外では鍵を回せなくする補助鍵である。

外出後の施錠も同様。グラハムのみを除外すればこれまでと然程変わらない。念入りに手引きしそうな第二別館の修女も除外すれば尚良し。

………

修練後の湯浴みで各地の旅を共にした五人の女性聖騎士と湯に浸かった。

力の入らない二の腕を解しながら。
「木刀でも振ると重たい物なのですね。真剣を扱う皆様に甘えていたのが良く解りました」
「甘えるなどと。それが我らの仕事。そして望みです故」
「お気に為さらず。ご存分に我らを使って下さい」
隊長と副隊長が口を揃えた。

「有り難う。明日からも宜しくお願いします。主眼は体力作りで剣の稽古は適当で構いません。議場で唱えたのはグラハムを突き放す為の脅し文句です」
甘えたがりに甘えん坊を押し付けるのは間違っている。
「成程。では今後も型の稽古を続けましょう。模擬戦となると流石に教皇様がご反対されると思いますので」


日差しが注ぐ天窓を見上げながら呟く。
「先週ウィンザートの東で見た光景を覚えていますか?」
これに隊長のドロメダが答えた。
「勿論です。印象深い光景でしたね」
「私は何も見えていませんでした。特殊なスキルに頼り、表面だけを見て中身を全く見ていなかった」
「…」

「聖女と謳われ、持て囃されて。綺麗な部分だけを見て。
周りに集まる信者も何処か打算的で。それが悪い事だとは言いませんし思いません。ですがスターレン様を囲んだ者たちが抱いていたのは、純然たる感謝と憧れ。私もこう在るべきだと抱くと同時に、嫉妬していたのです」
「嫉妬、ですか」

「どうしてあれが私には出来ないのかと。知識、経験、宗派を問わない包容力。私に足りない物」
「ペリーニャ様。それは焦燥と言う物ですよ。我らは上からご成人迄、汚れた部分は見せるな、近付けさせるなと命が下されて居ります。御年と外遊を重ねられれば、極自然に身に入る物だと存じます」

「焦り…ですか。これではグラハムを悪く言えませんね」
要するに、私も子供だったのだ。
「そちらに関しては何とも」

軽く伸びをして。
「そろそろ上がりましょう。午後からは苦手だった政学を学びます」

最低限。奪われた二年の月日を取り戻す為の、努力を。




---------------

前より一段と大きくなったポム工房で打ち合わせ。
「いやぁ大きくなったもんだ」
「それもこれもスターレン様のお陰です。私たち夫婦だけではとてもとても」

「仕事が忙しすぎて本業の方は」
「最近では部下も育ち、品確認と署名をするだけでお終いですよ。コマネンティ財団の総代様からも直接受注と援助を頂いて。自分の時間も取れるようになりました」
「それは何より。エリュダー商団からも受注が来ているそうですね」

「はい。エリュロンズに入れている物は弟子の作品が殆どで。本編は将来の北のあちらの方に入れる為。鋭意作成中なんですよ。何れロロシュ様やスターレン様にも…。
勿論シュルツお嬢様にも品評をして頂けると」
「それは楽しみだ」
「待ち遠しいですね」

第一号店のメイン家具の仕入先は決まったも同然。

「それで。本日はどの様な御用向きで」
「実は…」

話を切り出そうとした時、商談室をノックされた。
「失礼します。お茶と茶菓子を…もう帰られるのでしたか」
お腹が大きくなったレイナさんがアイスティーと懐かしの炭色ケーキを運んでくれた。
「レイナ。それは下にやらせれば…」
「病気ではないのですからこれ位はさせて下さい。お産には相当体力も使うのですよ」

「知らなかった。予定日は何時頃なんですか」
「再来月の末頃の予定です。身体を動かさなければいけないと言うのにポムが心配性で」
「は、初めてなので私の方が緊張してしまって…、つい口が出てしまい」

