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8章 不穏の足音
14話 花と少女II(3)
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「レイチェル……」
「あ、ベル」
11時頃、昼食を食べているわたしにベルがこそっと呼びかけてきた。
あの人はいない。
「……ルカ、どう? 大丈夫?」
「……分からない。魔法が使えなくなっちゃったみたい」
「そう……ショックが大きかったのかしら……あの人なんだけどね、ポルト市街のホテルに泊まってもらうことになったから」
「! そうなの?」
パッと目の前が明るくなり、思わず笑みがこぼれてしまった。
それを見てベルが苦笑いする。
「ご、ごめん。つい……」
「いいのよ。……ごめんね、レイチェル」
「何が? ベルは何も悪くないでしょ。カイルも言ってたけど、自分に責任があるなんて思うのやめようよ……」
「ありがと……あのね、ホテルから迎えの馬車が来るの。それまで辛抱……ね。部屋に避難しててもいいし」
「ん……」
今回つくづく思った。わたしは、そんなに優しくて心が広い人じゃない。
どうしても仲良く話ができない人がいる。分かり合えない人がいる。分かりたくない人がいる。
一日二日で判断するのは早急かもしれない。大人じゃないのかもしれない。
もっと広い目を持たないといけないのかもしれない。けど無理なことは無理だ。
わたしは、あのアーテという人が嫌いだ。
悪意のこもった言葉をぶつけてくるだけじゃなくて、話が全く通じない感じがどうにも不気味だ。
以前会った泥棒の魔術学院生をもっとひどくした感じ。
「ごめん……じゃあ、部屋にいるよ」
「うん」
立ち去ろうと食堂の扉を開けた……ら。
「あら、ありがとう、レイラさん」
(う……)
アーテさんがちょうど扉の向こうに立っていたらしい。召使いのように開ける格好になってしまった。
「いえ……わたしはこれで失礼します」
「そう」
アーテさんを先に食堂に通し、わたしは廊下に出ようとまた扉に手をかけた。
「廊下、すごく寒いわね。早く修理しないといけないわ」
「…………」
誰にかけた言葉だろう。彼女の方を見ていないから分からない。
「ああ、迎えが早く来ないかしら。……ねえレイラさん、あの女の子はもういないのかしら?」
「…………レイチェルです。彼女は今眠っていますから大丈夫ですよ」
「そう。それにしても……なぜわたくしが急に襲われなければならないのかしら」
「ごめんなさい、わたしにもよくわかりません。ただあの子はずっとあのお花を育ててきたので、悲しかったんだと思います」
「お花が枯れたのとわたくしが、何の関連があるというのかしら……全くひどい言いがかり。彼女、かなりの魔術の使い手ではあるようだけれど精神的には全く未熟ね」
「……!」
「お、おやめ下さい……」
「ねえベルナデッタ。わたくしは今日これきりだからいいけれど、あんな頭のおかしい子を置いておくのはマイナスではなくって? 何かあるたびにああやって癇癪を起こして氷の槍で攻撃されてはたまらないでしょう」
「い……いつもああではありませんわ」
「あら、ではわたくしに問題があると言うの? わたくしは貴女の身の安全を考えて言ってあげているのに」
「……っ、それは……けれど、今彼女は魔法が使えない程、憔悴しているのです。そのようなおっしゃりようは、さすがに……」
「魔法が使えない? なぜ……もしかして、花が枯れたからなの?」
アーテさんが心底驚いた顔で息を吸い、口を手で覆う。
そしてすぐに、わたしを"無能の草子"と罵ってきた時と同じに口を歪ませて笑った。
人の話を全く聞かない……それに今この話の主題はそこじゃない。この人は、話の中で人を馬鹿にできるポイントを見つけたら我慢できない質みたいだ。
人がショックで魔法が使えないということが、なんでそんなに嬉しいんだろうか。
「信じられないわ……これからの人生、もっと悲しいことがあるでしょうにどうやって生きていく気かしらね? 情緒が全く発達していないのかしら。術師としても人間としても欠陥品ね――たかだか花が枯れたごときであんな発狂して」
「取り消して下さい、今の言葉」
気がついたら彼女の前まで歩み寄っていた。
――あと1時間かちょっとすれば、この人はここからいなくなる。だけどどうしても我慢ができなかった。
呼吸が乱れる。怒った時「頭に血が上る」なんていうけど、逆にサッと血が引いたような感覚だ。
