お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏

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第210話 帝国が終わる年末

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帝国歴は長く中央大陸国最長の七百年を超える。最初の国名エストラージを一切変えなかったと言う意味で。

初代皇帝が女神教に異を唱えた統一教会発足と同時に国として建国。その教会を後ろ盾に資金を集め軍備を増強。これが帝国誕生の要約。

それまでは北部の辺境都市。領土は拡大縮小を繰り返し現在のメレディスやロルーゼ北部が領土内だったり分割されたり姉妹都市だったりと紆余曲折。

渓谷で隔てられたマッハリアとは対岸同士で睨み合い牽制を重ねる仲で着かず離れず。

なので現皇帝の親類ハルジエがマッハリア王の嫁に来るなんざ前代未聞の初体験。父上の言の通りに。

統一教会の信徒と影響力が下げ止まり安定した頃から帝国の領土拡大の勢いも収まった。

大人しくしてやるから統一教会が全種信仰の調停者。要するにトップで仕切らせろと言う裏取引が交わされたとか何とか。統一の名に相応しい要求。端からそれが狙いだったんだと思う。

創始者はとっくに土と同化してるので真相は特殊な人物たちを除き誰にも解らない。


朝までご立腹のシュルツに土下座して北の大地へ出発。
「直ぐ調子に乗る癖。いい加減直してよ」
「ホンマすんません。ちょっと酔ってたのも手伝って」
一晩中シュルツを慰めてた嫁さんも激オコ。

「どうして何時も何時も人前でするのですか!」
怒るとこそこ!?
「今度は隠れるから」
「全く違います!!」
嫁ちゃんに首を締め上げられた。
「帰って来たら反省室に閉じ込めるわよ!」
「ごべんなざい…じんじゃう」

様子を見守っていたソプランとアローマが呆れて。
「遊んでじゃねえ!このクソ忙しい時に」
「今回私たちはどう動けば良いのですか?」
「ごめん。真面目に」

場所を変えてシュルツの工房内で打ち合わせ。

狙撃ポイントはステッツェリアの北側。1つ北のカウテリア方面から帝国スカーフを巻いたクワンを飛ばしアローマの転移で時間差追従。

「流石に町の中から狙撃する馬鹿は居ないと思うから怪しいのはステッツェリア最寄りの宿場辺り。付近に隠れて俺の双眼鏡で丸裸。
カウテリア手前までの行き掛けは俺たちの転移でアローマの転移ポイントを何点か作る。もち人目に付かない場所を選んで」
「魔力消費軽減の経典をアローマに預ける。でも枯渇注意で都度自分の鑑定を忘れずに」
「はい」

「運が良けりゃ一発で見付かる。が引き上げた後だったり誰も居なかった場合は」
「2人に対処して貰ってる間に俺とフィーネで帝国に行く。何か大事が起きてなければ狙撃犯も消えてる。内状が判明した時に連絡入れて、そっちに誰も居なければそのままタイラント帰国で陛下に一報」
「おけ。スマホの音消しとけよ」
「首から提げて懐に入れて置きます」

「複雑でなければメールで。複雑な事情だったらどっちからちょい通話。受けられない状況だったら切断か無視。
それを合図にする」
「状況が許せば折り返します」

最近のアローマは母の形見のブラウスをちょくちょく着用している。それは今日も。
「アローマがもし良ければ。その袖の釦と複製出来た看破のカフスを合成したい。敵が透明化の道具を使っていても双眼鏡で打破出来る」
自分の本名が掘られた釦。アローマは即決で。
「合成をお願いします。取り逃しては後に響きます故」

「上位道具を普通の釦に…。原形を留められるように頑張るわ。準備と合わせて自宅でやるから後で来て」
「畏まりました」

遠距離攻撃への対処はアローマに持たせたまんまのスリングと超硬弾が役に立つ。ソプランでも手を添えれば捕捉は可能。捕まえられるならそれに越した事は無いと加えて終了。

自宅リビングで女性陣の着替えを待つ間。
「ソラリマ。レイルに行きたいか聞いといて」
念の為。
『…興味無し。大狼の近くには寄りたくないそうだ』
「おけ」
混乱してそうな帝国を更に混沌化させる訳には行かないので助かった。

冬季は興味を引くような美味しい物も少ないだろうし。子持ち鮎の時期も逃してしまった。

前回は悠長に会食してる場合じゃなかったし。




---------------

クワンをカウテリア南東森地点から放ち二手に分かれ、俺たちは帝国領へと赴いた。

久し振りのシーリングは復旧も粗方整い衛士も協力して長い冬越え支度を始めていた。

「グーニャ居ないと流石に冷えるねぇ」
「だねぇ。こっちの人たちの忍耐と生活の知恵は見習う所が多いわ」

薪や火魔石の確保やら身体を温める料理だとか。しっかり見ていない部分が沢山。

忍耐は…俺に一番足りない物かも。

西外門から入った時点で案内の衛士がわんさと付いて勝手に走れない状態。

俺たちの会話に割って入る人は居ないが皆ニンマリ、どうだと言わんばかりの表情で笑っていた。


損壊していた外壁は修繕されより堅牢に。帝城は帝国の象徴。中央塔も帝宮も頑丈でちょっとやそっとじゃ崩れませんて。少し煤けた程度で今はピッカピカ。

内門を通過時点で衛士から都内警備主任に昇格したトッド隊メンバーに入れ替わった。

軽い挨拶を交わした後。
「トッド隊昇格御目出度う。最近中枢で何か有ったの?」
「面倒が増えただけで何も目出度くないですよ。外勤から内勤になって喜ぶ者が大半で甘んじて。給与は…聞かんで下さい。
前回で敵襲もピタリと止まり平安を迎えた筈なのですが、詳しくはアストラ様へお尋ねを」
下に何か指示が有った訳じゃなさそうだ。
「そか。セルゲイは最近何やってる?」
「変わらず白月宮の主任管理者として働いてますね。あそこが最も損傷が激しく。新たに立て直し北方からの帰還者様たちの宮と成りました。お二人が泊まられた一階は宿泊は出来なく成りましたが上階にはご宿泊も可能かと」
「私たちが居たから壊されたのかな」
「有りそだね」
思い出の建物がリニューアルしたと聞きクルシュたちが住んでるなら帰り掛けに挨拶でもするか。余力次第で。


