妖の木漏れ日カフェ

みー

文字の大きさ
2 / 74
始まりの夏

1

しおりを挟む
 あれから数年、お婆ちゃんが帰って来ることはなかった。

 今年も8月の中旬、田舎のお爺ちゃんの家に家族で訪れる。

 そよそよと夏風の吹く午後、今日は気温もそんなに高くなく過ごしやすい日で、田舎のお爺ちゃんの家のお庭を歩いていると見えてきた昔からある井戸。

 いつもはそのまま通り過ぎるのに、今日はなんだかその中が気になって、ふと中を覗いてみた。

 見ると、暗闇が下まで続いている。

「えっ、ちょっと、待って」

 な、なに?!

 井戸からの凄まじい吸引力、必死にそれに抵抗するけれど、私の弱い力は呆気なく負けてしまった。














「んっ…………」

 目を開けると、どこか森のような場所にいることが分かった。

 でも、さっきまで私がいた田舎の空気とは何かが違って、胸の奥がざわつく。

「えっと、私、井戸に吸い込まれそうになって、いや、吸い込まれて、それで、えっと…………」

 体を起こして辺りを見渡して知っている風景を探そうとするも、やっぱり見覚えはなくどんどんと不安の渦が大きくなっていく。

 一体ここは、どこなのだろう。人もいないし、あるのは自然ばかりでだんだんと恐怖まで感じてくる。

「誰かっ、いますか」

 せめて誰かがいればと思って叫んでみても、返事はない。

「ここ、本当にどこなんだろう……」

 不安と恐怖が大きくなりすぎて、目頭が熱くなってくる。いきなり井戸に吸い込まれて、知らないところに来てしまって、どうすればいいのかも分からない。

 帰りたい。

 お爺ちゃんやお母さんやお父さんに会いたい。

 その時、木の向こうからがさがさと音がした。誰かいるのかも、と期待をしつつ、もし熊とか猪とか危険な動物だったらどうしようという考えも浮かんできて、さらに不安が募る。

「だ、誰ですか?」

 声は聞こえないけれどだんだんと音は近付いてきて、私はぎゅっと目を瞑った。

「あれ、人間?」

 聞き慣れた日本語が聞こえてくる。

 声の主の方を見ると、すらっと長身で、着物を着て、今までに見た事のないくらい奇麗な顔をしている人がいた。つい、その美しさに目を奪われる。

 でも、一つだけ気になることが。

 頭についている動物の耳のようなものは一体……。

「もしかして、来ちゃったんだ?」

「来ちゃった?」

「ここ、妖の街で、人間界とは別の世界なんだけど」

「妖……?」

 人間界、妖、慣れない言葉に頭が追い付かず、とりあえず頭の中を整理しようと息を大きく吸ってふうっと吐いた。

 空を見ると奇麗な水色で落ち着く。

「んー、どうしようかなあ。このままだとちょっと厄介なことになるし……。カイのところにでも連れて行くか。一緒に来て」

 この人のことは良く分からないけれど、とりあえず、このままじゃあどうにもならないし、とりあえずはついて行くしかないような気がする。

「……はい」

 その人は、手を差し伸べて来た。

 その手を握ると、ふんわりと柔らかい感触に心臓がどきっとしてしまう。それに、なんだか落ち着く。温かくて、冬の日のあんまんみたいな安心感。

「それじゃあ、行こうか」

 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...