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【第1部】1章 花と少女
8話 光の塾
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――そのまた翌朝。
中庭に行くと、ルカが植木鉢の前でしゃがみ込んでいた。
「ルカ? おはよー」
「……」
ルカは無言でこちらに振り向く。
「何も起こらないわ」
「何も……って、お花のこと? うーん、1日で芽は出ないよぉ。やっぱり1週間くらいはかかるかな」
「そう」
どちらも言葉を発することなく、空白の間が流れた。
朝日が差して、すずめの鳴き声が聞こえる。柔らかい風が吹いてとても気持ちいい。
「いい天気だねぇ……また眠くなっちゃう」
「あなたは、不思議」
「ええぇ? わたし? どこが不思議かなぁ……」
「あなたも『ヒト』……。ヒトはそんなにも駄目なものかしら」
「えっと……その、『ヒト』っていうのはなんなのかな? ごめんね、わたしあんまり知らなくて」
「ヒトは感情にまみれた生き物」
「お……」
急にキツイことを言われてわたしは言葉を失う。
「魔法は心の力。心を乱されると魔法は使えなくなる。だからわたし達は感情を持たないように教えられてきた」
『魔法は心の力』――魔法が使えないわたし達の学校でも習う。
魔法は術者の精神状態に影響を受ける。感情的になると暴発したり、気分が落ち込むと魔法が出なくなったりするそうだ。
でも、「感情を持たないように」なんて……。
「それってあの、『光の塾』っていう所で教わるの?」
「そう。モノを作るのは神のすること。ヒトは神の真似事をして物を作り、育てる。怒り、悲しみ……すぐに感情の波にさらわれ、神からのみ得られる喜びを自らの手で得る……愚かで浅ましい生き物」
「…………」
――どういうことを教わる塾なんだろう。「神」というからには宗教?
わたし達の暮らすロレーヌ国、他多くの国の人が信じている「ミランダ教」とは全く違う。
「怒りと悲しみは分からない。けれど、わたしは喜びと楽しみを知ってしまった。感情を知ったわたしはヒトに堕ちる」
「うーん……ごめんね。ルカの言ってること、よく分からないよ……。喜んだり楽しんだりしたらどうして駄目なのかな? その……ヒトになっちゃ駄目なの?」
本当に全く理解できなかったので、正直にルカに尋ねる。
――学校の成績はそんなに悪くないはずなんだけどな。……ちょっと自信がなくなっちゃう。
「……わからない。お兄ちゃまに会えてとても嬉しいし、ジャミルの料理はおいしい。……あなたのも。食べ物をおいしいと思うことも禁じられていた。それは『喜び』だから」
「え……え――、そんなぁ。おいしいご飯食べると元気出るのにー……」
「お兄ちゃま達と外の世界を歩いているのも、楽しい。だからわたしはもう光の塾に行く資格がない。知ってしまった喜びを捨てられないから」
「うーん……うーん……おいしいもの食べたら幸せだし、グレンさんに会えて嬉しいっていうのも、当たり前の気持ちじゃない? わたしはそれはいいことだって思うんだけど、駄目なのかなぁ」
人の宗教を否定するのは良くないから一生懸命言葉を探すけど、うまく出てこない。
でも感情を持っちゃいけないなんて、自分で喜びを得ちゃ駄目なんてつまらなくない??
「……わからない。わたし……」
「おいルカ、そろそろ出発するぞ」
話の途中で、ジャミルが声をかけてきた。腰元に剣を携えている。
「…………」
ルカは無言で立ち上がり、ジャミルの元へ。
「……行ってらっしゃい。気をつけてね」
「……」
何も言葉を発することなく、ルカはジャミルと共に中庭を出て行った。
途中ガラス越しに一度目が合ったので手を振ってみたけれど、反応はなかった。
みんなが冒険に行って、また静かに緩やかな時間が流れる。
「はぁ……」
――朝からずいぶん重そうな話聞いちゃった……。
『物を作るのは神のすること』――単純な疑問だけど、それならその宗教の人はどんな物を食べてどんな所に住んでるんだろう?