今日は長居する予定は無いよと伝えるとトッド隊の面々は残念そうに。
「また来るよ」
「真冬以外の季節でね」

笑顔のトッド隊に見送られ帝宮内へ。入口からラーラン団長自らお出迎え。
「お早いお着きで…。お久しゅう」
「久し振り。団長自らって何事」
ラーランはお達しの一部を聞いていた様子で。
「私たちが来るのが早い?」
「ええ。鳩が飛んで翌日ですので」
「「あぁ…」」
「四方や既に書をお受け取りに?」
「全然全く偶然。年末のご挨拶に来ただけ」
嘘は半分。
「へ?」意表を突かれた顔が面白い。「そうでしたか。突発で何かが起きたらしいのですが私も詳細はまだ聞かされて居りません。兎に角お二人を呼ばれるとアストラ様とエンバミル様が書簡を飛ばした次第です」
「へぇ」一応知らない振り。

先頭を歩くラーランは特に内外で争いが起きた訳ではないと首を捻っていた。

何が何やらさっぱりだ。


玉座方面でなく直接皇帝執務室へ案内された。執務室側に来るのは初めて。

「タイラント王国のスターレン様とフィーネ様をお連れ致しました」
大扉の前でラーランが胸に手を当て呪文のように。

観音扉は中から番兵が開け自動扉ぽい規律正しい動き。
厳格な帝国式は一々堅い。良い意味っすよ。

「早いな…」
厳ついデスクで作業中の筆を止め大層な驚き。
「ラーランから聞いた鳩は知りませんが年末のご挨拶と来年の式典予定のお伺いに参りました」
「出欠のご予定をお聞き出来ればと」
「そ…。何たる偶然。逆に今だから良かったのか…」

急遽ラーランにエンバミルを呼びに行かせ室内の番兵を廊下に出した。
「詳しくはエンバミルが揃ってから話す。帝国が抱える大きな問題が浮上してな」
「「問題?」」
「うむ…。正直に言えば私の見逃しだ」
見逃し?益々解りません。

エンバミルが到着後。室内には居残りラーラン含め5名。

アストラが見逃したと言う1つの可能性が語られた。
「アミシャバが…生きてる?」
「遺体として持ち込まれた物が別人だったと、最近になって判明してな。宝物庫から持ち去った物がもしも宝具級の物だとしたら大いに有り得ると」
「しぶといなぁ」
これにはラーランも絶句。

「その捜索を私に手伝えと今回鳩を飛ばした訳ですか」
「ああ、そうだ」
素直なアストラに免じてこちらも正直に。
「1つ訂正します。ラーランと先程は嘘を述べましたが南に飛ばされた2羽の鳩の存在は確認しています」
「その2羽共にマッハリア北部で撃ち落とされたと偶々下を通り掛かった知り合いから念話道具で連絡が。
ラザーリア行きで飛ばされた鳩なのかどうかを確かめる為に本日参った次第です」
「撃ち落とされた…。我が国の速達鳩が?」
「二羽共に…」
エンバミルも言葉を失い、新たな事実が浮かぶ。

「この帝都にも内通者が居ますね」
「マッハリア内の方は別働隊に当らせています。そちらの炙り出しには私共の鳩を使って。先ずはこちらの対処を」
「内通者…。エンバミル。鳩はどう飛ばした」
「迂闊…。急ぎで飛ばしてしまった為、多くの者に目撃された」
悔しそうに拳を握る。
「閣下も焦っていたのでしょう。鳩を直接攻撃出来る弓手なんて滅多に居ませんから。それは横に置き。
宝物殿の納品リストとかは無いんですか?」
「早急に捜索させたがアンフィスが潜伏に使っていたと思われる場所には何も。荷は綺麗に消えていたと今朝方報告が上がった」
シトルリンの差し金か…。やるじゃねえのあの爺。

「リストの線は捨てます。…この場の3人を信用してアミシャバの方を探しましょう」
「何か方法が」

許可を得てだだっ広い床に持参の世界地図を敷き、帝都の位置にコンパスを置いた。

「凄いな…。この地図は」アストラも他2人も同じ感想。
「写させませんよ。苦労して集めた情報の結晶なんで。新たな行商ルートを模索とか平和利用するなら相談には乗れます。
で、アミシャバのフルネームは」
「都合が合えば是非とも相談したい。正式継承名は
アミシャバ・セザート・ユリウス」
セザート?どんな意味だっけ。
「2世とか代理とかの意味も含んでなかったっけ」
フィーネが明快な返答を。
「皇帝になった時点で怪しさ満点だな」

コンパスに指を置き。
「これは名前から該当人物の所在地を指し示す魔道具で生きてさえいれば場所が頭に浮かびます」
「その様な道具が…。君なら納得するしかないか」
あげないよ。