「レイチェル……!」
「何かしら? 今は貴女の話をしているのではないの。貴女が怒ることではないでしょう?」
「ルカは欠陥品なんかじゃありません……それに、あのお花だって……!」
――頭に浮かぶのは、来る日も来る日もお花に水をあげるルカの姿。
雨の日に食堂のあのテラスで、『雨が降っているとあの子達も嬉しそう』って静かに呟いた。
最初に植えたわたしよりもずっとずっと一生懸命お水あげてくれて、言い出しっぺはわたしなのに申し訳ないなぁなんて思ってた。
モノ作り禁止、喜んだり楽しんだりするのが禁止の宗教にいたルカ。
教義を破るようなことをさせて、いけないことをしたかもしれない。
でもあの子が、花が育つのを見て顔がどんどん綻んでいくのが嬉しかったの。
「……『たかだか花』なんかじゃない。あの花達はあの子の喜びなんです、心なんです! それを嘲笑う資格なんて誰も――!」
――言葉の途中で、左頬と耳に衝撃が走りよろめいてしまう。
「なっ……! やめてっ……!」
大声を出すベルには全く構わず、彼女は手拍子を2つ打つ。まるで芝居のお稽古みたいに。
「はい、はい。情熱的な台詞ですこと。……全く、無能の草子さんのおままごとなんて付き合っていられ、な……!」
「え……!」
わたしの行動に驚きすぎて、ベルが両手で口を覆う。
アーテさんも最初何が起こったか理解できていない風だったけど、すぐに左頬を抑えながらわたしを睨んでくる。
右手がじんじん痛む。でもそんなのどうでもいい。
……これ以上、喋らせたくなかった。
「なんて無礼な――このわたくしを誰だと思っているの!?」
「知らないわよあなたなんて!」
彼女がまた叩いてきたので、わたしも叩き返した。……心底意外みたいな顔をしている。
「……なんですか? 叩かれたくないなら、叩いてこないでっ!!」
――なんで驚いてるんだろう?
自分は絶対に叩かれないと思っているんだろうか? 自分だけが人を叩いていいと思ってるんだろうか? 理解ができない。
「あなたの顔なんて見たくない!! 早く……早くここから出て行って!!」
ルカが一生懸命育てたお花。わたしだって育ててた。
それを枯らしたばかりか、悲しむルカの心を嘲笑う目の前の人。
悔しい、悲しい。理解も感情の処理も追いつかない。
ただただ金切り声をあげることしかできなかった。
「あ、ベル」
11時頃、昼食を食べているわたしにベルがこそっと呼びかけてきた。
あの人はいない。
「……ルカ、どう? 大丈夫?」
「……分からない。魔法が使えなくなっちゃったみたい」
「そう……ショックが大きかったのかしら……あの人なんだけどね、ポルト市街のホテルに泊まってもらうことになったから」
「! そうなの?」
パッと目の前が明るくなり、思わず笑みがこぼれてしまった。
それを見てベルが苦笑いする。
「ご、ごめん。つい……」
「いいのよ。……ごめんね、レイチェル」
「何が? ベルは何も悪くないでしょ。カイルも言ってたけど、自分に責任があるなんて思うのやめようよ……」
「ありがと……あのね、ホテルから迎えの馬車が来るの。それまで辛抱……ね。部屋に避難しててもいいし」
「ん……」
今回つくづく思った。わたしは、そんなに優しくて心が広い人じゃない。
どうしても仲良く話ができない人がいる。分かり合えない人がいる。分かりたくない人がいる。
一日二日で判断するのは早急かもしれない。大人じゃないのかもしれない。
もっと広い目を持たないといけないのかもしれない。けど無理なことは無理だ。
わたしは、あのアーテという人が嫌いだ。
悪意のこもった言葉をぶつけてくるだけじゃなくて、話が全く通じない感じがどうにも不気味だ。
以前会った泥棒の魔術学院生をもっとひどくした感じ。
「ごめん……じゃあ、部屋にいるよ」
「うん」
立ち去ろうと食堂の扉を開けた……ら。
「あら、ありがとう、レイラさん」
(う……)
アーテさんがちょうど扉の向こうに立っていたらしい。召使いのように開ける格好になってしまった。
「いえ……わたしはこれで失礼します」
「そう」
アーテさんを先に食堂に通し、わたしは廊下に出ようとまた扉に手をかけた。
「廊下、すごく寒いわね。早く修理しないといけないわ」
「…………」
誰にかけた言葉だろう。彼女の方を見ていないから分からない。
「ああ、迎えが早く来ないかしら。……ねえレイラさん、あの女の子はもういないのかしら?」
「…………レイチェルです。彼女は今眠っていますから大丈夫ですよ」