家や食べ物も作らないのかな?
ヒトとやらが作った物も使わないのかな?
育てちゃいけないなら子供も作らない? うーん、謎だ。
ミランダ教とか他の宗教もたぶん「神が人を作って、人が物を作る」が前提のとこが多いと思うんだけど……。
(……これは……んー、あんまり考えるのやめとこ!)
お気楽のわたしには余りある問題だ。「ルカが何か悩んでる」くらいに考えとこう。
◇
その日の夕方少し前くらいにみんなが帰ってきた。
「あ、お帰りなさいー」
「ああ」
「ジャミル。野菜は切っといたから」
「ん、サンキュー」
「それじゃあ、わたしそろそろ帰りますね」
「ああ、お疲れ」
2人に頭を下げてから自室に戻り、帰り支度をする。
カバンにあれこれ詰めながら考えるのは、植えたお花達のこと。
植えたからにはお水をあげなければいけない。
どうしようかな、学校帰りに立ち寄るのがいいかな……?
「あれ? ルカ」
階段を下りると、中庭に面する掃き出しの窓の向こうにルカの姿が見えた。
朝と同じに、しゃがみ込んで植木鉢をじっと見つめている。
「それ……気になるの?」
「……芽が出るのを、見たくて」
「あ! じゃあじゃあ、お願いがあるんだけど、わたしがいない間、この鉢に水をあげてくれない? 1日1回でいいの」
「水を……? 育てるということ?」
「あ、それも駄目なのかな。んー……じゃ、これに水をあげて『守って』くれない?」
「守る……?」
「そう。水をあげないと死んじゃうんだ。だから守って欲しいの。それならどうかな?」
――言い方の問題で、結局育てるってことに他ならないんだけど……。
「……いいわ」
「よかった! わたしも時々様子見に来るし、お願いするね」
「…………」
ルカの返事はなかった。だけどその眼がうるうるとしていた。
中庭に行くと、ルカが植木鉢の前でしゃがみ込んでいた。
「ルカ? おはよー」
「……」
ルカは無言でこちらに振り向く。
「何も起こらないわ」
「何も……って、お花のこと? うーん、1日で芽は出ないよぉ。やっぱり1週間くらいはかかるかな」
「そう」
どちらも言葉を発することなく、空白の間が流れた。
朝日が差して、すずめの鳴き声が聞こえる。柔らかい風が吹いてとても気持ちいい。
「いい天気だねぇ……また眠くなっちゃう」
「あなたは、不思議」
「ええぇ? わたし? どこが不思議かなぁ……」
「あなたも『ヒト』……。ヒトはそんなにも駄目なものかしら」
「えっと……その、『ヒト』っていうのはなんなのかな? ごめんね、わたしあんまり知らなくて」
「ヒトは感情にまみれた生き物」
「お……」
急にキツイことを言われてわたしは言葉を失う。
「魔法は心の力。心を乱されると魔法は使えなくなる。だからわたし達は感情を持たないように教えられてきた」
『魔法は心の力』――魔法が使えないわたし達の学校でも習う。
魔法は術者の精神状態に影響を受ける。感情的になると暴発したり、気分が落ち込むと魔法が出なくなったりするそうだ。
でも、「感情を持たないように」なんて……。
「それってあの、『光の塾』っていう所で教わるの?」
「そう。モノを作るのは神のすること。ヒトは神の真似事をして物を作り、育てる。怒り、悲しみ……すぐに感情の波にさらわれ、神からのみ得られる喜びを自らの手で得る……愚かで浅ましい生き物」
「…………」
――どういうことを教わる塾なんだろう。「神」というからには宗教?
