【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

文字の大きさ
129 / 385
◇7-8章 幕間:番外編・小話

◆エピソード―カイル:悪い魔法使いには、ないしょ

しおりを挟む
「クライブ、少しは思い出せてきたかい」
「……ぜんぜん」
 
 ある日自分は湖の中で血まみれになっている所を引き揚げられた。
 ちょうどその辺りを散歩中だった女の子と護衛の騎士が運良く見つけてくれたんだ。
 貴族の屋敷に連れて行かれ治療を受け一命を取り留めた。
 だけど瀕死の重傷を負ったからか頭がボンヤリして、何故血まみれなのか、何故湖で溺れていたのか、そして自分がどこの誰だかすら全く思い出せなかった。
 話によると現在地は竜騎士団領のユング侯爵領。
 どこ? ……全然分からない。
 
 名前を呼べなきゃ不便だろうと、俺を見つけてくれた騎士がクライブという名前を仮につけてくれた。
 当たり前だがしっくりこない。なにもかもが不明瞭。
 髪と眼が青いからロレーヌ人じゃないか? と言われたが、竜騎士団領はロレーヌから独立した国だから住んでる人間もロレーヌから移住してきた人間が多く、決め手に欠けた。
 でもロレーヌという国名は聞き覚えがあるから、たぶんそうなんだろう。
 
(名前くらい、思い出せないかなぁ……)

 ボンヤリと窓の外を見ながら、怪我が完治していない足を引きずりヒョコヒョコ歩く。
 
「あっ、だめよ。もどってください!」
「!」
 
 女の子の声がして、そちらへ目を向ける。
 俺を助けてくれたロジャーというじいさんと、キラキラの髪の小さい女の子が立っていた。
 
「じいや! あの人、気がついたのね。どうして教えてくれないの。だめでしょ」
「ああ、すみませんねぇ、お嬢様」

 ロジャーじいさんは女の子にペコペコと頭を下げる。
 しばらく二人で話をしたあと、女の子がパタパタとこちらへ駆け寄ってきた。
 
「ごきげんよう」

 女の子がスカートの裾を持ち上げお辞儀をする。

「え……ご、ごきげんよう……?」

 つられて俺も、たぶん今まで言ったことがないであろうセリフで挨拶を返した。
 
 青みのかかった銀髪に、青い瞳。
 自分の目も青だけど、その子は大きくキラキラの眼をしてまるで宝石のようだった。
 コバルトブルーで何やらつやつやした布地の服を身にまとっている。
 子供ながらに、彼女はとても身分の高いお嬢様なのだという事が見て取れた。
 
「クライブ。こちらはこのユング領の領主ゲオルク様のお嬢様、リタ様だ」
「リタさま……」
「そうなの。リタは、リタ・ユングといいます。よろしくね。えと、あなたは”クライブ”なの?」
「え……えっと」
「リタ様。この子は実は……」
 
 じいさんがリタお嬢様に事情を説明しようとする。
 しかしお嬢様は俺の足が辛かろうということで部屋に戻って話を聞くと言い張り、じいさんはためらいながらも同意。
 そんなわけで俺の部屋――というか、世話になってるじいさんの部屋で話をした。
 ――今なら分かるが、お嬢様が家来の……どころか身元不明のあやしい奴の部屋へ個人的に訪れるなんてまずありえない。
 あとでじいさんは、侍女長に怒られたそうだ。
 
「そうなのね、えと……クライブ、は、いっぱいわすれちゃったのね。……リタはちょっとだけ、いやしの魔法が使えるけど、わすれちゃった色々を思い出す魔法は知らないの。ごめんね」
「えっ、いや……うん」
「えっとね、『きおく』もだいじだけど、今は足を治すことに『せんねん』してね。おいしいものを食べて、いっぱいねむりましょう。そうしたら、治るのが早くなります。信じてあきらめないでください」
「あ、ありがとう」

『寝ていなきゃダメだ』とこの子に怒られたので、俺はベッドに横になりながら話を聞いていた。
 お嬢様は傍らのイスに座り、きっと覚えたての口上で一生懸命元気づけようとしてくれている。
 湖から引き揚げられた時に同じようなたどたどしい口上を聞いた。
 あの時俺に癒やしの魔法をかけてくれたのはこの子なんだろう。
 