「御目出度い事ですから。男は役立たずですが影ながら応援してます。妻に伝えて何か滋養に良い物を差し入れさせますよ」
「有り難う御座います。何かの序でで構いませんので。それでご商談の方は」

「そちらを頂いてからにしよっか」
シュルツとプリタに目を遣るとケーキに釘付け。
「「はい!」」

「お口に合うと良いのですが。竹炭のシフォンです」
「あぁやっぱり」

品評会以来、自分たちで殆ど作ってなかったからなぁ。
香ばしくて懐かしくほろ苦い。配分も完璧だ。
「美味い!」
「ほろ苦で大人な味わいですね」
「大人ぁ~」
無糖のアイスティーに良く合う奥行き有る味わい。
「帰りに竹炭買って帰ろうか」
「それは名案です!」

「買われるなんてとんでもない。お好きなだけお持ち帰り下さい。今の時期なら原料資材も豊富に採れますので」
「食用、肥料、化粧品、木材等の防腐処理にも使えて。作っても作っても…バカ売れです」
防腐処理…。あれに転用出来るかも。
「では後で。少し多目に頂いて行きますね」

話を本編に戻し。広いポムさん専用工房に場を移した。

片隅に削り立ての棚板が見え隠れ。
「ご覧になりますか?」
「いえいえ。楽しみは将来に取って置かないと」

ブートバナナの木を根株を切断した状態で床に置いた。

「バナナの木…では無さそうですね。大きさからして違う」
一目見ただけで。
「流石は専門家っすね。付ける実もバナナに似てますが全然別物なんです。何かに使えないかと相談を」

「私で良ければ喜んで。と言うより初物を前に胸が躍りっぱなしです。触れても宜しいでしょうか」
「勿論。剥いでも刻んでも存分にお願いします」
「では、遠慮無く…」

上中下各所を掌で数回叩いて回り。鉋で一掻き表皮を剥いだり。切り株を繁々と眺めたり。

第一段階の検分は終了。

次に真ん中を抱えて持ち上げ唸り。作業台と作業台との間に橋渡しして跨がってバウンドしたり。

最後に剥いだ表皮と断面の匂いをクンクン嗅いで終わり。

「バナナ同様に水捌けが良い。これなら短期乾燥で実用出来ます。柔軟性と反発力のバランスも良し。皮と断面の香りはサンタギーナ産のパイン材に似て爽やか。
皮を干せば芳香剤。炭にすれば脱臭剤にも成りそう。そして驚くべきはこの軽さ。
これなら寝具や椅子にも最適で。今総代様から受注頂いている建材の基礎にも使えます。いや是非欲しい」

総評を述べると今度は隣の工房の蒔き釜から火を持って来て剥いだ断面を数分炙った。

「凄い。水分は殆ど抜けているのに全く火が着かない。加工も容易で防水性と耐火性を兼ね備えた良質な木材です」

評価通りに煙が殆ど出ず。工房内に甘く爽やかな香りが充満した。

こちらが言葉を発する前に。
「スターレン様!是非とも私にやらせて下さい」
握手からの土下座。
「待って待って気が早いよ。まだ大量生産の目処も立ってないんだ。コマネ氏の案件も被ってるなら話は必ずポムさんに持って来るから。もうちょい待ってて」
「はい!末永くお待ちして居ります!」

2人を振り返り。
「話がめちゃめちゃ大きくなりそう」
「夢は広がりますね。先ずは生産目処と。寝具や椅子を試作して貰ってから採用検討を進めましょう」
「責任重大だぁ。エガー君大丈夫かな…」

「いやもうこれ1人で抱えられる規模でもないから。リ-ダーにエガー君を据えて。最初から複数人態勢にした方がいいよ絶対」
「お嬢様のご負担を減らす為にもそうします。私も抱え切れません!」
「プリタは初期研究に専念して。シュルツは色々頼んでごめん。無理だと思ったら何時でも連絡してな」
「いいえ。成人迄は自由時間のような物なので。遠慮は無用でどんどんお話を振って下さい!」
頼もしいわぁ。お兄ちゃんも遊んでられない…。

でも休暇は欲しい!