わたし達の暮らすロレーヌ国、他多くの国の人が信じている「ミランダ教」とは全く違う。
「怒りと悲しみは分からない。けれど、わたしは喜びと楽しみを知ってしまった。感情を知ったわたしはヒトに堕ちる」
「うーん……ごめんね。ルカの言ってること、よく分からないよ……。喜んだり楽しんだりしたらどうして駄目なのかな? その……ヒトになっちゃ駄目なの?」
本当に全く理解できなかったので、正直にルカに尋ねる。
――学校の成績はそんなに悪くないはずなんだけどな。……ちょっと自信がなくなっちゃう。
「……わからない。お兄ちゃまに会えてとても嬉しいし、ジャミルの料理はおいしい。……あなたのも。食べ物をおいしいと思うことも禁じられていた。それは『喜び』だから」
「え……え――、そんなぁ。おいしいご飯食べると元気出るのにー……」
「お兄ちゃま達と外の世界を歩いているのも、楽しい。だからわたしはもう光の塾に行く資格がない。知ってしまった喜びを捨てられないから」
「うーん……うーん……おいしいもの食べたら幸せだし、グレンさんに会えて嬉しいっていうのも、当たり前の気持ちじゃない? わたしはそれはいいことだって思うんだけど、駄目なのかなぁ」
人の宗教を否定するのは良くないから一生懸命言葉を探すけど、うまく出てこない。
でも感情を持っちゃいけないなんて、自分で喜びを得ちゃ駄目なんてつまらなくない??
「……わからない。わたし……」
「おいルカ、そろそろ出発するぞ」
話の途中で、ジャミルが声をかけてきた。腰元に剣を携えている。
「…………」
ルカは無言で立ち上がり、ジャミルの元へ。
「……行ってらっしゃい。気をつけてね」
「……」
何も言葉を発することなく、ルカはジャミルと共に中庭を出て行った。
途中ガラス越しに一度目が合ったので手を振ってみたけれど、反応はなかった。
みんなが冒険に行って、また静かに緩やかな時間が流れる。
「はぁ……」
――朝からずいぶん重そうな話聞いちゃった……。
『物を作るのは神のすること』――単純な疑問だけど、それならその宗教の人はどんな物を食べてどんな所に住んでるんだろう?
家や食べ物も作らないのかな?
ヒトとやらが作った物も使わないのかな?
育てちゃいけないなら子供も作らない? うーん、謎だ。
ミランダ教とか他の宗教もたぶん「神が人を作って、人が物を作る」が前提のとこが多いと思うんだけど……。
(……これは……んー、あんまり考えるのやめとこ!)
お気楽のわたしには余りある問題だ。「ルカが何か悩んでる」くらいに考えとこう。
◇
その日の夕方少し前くらいにみんなが帰ってきた。
「あ、お帰りなさいー」
「ああ」
「ジャミル。野菜は切っといたから」
「ん、サンキュー」
「それじゃあ、わたしそろそろ帰りますね」
「ああ、お疲れ」
2人に頭を下げてから自室に戻り、帰り支度をする。
カバンにあれこれ詰めながら考えるのは、植えたお花達のこと。
植えたからにはお水をあげなければいけない。
どうしようかな、学校帰りに立ち寄るのがいいかな……?
「あれ? ルカ」
階段を下りると、中庭に面する掃き出しの窓の向こうにルカの姿が見えた。
朝と同じに、しゃがみ込んで植木鉢をじっと見つめている。
「それ……気になるの?」
「……芽が出るのを、見たくて」
「あ! じゃあじゃあ、お願いがあるんだけど、わたしがいない間、この鉢に水をあげてくれない? 1日1回でいいの」
「水を……? 育てるということ?」
「あ、それも駄目なのかな。んー……じゃ、これに水をあげて『守って』くれない?」
「守る……?」
「そう。水をあげないと死んじゃうんだ。だから守って欲しいの。それならどうかな?」
――言い方の問題で、結局育てるってことに他ならないんだけど……。
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ルカの返事はなかった。だけどその眼がうるうるとしていた。
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