お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏

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第198話 南海上の船団

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早朝にスッキリ目覚めてしまい朝食にはまだ早く。
ルームランナーで掻いた汗を流す朝風呂。

でベッドの感想を言い合う。
「いやぁヤバかったですねスタンさん。全身が包まれてるみたいで。お母さんに抱かれてるような安心感と幸福感」
「もう隣のベッドに戻れそうにないですな。寝た時の姿勢から微動だにしなかったなんて初めてかも」
「同感。木の香りも竹とは違った清涼感で脱臭もしてくれるし寝覚めの気分も爽快」
「真に寝具を極めたって感じだな。あれなら何処に出しても恥ずかしくない。てか逆に広めたくない」
「ねー。幾ら位の値付けになるか楽しみ。でも入れるなら王宮からだろうから。買えるのは何時になるやら」

「レイルが怒り出したらあれを譲るかなぁ。非常に惜しいけども」
「しゃーなし。旅先にも持って行きたいけど毎晩奪い合いになっちゃう。暫くは自宅だけの楽しみね。
ねえスタンさん。今夜はカルと寝るから隣で我慢してくれないかな」
嫁の渾身のお強請りには弱いおいら。
「…マジかね。今夜こそ寝かさない積もりだったのに」
「それは…今度のモーランゼアで♡」
言質が取れました。

夫婦とロイドとペッツの朝食。
「真面目な話。モーランゼアの滞在期間はどうする?」
「今度は完全な私用だからね。流石に1週間も丸々は居ないよ。アルシェ隊が早まるかも知れないし。
俺が城と工房往復してる間にフィーネたちで買い物で分ければ早く済む。滞在は4日間目標で。
交渉が延びたら1月回し」

「買い物班でも手分けすれば早いしね。お土産渡しは私とグーニャで行って来るわ。骨槍のお強請りは忘れずに」
「レイルも行くって言い出したらロイドに頼める?メリリーと一緒でも結局初めてだしさ」
「構いませんよ。その為の3部屋ですものね。私も城へは入れませんし」
そう言ってくれると思ってた。

追加の減衰型スカーフが有ったらいいねと話し朝会終了。

年内の大きな案件は後3つ。
時計案件。アルシェ隊。ペカトーレの見積もり。
それだけだと、この朝までは呑気に考えていた。


出掛ける前に本棟でお祈りを捧げているとロロシュ氏の方から声を掛けられた。

夫婦2人で書斎に招かれ。ゼファーさんから。
「一昨日から調べていたウィンザート南の無人島の件なのですが。シュベインに問い合わせた結果から申しますと兵士は白。謎の集団は黒。
以前より度々スターレン様らが島を使われていたのは軍部や猟師たちには周知で。二ヶ月程前から近くを通り掛かった猟師がスターレン様らではない怪しげな集団の目撃情報が複数寄せられ。不審に思ったシュベインがライザー殿下に依頼し一度巡視船が送られた模様です」
「周知されちゃってたのね」
「ちょっと恥ずかしいわね。色々と」
今更っす。かなり派手な事してたからなぁ。

「偵察の結果は何も無し。但しクインザが使っていた小洞窟内で新しく火が焚かれた痕跡が見付かり。問い合わせをするでも無くスターレン様らが使われたのだと判断されたとの事。如何でしょう」
「洞窟内は使ってないね。全く」
「何時も浜辺を使っていて。やっぱり誰か来てるんだ」

「ウィンザートの漁業関係者の間では上陸は御法度。嫌な思い出も残る島ですので。お二人が居たらご挨拶をしたいなと偶に接近はするものの上陸は有り得ないと。
大陸側からの一般船の出港は皆無。ラフドッグ側に動きが有れば必ずこちらに情報が入る故に無関係。
可能性で挙げられるのはロルーゼ側から船。ですが直近のフラジミゼールからでは距離が有り。東海上を走り去る異船の目撃情報も有りません。
詰まる所謎は謎のまま。何かしらの転移道具を駆使して移動している物と見ます。
然り、集団と南国船との因果関係は不明です」
「転移が濃厚だけど捕まえ辛いな」
「国の内地。嘗てのクインザの関係者。東か北の残党か敵か味方なのかも。全くの未知」
迂闊に攻撃も不可。

正確な測量技術は未発達なので領海の線引きは曖昧だが沿岸200kmが人間社会の共通ルール。

隣国同士の商船や漁船の往き来も、深く入り込んだり無闇に上陸さえしなければ無許可でも明確な罰則は無い。

海上も封鎖中の南東大陸や帝国を除き。独自ルールを設けているのは南西のギリングスとスリーサウジア。

ギリングスは去る船を追わず。スリーサウジアは来る船を徹底的に拒む。詰りギリングスは海賊を野放しにしていると悪評が高い。

サダハんが東を嫌うのも仕方なしでは有る。

「今日これからラフドッグへ買い物と明日の贈答用の鮪を捕りに行くんで序でに無人島を詳しく調べてみます」
「シュルツは護衛と一緒に内陸に残すのでご心配無く」
「うむ。遣り過ぎるなよ。
ライザーからヘルメンに情報が届いている物としてこちらは無視をする。彼奴も様子を見ているのだろうな」
連絡不足で上から怒られる心配は消えた。
「「はい」」

時刻は9時半過ぎ。

自宅への戻り掛けにシュルツとソプランたちを誘い。レイルたちも招いて軽く打ち合わせ。

「動きが有るのは来年かと思ってたらそうでもなくて。手始めに無人島周辺調査と南海上の船団をクワンに見て来て貰おうと思う。
鮪漁が終わったら船から下りて一旦解散。ソプランたちはシュルツの近くに置くとして。レイルも来てくれるならメリリーはどうしよう」
「私は足手纏いにしかならないので当然アローマさんたちにご同行しますわ」
「それがええかの。頼んだぞアローマ」
「畏まりました。転移道具持ちならラフドッグも油断は出来ません。私たちの傍から離れませぬように」
「はい」

