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1話
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しおりを挟む「ただいま」
玄関には既に靴が1足あって、奥の部屋からはテレビの音が聞こえてくる。
いつもの通り柑菜よりも弟が先に帰ってきている。
両親は2人が大学入学と同時に単身赴任を言い渡され、結果、この広い家で2人っきりの生活を送っている。
リビングに行くとソファに腰掛けている春樹の姿があり、柑菜はその姿を横目で見ながら早速お湯を沸かし始めた。
いつもなら、用意するお皿は1つだが、今日は特別で、2人ぶんのお皿を用意する。
片一方はピンクの花柄、もう一方はブルーの花柄が描かれたお皿だ。
それに気付いた春樹は、柑菜の行動をじっと見ている。
「2つも太るよ?」
他人から言われると絶縁になりかねないことも、小さな頃から一緒に過ごす相手から言われると何も思わずにスルーできるものだ。
「違うよ、これは春樹のぶん」
「俺?」
まさか自分の分だとは思っていなかった春樹は、ソファから立ち上がり、柑菜のもとに来た。
「春樹には、ビターなチョコタルト」
はい、とタルトの乗ったお皿を渡すと、春樹は椅子に座り、それをじーっと見つめている。
まるで、餌を与えられた犬が、待て、をさせられているかのようだ。
皺など一切ない艶のあるチョコレートの表面に、春樹の顔が映っている。
数分すると、お湯が沸き、柑菜は2人ぶんのコーヒーを淹れた。
コーヒーのいい香りが、部屋中を満たす。
「はい」
「おう」
「いただきます」
「いただきます」
柑菜と春樹は向かい合って、夕方のティータイムを堪能する。
春樹はタルトを一口口の中に入れる「あ、美味しい」と声を出した。
「でしょう?」
いつもはあまり美味しいという言葉を発しない春樹が、珍しくその言葉を使う。
「今度連れてってよ、ここのケーキ屋」
ケーキを食べた春樹は、柑菜が思いもがけない言葉を発した。
「えっと、道教えるよ」
ーー2人で行ったら、いくら弟だとは言え勘違いされちゃうかもしれない。
柑菜は、瞬時にそう思った。
「まあ、それでもいいけど」
「うんっ」
柑菜は、ほっとする。
ーーでも、きっと私が男の人と2人で歩いていたところで、あの人は何も思わないよね……。
何色もの絵の具がぐちゃぐちゃに混ざり合っているような心の柑菜。
ケーキを売る人と買う人、このどこにでもありふれた関係を壊したいと、心のどこかで柑菜は少しだけ思い始めていた。
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