【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

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◇8-9章 幕間:番外編・小話

◆エピソード―カイル:街のカラス(前)

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 1552年、7月。
 竜騎士団領は寒冷な気候で、夏でも涼しい。
 そんなわけでセミもいない、静かで涼しい夏。
 涼しいのはいいけどあの暑さが、セミが恋しい……。
 
「シーザー、出かけようか」
 
 竜舎にいる愛竜に声をかけると「キュー」と嬉しそうに鳴く。
 休みの日はこいつと遠乗りするか、ディオールのカンタール市街へ行っている。
 武器の調整もあるし、それから最近知り合ったヤツに会いに行くためだ。話しかけてもそっけないけど……。
 
 
 ◇
 
 
「だからね、マードックさん。悪いこと言わないからやめときなって」
「!」
 
 いつもの武器屋に行くと先客がいた。
「マードック武器工房」――武器の販売と製造、それから修理もしている店。
 親方のガストンさん、その奥さんのメリアさんが二人で切り盛りをしていた。
 親方のウデは他国に知れ渡るくらいではあったが、気性が荒く気に入らない相手は叩き出すなどするので客入りはいまいちだったりする……。俺みたいなヒヨッコが相手してもらってるのは不思議だ。
 
「……『悪いこと』なら今言っているな。帰れ」

 鋭い眼光で親方が客人を睨みつけ、静かに言い放つ。かなり怖い。
 
「いや、マードックさん。あんたせっかくいいウデなのに勿体ないってんだよ」
 
 相手は40歳くらいのやせた男。戦士ではなさそうだった。
 ――商売人仲間か何かだろうか? 経営のアドバイス的な? どっちにしろ取り込み中みたいだし、また出直そうかな。
 
「もういい、帰れ。お客さんが来た。商売の邪魔をするな。……いらっしゃい、クライブ君」
「は、はいっ!?」
 
 水を向けられて、驚きの余り素っ頓狂な声を出しながら背筋を伸ばす。
 ――やだなあ、話を切り上げるきっかけに使われてるよ今……そう思っていたら、店の勝手口が開いた。
 
(あ、グレンだ)
 
 勝手口から入ってきたのは、数ヶ月前に知り合ったノルデン人の少年のグレン。
 最初いざこざがあったものの口を聞くようになり――ほとんど俺が喋りっぱなしだが――ともかく最近、この店には武器の調整とともにこいつと喋りに来ていた。
 俺が一方的に友達と思ってる感じだけど最初のような敵意はないし黙れ帰れとも言われないし、まあいいかって感じだ。
 
「ヒッ……!」
 
 グレンを見た客人のおっさんは肩をすくめて息を吸った。
 
「ほらこいつだ!! せっかくあんたのウデは評判が高いっていうのに、カラスなんかを店に置いておいたら外聞が悪いっていうんだよ!」
「!!」
 
 おっさんはグレンを指差し叫ぶ。そして誰の言葉も待つこともなく、さらに口を開いた。
 
「今は店の手伝いをして大人しいかもしれないが、内心何考えてるか分かったもんじゃない。奪えるものがないか物色してる最中かもしれないぞ!? ある日根こそぎ奪って逃げるかもしれないんだ! 実際にそういう例もあるんだよ! カラスはどこまでいってもカラスでしかない、どれほど小さくたって信用しちゃいけないんだよ!!」
 
 指差しながら唾を撒き散らして叫ぶ男。
 グレンを見やると、表情もなくただ黙って立ち尽くしていた。
 ――こいつは普段から表情も感情表現も少ない……が、ないということはない。
 しかし以前チンピラに絡まれた時と同じに、自分がこうやって攻撃されている時はただただ色の消え去った顔で押し黙るのだ。
 嵐が過ぎ去るのを待っているかのように――。
 
「……カラスってのは何だ。知らねえな」
「!」
「お、親方」
 
 武器の手入れをしていた親方がのそりと立ち上がり、男の目の前に立つ。
 身長190センチ以上、太ってはいるが、ついているのは全部筋肉――そんな人間が目の前に立てば威圧感が半端ない。
 グレンを罵倒していた時の勢いはどこへやら、男は縮こまってしまう。
 
「し、知らないことはないだろう、戦災孤児が――」
「うちにはそんなものはいねえ。こそ泥のクソガキはいるがな」
「だから、それがカラスなんだって――」
「うるせえ。出ていけ」
「あんたのためなんだ」
「なら今すぐ出ろ。二度と来るな、俺のために」
「くっ……」
 
 男は帽子をかぶり、ドカドカと店の入口へ。
 
「二度と来ないけどねえ、これだけは言っておいてやるよ! カラスはカラス、死んだ息子さんの代わりになんかなりようがないんだよ。恩知らずのカラスと家族ごっこなんて偽善もいいとこ――がっ!」
 
 親方が男の胸ぐらをつかみ、そのまま店の外へ投げ出した――ドアは閉まったまま。ドアのガラスと木を突き破るけたたましい音がした。
 親方は吹き飛んだ男の元へ歩み寄ってまた胸ぐらをつかみ「次に同じことを言ったら殺す」と、数メートル先の空気も揺れるくらいの大声で男を怒鳴りつけた。
 やりすぎで血の気が引く。もし通報されたらアウトだろう……。
 