「お嬢様から距離取るのも止めだな。窮屈だろうが我慢してくれ」
「むぅ~。解りました。しかし何者なのでしょうね。全く腹立たしい」
折角のデートを邪魔されちゃ腹も立つ。
「まあまあ。念の為にまたジャケットとカチューシャ着ければ余程大丈夫よ。デートに集中して普段通りにね」
「はーい」

「グーニャもシュルツ側だけど。ロイドはどっち行く?」
「私も無人島ですね。レイルさんよりは面が割れていない筈なので虚は突けるかと」

反射盾と古竜の泪は引き続きシュルツが持ち。各自着替えてラフドッグへ出発。

到着早々にピレリを拉致りスタフィー号に乗り込み沖合へGO。

船上からクワンは南へ飛び立った。

魚群の真上で停船し、たっぷり半日以上過ぎた複製筺をデッキでご開帳。
「おぉ出来てる…」
「成功ね」

オリジナルよりは若干小さな物が亀の子で乗っていた。
名前に複製品と付いた以外は性能劣化無し。今度は複製品を複製出来るのかを試す。

発動させてまた収納。

「複製が繰り返せて小型化まで出来るならスマホや自走車にも使えるな」
「夢は広がりますね、お兄様」
ピレリの嫉妬の眼差しを感じ取ったのでシュルツの頭を撫でるに留めた。

複製にも限度は有るさ。


大狼様の今回の気分は6匹。城へ収める用2匹。明日の贈答用2匹。自分たちとロロシュ邸用のを2匹。

北土産以外は血抜きしてフィーネが保管。

フィーネとグーニャのシャワー中に取り残されたピレリに掻い摘まんで状況説明。
「ラフドッグ内では何か違和感は無い?」
「違和感…。は無い、ですね。財団系は勿論漁協共に不審船の目撃情報は届いていません。バインカレ様宅への出入りも兵士のみ。町中での不審者も皆無。酒場での喧嘩は日常です。熱い人たちなんで。
戻ったらゴーギャンとメドーニャにも確認してみます」
「宜しく」
活気有る港町ぽい。

「魚市場近くに河豚と笠子の専門店が出来ましたのでお昼はそこで如何でしょうか」
「お、いいね。行く行く」

レイルが興味を示し。
「土産用のは買えるのかえ?」
「大宴会用までは無理かなと。ラメル君用ですか?」
「そうじゃ」
「市場の生け簀にストックは無いと思われます。質は落ちますが冷凍庫に有るかも。とご一家レベルでしたらお店の方で購入可能かと。お二人とレイル様以外は難しいでしょうが程々に」
「一食分かのぉ」
程々を弁えた!?かなり柔軟になったな。

「ソプラン。合間見てダイテさんに明日の予告と不審客の情報無いか聞いてみて」
「おう。顧客情報は厳しそうだが…。ま、お前の案件なら行けるかな」
「エリュダー全体の評価にも響くから無理強いせずに」
「解ってるよ」
聞いてしまってる時点で危険なんだが。


フィーネたちが上がってから帰港。

戻ったクワンを交えて昼食。店は市場の東奥。意外に大きく2階が小宴会場になっていた。

1階は大盛況。市場で見知った顔が多く客や店主から手厚い歓迎を受けた。

その2階を貸し切り。新築の板の間の香りが心地良く。席は掘り炬燵式で床暖。足元から暖か。

靴やブーツを脱ぐ店はとても珍しい。

「良く取ってたな。宴会場」
「そろそろ明日の打ち合わせを兼ねてシュルツ様が護衛付きで来られると予想して何軒か押さえて置きました。実は出港前に事務所の人間を走らせたり」
「腕を上げたじゃないかピレリ君」
「お褒めに預かり光栄です。もし来られなくても財団関係者で使えば良いと考えまして」
アフターケアまで完璧だ。

てっちり、湯引き白子、笠子の唐揚げ、醤油ベースの野菜たっぷり水団鍋。御握り入れて雑炊にしたい…

大満足でもう満腹。

「やっばい。急激に帰りたくなって来た」
「もう全てを忘れてしまおうか…。と口から出ちゃった」
「駄目ですよお二人共」
しっかり者の妹に窘められる豪華な昼食会。
「「はい」」

レイルとメリリーとは顔馴染みの女将さん(夏に宴会した解体屋の奥さん)からお土産をキッチリ受け取っていたのを見て。超羨ましかったが今回は自重。

今度来る時は要予約。


財団事務所の会議室を借りて打ち合わせ。

周囲が免疫が無い為、今回はグーニャの通訳無しでクワンの報告を聞いた。

スマホより。
「北上中の船団は四十五。大型一つ以外全て中型クラスの大きさ。上から見える範囲で合計三百人規模。開口部と弓台ハンガー多数で軍船に近いです。
ですが人質の類は見えず。国旗も海賊旗も無く帆は真っ白でした」
敵かどうかは依然として不明。想像よりも数が多い。
「何も無い…か。安全な奴らではないな」
「現在位置は島から南千六百から千八百の間。途中に別島は無く。進行方向は真っ直ぐ無人島とウィンザートを向いているので来るのは間違いないです」

「直ぐそこまで来てるのか…。船は早くて2日後辺り。手引き者が受け入れ準備するのは今夜位から」
「収納袋持って食料運んでそう。だけど国内で大量購入した形跡は無い」
「こつこつ買い溜めとか分散買いとかかな。ま、取り敢えず明るい内に行ってみよう。連絡も入れるけどシュルツは夕方になったら先に帰ってて」
「はい。お気を付けて」




