【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

文字の大きさ
265 / 385
【第3部】13章 切り裂く刃

8話 「私を忘れないで」

しおりを挟む
「ベルナデッタ。わたくしね、聖女様に選ばれたの」
「えっ」
 
 リタ様と出会って1ヶ月ほど経ったある日のこと。
 あたしとリタ様は週末ごとに寮の庭で「秘密のティーパーティ」を楽しんでいた。
 この名前を考えたのはリタ様だ。
「『秘密』と付けるとワクワクするでしょう?」ということらしい。
 楽しかった。毎回1時間足らずだったけれど、とても大切な時間。
 
 リタ様はいつも笑顔でどんな話も馬鹿にせず否定せず聞いてくれるから、あたしはずっとおしゃべりが止まらない。
 あたしの作ったお菓子も「おいしい、貴女は素敵」と言ってくれる。
 嬉しくてたまらなかった。
 
 これからもいいお友達でいられるかもしれない なんて思ったのに……。
 
「……おめでとう、ございます」
 
 そう言うしかない。
 だって、聖女に選ばれるのは名誉なこと。
 寂しいなんて思ってはいけない。もっとお祝いの言葉を言わなければ……。
 
「リタ様は、気高くてお優しくて、聖女様にふさわしい清らかな心を持っていらっしゃるんですもの。選ばれるのは、当然の……」
「ちがうのよ、ベルナデッタ」
「え?」
「聖女というものは、清らかな心の持ち主が選ばれるのではないの。選ばれない方がむしろ、清らかなのよ」
 
 リタ様は青銀の睫毛まつげを伏せ、微笑を浮かべる。笑ってはいるけれど、そこに伴う感情は楽しいものではない。初めて見る、悲しみをたたえた笑みだった。
 
「……貴女に会うのは今日で最後……だから、少しわたくしの話を聞いて下さらない? つまらない、話だけれど」
 
「でも、誰にも言ったことがない話なの」と言いながら、彼女は空を見上げてまた笑う。
 雲ひとつない青空を、1羽の鳥が飛んでいく。
 あの鳥に何か想いを馳せているのだろうか?
 それとも何か、もっと遠い遠い何かを見据えているのだろうか……。
 
 
 ◇
 
 
「ベルナデッタは、恋をしたことがある?」
「えっ!?」
 
 何の話が始まるのかと思っていたら思いがけない質問が飛んできて、あたしはいつものように大声で反応してしまう。
 恋、恋……?
 
「したことがないと思います……たぶん」
「たぶん?」
「はい」
 
 王太子殿下、そしてそのご友人のセルジュ様とか……「素敵!」「かっこいい!」と思うことは多々あれど、恋と呼べるような想いにまで至ったことはない。
 そもそも……。
 
「恋をしても、悲しいことになると思うんです」
「…………」
 
 貴族の結婚は、家と家の結びつきのため。
 結婚生活を送っているうちに互いに愛が芽生えることはあるかもしれないけれど、民のように自由な恋愛を経て結婚――なんてことはまずない。
 愛し合っても、いつか別れが訪れるだろう。
 
 あたしの言葉を聞いてリタ様は「そうよね」と言って目を伏せてうつむき、両手をぎゅっと握り込む。
 こういう質問をするということは、つまり……。
 
「わたくしは、あるわ」
 
 そうきっぱり言うと、リタ様は顔を上げてあたしの方を向いて笑う。
 あたしは恋をしたことがないし、彼女と知り合って間もない――それでも、はっきりと分かった。
 その目は、笑顔は、恋する女の子のそれだ。
 
「昔から、今も……わたくしはある人にずっと恋をしているの」
 
 りんとしていて、強く気高い彼女。住んでいる世界がちがうと最初は思った。
 でも、そんなことはない。彼女はやっぱり、あたしと同年代の普通の女の子なんだわ……。
 
 ――それから彼女はその思い人の話を始めた。
 
 リタ様がその人と出会ったのは十数年前。
 お付きの者とミロワール湖のほとりを散歩していたら、湖面に少年が浮かんで漂っていた。
 引き揚げたものの、足に酷いケガを負っていて身体は冷たい。
 最初は死んでいるものと思われたが、わずかに息があったため屋敷に連れ帰って治療を施し、少年は一命を取り留めた。
 しかし少年は名前などの記憶が欠落しており、なぜあんなケガで湖を漂っていたのかも全く分からない。
 
 その少年がとても気になったリタ様はお父様のゲオルク様に頼み込み、少年をユング家の小間使い兼遊び相手として迎え入れた。
 月に一度ティーパーティーをひらき、あたしとやっていたようにお菓子を食べながら話をしたり、刺繍をしたり、絵本を読んだりして楽しい時間を過ごしたという。
 
「わたくしは楽しかったけれど……少年とはいえ、彼はわたくしよりも5歳年上。少女趣味な子供の遊びなんて、大層つまらなかったでしょうね。育った環境も全然ちがったでしょうし」
 
 楽しい日々は、成長した彼が竜騎士見習いとなったことで終わりを告げる。
 見習いとはいえ、ゲオルク様に仕える騎士となった彼――つまりリタ様もまた、仕えるべき主君。
 今までずっと気軽に話してきたのに急に敬語になり、「私は騎士になりました。今までのようにリタ様と遊ぶこともお話することもできません」と言ってきたという。
 