フルネームを浮べコンパスを起動させたが該当者無しで針は振れず。ミドルネームを抜いて再実行。するとクルクル回り出し。何と都内の南東を指して止まった。

「…居た。ミドルを捨てて。帝都内の南東部」
「嫌な予感は当る物だな…」
「落書きしても良い帝都の略図は」
「待っていろ」
アストラが奥手の本棚をスライドさせ、画板の列から地図を取り出し戻った。
「機密云々は後回しだ。これを使え」
…おいらの手元にはハルジエから貰ったプロジェクターが有る…。忘れてしまおう。

画板の帝宮にコンパスを置き直し再々検索。

示された位置に✕印。それを見た3人が青冷めた。
「そ…こは…」
「何処ですか?」
「統一教会本部の本殿が建つ場所だ」
「な…んですと」
数年に一度大手宗派の代表者が集まり懇親会と称した会合を開く場所。

「居場所が解っても…」
「攻め入る理由が無い」
「厳しいですね」
三者三様。

「内部構造を記した物とかって」
「有るには有る。壁に映し出せる地図が。国宝として宝物庫に。もう一つは…」
プロジェクターやん!
「アストラ様。怒らないって約束出来ます?」
「まさか…」

「済みません。ハルジエを南の橋で助けた時に。道具お礼に貰っちゃいました」てへ。
「な…にも聞かなかった事とする!」
「最近耳が遠くなった気が…」
「申し訳ありません。余所見をして聞こえませんでした」

帝国国宝地図に切り替え、カーテンを閉め切り、何も飾っていない壁にマッピング。床の地図と照らし合わせスワイプスワイプ。

フィーネの双眼鏡を借りて執務室から教会本殿をスキャニング。
「何をしてるかは聞かないで下さいね…」
「受け入れ難いならお目を閉じて」
「もう、どうでも良い」
諦めてくれた。他2人も黙殺。

プロジェクターの図とは違い。本殿には地下2層。2層目に東へ逃走用と思われる通路が存在した。その先は帝都外の林まで続いていた。

問題のアミシャバと名乗る人物を1人1人遠隔鑑定。該当者は本殿地上1階の祭壇場奥の大部屋で信者を前に豪華な椅子に腰掛け踏ん反り返って高笑い。

「居ますねぇ。祭壇場の奥の部屋に。豪華な純白衣装を纏って偉ぶってます。あれは司祭ローブですかね」

アストラに双眼鏡を渡し使い方を手取り足取りレクチャーしながら本殿方向を見せた。

「あいつは…カルロゾイテ。私にはそう見える」
「カルロ…。だとすると現在の統合司教代理ではないか」
エンバミルが人物紹介。前任のアミシャバが没落失踪してしまった為、正式決定される迄の代理司教だと。

「ほぉ。可能性としては身体を乗っ取って偽装道具まで身に着けてますね。私の鑑定眼は騙せませんが」
「教会本部のトップに成り代わってるなら責める材料が足りないわね。下手に乗り込んだら地下から逃亡」
「うーん。手強いな」

「私含め国の九割以上が統一教会員だ。理由無き武力制圧は難しい。前体制ならどうとでもなったが今はな」
民主選までしちゃったから。

「フィーネ。もう遅いかもだけど」
「狙撃犯。捕獲方向で頼んでみるわ」




---------------

ステッツェリアの北宿場。その対岸の林の中に身を潜め狙撃犯を捜索。小屋の中まで見渡して。

婦女子の着替え姿も見えてしまい…、アローマに丸投げ。
別に透けて見える訳じゃないが疑われるのは嫌だ。

ここからならギリで二つ北の宿場まで見通せる。抜かりは無い。各宿場に移動出来る用に付近の林や茂みに転移ポイントも設けた。

現在地の宿場を注意深く観察して犯人を絞り込む。
リミットはクワンティーが上を通過する迄。

「居ます。荷箱が殆ど空で武装を片付ける一団が。どうやら撤収作業中で片付けを。西端の小屋です」
渡された双眼鏡で俺も確認。
「あの五人か…」
箱詰めしてる武装の中には弓も有る。それだけで確定は出来ないが撤収を始めたのはそいつらだけ。昼過ぎで移動するには半端な時間。他の小屋は食事の片付けをしている。

見た目屈強な男だからけの構成。遠慮は要らねえが。
「小屋の外に出られると他を巻き込んじまうな」
「ええ。遣り辛いですね」
襲うなら宿場を離れてからか今直ぐ小屋を潰すか。

離れてからでも遅くはない。そう考え観察を続けていると弓を磨いていた男が急に手を止め耳の方に動かし椅子から立ち上がった。

何かに気付いた?

双眼鏡を北の空に向けると上空を漂う白い鳩。クワンティーが一つ北の宿場を通過するのとタイミングが重なった。

視線を宿場内へ下げると小屋の外で双眼鏡を上に向け何かを叫ぶ姿が見えた。
「一つ北にも仲間。監視者が居やがる」
「二手に分かれますか?私が彼方を片付けて戻るとか」
「悩ましいがそれは無しだ。本筋はこっちの弓手。動いたら二人で一瞬で片す。あっちは切り捨て。通信具使ってるから奪って後追いは出来る」
スターレンのコンパス頼りだが。
「解りました」

視線を戻すとこちらの弓手が弦を張り直していた。
「弓の準備始めた。あいつで間違いねえ」
問題は突撃するタイミング。

そんな時にアローマのスマホが震えた。
「何だ?メールか?」
「はい…。フィーネ様から。
帝都内に内通者有り。首謀者は特定したが立ち入れない場所。可能であればそちらの狙撃犯の確保。不可なら殲滅も辞さず」