---------------

14時過ぎに島へ到着。

自分とフィーネは減衰型スカーフ。ロイドとレイルは透明化のフレアマント。クワンは上空で透明待機。

直後に索敵と双眼鏡で確認。

北側の島や海域に船や人影は無し。

現在地の南端島にもまだ自分たち以外は誰も居ない。

人が踏み込んだ形跡の無い茂みへ移動。洞窟の開口部から東の位置。

「まだ入植者は居ない。気になるポイントは魔王城のメダルを拾った南の小山。洞窟の内外。狭い南海岸。船で乗り付けられそうな東西の岸壁。
300km北海を漁船数隻が往来してる以外は500圏内に船影は無い」
「来るなら直接ここね」

「東西に蝙蝠潜ませるかえ?」
「いや蝙蝠は戻して。てか近くに呼び寄せて実験してもいいかな」
「実験?とは何じゃ」
「フィーネ。ハープ鳴らしてみたくない?封印する前に」
「え…?あれ使うの?興味は有るけど」
「悪い人ですね」

「今使わんで何時使う、て話。敵か味方か解らんなら昏睡させて1人1人身包み剥いで金の椅子に座らせた方が早くて安全確実だろ?
クワンは大丈夫だと思うけど蝙蝠は寝落ちするかも知れないなと思って」
「ほうかえ。来たは良いがまた出番が無さそうじゃな。まあ近くに寄せようか」

「クワンティも私の肩に戻って」
空に向かって小声で呼んだ。

秒も掛からずフィーネの肩からクワンの小鳴き。

虚空を撫で撫でした後。バッグから布で厳重に包んだハープを取り出し解放。

「レイルには耳障りかも。それでも良い?」
「耳鳴り程度じゃろ。もし寝たらフィーネのキスで」
「嫌よ。明日の朝に殴り起こすわ。グーで」
「何と言う無慈悲…。まあええじゃろ。揺すって起こせ」

頷き返したフィーネはハンドハープの角を手に。腕に抱えて右手でサラリと弦を弾いた。

4本の半透明な弦が織り成した音色。それは高音が美しく伸びる歌姫のビブラートのよう。

音の波が風に乗り耳奥の鼓膜を優しく撫でる。微睡みの中で美女の膝枕に頭を預ける安心感。感想は各々。

発動者のフィーネが両手で弦を止めた。

「どうかな?私は平気。発動者だからかも」
「俺も平気。疲れてる時には解らんね」
一応立ってストレッチ。特に違和感は無い。
「私も平気です」
一鳴き「平気です」
「妾もじゃ。しかし蝙蝠は寝たな。プレドラは昨日から爆睡中じゃて解らん」
近場の枝からボトボト落ちた蝙蝠6匹を乱暴に掴んで影の中に放り込んだ。


俺とロイドの索敵範囲は大体同じ。合流地点はトイレを設置したここ洞窟の東方。使うのは俺とフィーネしか居ないんだが…。人間は不便だ。便だけに。

んな事はどうでも良い。

自分は入り組んだ南海岸。ロイドは何時も使っていた北海岸の岩陰に潜み。南北から索敵すれば9割方島を網羅出来る。

範囲から漏れる東西の岩場にはフィーネとレイルを配置。クワンは引き続き上空監視。

ぶっちゃけ遠見スキル持ちのレイルは何処に居たって同じなのだが。彼女に関しては完全にノリ。

日の光を利用して読書。小腹が空いたので蜜柑を頬張る午後の南海岸。

夕飯どうすっかなぁと考えながら夕焼けに染まる海辺の景色を眺めた。

そこはかとない尿意を覚え。男冒険者の特権。岩間の隙間に黄色のアーチを描いているとその時が来た。
「洞窟内に5人。現われました」
ちょっと待ってねー。ちゃんと手を洗わないとフィーネに怒られちゃうからさ。

ロープで掴んだ水筒から普通の水を垂らしてお手洗い。
消毒液も塗してハンカチで拭き拭き。

良し。まだ集まる気がするからもう少し様子を見よう。
フィーネを合流ポイントに寄せて待機で。
「承知」

恐らく別動で来る。その根拠はレイルが見た一瞬で消えた集団。そいつらはこちらから丸見えの南小山に現われたと言う。

魔王城のメダルを探しに来た組織の連中の可能性。にしては期間が空き過ぎだ。

多分この島で一番見晴しが良い場所を探していたんだと思う。前者も捨て切れないがメダル以外に道具類は見付からなかった。

秘蔵の探知片眼鏡君を信じるとしよう。

我慢強く日没を待った。


悪い奴らは夜の闇夜に紛れて暗躍するのが常識。
定説を盲目に遵守した愚か者が、遂に来た。

マミー。こっちは6人。手には魔導ランタンとスコップ。
何かを掘り起こしに来たみたい。

隙を突いて捕縛する。もし逃げられてもそっちの5人に吐かせる。そっちの動きは。
「大きな動きも増減も無し。洞窟内で食事を作っている模様です」
給仕班だな。こんな場所に洞窟キャンプを楽しみに来る訳が無い。そうだったらデコピンでお仕置きだ。

関係有りと見て最速で駆け上がり6人の捕縛に成功。

どんな強者だろうと両手両足首を縛って逆さ吊りにしてしまえば一網打尽。大抵の転移道具も空中では発動しない。

クワンに渡した物は超激レア品。

悲鳴は聞きたくないので猿轡も施した。
ウーウー唸って魚のように畝って暴れてる。

足元に何が埋まっていたのか気になったが善は急げと合流地点に走った。

捕縛成功。そっちに持ってくからフィーネのハープ鳴らし捲って。
「はい」

音色が聞こえ始めると上の唸り声が止んだ。




---------------

洞窟内で倒れた1人が頭から薪火に突っ込んで半分禿げてしまったがそれ以外には負傷者無し。

リゼルオイルは勿体ないので市販の火傷薬で応急処置。

頭が燃えても起きないとはハープの力を改めて実感。

女性は居ないので遠慮無く身包みと道具類を剥ぎ。パン1にして中身は俺が確認した。

ソプラン連れて来れば良かった。

茶色い染みとチ○コ以外の汚物無し。

レイルは背を向けて周辺警戒。クワンは洞窟の上で翼を休めていた。

洞窟前に11人を上着パン1+縄で縛り直して並べ。
金の椅子に座らせて取り調べを開始した。

起きるまで殴ると多分死んでしまうので椅子に乗せては気付け薬を嗅がせて起こした。

椅子の洗浄は最後にしよう。

1人目は地上班のランタン持ち。
「…今いい所だったのに」
恨めしそうな目を向けられた。どんな夢やねん。
「聞かれた事と関連する事だけ答えろ」
「はい」
「お前は何処の誰でここへ何をしに来た」

