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8章 不穏の足音

4話 隊長、いい旅夢気分

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 湖畔の街、ヒースコート。
 
 ジャミル・ルカとパーティーを組んでいた時に何度か来たことがある。
 教会にジャミルが行っている間に、俺はギルドに報告をする。そのあとルカの転移魔法で帰って解散。
 というわけで、基本的に街でゆっくりするようなことはなかった。
 俺は今そのヒースコートにカイルの代わりに出張調査に来ていた。ロブという男が変死した洞窟の近隣の街だ。
 
 街の公園のベンチに腰掛けてアユの塩焼きを食べながら、新しく買った頼信板テレグラムとかいう板を眺めていた。
 二枚一組、片一方に文字や絵を書くともう一枚に同じ物が浮き上がる不思議な魔道具。
 そんな不思議な物なのでもちろん高い。カイルによると、30万くらいしたとか。今回の依頼の報酬は15万だから全然元が取れていないが、まああいつの財布から出ているからいいだろう。
 ちゃんと向こうに浮き出ているんだろうか? そういえば街に着いたら連絡しろとか言っていたような。
 
(ちょっと試し書きしてみるか……)
 
 ”湖月まんじゅう”
 
 中のクリームがトロっとしていて美味かった。明日も食いたい。
 あとあれも美味かった。忘れないうちに書いておこう。
 
 "湖底カニのとろ~りチーズピザ" "エクレア"
 
(これだけじゃ何か分からないな。ランク付けしておこうか……"うまい" "やばい"……と)

 どちらが上か分からないが、まあうまくてやばいからいいだろう、うん。
 
 この街はうまいものがいっぱいだ。
 何故以前ここに来た時に食べなかったのかと思うが、ジャミルとルカと食べ物屋に入る場面は想像できないしな……今でこそ色々話したりはするが年も離れているし、ルカはあの通りだったしジャミルは尖っていたし。

(ヒースコートはエビもうまいらしいな……次はそれ食べようかな)

 ロブという男の動向調査に来ているが、それは後回しでいいだろう。
 明日から本気出す。
 
 ジャミルの呪いは解けてくだらない報告をしなくてもよくなったし、あいつをそのうち始末することになる、なんて考えなくてもよくなった。
 レイチェルに対する気持ちも隠したりどう対処しようなどと思わなくていい。
 図書館の仕事がなくなったのは残念だったが当面の心配事、もやもやは霧散したと言ってよかった。
 
 俺は大体くだらないことしか考えていない。
 今だって深刻そうに見えて「アユがうまい」しか考えていないし、テレグラム片手に深刻な報告を上げているかに見えて、うまいものメモを書いている。
 
 要するに俺は今、実に晴れやかな気分で旅を満喫していた――。
 
 
 ◇
 
 
 カイルに何も報告せず、普通にテレグラムをうまいものメモに利用していたら奴からダメ出しが来た。
 何か怒っている。変な奴の応対をしていたらしい。
 どうやらあの日見たパーティを崩壊させた張本人だったようだが、身振り手振りや言動があまりにアホっぽいから有益な情報も得られないだろう、と適当なことを言って小馬鹿にしつつ追っ払ったら女子の好感度が下がったと嘆いている。
 そんなこと知るか。……知らんけど、正直笑う。どうせニヤニヤしながらネチネチ言ったんだろう。
 女の方も気の毒に。物腰柔らかいさわやかお兄さんだと思ったんだろうな。

(……ん?)
 
 "名前はレテ・スティクス"
 
「レテ・スティクス……」

 ――その名前を口にした途端、悪寒が走った。

「……!」

 ――なんだ、これは? 何か、気味が悪い。
 
 "不気味な名前だ ザワッとする"
 "どういう意味だ"
 
「……」

 どういう意味か? ……どういう意味なのか自分でも分からない。
 
 "分からない とにかく座りが悪い 人の名前でない気がする"

 直接対峙していたらもっと何か気味の悪さを感じたかもしれないが……。色はどんな感じで見えるんだろうか?