「チッ…。生き証人が必要になったか」
「でしょうね。殺さずならスリングが使えません」
「だな…」
弓手が他の仲間に指示を出し戦闘態勢に入った。と同時に望遠鏡を取り出し周囲を見渡し始めた。
「ヤベっ」
出していた道具を後方に投げ、アローマを抱き締めてその場に押し倒した。
「こ、この様な時に!」
「違う!弓手が望遠鏡で警戒始めた。演技だ」
耳元で囁きアローマのスカートを手繰り上げ股の間に腰を入れた。
「ちょっ…。お外では、うぐっ…」
抵抗を見せるアローマの口を塞いだ。

ズボンのチャックを下ろすに留め、無意味に腰を少し動かした。

「一、二、三…」
視線を外してくれよと祈りながら投げた双眼鏡を拾い小屋に向けた。

五人共小屋の外に出た。弓手は望遠鏡を上に向けながら西側の木々の間に。他の四人は何とこっちに走って来ていた。
「弓手以外こっちに来てる。相変わらず運が良いぜ」
「もう!今夜は許しませんからね」顔を真っ赤に。
理解ある嫁さんで良かった。

四人が街道を跨ぎ最接近するのを待ち。林から前転でそいつらの前に転がり出た。

全員剣を構えてエロい顔でニヤ付いてやがる。
遠慮は不要。

俺が出した双剣に一瞬にして凍り付く。遅い。
最寄りの男の両肩に剣先を突き入れ顎に膝を入れた。
…顎砕き通り越して死んだかも。

アローマは男たちの右側を駆け抜け背後に回ると一人目の剣腕を裏手に掴んで背負い投げ。二人目のだらしなく空いた股間を蹴り上げ。転がる一人目の溝内を踵で踏み付けた。相当キレてる。

今夜は寝れそうにないぜ。明日休もうかな…。

残る左端の男の脇腹を中段蹴り。曲がった所で上を向いた側頭に拳を振り下ろした。

ほんの一瞬で結果は変わる。

気絶した四人を林の中まで引き摺り込み。武装や見える範囲で装飾品や道具袋を奪い。回収と同時に縄で縛り猿轡と目隠しを施し一旦放置。

「通信具ぽい物は無いな。弓手だけか」
「の様ですね」

「西の森に入った。俺が先行で盾になる。いいな。絶対に横に出るなよ」
「…はい」
一瞬躊躇したが了承。タイトジットの防御性能を超える鏃ならアウト。しかし掴み取れる自信は有る。

腕自慢の弓手は大概標的の目を狙う。タイトジットの利点は胸以外防具を着けていない様に見える事。敵が知る筈が無い。

そう甘く考えていた。


西の森を南寄りに入って双眼鏡で弓手の姿を探した。

直ぐに捉えたが男は大木の枝に跨がり、目出し仮面の上に小型望遠鏡を取付け、空に向かって何やら笛を吹いて口角を釣り上げていた。

射角が広い…。接近する状況は不利。しかしスリングは不使用。俺の弓の腕では逃げられる。

矢を上に放つ姿。迷ってる時間は無い。早くしないと生け捕りを知らないクワンティに男が殺される。

弓手の首を傾げながらの一射目。しかしその矢は軌道を捻じ曲げ背後から接近する俺たちの方へと飛んで来た。

周囲の敵が全部的かよ。

眼前で鏃が止まるのと矢の柄を掴んだのは略同時。
ちょい冷や汗が出た。

アローマは背中に張り付いている。避けなければ問題は無い。

にしても射撃速度が尋常じゃない。

こちらの存在に気付いた弓手が枝から飛び降り弓をこちらに構えた。

「お前…スターレンの従者か」
俺たちを知ってやがる。こいつは逃がさねえ。至上命題。それにこいつの気配は何処かで…。
「そうだと言ったら」

男の余裕は崩れない。有利な木の上を降りても。
「何故ここに。と、聞く迄も無いか」
近付くと解る男の体臭。メレディス人…。あぁ思い出した。
「帝国の鳩を落とした名手が居るって聞いてな。見に来て正解だったぜ。クワンジアでは世話になったな。敵前逃亡した腰抜け」
男は細く笑った。
「やはりあの時の異常に硬い奴か」
確定だ。
「まあそんな玩具じゃ掠りもしねえが」
「それはどうかな」
この至近距離でも武器を持ち替えない。絶対的自信。

男の右肘が動くのと同時に放たれる矢。しかも三連射。
充填が全く見えない。

僅かに見えた軌道から腕を払った。額、胸、股間。しかし狙いが解っていたのに股間に向けられた一本が屈折して腕の横を擦り抜けた。

「うっ!」
背後のアローマが悲鳴を上げ。逃した一本がアローマの太腿に突き立った。

スカートを越えて滲み出る鮮血。
「この野郎…」
「女連れで挑むお前が悪い」
仕方ない。こいつはここで殺す。

俺は怒りに震えながら男に死刑宣告を告げた。
「対マンで、と言いたいとこだが。時間切れだ」
「何?」

上空真上から飛来する真っ白な斬撃。それは男の右肘と左手首を斬り落として宙を舞った。

「敵の情報はしっかり調べるべきだったな」
絶叫する男を後ろから裸締めで絞め落とした。

切断箇所をキツく縛り布を被せて止血と処置。
「クワンティ!済まん。こいつの装備品刻んでくれ!」
「クワッ!」

真っ青な顔で横たわるアローマに駆け寄り傷を見た。スカートをナイフで切り裂き露出させるとそこはレギンスと短パンの合間の素肌。刺さった所から紫色に。レギンスを下げ膝下まで広がっていた。

アローマのスマホを取り助けを。
「お嬢!アローマが毒矢にやられた!浄化をたの」
「直ぐに行くから動かさないで!」
こんな時に限って毒無効の指輪を外していた…。俺の確認不足だ。