お土産に竹炭の大袋を頂いて工房を後にした。


自宅へ戻って急遽レイラさんから教わったレシピで竹炭シフォンケーキを焼き。ホール半分を手にラフドッグへと引き返した。




---------------

ホテルで既に帰還していた嫁さんと合流。

「レイラさんがねぇ。ブートの木も栽培が上手く行けばベッドや椅子にも出来るのね。色々と楽しみですねぇ」
「上手く運べば温泉郷にも入るし。車の内装とか骨組みにも使えるかも。で帰り間際に竹炭シフォン焼いて来た。ラメル君に対抗して」

「なら私も呼んでくれれば…。て、さっきまでお風呂入ってたわ」
「だと思ったから。今回はシュルツも手伝ってくれてサクッと終わった」
「周りが頑張ってると私たちも遊んでられないね」
「同感。とは言え休める時に休んどかないと…。ちょっとフィーネ疲れてない?」
額に手を当てても熱は無いようだったが。

「疲れ…てます。先に言うけど妊娠ではないよ。水没で、蔦鞭使ってボス海月の触手と応酬してたら、塵積でグロッキー。最後は強引に倒したけど。いやぁ本職さんは違いましたわ」
「水様生物と植物の合戦は不思議な光景でしたニャ」

「グーニャが居れば安心だけど。無理すんなよ。フィーネは明日完全休暇。送迎は俺がやるから」
「お言葉に甘えます。練習相手にはこれ以上無い相手だから。来週総仕上げでもう1回潜るわ」

「お任せします。お昼にしたいとこだけど…。ロイドたち遅いな。何か連絡有った?」
「ううん。特に何も。確かに遅いね」
「ちょいロイドと念話してみる」

何かトラブル?それともお昼食べちゃった?
「お昼はまだです。トラブル…と呼べるのかどうか。途中1名が迷子。そちらは直ぐに見付かったのですが。減点を嘆いたその方が恋仲の方と無理心中を。浜辺東の岸壁の上で只今実演中です」
…それをトラブルと言わずして何がトラブルか。

「それが…どう見ても嘘っぽいと言いますか。演技にしか見えなくて。ソプランさんの説得も華麗に流され。完全に2人の世界に酔っているとしか。暫くすれば夢から覚めるかと見守っている所です。
ルール違反ですがご覧になりますか?」
こっちから行く分には違反でもないし。どうせ俺の匙加減だから行くよ。

聞いた話を横流し。
「ほっとく?見に行く?」
「そりゃ行かないと。あの一帯見た目よりも浅くて岩だらけだから」


善は急げと着替えて向かった。

手を取り合い見つめ合う2人。10m程離れてソプランたちとロイド。その後ろに引率2人と同班の残りメンバー。
野次馬も数名。観客はそれだけ。

「クワンティは他を上空から監視中です」
「おっけ」

先頭のソプランと選手交代。
「ありゃ駄目だ。そもそも演技が下手過ぎる」
「そんなに?」
「声掛けりゃ解るさ」

出来る限り優しく大きな声で。
「何をしてるの?」

「あぁマエストイ!スターレン様が来てしまいましたわ!」
「おぉミジョルタ!こうなってしまってはここから飛び込むしか!」
あ、学芸会レベルだ。初期のメメット学芸団よりも酷い。