「私はサイラス・ベナード。元ギリングス王国王宮騎士団長で今は冒険者として傭兵をしている。
ここへは南から来る船を導く指針道具の所在を確認しに来た。掘り起こされていないかと奪われていないかをな。
さっき君が掘り起こさなかったのは僥倖だ。少しでも動かせば船が引き返す所だった」
色々気になる。
「船には何を乗せているんだ」

「海賊に囚われているギリングス女王プリメラ様の一人娘マルシュワ姫とその他大勢の人質。その中には私の妻と子も居る」
人質を動かした?正気とは思えない。どうして海賊が切り札を捨てるんだ。は後にして続きを聞こう。
「姫と家族の救出の密命を同時に背負い。海賊に加担し傭兵として雇われた。
相手が海賊だけならまだ良かった。内部に入って直ぐに海賊を裏で操る別組織が居るのだと判明した。
そいつらは頭が切れる。徐々に採取する人質の範囲を広げ隣国のカーラケルトにまで手を出してギリングスだけでなくサンタギーナの動きまで封じた」
「それで両国が共闘出来ないのか」

「そうだ」
と答えて後ろで寝転がる男たちを振り返り。
「左から二番目と一番右の二人。その三人が謎の組織の監視員で転移の指輪を着けていた筈だ」
右端は焦げて禿げた奴だ。
「確かに。人質が移動した理由とタイラントに向かって来てる目的は」

「有名なタイラントの外交官スターレン・シュトルフを抹殺するのが最終目標らしい」
だと思いました。
「その目標の為にタイラント内に潜り込み。スターレンが出国するのを見計らい。人質を盾にして脆弱な海軍を破り港町を占拠。国内外の民を人質に取れば幾ら英雄と言えども手出しは出来ない。今がその瀬戸際だった。
君らが何処の誰だかは知らないが。どうか英雄に伝えて欲しい。私を含め、東大陸北西海域に駐留する傭兵の半数は。家族を質に取られた者たちだと言う事実を」

スカーフを外して名乗る。
「安心しろ。俺がその本人だから」
「おぉ…何と言う…僥倖。先程の白いロープ。やはり夢では無かった。女神様は我らを見捨ててはいなかった!」
夜空に叫び、号泣した。

「落ち着け。喜ぶのはまだ早い。サイラスが考える最善策を教えてくれ」
手首の縄を解いてタオルを渡した。
「そ、そうでした。少し考えます…」
涙と鼻を拭いてタオルで顔を覆った。それは本人にあげようと決意。こんな俺で御免なさい!

「今直ぐ動ける猶予は船が島に到着するまでの数日。予定では三日後の早朝と聞いています。
監視の三人は殺せません。私と同行していた一人が船に乗る幹部と交代し。…禿げた男と我らが東へ帰還。一人がギリングスの拠点へ帰還。交代した幹部がタイラント内に先行潜入。そう言った計画です。
一つでも欠落すれば下から順に人質を殺し始めます」
忌々しい。
「指針道具を動かすと俺に気付かれたと引き返す。何人無事に帰されるかも解らない。良く練って来たな」
「船に乗る人質は姫と東に関わる全てだそうですが。南西側の人質は拠点に残ったまま」
そりゃ全部連れて来る馬鹿は居ないって。

「今日来た11人の他にもここへ来るのか」
「いえ。転移道具も数が無いのでこれ以上は無いかと」

レイルが欠伸をしながら。
「妾がその四人の記憶を捏造して各地に飛ばせば良いじゃろ。プレマーレが覚えておる顔も有るかも知れぬしの。
腹が減ったのじゃ。メリーも邸内で心配しておる」
「やって頂けるんですかレイル先生!無償で?」

「今回は…憤怒の長刀と妾のサーベルを合成せよ。片刃刀も悪うない。それで手を打つ。
フィーネが持つ書き換えの冠を使えば楽勝じゃて」
「明日さっくりやっちゃうわ。ありがとレイル」

「じゃあフィーネ。レイル連れて先に帰って食事と8人分の寝床用意頼んで。地下の監禁部屋で3人は吐かせる。
俺は残りの7人の着替えと事情説明してから帰る」
「うん。解った」

スカーフとハープを仕舞い。レイルを連れて離脱した。

椅子の上で呆然とするサイラスの肩を叩いて。
「任せろ。着船と同時に万事解決させる方法が有る。サイラスは東の仲間を分離する方法を考えて置いてくれ」
「は、はい!」




---------------

任せろ。と言ってから気付く。
モーランゼアへの出発日だったことを。

時差が有るので夜になっても平気ではあるが非常にタイトなスケジュールだ。

しかし入り込まれたらタイラントの治安が危うい。放置は無理なので徹夜で頑張ろう。

どうせ初日は時差ボケ調整で潰れる。

風呂と夕食後に地下の3人から事情聴取を敢行。得られた証言からタイラント国内に連絡員は居ない。

船に乗っている幹部は元々クインザ派閥の下位貴族
タラティーノ・ファトマーと言う名の男。クインザに転移道具を与えた人間で魔道具に精通。タイラント内の配置にも詳しい。