誰も居ない虚空に向かって文句を叫ぶ以外、俺には何も出来なかった。




---------------

帝宮内の医務室からアローマの処置を終えて出て来たフィーネから廊下で話を聞いた。

「もう大丈夫よ。後10秒遅れてたら危なかった」
ソプランと肩を並べて待合ソファーに雪崩れ込んだ。
「良かったぁ」
「悪ぃ。無効化の指輪付け忘れてた。俺の落ち度だ…」
「忘れるのは誰にでも。俺も小袋に入ってるもんだとばっかり」
「私も着替えに夢中で注意を怠った。御免」

「お嬢は悪くねえよ。助かった」
「濃い目の竜血飲ませたから。今夜頑張ってね」
「は…?」
意表を突かれたソプランが固まった。
「暫く2人はお休みでごゆっくり。帰る前に捕虜の尋問だけ見届けて」
「解った…」

「私が付いてるからそっちお願い」
「頼むわ。てか皇帝様が居るのかよ」
「当然」
「マジかぁ…。控え室何処だ?着替えないと」
逃げ出すんじゃなくて良かった。
「上に在るから一緒に行こう」


捕えられた捕虜は6人。中間宿場に居た監視役の1人を加えて。覗かれたクワンが機転を利かせて引き返し1発KOに伏したそうな。

男たちの荷物の中にタイラント宛の書簡が2通。国管理の鳩に危害を加えただけでも罪は重い。厳しい帝国の法で裁かれたら最低でも終身刑。

連れ帰る積もりは更々無いが。

妥協点としてはマッハリア内で捕えたから譲歩してと陳情は可能。証言内容次第で。

予備の黒服に着替えたソプランが執務室でアストラの前に跪いた。
「お初にお目に掛かります。アストラ皇帝陛下。スターレンの従者の一人、ソプランと申します。帝国式は存知上げません故、王国式で失礼を」
「良い。ここは玉座でもないしな。早速だが狙撃犯を討伐した時の状況を話せ」
「ハッ!では…」

俺の指示で狙撃犯を捜索。遠距離双眼鏡で怪しげな一団を捕捉。そこから北の宿場上空をクワンが通過と同時に賊が動き出し確定。通信具で連絡を取り合っていると断定。

こちらも弓手の望遠鏡で捕捉され急遽アローマと野外活動の演技。それに釣られた賊の4人が武器を構えて迫って来たので正当防衛で対処、討伐した流れ。

聞き終えたアストラが。
「大義であった。英雄殿の周りには優秀な者が集まるのだな。負傷したアローマにも後に伝えよ」
「有り難きお言葉痛み入ります。妻も喜ぶ事でしょう」

「うむ。もう一人の賊はスターレン殿が」
「はい。通信具から逆追いで。余裕咬まして宿場外をフラフラしてたんであっさりと。余程リーダーと覚しき弓手の力量を信じていたんでしょうね。何方も宿場内の一般人に被害は皆無。退出の届けも私が名乗り後処理を」

「面倒を掛けた。他国内の出来事で摩擦に発展するかと危惧したが正当防衛でスターレン殿が後処理をしたなら問題無さそうだな」
「ですね」
今摩擦起きたら大変だ。弟とハルジエが泣く。

「捕虜と押収品の処遇に関してスターレン殿の意見を」
貰っちゃってもいいの?な訳ないよね。
「宣言無しで襲い掛かって来たなら野盗と変わりませんからね。普通は討伐した冒険者の物。ですが今回の場合は全てそちらにお渡しします。
確認された道具は転移の指輪が1つ。耳掛けの通信具が1組。鳥類の動きを鈍らせる遠隔笛が1つ。簡易透視が可能な300km望遠鏡。壊れてしまいましたが望遠鏡を顔に取り付ける仮面。鞄の中に猛毒瓶と如何わしい薬品。
他人の顔に擬態するブローチが1つ。
武器はメレディス産の剣各種と何故か南東大陸産の弓。何処かは解りませんが迷宮産の物と思われます。
弓本体の性能は攻撃、速度上昇、索敵追尾、急所突き等々の一級品。加えて私がタイラントのバザーで買い逃した弓性能を更に押し上げる名射手の指貫。
指貫は着用者の手の皮と同化するのでご注意を。

証拠として当国宛の書簡が2通。言い逃れは不能です。

捕虜の尋問では1つご提案が」

メモを取っていたアストラが手を止め。
「何か」

地図を片付け広くなった床に金椅子を出して。
「古典的な拷問をしなくとも。座らせるだけで何でもペラペラと話してしまう不思議な椅子です。アミシャバに繋がる物品は無いのでこれを使えば明快な証言が得られるかと」
「お、恐ろしい椅子だ…。貸してくれるのか」

「そうですねぇ…。部下が負傷して何も無しでは国に帰せませんので。指貫の引き取りを交換条件にでは」
「そんな物で良いのか」
「綺麗に洗浄して無害の物に改造しようかと。性能は落ちると思いますが。不思議な縁を感じて」

「良かろう。寧ろ有り難い」
帝国保有の鑑定眼鏡を抽斗から取り出し金椅子を検分。
「これは…。君の言う通りだ。欲しい!これさえ有れば数多の不正が暴ける!」
ストレート!悩みの種はどの国も一緒。
「無理です」
「アミシャバを座らせたい」
「是非使いましょう。祭壇場から引き摺り降ろして」