「待てい!評価が下がっても行き成り送り返したりしないから。それなりに苦労して連れて来たんだし」

「あぁマエストイ!やはり迷子になってしまった私は評価が下がるのよ!」
「おぉミジョルタ!この僕も共に行くから!」
半歩下がった。しかしまだまだ端までは余裕。

「だから!迷子位で評価は下げないって。減点は犯罪行為をした時だけ。今は俺から話し掛けてるから除外」

2人は熱く視線を交し。
「「やはりスターレン様は慈悲深き御方~」」
最後に胡麻擂り。その後端から離れ素直に投降。

何だったんだ今の時間。


念の為ロープを巻き付け吊し上げ。
「2人の進路希望は演劇か何かか」
「2人共。声の通りは良かったね」

マエストイから答えてくれた。
「はい…。僕らは、同じ劇団に所属していた下男です」
「付き人見習いでした」

リストを確認したが経歴欄には給仕職と書かれていた。
「正直に書けばいいじゃん。何で隠してたの?」

「演劇は認知度が低くて。連れて行って貰えないかと」
「殆ど給仕の仕事でしたので。嘘ではないんです」
確かに芸事の分野は広がりが浅く。高名な楽団でないと本業だけでは食べて行けないとされている。

「専門家じゃないけどさ。色々な物を見たり聞いたり。複数の職を体験したりするのは芸を磨く上でも有益だと思うんだ。大半の役者は仕事を掛け持ちで。長く厳しい下積みを経て生業にしてるって聞く。さっきのあの三文芝居の演技力じゃほら…この場の誰にも響いてないじゃん」
「練習不足と」
「準備不足です。スターレン様にお見せしたくとも。ご存じなければお時間の浪費で、ご迷惑かと」

「今のこの状況が余程迷惑なんですが?」
「「申し訳ありませんでした」」

「時間が有ればもうちょいマシな物を見せられるんだな」
「自信は有ります」
男らしく言い切った。

「そうだなぁ…。準備期間は俺が次の外務から戻る迄。最低でも1月は掛かる。こっちから手伝うのは練習場所と必要な小物と衣装までにしよう。
条件としては与えられた仕事は疎かにしないこと。残業無しの固定休日になってる筈だから練習は出来るだろ」
フィーネも隣に立ち。
「演目は任せます。帰って来てから私が直々に舞台と演出監督をするわ。さっきのあんなのじゃ駄目。全然心が籠ってないし。好き同士でなくても軽くキス位はして貰わないと見ている側は気持ちが入らない。
最終審査はスタンと…王族の皆様の前でお披露目よ」
「「え!?」」
驚く2人に追い打ち。
「何?怖じ気づいたの?貴方たちの夢や覚悟ってそんなもんなの?それだったら潔く諦めて普通のお仕事を探しなさいよ」

「い、いえ!遣らせて頂きます」
「心を込めて」

「この国の王様は新しい物が大好きで。まだ演劇が根付いてないから。第一頭に躍り出るチャンスよ。死ぬ訳じゃないんだから精一杯遣りなさい」
「「はい!」」
どうやら嫁さんは独自のお仕事を見出した様子。

フィーネが監督かぁ。面白そう。

「取り敢えず明日まではラフドッグを満喫して。週明けに休暇報告と合わせて舞台に必要な人員と数も報告を。
さあ他の人が待ちくたびれてるじゃない。はい解散!
私たちもお昼にするからこれ以上予定外の行動は慎むように」
「「はい…」」


クワンをフィーネが呼び戻し。ロイドたちと一緒に海鮮丼のお店へGO。

約束はしていなかったがレイルたち3人も同じタイミングで店に来ていた。丁度店奥の大テーブルが空いたので仲良くお昼を…。

何故かレイルとラメル君の距離感が狭まったような。

ラメルが俺に一礼したのでどうやらあの話をしたらしい。

半数が海胆、鱈白子、イクラの三色丼。もう半数が焼き鮭とイクラの親子丼を発注。

ハイプリン体を存分に摂取した。

途中三色丼を上機嫌で食べていたレイルが。
「スターレンや」
「なんざんしょ」

「何か魚市場で捌ける物は無いかえ。今日からラメルに特訓をさせる」
「え…?レイル様。も、もう遣るのですか」
「何じゃ。昨日の決意は嘘かえ。ガッカリじゃぞ。結局焼き職人で終わりたいのじゃな。褒美は二度と与えぬぞ」
褒美?て何だろ。
「遣ります!早急に」
ラメル君のテンションも何時もと違う。何処か男気溢れる雰囲気…て、ま・さ・か!