ギリングスの傭兵8人を招いた会議室。同席者はロロシュ氏とサルベイン。ロイドとソプラン、アローマ。

聞けばシュルツを拉致した張本人であるらしく彼女は打ち合わせから外した。

レイルたちはラメル君とセットで一旦自宅に届けた。

ラブラブするのに忙しく途中の話なんざどうでもええ。レイルらしいご回答で気持ち良かった。

「人質救出が最優先ですが。そのタラティーノはマストで捕まえたい。逃したらタイラント国内もグチャグチャ。粛正を逃れた元派閥を召集し出すとウィンザートが昨年の状態に逆戻りです。
サイラスの言っていた通り。相当に頭が切れる。
俺がクインザを城に突き出して処刑されるまでの数日間でまんまとギリングスに逃げ延び。何年も前から退路を確保して。こちらが油断するまで待ち続け。反撃に出る機会を南から狙っていたと考えると背筋が寒い」

冷静なロロシュ氏が。
「予定の十一人しか島には居られんな。遠距離監視具を持っていると見て鳩も置けない。島に到着する寸前で大陸側の様子を見に来るとしてこちらも普段通りの姿で居なければ為らぬ」
「そうなんですよねぇ。組織関係者3人は操れてもここに居る8人に違和感を感じたら人質と一部の海賊を連れて飛んで来る。
南に逃げられても後手に回って追い付けない」

「我らも何も知らぬ振りを貫かねば」
サイラスの声に7人も呼応。

8人共ギリングス王国の傭兵隊で東大陸の駐留部隊に加わっていた人。2班に分かれて移動はしたが南から合流した禿げが加わって分岐したに過ぎない。

俺たちに通信具が傍受されると知って未使用で未所持。救いはそこだけ。

11人全員椅子に座らせ抜け漏れは無い。

通信具無しでここまでの連携。タラティーノの優秀さが窺える。

「明日はここで国内の重役を集めて新規事業案件の品評会が行われます。その中には王族も。そちらはロロシュ氏と俺たちで声を掛けます。
サイラスたちは宿舎から出せませんがゆっくり身体を休めて策を練って下さい。
こちらはこちらで先輩のお知恵を借りて練り上げます」
殆どレイル頼み。それしか道が無いんだが。


翌朝9時にレイルのみを自宅へ招き、プレドラを出して貰った。今日は普通に白いワンピース姿。
「プレマーレと言う名も登録前じゃ。そこからは足は付かん。此奴が単独で何処まで遣れるかを試す良い機会でも有る。打つける時期が早まっただけじゃな」

「はい。皆さんの信用を勝ち取る為にも私が動きます。
タラティーノはクインザの部下でしたが。何を隠そうこの私がクインザに指示を出して南西の担当者に任命した男。お察しの様にクインザよりも優秀だったので。
私が以前の姿で島の南に立てば警戒こそすれ無視は出来ない。クワンジアで失踪した中央大陸担当の私が居てはタイラント攻めを止めに来たのだと判断するでしょう。

用心深いあの男なら必ず一人で船から下ります。その一瞬でレイルダール様経由でお伝えし。付近に転移したフィーネ様が反響道具を加味してハープを掻き鳴らせば船が分断して離れて居ようと乗組員全員一網打尽。
多分私も寝ますので後処理はお任せです」
「反響道具使えば良かったんだ。成程ねぇ」

「宜しく頼む。正直犠牲者を最小限に抑える方法が見付からなくてさ」
「プレドラと違ってその男は所詮人間。肉体を改造して居ようとも。裸に剥けば神の加護が有ろうと妾の隷属から逃れる術は無い。
その上で北部に指示を出したプレドラが操れば。東の部隊を分離するなぞ雑作も無いわ」
頼もしい。誰の為に動いているかと問う迄も無いな。

「その一瞬に賭ける。俺は陛下に話してこの件の全権を得る。事後処理の相談もしないと」
「助けた人質と敵の捕虜。数百人規模を一気には難しいもんね」

身体検査するにしても男女の人手が大勢要る。色々な面でヘルメンちの助力は仰がなくては為らない。

夕方にはお見合い会が有り。ロロシュ邸も手薄になる。

「何にせよ。サイラスたちを明日の夜に島へ戻すのは確定事項だ。余力はそこまで」

タラティーノを逃せば全部失敗。解り易い。




---------------

答えは品評会の最初の客人。陛下とミラン様がくれた。

嫁はレイルと一緒にプレドラ用の市販上級ブーツと衣服購入と隣への鮪納入で不在。

半ギレの陛下をロロシュ氏が窘め(叱責)た後でミラン様。
「ヘルメンもライザーからの報告を読み流していたのにも非が有ります。ですが海軍を動かせぬなら結果は同じ。
今からメイザーを動かしていたのでは間に合わない上に悪目立ち。
ならばどうでしょう。スターレンに親書を持たせ。ギリングス王国の王都カルツェルク城へ直接赴くのは」
「私が、ギリングスの王都に」
そこまでは考えてなかった。

「あちらは人質や敵兵力の規模を把握しています。こちらでの選別や保護を止め。救出後、直接カルツェルク城内に運ぶと予告すれば良いのです」
「な、成程」
「こちらはタラティーノを捕え。ギリングス内の人質の正確な配置を金の椅子で吐かせ、プリメラに伝えるのみ。逃せば終わりの状況は変わらずとも。それがタイラントが関与しない最善の一手。どうですかヘルメン」

問われた腕組みを解き顎を掻く。
「むぅ…。確かにそれが最短で最善か。パージェント城で受け入れようとして一人でも逃せば国内の治安は瓦解する。その様なリスクは避けるべきだ」
再びミラン様が。
「秘匿では有りますが。私はサンタギーナの王族出身。幼少の頃にプリメラとも何度か面識を持ちます」
「へぇ。だから親書と」
意外な繋がりだが有り難い。