---------------

帝宮地下留置場の前室で恒例行事。

ソプランのみ衝立の向こう側。立会人は引き続きエンバミル氏とラーラン。

アストラ皇帝直々に鬼の形相で尋問が始まった。

真っ先に弓手から始めたが…結果、こいつだけで充分だった。

両腕を荒く縫われ止血剤と痛み止めを施された全裸の狙撃犯。哀れだ。椅子は今回も消毒しよう。

モノホンの鞭を入れられ叩き起こされた。
「な…。何処だ…、こ…」
目の前に居るアストラ。隣に居る俺。後ろに居るエンバミルとラーランを見渡し男は硬直。
「私たちを知っているな」
「し、しら…知ってます」
男は自分の言動に驚き椅子から動けない。
「何だ…この椅子は」

「そんな事はどうでも良い。名を名乗れ」
俺は既に鑑定済みだけど。

邪神教徒ではあるが神の真名は知らない下っ端。
名も知らぬ神を信仰する奴の思考が解らん。生涯解り合えない人種だ。
「だ、誰が…ファンスと申します」
「お前が帝国の鳩を落とした賊の首謀者か」
「はい。そう…です」
必死の抵抗を見せるが無駄無駄。

「他の七人の身柄も確保した。仲間はこれだけか」
7人?
「いえ…五人の筈ですが」
単なる鎌掛けだった。

素直になったファンスは泣きながら証言を続けた。下手な拷問よりも大打撃。精神までやられるとは。

仲間は5人。何れも自分の故郷メレディスから連れて来た盗賊傭兵。盗賊の傭兵って何だ。メレディス内がグチャグチャだから仕事もハチャメチャ。

金で雇っただけの関係。

脈絡無く核心を一突き。
「アミシャバの生存を知っているな」
「はい…」
「今回の件はアミシャバの指示か」
「はい…」
YESマンに生まれ変わったファンス。

連絡手段は持っていた通信具。同じ物が3個有り。残り1つをアミシャバ本人が持っている。

帝国から南へ飛ぶ鳩を阻止しろと言う指令。大晦日当日に手薄になった帝宮を内部から襲撃する計画で鳩は南への連絡を滞らせる狙い。

「帝宮…。貴方を殺し。俺がエンバミルに成り済ませば計画は達成。政府が揺らいだその時を狙い。カルロゾイテの身体を乗っ取ったまま。代理皇帝の座に返り咲く。
それがアミシャバの計画です」
「…」
なんて穴だらけな計画!開いた口が塞がらない。

「乗っ取るとは何だ。擬態しているのではないのか」
「あれは擬態では有りません。身体は本物のカルロゾイテです。呪いを受けたアミシャバが死ぬ直前にカルロゾイテに助けを求めて騙し。
帝宮の宝物庫から持ち出した複想の兜で自分の記憶をカルロの脳に上書きしたんです」
記憶を上書き…。そんな物が存在したら。他人として永遠に生き続け…。シトルリン、あいつ使ったな。

「何だと…。その兜は今何処に有る」
「今は南東大陸のキリータルニアの倉庫に保管中です」
最近良く出るなキリータルニア。あそこに組織の隠し倉庫が在ると。来年辺りに潰しに行くか。トロイヤに調査させるか…。危険度が高過ぎる。要相談だな。

「遠いな…。取りに行かせるには腕を無くしたお前では無理だ」
「奪還は私にお任せを。直に南東へ入れるようになるんで」
「頼み事ばかりで済まんな。破壊処分でも構わん」
「その方が良いですね。改造しても駄目なら壊します」

「兜の使用条件は知っているか」
「はい。一人一度切り。複数回使うと原本の脳が壊死するそうです」
一回限り。ならギリセーフ。でもないか。

「これまでの使用者は」
「俺の知る限り。アミシャバが貸し出ししたのはマッハリアの前女王フレゼリカ」
「何だと!今、フレゼリカって」
叫んでしまったのは俺。

「はい。フレゼリカはロルーゼの誰かに。キリータルニアの倉庫管理者のアデル。クワンジアのソーヤン」
「ソー…ヤン」
ソーヤンも驚きだがアデルが2人存在していたのは兜を使った所為か。

「しかしソーヤンは怖くなって使わなかったとか」
セーフ。ソーヤンが臆病者で良かった。

ソーヤンからシトルリンに又貸ししたなら。シトルリンはもう一人存在する。あの余裕顔が脳裏に浮かぶ。

検索してもいいが原本が別人だったら探せない。シトルリンが今世の真名とは限らないから。

「他の使用者は知りません。管理者かクワンジアに居るアデルに聞かないと」
トロイヤに行かせるのが際どいな。
アデルが認知していたら…。偽装させる手も有るが。

頭痛くなって来た。

直近の問題は複製フレゼリカと原本シトルリンの存在。手掛かりは2人のアデル。

「宝物庫から出したのは兜だけか」
「兜と俺が持っていた転移の指輪です。指輪はアミシャバが使えず運び屋の俺に」
暗殺者の間違いだろ。

「次は私から良いですか?」
「うむ。後でもう一度交代してくれ」

尋問者変わりまして俺。
「お前との面識は無いが。どうして俺の顔を知っている」
「ラザーリアの攻城戦時に俺も。冒険者ギルドの屋上から見ていました」
あっそう…。
「俺がここに来てる事はアミシャバに伝わってるか」
「どうでしょう。今朝の向こうからの連絡では何も」
来たのは昼前だもんな。
「今日も連絡する予定だったのか」
「夕方から夜にアミシャバから入る予定です。連絡では夕方までは監視を続けろと。何時でも離脱出来るように撤収準備中に見覚えの有る白い鳩が北から飛んで来たと仲間から聞いて」
「それは変だな。部下の報告では昼過ぎには整ってたらしいじゃないか」
「前渡し報酬でステッツェリアで買い物と風俗店に行こうかと考えて」
転移道具の使い方!俺もやらないとは言い切れない。
「ま、まあ良い。お前がこれまで入った国は」
「モーランゼアとスリーサウジア。西大陸。東大陸の最果て以外の国の代表的な場所は大抵回りました」