レイルの頬もほんのり紅い。これは確定だ。気に入ったらそこまでやっちゃうの?

女性陣も全員気付いた模様。え?マジで!?と言う顔を浮べている。

ラメル君は人類史に名を刻んだ。全く別の栄誉で。

反対隣のメリリーが苦虫を噛み潰し。理解が一歩遅れたソプランが絶句して2人を何度も見比べた。

「一々詮索するでない!で、どうなのじゃ」
「あ、あぁ…。そうね。練習は大事だよな。肉類よりは魚の方が取っ付き易いし。何が有るかは見に行かないと解らないけど。何かしらは残ってると思う」
「私も付き合うわ。お魚を下ろすのも得意とは言えないし」
フィーネは同行。

メリリーも当然参加。他は監視業務に戻ると宣言した。


昼下がりの落ち着いた魚市場では顔馴染みのおっちゃんが何時ものように広い床を水洗い中だった。

こちらよりも早く。
「よぉ旦那。暫く振りだな。今日のは殆ど捌けちまってるぞ」
「久し振りぃ。何か廃棄するとか海に帰す魚とか無いかな。捌く練習したいんだ」

「練習か。それなら…毒持ちで廃棄予定のが生け簀に居るぜ。食用ではないから遠慮は要らねえ」
どんな?

掃除を終えたおっちゃんと生け簀を見学…。
「うっそ!?マジでこれ捨てちゃってるの?」
「え?何て勿体ない…」
大きな生け簀2つには立派なカサゴと虎河豚が数十匹ずつ泳いでいた。
「近海の黒海老漁で良く網に引っ掛かるんだわ。両方猛毒持ってるから何時も捨ててるんだが…。まさか、食えるのかこれ」
「そのまさかだよ。ちょっと解体職人さん集めて。正しい捌き方一緒に教えるから」
「お、おぅ。直ぐに集めてくらぁ!」

集まった解体職人たちと市場奥の空いてる調理場へ。


出刃包丁大小をまな板脇に並べ、料理用手袋を装着。

初手は掌サイズのカサゴから。
「正式名称は知りませんがこれを俺はカサゴと呼んでいます。鰭や背鰭が傘のように開く所からの由来です。
カサゴの背鰭には猛毒が有り。素手で触れて刺されると最悪死にますが。厚手の軍手や皮手などで回避し。頭部から鰓を掴んでやれば安全に捌けます」
元気良く暴れるカサゴの後頭部と背鰭の間にピックを打ち込み。仮死と血抜きを同時進行。

大人しくなった所で横に据え。薄い鱗を丁寧に除去。

お腹の下からズバッと勢い良く包丁を挿し入れ。
「最終的に高温の油で丸揚げにするので鱗は多少残っていても構いません。これの内臓は食用には適さないので捨てて大丈夫です。
上手く調理に繋げるコツは一気に中骨まで切れ込みを入れること。包丁かナイフは慣れている方でどうぞ」

1匹目を流しでフィーネが水洗いと布巾で拭き上げ中に2匹目突入。

「ラメル君は4匹目で交代するから心の準備を」
「はい!」
気合い充分。今日は目付きからして違うぜ。

「カサゴの毒腺と背鰭は高温を加えると毒を消し飛ばせます。煮付けでは残留が心配なので食用油で揚げてしまうのがベスト。普通に塩胡椒を振って小麦粉を付けて揚げるのも良いですが。醤油がこちらでも手に入りますので。今回は大蒜醤油を塗り込み小麦粉を塗して揚げてみます」