南との血の繋がりはミラン様が持っていた。ライザーがアルカンレディア産の武器を手に覚醒したのも納得。

「おいミラン。それは言わぬと…」
「今更隠してどうするのです。私に一目惚れして強引に連れ出したのはあなたですよ。責任をお取り為さい」
あらまぁ。ヘルメンちがミラン様に頭が上がらない理由が解けた。
「くっ…。解った。親書をミランと連名で起こす。昼前に取りに来い」
「助かります」

「幸運にも元王宮騎士団長と王城関係者が居ます。直接城へも入れましょう。頼みましたよ、スターレン」
「慎みまして」


宿舎にて。ソプラン同席で打ち合わせ中の8人にミラン様の助言を報告。
「サイラスたち城関係者の5人は午後に同行して貰う。全員フードは被るが今の内に王都の見取り図と特別な進入路が有れば書き出してくれ。転移しても人目に付かない場所なら尚結構」
「承知しました。ですが、飛べるのですか?行った事も無い場所に」
クワンなら飛べるぜ、とは言えない。

「道具を組み合わせればね。それより女王様てどんな人物なの?」
「一言で申し上げるなら…細波、のような御方です。味方する者には優しき波。敵対する者には足元を掬い取る激流と化す波。今は姫君を奪われ荒れて居られるでしょうが朗報をお持ちするならば必ずや喜ばれます。
ましてお招きしようとされたスターレン様なら尚。ご心配には及びません。城に残る側近たちも徹底的に粛正され尽くして居ります」
「それなら良かった」
怒らせないようにすべし。


ラフドッグでピレリと財団関係者。エリュロンズのダイテと商団関係者を拾いシュルツに預けた。

シュルツとピレリを端に連れ。
「明日明後日。シュルツをピンポイントで攫いに来るかも知れない。カーネギや侍女が傍に居るがピレリも出来るだけ近くに居ろよ」
「はい。普段通りの信念で」
何時も命懸けますて言っちゃうからな。
「シュルツも1人はなるだけ避けること。それと無理して思い出さなくていいからな」

「聞いてしまった以上は無理ですよお兄様。お二人のお陰で乗り越えられました。二度と不覚は取りません」
成長したなぁ。心配ご無用と胸を張るシュルツの頭を撫でて癒やされた。


後宮で親書を受け取り自宅に引き返して外に出ていた組と集合。昼食を挟み、サイラスたちが描き上げた王都の地図を囲んで打ち合わせ。

目立たない場所は一点。王城南西の通用門前の広場。
そこは王族専用の避難路にも通ずる門。何時でも戻れるように門番はサイラスの顔を知っている。

「クワンはここ飛べる?」
「クワッ!」即答。
「問題無いニャ!この前白蛇さんの所に遊びに行った帰りに調べて置きましたニャン」

「偉い!今回道具を発動するのはクワンだけど。俺がロープで全員巻き取って発動した振りをする。
フィーネはピレリ以外をラフドッグに帰したり隣に遊びに行って過ごして。如何にも俺が自宅に居る感じで」
「うん…。離れたくないけど。仕方ないね」

「どんなに遅くても今日中には帰る。親書を渡して受け入れを整える様促すだけだし。引き留めを無難に流せば精々夕方までさ」
「うん。兎に角気を付けて」
心配性だなぁ。




---------------

サイラスたち5人を連れ。少し宙に浮いた所から目的地に着地。

衛兵たちに槍や弓を構えられたが全員面を晒してホールドアップで応えると直ぐに収めてくれた。

代表サイラスが叫ぶ。
「タイラント王国のスターレン様をお連れした!大至急プリメラ様とのご面会を。この窮地を救う策有りと!」
「おぉ直ちに!少々ここでお待ちを」
門番の1人が門の中へと走った。

暫し門脇の兵士控え室で待機。

お茶を出されそうになったが。
「遊びに来た訳じゃない。気遣いは無用で」
「し、失礼しました!」

持参の水筒から喉を潤し、待つ事20分。

通されたのはU字テーブルが置かれた査問室みたいな王宮内の会議室。

頂点に座る女王の前方で跪いた。

「プリメラ様とお見受け致します。初の訪問がこの様な形となり心苦しく申し訳有りません。
タイラントの外交官スターレンが参りました」
胸章の下に手を置き頭を下げた。

「面をお上げ為さい。ギリングス王国プリメラに違い無く。スターレン殿はお客人。下の者の無礼を許し為さい」
「ハッ。それらはお互い様として水に流しましょう」
ソプランたちが強引に逃げ切ったから。

「両横に座る者たちは気に為ず。王は先日心労が祟って崩御しました。とは表向きで離宮で床に伏せっています。
死のうが死ぬまいが元から使えない男なので無視を。
早速その策をお教え願えますか」
結構なブラックジョーク。事実だとしてもこの状況下で尚余裕を見せられるとは。見事な女王の貫禄。

「お話に入る前に。自国のヘルメン王と王妃ミランより親書を預かって参りました。先ずはそちらをお読み頂いてからタイラントの現況のご説明をば」
「まあ…ミラン。懐かしい。この様な状況で無ければ」
歩み寄った側近に親書を渡そうとした所。
「誰がそれに触れて良いと言いましたか」
「これはご無礼を!」
直ぐに引っ込み。
「失礼ながら直接お持ち為さい」
「ハッ!」

広いテーブル中央を歩み。ゆっくりと親書をプリメラの前に差し置き一礼して戻る。

「後に私室でお話を」
「時間は余り取れませんが。許す限りは」

親書を手に開く前。
「スターレン殿は末席に。サイラスらは壁際の椅子へ」
素直に従いやっと椅子に座れた。一度しか座れなかったポムさんの椅子が恋しい。と思ってしまう程硬かった。

運び入れられたお茶を飲みながらプリメラが親書を読み上げた。所々端折っていたが…側近を信用していないのかと印象を受ける。

用心深いのは良い。要点は余さず伝えていたので。

「素晴らしく上質な紙ですね」
そっちの感想が先だった。
「タイラントの技術を羨ましく思います。貴国の状況は飲み込めました。当国の現況はサイラスが伝えた通りであると認めます。
では、貴殿の説明を」