「ん?西大陸には行ってない?」
「はい、一度も。あっちに行ったのはアデルです」
「成程。モーランゼアはどうして」
「特有の体臭でメレディス人は町から追い出されるのとウィンキー様の管轄なので」
生まれ持った体臭はどうしようも…。

「ウィンキーとの面識は」
「名前だけ。大層な気分屋だから近付くなとアデルから聞かされ」
気分屋ねぇ。アデルとは接点が有る。
「兜で複製すると別人格になるのか。それとも2人分の記憶や行動を共有出来たりするのか」
「別人です。少なくともアデルは共有とかはしてません」

聞きたい事はこんな所か。

ファンスに背を向け懐中時計を取り出した。

現在16時過ぎ。あんまし時間が無いな。
「少し席を外します。フィーネに借りたい道具が有るんで。定時連絡でこいつの声を真似ます」
「君らは何でも持っているのだな」
「まあ大抵の物は」
宮内案内役のラーランと一時脱出。

廊下に出た所で。
「確かに空気が酸っぱいな」
「今まで遭遇したメレディス人は大概にああでした」
「変な物でも食ってるんじゃないか?タイラントに居る知り合いは臭くないし」
「そうかも知れませんね。土着の臭いだとすると」
原因は土に在るのかも。


2人が居る医務室の扉をノック。
「フィーネ。入ってもいい?」
「今ダメ!着替え中。何?帰るの?」
中から声が。仕方が無いのでドア越しに。
「もうちょい時間掛かりそう。変声ピアス貸して。向こうからの連絡に返事したい」
「解った。アローマ。もう少しの辛抱だから」
「も、もう堪えられそうに有りません…」
「何とかするから。我慢よ」
いったい中で何が。

「何が起きてるのですか?」
ラーランがキョトン顔。
「劇薬に近い回復薬飲ませたから。ソプランの嫁さんが情緒不安定になってるんだと」
「劇薬…」

出て来たフィーネは扉のノブを持ったまま。片手でバッグを漁ってピアスを取り出した。
「はい」
「ソプラン。先に帰そうか?」
「そうしてくれる。これ以上無理ぽい」
アローマの荒い息遣いが漏れ聞こえる。




---------------

途中退場のソプランと訳有ってご乱心のアローマをフィーネがロロシュ邸に送り届け。速攻で戻った嫁さんと合流後尋問室へ引き返した。

「医務室で」
「その質問は無し。尋問はどうなったの?」
唇がしっとり濡れて…。詰りはそう言う事。

話題を戻して尋問の途中経過を歩きながら小声で話した。


衝立の向こうはソプランに代わり嫁さん。
ファンス全裸だし!

「部下は嫁の介抱の為帰国させました。尋問は何処まで進みました?」
「それは残念だな。夕食をと考えていたが…。暗殺計画の詳細を問い正していただけだ」
エンバミル氏が追従。
「私を一時的に監禁する話まで出たな。教会本部に呼び出して。アミシャバは昔から頭が悪かった。それに尽きる」
散々振り回された配下一同に同情。

それも今日で終わりだ。

尋問を交代。
「連絡の受け答えに合い言葉は何か有るか」
「アミシャバ様、万歳と」
何処の独裁者だよ!
「そ、そうか。お前の喋り方はどんな感じだ。素の返答か丁寧か」
「普段の俺は丁寧語なんて使えないんで。対等な喋り方でやってました」

思い切って耳朶にピアスをぶっ刺し。
「イッタ。地味にイッタ」
「だから前に言ったじゃない」
衝立の向こうから。後で傷薬塗ろう。ルーナの再生で塞がる前に。

「あー、あーー。俺、ファンス。弓しか扱えない馬鹿。どうですか?」
後ろの3人は親指を立てた。衝立の上にもOKサイン。

声の準備は済んだ。

押収品の陳列から2つの通信イヤホンを取りファンスに見せた。
「お前のは」
「左です。赤白の」
右手の白地に薄い赤ストライプの物。良く観察すると耳に入れる側に耳垢が…。
「きったね!お前の耳垢入ってんじゃん」
「済みません」

消毒液で強制洗浄。ファンスに向かって振り乱し汚れを返却。普通布で拭き上げ装着。

指先を外面に当てると通話状態に入る。試しに指を当て耳を澄ますと…。向こう側の高笑いが小さく聞こえた。

あいつ何時まで笑ってんだ。昼からずっと?
根っからの馬鹿は生まれ変わっても馬鹿だった。

指を離し。
「いつ来るか待てん。催促する方法は」
「アミシャバ様万歳を連呼するしか。あっちが着けていれば答えます」

何だか負けた気がして胸が苦しい。悔しさ堪えて呼び叫びます。アミシャバ様、万歳。

間隔を空けて呼称すること3回目。
「何だ。どうした」
アホっぽい声が返った。
「ファンスだ。もう何にも飛んで来ねえから引き上げる」
「待て。勝手に動くな。帝都にあの憎きスターレンが来たと情報が入った」
「そんなもん自分で何とかしろよ。俺たちは近くの町で遊ぶ」
「何だと!年内は協力するとの約束だっただろう。報酬を減額するぞ」
「計画が成功しなきゃ金も入らねえじゃねえか。減額なら好きにしろ。別に困ってねえし」
「何時もより言葉が荒いな」
遣り過ぎた!
「こっちは待ち惚けでストレス溜まってんだ!町で女抱かなきゃやってられるかこんな仕事。スターレンは放って置け。下手に手を出すと自滅するぞ。
協力はする。しかし今日は上がりだ。俺が居なきゃ短剣1つも用意出来ねえんだろ」
「クッ…。言いおる。まあ良い。今日は好きにしろ。明日の昼に何時もの場所に来い」
何処?
「良いだろう。どっかで昼飯食ってから行く。仲間はこっちに置いてく。誰も居なかったら南東に帰る。契約不履行でこの通信具も捨てる。お宅には今後一切関わらない」
「む…。それで良い。必ず来い」