2匹目を捌いた所で拭き上がった1匹目に調味料を塗り、衣を付けて揚げ油へダイブ。

調理を嫁に任せて3匹目へ突入。
「低温油から始めたら浮上するまで待ち。全体的に黄金色が過ぎるまで。油撥ねが小さくなったら頃合いです。時間にして凡そ10分から15分程度。しっかり切れ込み。しっかり揚げで中骨まで全部食べられます」
「捨てしまっていたのを後悔しますよ」
響めく観衆。まだ少し疑ってる。

いよいよラメル君にチェンジ。

億かなビックリ血抜き作業から。1発目を外し、憤慨して鰭を開いたカサゴの急所を2発目で捉えた。

鱗剥ぎ後に震える手で小型包丁を握り絞め、震えが収まると同時に一気にズブリ。

中骨を越えて背鰭手前まで貫通した。

「だいじょぶだいじょぶ。落ち着いて。水拭きが大変になるけど味が変わる訳じゃない」
「は、はい!」

交代してから2匹、3匹。切れ込みはやや歪にはなったが許容範囲内。4匹目からはかなり手慣れて来た。

飲み込みも早い。

合計9匹目で解体班長と交代。

見ていただけでも魚のプロ。圧巻の包丁捌きで流れるように15匹目の処理を終えた。

初品の油切りと粗熱が取れた段階で。一般人代表でラメル君が勇気を持って背鰭からガブリと行った。

心地良いサクパリ音が響き渡り。
「お、美味しい…。鰭と僅かに残る鱗も良いアクセントになって香ばしく。大蒜醤油が甘み有る肉汁と相まって舌の上を駆け抜けて行きます!」
2口囓った所でレイルが我慢出来ずに奪い取り頭からガブッと豪快に。
「おぉ!美味じゃ美味じゃ」
続いたメリリーも。
「んん!?香ばしくて美味しいです。食事のメインでもお酒のお摘まみにも合うお味ですね」

おっちゃんが2匹目を掴んでパクり。唸ると今度は班長が3匹目。職人さんたちは数人で1匹をシェアして吟味。

俺たちは2人で1匹。悶絶した。
「あぁ浜辺のビールが飲みたい!」
「後で買いに…。もう唐揚げが無いね」
残念。15匹目の熱々はレイルたちの胃袋の中へ。


手と口端を洗って拭きながら。
「処理したカサゴが綺麗に消えた所で。上級編の河豚の捌きに入ります。
一般常識的に全身猛毒に覆われて食べられないと認識されている中にも食べられる部位は有るんです。俺は卑怯にも鑑定眼を使ってしまいますが。正しい知識と経験さえ積めば誰にでも捌けます」

道具一式を洗い直し。1匹目の後頭部を一撃。鰓上をピックで両サイド突いて血抜き。
「血にも毒性が有るので抜け切るまで待ち。出なくなったら再開。この虎河豚で食せるのは背筋内部と雄が持つ白子。雌の卵巣や腑や皮は噂通りの猛毒です。死にたくなければ挑戦するのはお止め下さい」

一旦水で洗い流し。下腹を開いて後部の白子部だけを外して流水桶にIN。

「因みに他の種類の河豚の白子には毒入りも多数存在します。食べられるのはこの虎柄の河豚のみだと思ってくれて構いません」

注意事項を付け加え。
「家畜の口に入っても殺してしまうので灰まで燃して何も無い土に埋めて下さい。その他これまでの廃棄方法で構いませんが解体状態で海に落とすのだけは止めた方が無難です。海水浴客を死なせたくないなら」

背鰭脇から包丁を入れて背面を開き。
「この厚い皮と背筋を繋ぐ内筋繊維までが毒だと思って下さい。念には念を。内筋部よりも更に2mm程下側へ切れ込みを入れ。外側へ切り進めながら肉を外します」

薄ピンク色の鶏笹身のような物体を掲げ。
「大物1匹からこれが2つ。薄切りにしてこのままお刺身でも食べられますが怖いと思われるでしょうから。今回はブツ切りにして先程のカサゴと同じ味付けで唐揚げにします」

