妖の木漏れ日カフェ

みー

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始まりの夏

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 あれから数年、お婆ちゃんが帰って来ることはなかった。

 今年も8月の中旬、田舎のお爺ちゃんの家に家族で訪れる。

 そよそよと夏風の吹く午後、今日は気温もそんなに高くなく過ごしやすい日で、田舎のお爺ちゃんの家のお庭を歩いていると見えてきた昔からある井戸。

 いつもはそのまま通り過ぎるのに、今日はなんだかその中が気になって、ふと中を覗いてみた。

 見ると、暗闇が下まで続いている。

「えっ、ちょっと、待って」

 な、なに?!

 井戸からの凄まじい吸引力、必死にそれに抵抗するけれど、私の弱い力は呆気なく負けてしまった。














「んっ…………」

 目を開けると、どこか森のような場所にいることが分かった。

 でも、さっきまで私がいた田舎の空気とは何かが違って、胸の奥がざわつく。

「えっと、私、井戸に吸い込まれそうになって、いや、吸い込まれて、それで、えっと…………」

 体を起こして辺りを見渡して知っている風景を探そうとするも、やっぱり見覚えはなくどんどんと不安の渦が大きくなっていく。

 一体ここは、どこなのだろう。人もいないし、あるのは自然ばかりでだんだんと恐怖まで感じてくる。

「誰かっ、いますか」

 せめて誰かがいればと思って叫んでみても、返事はない。

「ここ、本当にどこなんだろう……」

 不安と恐怖が大きくなりすぎて、目頭が熱くなってくる。いきなり井戸に吸い込まれて、知らないところに来てしまって、どうすればいいのかも分からない。

 帰りたい。

 お爺ちゃんやお母さんやお父さんに会いたい。

 その時、木の向こうからがさがさと音がした。誰かいるのかも、と期待をしつつ、もし熊とか猪とか危険な動物だったらどうしようという考えも浮かんできて、さらに不安が募る。

「だ、誰ですか?」

 声は聞こえないけれどだんだんと音は近付いてきて、私はぎゅっと目を瞑った。

「あれ、人間?」

 聞き慣れた日本語が聞こえてくる。

 声の主の方を見ると、すらっと長身で、着物を着て、今までに見た事のないくらい奇麗な顔をしている人がいた。つい、その美しさに目を奪われる。

 でも、一つだけ気になることが。

 頭についている動物の耳のようなものは一体……。

「もしかして、来ちゃったんだ?」

「来ちゃった?」

「ここ、妖の街で、人間界とは別の世界なんだけど」

「妖……?」

 人間界、妖、慣れない言葉に頭が追い付かず、とりあえず頭の中を整理しようと息を大きく吸ってふうっと吐いた。

 空を見ると奇麗な水色で落ち着く。

「んー、どうしようかなあ。このままだとちょっと厄介なことになるし……。カイのところにでも連れて行くか。一緒に来て」

 この人のことは良く分からないけれど、とりあえず、このままじゃあどうにもならないし、とりあえずはついて行くしかないような気がする。

「……はい」

 その人は、手を差し伸べて来た。

 その手を握ると、ふんわりと柔らかい感触に心臓がどきっとしてしまう。それに、なんだか落ち着く。温かくて、冬の日のあんまんみたいな安心感。

「それじゃあ、行こうか」

 

 
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