 "帰ったならもういい 明日からロブのことを調べる"
 "分かった たのむ"
 
「……勘弁してくれ」

 ペンを置いて、ベッドに倒れ込む。
 気味の悪い名前の女が関わり崩壊したパーティーのメンバーが、その女を追って死んだ。
 何故気味が悪いと感じるのか分からないが、真面目に調査する必要がありそうだ。
 適当に調査してあとはのんべんだらりとするつもりだったのにな……。
 
 
 ◇
 
 
 翌日からロブの情報を追って色々聞いて回った。
 ロブ・ヒギンズ35歳。風の術剣士。剣の腕はそこそこ、冒険者歴は12年、冒険者ランクはC。
 ……そこそこ強く12年もやっていたらしいのにランクがCと低いのは、依頼をすっぽかしたり期限を守らなかったり、ガラが悪かったかららしい。
 
 悪い意味で有名だったらしく、死んだというのに彼の評判は悪いものばかり。
 セクハラ、パワハラ、モラハラ野郎だったとか。
 女術師ソーニャがギルドで依頼を取り日程を調整、経理を担当していたが、戦闘で強いものこそが偉いという考えだったらしいロブとは衝突が耐えなかったらしい。

(経理と日程調整。裏方を侮るとは……)
 
 そんなわけで、縁の下の力持ちというか実質影のリーダーだったソーニャが抜けてパーティーのバランスが崩れ、おまけに若くて可愛い新メンバーには逃げられた。
 よほど応えたのか、教会で懺悔をする姿が見られたという。
 そして数日後、この街近くの地底湖の洞窟で遺体で発見された。

(不自然だな……)

 ソーニャが抜けてから1週間も経っていないはずだが、短期間でそんなに心が変わるものだろうか。
 彼の評判を聞くに懺悔をするようなタマじゃなさそうだし、それに教会で懺悔をして、何故その後地底湖に行った? そこでの依頼を受けていなかったらしいのに。
 まるで、何かに動かされているように思える。
 予想以上にキナ臭い。明日は教会と地底湖を回ってみるか――。

「ん?」
 
 手元にある頼信板テレグラムがぼんやり青く光っている。
 
 "また女が来た"
(えー……)

 なぜやたら女が来るんだ。まあカイルのことだから適当に無慈悲に追い払ってくれるだろうが……。

 "神官 銀髪のノルデン貴族"
「ノルデン貴族……」

 率直に言ってノルデン貴族は嫌いだ。どこの国の人間よりも黒髪を見下すからだ。
 そもそも「カラス」という蔑称は銀髪至上主義のノルデン貴族発祥らしいし……俺がいる時でなくて良かった。
 
 "名前は アーテ・デュスノミア"
 
「アーテ・デュス……、……!」
 
 ――続きを言うことができない。

 アーテ・デュスノミア。……何だ、この名前は。
 同じ言うことができないと言っても、カイルの偽名の「クライブ・ディクソン」とは全く違う。
 吐き気がする。「レテ・スティクス」よりも何かもっと気持ちの悪い……。
 
 "すぐに追い返せ"
 "すぐには無理だ ベルナデッタの知り合いらしい"

「ベルナデッタの知り合い……?」
 
 "やばいのか"
「…………」

 返答に詰まる。どう言えばいい……とりあえず感じたことをそのまま書けば伝わるか?
 
 "ジャミルの闇の剣やレテという名前よりも気持ちが悪い 不吉だ それは人の名前じゃない 呪文だ"
 ――そうだ。ジャミルの鳥ウィルと同じ。これは呪文だ。

 "追い返せないなら全員に通達しろ"

 ――その名前を……、
 
 "その名前を 唱えるな"
 
「くそ……なんだっていうんだ」

 宿屋のベッドにテレグラムを放り投げ、頭をガシガシ掻く。
 
 ……あっちが片付いたと思ったらまた気味の悪い事が起こる。
 今日は火曜日だ。レイチェルがバイトに来るにはまだ日がある。
 出会う前にその女がさっさと帰ってくれればそれでいいのだが、どうせまたロクなことにならないんだろう。
 
 何も考えず、うまいもので食い倒れさせてはもらえないらしい――。
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