【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

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5章 兄弟

8話 カニ+ガールズトーク

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 今わたしにできることはなんだろう……。
 考え抜いた――いえ、そこまで考えてはいないけど――とにかく考えた末に出した答はひとつ。
 
「……」
 
 スラリと刃渡りの長い包丁を手にして、その輝く刃を無言で見つめる。傍らにはキッチンハサミ。
 今わたしは、カニと対峙していた――。
 
 わたしはみんなのご飯を作る係。だから今できることはおいしいご飯を作ること。
 ジャミルは今週いっぱい酒場のコックさんの仕事も休んだらしく、砦の自室で休んでいる。
 それを聞いてわたしは市場で彼の好物であるカニを仕入れ、ジャミルの仕事道具である包丁片手にカニを捌こうとしているのだった。
 
「あーレイチェル、お疲れー。わっ、それカニ!?」

 まさに今包丁を入れようとしている時、ベルとルカがやってきた。

「うん。奮発しちゃった」
「カニ……?」
「うん。ルカはカニ食べたことある?」
「ない。……防御力が、高そう」
「あ、殻は食べないんだ。これから捌くの」
「さばく……? そのあとは」
「身を出して色んなことに使うよ。雑炊でしょ、ドリアでしょ、それにカニクリームコロッケでしょ」
「ああん、おいしそー! 殻をラーメンスープ用にもらっていいかな?」
「うん、いいよー」
「やったぁ!」

 ベルが目をキラキラさせながら両手をパンと打つ。

 ◇


「っていうか、よくカニ仕入れる気になったわね。剥くのめんどくさくない?」

 ベルはわたしがカニを捌くのを時折見つつ、パンケーキとクッキーを焼いている。
 そしてルカは無言でもくもくとパンケーキをむさぼっている。

「うん……ちょっとね。でも、慣れればなんてことないよ」
「と……、よし。これでいいか」

 わたしは捌いたカニの脚部分の身をほじくりだし、小さい器に取り分けた。

「あら、それは?」
「これは雑炊用。ジャミルはカニが好きだから、カニ雑炊作ろうと思って」

「へぇー……」
「ん?」
「あのー……レイチェルってジャミル君と付き合ってるの?」
「えっ? えっ?? なんで?? 付き合ってないよぉ」

 驚きの質問にわたしはカニ味噌を落としそうになってしまう。
 
「えー そうなの? あたしはてっきり……」
「グレンさんも言ってたけどなんで? ただの幼なじみでしかないんだけど……」
「いやー だって。伏せってるジャミル君のためにわざわざ彼の好物のカニを仕入れて捌くなんてめんどくさいことするんだもん」
「そ……」

 そういう風に見られちゃうのかー! とわたしが納得していると、ベルが更に口を開いた。
 
「でさ、二人で同じ日に休み取ってミロワール湖に行ったでしょ」
「え、あ、あれは――」
「ミロワール湖ってデートスポットなんだけど、知らなかった?」
「そ、そうなの? わたし達子供の時から馴染んでるから今ひとつピンとこないなぁ」
「あとあと、隊長から聞いたけど、早朝からジャミル君お手製の『ドラゴン肉まん』食べてたって」
「あ、あれは……その、カイルの好きな食べ物で、供養? っていうのも変な話だけどそういう感じのもので……」
「ふ~ん……朝から、お手製の肉まんをねぇ」
「ほ、ほんとだってば……」

 グレンさん、ベルとそんな話してたんだ……くうぅ。
 
「やー、恋人がいると精神がけっこう安定して闇堕ちが防げるのになーって思ってさー」
「やみ、おち? って?」

 また耳慣れない言葉だ……。

「闇堕ちした人間は正気を失い、虚無の世界に堕ちる……むぐ」
「そうそう、それ。うーんこれおいしー!」
「きょむ……? あ、あまり食べすぎないでね」

 ぷるぷるのカニの身を二人がぺろりと食べる。……わたしも一口。
 おいしい。カニしゃぶとかもいいなぁ。
 
「……あ、それで、きょむの世界っていうのは何なの?」
「魔法は心の力っていうじゃない? 使いすぎたり、精神が不安定な時に使うと呑まれてしまって欲望とか理性に歯止めが利かなくなって、普段なら踏みとどまっているようなことを言ったりやったりするようになっちゃうの。あとは……意識が二度と戻らなくなったりね。肉体は生きてるけど、魂は『虚無の世界』を彷徨ってしまうんだって」
「そうなんだ……」