イヤホンとピアスを外して、お馬鹿な返答内容を後方にご説明。

ファンスの前に戻り。
「待ち合わせに使う何時もの場所って?」
「教会本殿裏の噴水脇のベンチです」
近場!あいつのお散歩コースか。

「そんな、近くで…」アストラ様、消沈。
「気持ちは同じです。明日の昼前からカルロを宮内に引っ張る口実は何か有りませんか」
「少し相談する」
3人が後ろに下がり密談。俺はフィーネの傍に行き耳の治療をお願いした。
「あー。もう塞がっちゃってる」
遅かった。ルーナは細かい調整が苦手なよう。


密談が終了。
「上で話す。もう少し付き合って貰おう」
「了解です。ファンスの処分は」
「アミシャバの糾弾に使える。それまでは生かすが…。聞かない方が良い」
「何も聞きません」
帝国には帝国のルールが有る。

金椅子から下ろされ、人外の言葉を叫き散らすファンスは牢屋へ収監。


執務室に戻って緑茶が運ばれ一息。
「染みるわぁ」
「染みますなぁ」

ソファー席にアストラも座り一服。
「結論から述べる。第一の手は統一教会の年始行事と帝宮行事を合同で行おうと緊急会議をこちらで開く。第二にそのまま昼食会で奴の好物だった物を出す」
「意外に初歩的ですね」
「まあ聞け。カルロ本人は菜食主義者で魚しか口にしなかった。対してアミシャバは魚嫌いで豚や牛肉が大好物。両方の料理を出し、品評と称して出方を見る」
「まさか…」

「その真逆だ。何か肉料理を作ってくれないか。肉好きが時を忘れて貪る様な物を。君は表に出る必要は無い。
次いで奴は黄金品が趣向。会食の特別席だと金椅子を置いてやれば喜んで座るに違いない」
ラメル君を召還したいがレイルの許可が降りるわきゃないぜ。ここは自分たちの手で。
「どうしますかね」お隣に問い合わせ。
「どうって…。このまま帰れないでしょ」

姫たちの帰還祝と祝勝会の時は魚がメインだったのを思い返しつつ。
「豚と牛…。こちらでは他に羊肉や鹿肉とかは捌いてますか?地下蔵の貯蔵でも良いですが」
「羊は羊毛の為に食肉としては扱っていない。鹿は東部地方の一部だ。帝都で突然出されたら不審を招く。貯蔵は牛肉のみで豚は養豚所から直入になるな」
「おぉ…。普通だ」
「香草や香辛料はこちらの物。ベリー系の果実は」
「クランベリーなら市場に有る。宮内の保存は無い」
「ソースは作れそうね」

「カルロ本人はお酒は飲めました?」
「元の彼は下戸だったな」
「確かに」
エンバミルが大きく頷いた。
「酒精は煮詰めて飛ばせば良いか」

「今夜は白月に泊まります。部屋の用意と厨房を使わせて下さい。それと宮中料理人との顔合わせを早急に」
「ラーラン。セルゲイに用意をさせろ」
「直ちに」

「夕食をこちらで済まし。その後に厨房へ入れよう」


何故かグルメ談義に路線をシフトさせられ1泊。
日帰りの予定は何処行った。

お取り込み中であろうアローマは避けシュルツに料理を作る事になって明日まで帰れませんのメールを送信。

即折り返し通話。
「何が有ったのですか?先に帰ったアローマさんの様子も変でしたし」
未成年に何て説明すりゃいいんだ!

嫁さんに丸投げ。
「ん~とね。アローマとソプランは放置でお願い。明日は休暇で。こっちはね…。危ない事は無いんだけど。
1人のお馬鹿を料理で手懐けなきゃいけなくなったの」
回答になってない。
「1人の屑を美味しい料理で釣って地獄に送り返すんだ」
同じやんけ!
「理解不能です。帰国される予定は何時頃でしょう」
「順調に行って明日の夕方前には」
「かなぁ。何か有った?」

「急ぎと言う急ぎではないですが。ヤンさんの手術道具の試作品が上がりました。
それとお隣のペルシェさんからドルアールの茶葉がもう少し都合は付かないかと問い合わせを受けました。濃度の問題で試薬作成が困難だと」
「いけない…。直ぐに聞きに行けるからって出突っ張りになってた。ごめんシュルツ。誰かと一緒にキッチョム防具店の奥さん訪ねて。アリーちゃんのお母さんがドルメダさんでドルアールの葉を親戚から取り寄せしてる。
今の時期が外れてるかは解らない」
「解りました。久し振りにアリーちゃんとお話して遊んで来ます。お土産に頂いた娯楽用品を持って」
「いいね。偶にはシュルツも息抜きで」
「はい!まだ早いですがお休み為さいませ」
「「お休みぃ~」」

沈み掛けた気分も再浮上。

クルシュたちにタイラントで作ったプリンを振舞い。親睦を深めつつ。寝静まった2人切りの厨房でクワンとピーカーに見守られながら牛肉に合うソースの試作を重ねた。

あれ…。ここって男、俺1人?

何気にハーレムやないかーーー。
「怒りますよーーー」
「すんません」
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