 だがおっさんには同情できない。グレンを罵倒するのに「死んだ息子さん」まで持ち出したのだから……腹立ったからって触れていいことではなかっただろう。
 というか、息子さんがいたのか。しかも、亡くなっている。
 ……と、こんな風に、知る必要のない人間にデリケートな事実を大声でバラしたというのも全くいただけない。
 同情どころか、おっさんはあれぐらいやられてもしょうがない気がしてきたな……。
 
(それにしても……)
 
 おっさんが叩き出されたあとの店は惨い有様だ。
 飛散したガラスに木片――安い芝居の造りが脆い大道具かのごとく、店のドアは粉々だ。
 
「ああああもう! また何やってくれたのよおお!!」
「あっ おかみさん」
 
 物音を聞きつけ、店の2階から親方の奥さんのメリアさんがどかどかと降りてきた。
 
「あああ! またドア破壊して……! グレン! 何があったの!?」
「親方が客にキレて半殺しにした」
「ち、違うだろ……いや、そうだけどさ」
「一体何にキレたのよ」
「……」
 
 おかみさんの質問にグレンは口を閉ざす。
 殴って叩き出したのは息子さんのことが原因だったが、そもそも発端はあのおっさんがグレンを追い出せと言ってきたことだった。
 
「あのおっさん酷いんだよ、失礼な言いがかり延々とつけてきてさ……やりすぎだけど、親方があれくらい怒るの仕方ないよ」
 
 グレンのことも息子さんのことも触れずに説明するのは難しい。
 それでもおかみさんは何かを察したようで「そう……」と片手で頬を覆いながらため息をついた。
 
「ごめんねえ、クライブ君。せっかく来てくれたけど、店はこんなだし、また明日来てくれる? 片付けないといけない」
「あ……分かりました」
「グレン。あんたもちょっと昼の休憩に行ってきな」
「まだ、時間じゃないし、片付けは――」
「いいのよ。あたしらはこれから夫婦喧嘩をするから、あんたは出なさい」
「「……」」

 堂々と夫婦喧嘩宣言をされてしまった。あの親方とどんなバトルが繰り広げられてしまうんだろうか……想像するだに恐ろしい。
 
 
「俺も腹減ったな~っ、お前何食べたい?」

 店を出されて、ボーッと空を見上げるグレンに声をかける。
 
「え……」
「え ってなんだよ」
「なんで、一緒に食うことになってるんだ」
「え~~? あの感じで人払いされて、災難だったな~じゃあまたな! って別れるのか? いいから食いたいもん言えよ」
「別になんでも」
「あっそう。じゃあ肉食いに行こうぜ、肉」
「別にそれでいい」
 
 
 ◇
 
 
「いらっしゃいま……」
「あのー、二人です」
「ああ……あの、奥の席どうぞ」
「……?」
 
 店に入ってきた俺たちを見て、店主は微妙な顔をする。
 態度悪いなー なんて思っていたが、そんなのは序の口だった。
 
 俺たちが案内されたのは店の最奥。まだ店内はそんなに客がおらず、空いている席もあるのにトイレの近くに座らされた。
 しばらくして水が出されるが、俺の前に一人分置かれるのみ。
 料理を注文しても、グレンの分はいつまでも来ない。
 催促をするが「注文されていない」とすっとぼけられる。
「そんなことはない、ウェイターが注文を書いているのを見た」と言うとようやく運ばれてきたが、出てきたのは冷めきって少し乾いた肉。注文は通っていたが、出来上がってから数十分放置されていたのだろう。
 店の人間がどんくさいわけではない――明らかに嫌がらせだった。
 
「ちょっと……何なんですかこれ? こんなの食えるわけないでしょ、作り直してくださいよ」
「追加ですね」
「なんで追加だよ! 作り直せって言ってんだよ!」
 
 テーブルを叩いて怒鳴るとウェイターは怯えたように肩をすくめ引っ込んでいった。
 しばらくすると、最初に俺たちを案内した店主が眉間にシワを寄せながら歩いてきた。
 
「お客様……申し訳ありませんが他のお客様の迷惑になりますので」
「何なんだよこの店? 水は1つしか出ない、オーダーも取りに来なければいつまで経っても料理出さない。挙げ句あんなカピカピに乾いた肉出して、作り直してくれって言ったら追加ですね ってどうなってんだ!」
「申し訳ございません。竜騎士様お一人ならば、満足いくサービスを提供させていただいたのですが……カラスがいては」
「な、なんだと……」
「他のお客様もカラスと同じ空間で食事を取りたくないそうでクレームが何件か入っておりまして。どうかお引取りください。料金は結構でございますので……」
 
 店主は笑顔を浮かべてうやうやしくお辞儀をした。慇懃無礼な態度。
 これ以上怒っても俺が一方的に怒鳴り散らすおかしい奴扱いされるばかりで、得るものは何もない。
 あまりに理不尽だが、店を出る以外に選択肢はなかった。
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