良く水で流し。綺麗に拭き上げ。ブツ切り断面を見せ。
「ここでの注意点は。高温を加えても毒性が変質しないことです。付着残りが怖いなら。容赦無く削って薄いピンク色を目指して下さい」

後工程をフィーネに渡し。

「じゃ。ラメル君やってみて。多少付着してても俺がちゃんと鑑定して取り除くから」
「頑張ります!」

手先から伝わる生肉の感触が怖いのか。またも出だしは震えていたがそれも序盤だけ。2匹目を処理する頃には自信を持って切り進んでいた。

たった1日で変わるもんだねぇ。男って単純だ。

付着残りも殆ど無く良好な取れ具合。

計4匹を終えて白子は3個。

「白子は冷やして生でも。湯引きにしても衣を付けて天麩羅にしても良し。
今日は薄皮を炙るだけの網焼きにします。班長さんと交代して焼きに回って。型崩れさせず焼き目を付けて中までは火を通さない感じで」
「それは難解な…。でもやってみます」
挑戦有るのみ。進めや青少年。

2匹目でコツを掴んだ班長。更に副班に入れ替わり捌いてやったぜ合計23匹。

大量に揚がった唐揚げも数分で消え。メインの焼き白子もラメル君から始まり続々と消え去った。

「火を通した食感と風味は鱈にも似て。曲が無く魚の甘みが強いのが特徴。白子の味付けは醤油でも良いですが今のように粗塩を振るのが一番だと思います。
低脂肪で高蛋白。滋養強壮に加えて美肌効果も高い非常に良質な食材です。尚且つ美味しいと来れば」

おっちゃんが熱く涙した。
「旦那とお嬢さんが言ってた通りだ。捨てるなんて勿体ねえや。今まで埋めてたのを掘り起こしたい位だぜ」

「それは止めましょう。最後にこちら。端部を除いた尾鰭を良く炙った物。これは焼酎のお湯割りに浸したり。日干し昆布と一緒に出汁を取ったり。2次的な物に使えます。
味よりも風味を楽しむ感じです。半分だけ貰って帰りますので残りは皆さんでお試しを」
俺は日本酒の熱燗で試すがね。

「ありがてえや。早速今夜試してみるぜ」
解体班長さんも。
「魚の事なら何でも知っていた積もりでしたが。今日は大変勉強になりました。有り難う御座います」

「お礼ならこちらの若手筆頭優良株のラメルに。明日も何か解体をさせてやって下さい。河豚を捌くなら俺も鑑定しに来ますから」
「それは喜んで。昼過ぎの今ぐらいなら何時でも来て下さい。素人には難しい鯛や平目を用意して置きます」
俺もそっちが見たい。

「スタンさーん?私、今日1匹も捌いてないんですけどー」
「ごめん忘れてたわ。班長さん、嫁さんも序でに」
「奥様は勿論。スターレン様のお連れ様なら大歓迎ですとも」

「今日の案件は特に制限はしませんが。商売に繋げるならメドーニャさんに一言入れて下さい」

「当然だな。元手零で捨ててたんだ。収益が出たら最低半分は振り込むぜ」
「振込なら。本日の発起人のこちら。美しき麗人のレイルダールさん宛でお願いします」
「照れるではないか!」
肩を強めに叩かれた。外れてしまうがな!

「良し覚えた。てこんな美人さん忘れる訳ねえさ。後でギルド行って確認しとくよ」

他のメンバーへのお土産は明日として。

大人の階段をすっ飛ばしたラメル君の修行の一歩目が終わった。

吸血姫の魅了のど真ん中に踏み込んで尚、平常心で居られるその胆力と器の広さ。ラメル君ならやがて世界を…

もしかして俺が死んだ時の保険だったり。
「それは飛躍し過ぎですよ」
あらま聞こえてた?
「昼から繋ぎ放しでしたので。こちらも本日の任務は終了です。では後程」
また後で~。
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