ご指名に預かりタイラントも他人事では無くなったと前置きして首謀者であるタラティーノを捕獲し洗い浚い吐かせた上で人質と捕虜を全員引き渡したいと説明した。

「お待ちなさい…。四十五の船団を確保出来ると貴殿は言っているのですか」
「出来ます。安全且つ無傷で」
驚くプリメラとは違い。周りからは失笑が漏れ聞こえた。

その余裕は頂けないな。
「それ位が出来ない者に助けを求めようと為さったのですかね。信じないのは自由だが…。
他国の大使の発言を笑うとは何事だ!!」
思わず机を叩いて皹を入れてしまった。

静まる室内。上座で笑ったおっさんを睨み。
「今笑みを漏らした者に問う。この非常事態にその余裕は何だ」
「失礼を…」
「私は何故笑ったのかを聞いているのだがね」

割と涼しいのにおっさん汗だく。
「到底信じられず」
「止めなさいトアロ。これ以上は国の恥と知れ。スターレン殿もその辺で。私以外使えないと前置きした筈です」
だから気にするなて言ったのか。
「そうでしたね。宰相級役席に座る者の、余りの危機感の無さに少々失望してしました。
私が手を貸せるのは人質と捕虜の輸送と海賊島の詳細情報の持ち込み迄。
残りの人質の救出と海賊狩りをするのは貴方方だ」
トアロがえ?て顔してやがる。

その姿を見てプリメラが目頭を押さえた。
「要点を掻い摘まんでもこの有様です。許し為さいスターレン殿」
「心中お察し致します…」
でも何か違和感を覚える。この危機感の無さと未だに惚ける役席の人員たちに。

自分が座る椅子をこっそり鑑定。

名前:堕落の椅子
性能:座った者の正常思考を阻害し低下させる
特徴:個人差は有るが抵抗力が無いと馬鹿になる
   1日から数日間有効

んなアホォな。

「失礼ながらこの役職席の椅子は何時頃から導入された物なのですか?」
「椅子?確か半年程前に納入を…まさか」

「そのまさかです。場の全員。壁際に控える者も立って」

立ち上がったのを見て順番に触診鑑定。

結果壁際の控え椅子はセーフ。自分に出されたお茶やカップや連結テーブルもセーフ。

プリメラの玉席含め役職椅子は全滅。

呪いが掛かった椅子であると説明し。
「即刻椅子の入替を。後に納入元の業者経路を潰して下さい。の前に場の全員の呪いを解除します」
彫像を掲げ。
「少し眩しいです。直視しないように視界に入れて」
普通なら拒絶される物だが女神の彫像だけにすんなり受け入れられた。

椅子も壁際と同じ椅子に替えられ一安心。

ポムさんの椅子に座ってなければスルーしていた。また一つ大きな借りが出来てしまったな。

「ご気分は如何ですかトアロ殿」
先程までとは打って変わって晴れやかな顔で。
「頭の中の靄が晴れたようです。熟睡出来た朝を迎えられた気分。感謝に堪えず。先程のご無礼をお許し下さい」
「良かった。これで真面な会話が出来ます。プリメラ様は如何でしょう」

「私も鮮明に。肩の張りも取れました。後に診て貰おうかと話を振りましたが終わった様です」
「プリメラ様の場合は姫君の件も有りますし。気苦労と心痛が重なっていたのでしょう。私室の寝具も見直し検討をお勧め致します。
離宮でお休みのメイゼリン様も診てみましょうか」

「あれの低脳は昔からです。が家具は盲点でした。そちらの見直しに留めます。話の続きを願えますか」
残念な人なんだな。

「では。改めてご説明を」

所々嘘を挟み。

数日前。サンタギーナ方面へクワンを飛ばした所。北上する船団を偶然発見。動物の思考を読み取る道具で異常を訴えるクワンを読み把握。

昨日。監視がてら自国南端の無人島で釣りを楽しんでいたらサイラスらと怪しげな者が偶然に現われ捕獲。事情聴取をしてみると船団は多くの人質を内包した海賊であると判明。更に突っ込んで尋問するとタイラントの港町を占拠する計画が浮上した。

ギリングスの海賊を操る首謀者はタイラント出身のタラティーノ。昨年に逃してしまった責任も有ると考え、謝罪を込めて全面引き渡しで手を打ちたい。で今現在。

「人質の中にマルシュワ姫が含まれているのはサイラスたちから聞きました。
要人や平民に関係無くこの城内に分割輸送する考えです。又それを可能とする転移道具と広範囲の睡眠道具の持ち合わせが有ります。
あちらで切り分けた捕虜は後追いで。
こちらの残党狩りをされている間に東大陸に駐留する強制傭兵隊を連れて来るまでが私たちの仕事であると捉えています。
そこまでを何とか半日で終わらせたい。なので残党狩りまで押し付けられては困ります。何か異論は御座いますでしょうか」

「いいえ。有りません」
今度は一同納得。

予備の呪い対策指輪を2つ机上に置き。
「これは所持するだけで呪詛と遠距離攻撃を避けられる効力を持つ御守りです。効果範囲は自身と自軍に添加されます。
隣国のニーナ姫が持つ防具と似ていますがこちらの方が範囲が広いです。貸し出す代わりにニーナ姫を引っ張り込むのはお止め頂きたい。宜しいですね」
「解りました。自国の尻拭いは自国内でと誓いましょう」

「カーラケルトの海軍も動き出してしまうかも知れません故、派兵直前で各所への連絡とサダハ様に密書を送るのも忘れずに。現時点で私からサダハ様に予告するのは目立ってしまうので控えます」
「留意します。その手配も明日中には」