 使いすぎると闇に呑まれるとかって、そういえば以前ジョアンナ先生の授業でも言ってたっけなぁ。
 ジャミルがカッカしやすくなってるのはその影響なのかな……。

「あれ? でもジャミルは魔法使えないはずだけど……」

 ジャミルもカイルも生まれた時に魔法の資質を調べたけど、わたしと同じに全くなかったとか聞いたことがある。

「あの剣が、ジャミルの水を汚している」
「水……」
「あの剣は闇の紋章の眷属だからねー。外に出たがってジャミル君の精神にちょっかいかけてるのよ」
「ジャミルは自分の水で、汚れた水を抑えている」
「水……」
「あたしの魔法もあるけど、彼自身の精神力でそれを抑えてるって感じかなー。あ、この身体の甲羅もらうね」
「あ、どうぞ。カニ味噌は」
「……は、いらないや」
「了解」

 わたしはカニ味噌を小皿によけ、ベルは鍋にカニの甲羅をちゃぽんと鎮める。
 
 それにしても、ベルの補足説明があってよかった。
 ルカの『水』『水』じゃ全然分からないとこだった。

「あの剣、ジャミルによく話しかけている」
「話しかける? 剣が? ベルもさっき『ちょっかいかけてる』って言ったけど、しゃべるの? あの剣」
「……らしいわよ。心に話しかけて、彼の意識を乗っ取ろうっていう魂胆らしいわ」
「ジャミルには聞こえていない。……この、緑色のものは、何?」
「……これ? これはカニ味噌。食べる?」
「食べる」

 ルカは無言でカニ味噌を口に入れる。

「……おいしい」
「えー、カニ味噌いけるんだ? 渋いわねー、ルカ」
「パンケーキにかければ、ダブルでおいしい?」
「そ、それはやめておいた方が……、おいしいからって掛け合わせるとまずくなるときもあるからね」
「そう……ヒトの世は難しいわ」
「そ、そうだね……で、ジャミルには剣の声は聞こえてないの?」

「わたしとお兄ちゃまは聞こえる。紋章があるから」
「!!」

「え? 紋章って『女神の祝福』?」
「そう」
「へ――っ、ルカも隊長もなんだか不思議と思ってたらそういうこと……」
「ル、ルカ……」

 一応秘密なんじゃなかったっけ? またカジュアルにバラしてる……。
 ダメだよー みたいな目で見てみるも、ルカはお構いなしにカニを貪り食っている。
 
 
 ◇
 
 
「ん――、なんというか、ね」
「うん……」
「全部食べちゃったよね、カニ」
「うん……」

 ジャミルの好物のカニ。彼に食べてもらおうと思って買ったカニ。
 三人でおしゃべりしながら、気付いたらまるごと全部食べてしまっていた。
 彼のために少し身を取り分けているとはいえ……明らかにわたし達の取り分の方が多い。
 
「おいしかった」

 満足気に顔を赤らめるルカ。

「うん……おいしかった、けど……あはは」
「あ、でもでも、まだ2杯あるのよね! あたしも手伝うからさ!」
「ほんと? じゃあお願いしちゃおっかな……」
「まだ食べたい。カニ味噌も」
「…………」

 全員、沈黙してしまう。カニを食べたい。カニを……。

「もう一杯、いっちゃう?」
「う……ジャミル、闇堕ちしないよねぇ」
「カニで闇堕ち!? うーん でも食べ物の恨みは怖いからねぇ……」
 
 そう言いつつわたしとベルは2杯目のカニを捌き出す。
 大丈夫、1杯まるまるジャミルにあげるから。
 そもそも、カニがあることを知らないんだからこれはわたし達のもの――。
 カニはおいしい。だから仕方がないことなの。
 許してね、ジャミル。
 
 こうしてわたし達はカニを囲んで女子トークに花を咲かせたのでした……。
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