「ははは、リタ様はお優しい」
「ね、じいや。リタはたくさんしゃべってのどがかわいたの。お茶を入れてくれない?」
「おお……しかし私が勝手にリタ様に何か飲ませるわけには……マイヤー殿に叱られてしまいますぞ」

 お嬢様がイスから降りてパタパタとじいさんの所に走っていき、お祈りのポーズでじいさんを見上げ小首をかしげる。

「いいでしょじいや。ね? リタ、じいやの入れたストロベリーティーがのみたいの!」 
「うーむ……う――む……分かりましたぞ……」
 
 根負けしたじいさんが、部屋の続き間に引っ込む。
 ちょっとしたお菓子とか飲み物なんかをここで作っていつも出してくれている。ストロベリーティーとかいう紅茶を用意してくれてるんだろう。

(おれ、そんなの飲んだことないな、たぶん……牛乳とかじゃダメなんだろうな)
 
「ねえ、ねえ」
「え?」

 またまたボヤーっとしていると、再び傍らのイスに腰掛けたお嬢様が俺に呼びかけていた。
 
「あなたのお名前は、カイルでしょう」
「え……」
「うんとね、湖から助けた時に、リタがお名前を聞いたらそう言ったわ。『カイル・レッドフォード』って」
「……!!」
 
 ボヤケて霧散していた意識と記憶が形を表し、パズルのようにパチンとはまる。
 そうだ、俺の名前はカイルだ。カイル・レッドフォードだ。
 兄の友達同士の集まりについていくはずが置いていかれて、その後しょうがないから一人でミロワール湖で釣りをしていて……それが、なんで湖から血まみれで発見された? しかも、竜騎士団領で。
 それから、それから……なんだったっけ?
 ああ、頭が痛い。まだ全部は思い出せないなぁ……。
 
「だいじょうぶ? これ、ちがうお名前だった?」
「! あ、うん。大丈夫。思い出した。ありがとう。おれ、カイル・レッドフォードだよ。うん」
「よかったぁ。えっとね、リタ、だれにも言ってないから安心してね」
「安心って?」
「えと、リタがこの前読んだ魔法の本に、書いてあったの。『悪い魔法使いには本当の名前はないしょにしておきましょう』って」
「内緒? なんで?」
「あのねぇ、本当のお名前を知られると、悪い魔法使いにカゲをつかまえられて、それで地面にぬいつけられちゃって帰れなくなるんだって」
「ふーん……」
「だからね、カイルのお名前もないしょにしておいてあげるね。カゲつかまったらたいへんだもの。もっといろいろ思い出すまで、リタとカイルだけのヒミツね。はい、やくそく!」
「え……ええと」
 
 なんだかよく分からないうちに、俺はお嬢様と指切りをした。
 せっかく名前を思い出したけどしばらく「クライブ」という名前で過ごすことに。
 名前を思い出したら、なおしっくりこない。名乗りたくて仕方なかったけど、なんとなくあのお嬢様の言う通りにした方がいいような気がした。
 ――結果的に、それは正解だった。
 とはいえ、このお嬢様には知られてしまっているわけで……。
 
(それってどうなるのかなぁ……?)
 
 そして俺はどういうわけかこのお嬢様に気に入られて小間使い兼話役みたいなことをするようになった。
 侍女長は猛反対したが、お嬢様が父であるゲオルク様に懇願したため叶えられた。
 ゲオルク様は奥様を早くに亡くしたため、一人娘で少し身体が弱い彼女を甘やかし、望みはなんでも叶えていた。
 
 お嬢様は俺と二人の時だけ「カイル」と呼び、俺も「リタ」と呼ぶようにお願いされた。
 ガキだった俺もさすがにそれはダメだろうと思い彼女にもそう言ったが
「それじゃあカイルって呼んであげない!」とプンプン怒られてしまい、根負けした。
 リタ・ユングお嬢様、7歳。誕生日がくれば8歳。俺より5歳年下。
 お花と星とおとぎ話、魔法の勉強が大好きで、少しわがままなお嬢様だった。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...