「決起は明後日早朝。南端島接近で加速し早まる可能性も有るのでご準備の程を」
「解りました。他何か意見の有る者は」
一同首を振り無いと答えた。

「それでは千人規模が置ける広間まで案内を。今日はそこからサイラスらを連れて帰国致します」
「良いでしょう。トアロ。スターレン殿を王宮前の広場にご案内差し上げて」
「ハッ」

全員起立。一礼して解散。




---------------

帰邸後にサイラスたちを宿舎に預け。休まずサドハド島に飛んでニーナに追加の御守りを渡した。

各地への配布も早めた方が良いかなと考えつつ帰宅。

時刻は19時前。隣は盛り上がってんだろうなぁ。と嫁ちゃんに帰宅報告メール送信。

即折り返し通話。
「お疲れ様。お腹空いてるでしょ」
「乙~。ペコペコ。だけど疲れちった」
「ん~。お料理持ち帰ってもいいけど…こっち来なよ。隣の会場も盛り上がってて。特別室も面白いよ」
「ん~」

「今夜は特別大サービス。エドワンドの予約も入れたから朝まで深酒OK」
「マジッすか。…お、お触りは」
「私を殺人犯にしたいのかしら」
「すんませんした」

「嘘嘘。キス以上は絶対NG。今夜はフーリアさんがこっち来てるからキャストをその気にさせたらアウト。節度を持った密着までは許しましょう」
今日はフィーネさんの許容値が広い!でも調子に乗ってはいけない。
「俺も冗談だよ。紳士な対応で着替えてからそちらに向かいます」
「うん。待ってる。今夜位は難しい事忘れましょ」
俺もストレス相当堪ってるからなぁ。お言葉に甘えて発散させて貰おう。
「ありがと。また後で」

心配してくれるクワンを先に飛ばし。一人で歩く夜道。

涼しい風に当たりながら邸の正門を出る。見慣れてしまった門番に挨拶をしてまた歩き出す。

ゆっくり歩いても15分。

油断も有った。慢心も有った。全てが順調で。幸運グッズを2つも持っていて。

俺は、過信していた。

ロロシュ邸の正門前の道をトボトボと歩み。東方向の角を曲がった。

みんなが待つカメノス邸へ向けて足を進める。

巡回の衛兵は行き過ぎ。町人の往来も途絶えた。

敵対者も優秀な武器と道具を持っている。当然であるその事を失念していた。

入念な傾向と対策を練りに練り。索敵スキルの範囲外から遠見道具で覗き見る。散々自分が使って来た手段。

敵も使って不思議じゃない。

ロープと加護の防御を越える短剣でも用いたならば…。

不意に背後に気配を感じた。と同時に誰かに背中を押され半歩蹌踉めく。

そして、俺の胸からは真っ赤な鮮血と細長い刃物の先端が生えていた。

「おま…」

首だけ振り返る。そこには知らぬ男の顔。
その点は素直に良かった。身内じゃなくて。知り合いだったらショックで寝込める。

男は満足そうな笑みを浮べて俺の背中から刺突剣を引き抜いた。

時間操作:前3

作り出した値千金の3秒間。

右足から胸元まで霊廟を装着。0.4秒。
身体を反転させ健常な男共通の急所を全力で蹴り上げ。
0.3秒。
相手が白目を剥く。0.5秒。
追撃を振り上げる前に左膝が貧血で崩れた。0.3秒。

痛くもない胸を押さえて尻餅を着いた。時間操作は半分残して解除された。

気付けば男は刺突剣をその場に残して消えていた。

霊廟を戻して剣を拾い上げた。

名前:空蝉の刺剣
性能:攻撃力3500
   込めた魔力に応じて攻撃性能向上
      上限魔力2000を加える事で80秒間防御無視
   主要属性:無
特徴:属性コレクター珠玉の逸品

これぞ不幸中の幸い。

全て身代わり人形とルーナの再生能力のお陰様です。

人形が無ければ母上に挿入して頂いた時の冷たくて燃えるように熱い感覚をもう一度味わう所。

何より昨日の浜辺で複写した医学書を読破していなければ瞬時に表皮は塞がらなかった。

先程の後半は演技。俺はやはり運が良い。

思わぬ場所で無属性装備が手に入った。男を追いたいがグッと堪えて泳がせる。男として再起不能に陥ったあいつがどうなるのか楽しみだ。




---------------

南海で停泊中の船上。甲板を落ち着き無く歩き回る男が一人。

彼はタイラントのマッサラに潜り込ませた直属工作員からの返事を待っていた。

「タラティーノ様…」
ティマーンか。どうした。

念話具は有用だが苦手だ。こちらの心根まで読まれてしまうしスターレンに悉くを奪われて来た道具でも有る。

使用を最小限に留め。タイラント内ではティマーンにしか渡していない。

行方知れずのプレドラに成り代わり。大幹部に躍り出る絶好の機会。逃しはしまい。

他にも希少な道具と武具を持たせて。今回はそれ程に重要な作戦であると判断した。

「無突剣は失いましたが…。刺し違えて…スターレンに致命傷を…与え…」
お前は生きてはいるのだな。
「はい…私も治療に…専念し…ます」
上出来だ。剣は後で取り戻せば良い。監視を続けろ。
「承知…」

転移具は私も持っているが船の上では往復が困難。
クインザに渡した道具でなければ座標が狂い。戻りは海底となってしまう。

その貴重な転移具も散々スターレンに奪われた。各地の迷宮を掘り漁ってもこれ以上は出ない。未踏破迷宮も少なく数的限界が来ていた。

起死回生を望めるのは最も深き迷宮のみ。専任で派遣された奴らは強い。しかしシトルリンの指示にしか従わないのが難点だ。

奴らを私が使えたなら…。もっと容易く。シュトルフ夫妻諸共目障りなタイラントを堕とせたものを。

それをこれから私が為す。最も人口が多い中央大陸を我が物に出来れば組織さえ思うがまま。

我らが神よ。どうか我らに豊かな御恵みを。
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