「そう。それにしても……なぜわたくしが急に襲われなければならないのかしら」
「ごめんなさい、わたしにもよくわかりません。ただあの子はずっとあのお花を育ててきたので、悲しかったんだと思います」
「お花が枯れたのとわたくしが、何の関連があるというのかしら……全くひどい言いがかり。彼女、かなりの魔術の使い手ではあるようだけれど精神的には全く未熟ね」
「……!」
「お、おやめ下さい……」
「ねえベルナデッタ。わたくしは今日これきりだからいいけれど、あんな頭のおかしい子を置いておくのはマイナスではなくって? 何かあるたびにああやって癇癪を起こして氷の槍で攻撃されてはたまらないでしょう」
「い……いつもああではありませんわ」
「あら、ではわたくしに問題があると言うの? わたくしは貴女の身の安全を考えて言ってあげているのに」
「……っ、それは……けれど、今彼女は魔法が使えない程、憔悴しているのです。そのようなおっしゃりようは、さすがに……」
「魔法が使えない? なぜ……もしかして、花が枯れたからなの?」
アーテさんが心底驚いた顔で息を吸い、口を手で覆う。
そしてすぐに、わたしを"無能の草子"と罵ってきた時と同じに口を歪ませて笑った。
人の話を全く聞かない……それに今この話の主題はそこじゃない。この人は、話の中で人を馬鹿にできるポイントを見つけたら我慢できない質みたいだ。
人がショックで魔法が使えないということが、なんでそんなに嬉しいんだろうか。
「信じられないわ……これからの人生、もっと悲しいことがあるでしょうにどうやって生きていく気かしらね? 情緒が全く発達していないのかしら。術師としても人間としても欠陥品ね――たかだか花が枯れたごときであんな発狂して」
「取り消して下さい、今の言葉」
気がついたら彼女の前まで歩み寄っていた。
――あと1時間かちょっとすれば、この人はここからいなくなる。だけどどうしても我慢ができなかった。
呼吸が乱れる。怒った時「頭に血が上る」なんていうけど、逆にサッと血が引いたような感覚だ。
「レイチェル……!」
「何かしら? 今は貴女の話をしているのではないの。貴女が怒ることではないでしょう?」
「ルカは欠陥品なんかじゃありません……それに、あのお花だって……!」
――頭に浮かぶのは、来る日も来る日もお花に水をあげるルカの姿。
雨の日に食堂のあのテラスで、『雨が降っているとあの子達も嬉しそう』って静かに呟いた。
最初に植えたわたしよりもずっとずっと一生懸命お水あげてくれて、言い出しっぺはわたしなのに申し訳ないなぁなんて思ってた。
モノ作り禁止、喜んだり楽しんだりするのが禁止の宗教にいたルカ。
教義を破るようなことをさせて、いけないことをしたかもしれない。
でもあの子が、花が育つのを見て顔がどんどん綻んでいくのが嬉しかったの。
「……『たかだか花』なんかじゃない。あの花達はあの子の喜びなんです、心なんです! それを嘲笑う資格なんて誰も――!」
――言葉の途中で、左頬と耳に衝撃が走りよろめいてしまう。
「なっ……! やめてっ……!」
大声を出すベルには全く構わず、彼女は手拍子を2つ打つ。まるで芝居のお稽古みたいに。
「はい、はい。情熱的な台詞ですこと。……全く、無能の草子さんのおままごとなんて付き合っていられ、な……!」
「え……!」
わたしの行動に驚きすぎて、ベルが両手で口を覆う。
アーテさんも最初何が起こったか理解できていない風だったけど、すぐに左頬を抑えながらわたしを睨んでくる。
右手がじんじん痛む。でもそんなのどうでもいい。
……これ以上、喋らせたくなかった。
「なんて無礼な――このわたくしを誰だと思っているの!?」
「知らないわよあなたなんて!」
彼女がまた叩いてきたので、わたしも叩き返した。……心底意外みたいな顔をしている。
「……なんですか? 叩かれたくないなら、叩いてこないでっ!!」
――なんで驚いてるんだろう?
自分は絶対に叩かれないと思っているんだろうか? 自分だけが人を叩いていいと思ってるんだろうか? 理解ができない。
「あなたの顔なんて見たくない!! 早く……早くここから出て行って!!」
ルカが一生懸命育てたお花。わたしだって育ててた。
それを枯らしたばかりか、悲しむルカの心を嘲笑う目の前の人。
悔しい、悲しい。理解も感情の処理も追いつかない。
ただただ金切り声をあげることしかできなかった。
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