「何度言っても彼は敬語をやめてくれなくて、寂しくて悲しくて……それでわたくしはあろうことか、『じゃあ騎士なんて辞めてよ』なんて言ってしまったの」
「え! ……そ、それで、彼は」
「『ワガママばかり言うなよ』ってすごく怒って、嫌われてしまって……それきり」
「…………」
 
「彼は騎士の寮に移ってしまって、顔を見ることも叶わなくなってしまった……やっと顔を合わせて会話をできたのは、それから8年くらい経ってから。彼とのお別れの時だったわ」
「お別れ? ……今は、騎士様ではないのですか」
「ええ。去年退役して……冒険者になると言っていたわ。最後の日わたくしは過去のことを謝って……『気にしていない、自分こそ済まなかった』と言ってくれたけれど、そう言うしかないわよね。主君の娘ですもの。しかも最後に『私のことずっと忘れないで』なんて言ってしまって……恋人でもないのに、重いわよね」
「リタ様……」
 
「もう、会うことは叶わない。会ったとしてもこの想いが叶うことは決してない。それなのに、わたくしは彼への気持ちを捨てられないでいる……それこそが、わたくしが聖女に選ばれた理由よ」
「え? どういう……」
「聖女には、矛盾した大きな想いを抱えた女が選ばれるの。――彼を諦めたい、諦めたくない。わたくしを忘れて欲しい、忘れないで欲しい。無事に家族の元に帰って欲しい、帰らないで欲しい……そういう、身勝手な想い。祈りは力、そして祈りは縛り。相反する心が光と闇のバランスを保ち、世を平定するわ」
「…………」
「……わたくしは浅ましい女だわ。彼の影を縫い付ける、悪い魔法使いなの」
 
 そう言って彼女は、物憂げな顔で手に持ったしおりに目を落とす。
 これは彼女が幼い頃、その騎士の彼にプレゼントされたものだという。
 
 待ち合わせで彼女が先に来た時、いつも本を読んでいた。そして、このしおりを挟んでから本をしまい込む。
 花水晶で出来ていて、中には勿忘草わすれなぐさが閉じ込めてある。
 かわいらしいけれどずっと使っていたのか色が少しせていて……彼女が持つには少し、安い代物に見えた。
 
 勿忘草の花言葉は、「私を忘れないで」――彼女はこのしおりを見て、彼を思い出す。
 色が褪せた水晶とはちがい、彼への想いはずっと消えることなく――。

「この泥のような気持ちがせめて彼の、人々の役に立つのなら……」
「そんなことおっしゃらないで下さい! あたし、リタ様のこと好きですわ。おしゃべりするの、とっても楽しかったんですもの。だから……お別れは、寂しいです……」
「……ありがとう。わたくしもよ。貴女と話しているとわたくし、普通の女の子のような気持ちになれるんですもの。彼と遊んでいた時みたい」
「リタ様……」

「わたくしね、聖女の任期が終わったら、旅に出ようと思っているの」
「え、旅……ですか?」
「そう。オーロラを見に行きたいのよ」
「……オーロラ」
 
 本で見たことがある。それは極北の地でのみ見ることが出来る、空の発光現象。
 ……そう、極北。今もなお魔物が跋扈ばっこするノルデンの最北部か、更にその先か……。
 
「それを見ることが出来たらわたくし、想いを断ち切ってやっと前に進める気がするの」
 
 どうやって行くつもりなのか分からないけれど、彼女の目は希望に満ちている。
 綺麗だ。「浅ましい」だなんてとんでもない。
 一緒にいると、こちらも元気になれる。
 やっぱり、彼女は聖女にふさわしい……。
 
「ねえ、ベルナデッタ」
 
 彼女はあたしに向き直ってからあたしの手を取り、またニコッと微笑む。
 
「5年経って貴女がわたくしのこと思い出してくれたら、またこうやってお話しましょう。……約束ね」
「もちろんです! お菓子作りの腕、上げておきますわね」
「ふふ、楽しみ。ねえ、わたくし、一番に貴女のところへ飛んでいくわね。飛竜に乗って」
「飛竜!? リタ様が!?」
「そうよ。『アレクサンドロス』というの。王者の竜なのよ。勇ましくて素敵でしょう?」
「……は、はい」
 
 女性も普通に飛竜に乗ると聞いたことはあるけれど……この優雅なお嬢様が、まさかそんな。
 じゃあ、オーロラは飛竜に乗って見に行くということ?
 それにしたって、なかなか無茶――。
 
「ね、ベルナデッタ」
「!」
 
 リタ様が小指を差し出しながら小首をかしげ、「約束よ」とウインクをしてくる。
 綺麗だ。かわいい。
 相手の騎士の人、よくクラクラこなかったわね……。
 
 
 ◇
 
 
 指切りをしたあと、彼女は去って行った。
 
「リタさま……」
 
 去りゆく彼女の背中を見て、涙がぼろぼろとこぼれる。
 あたしも、あたしも忘れたくない。覚えていたい。
 でも彼女が聖女様になったらあたしは、この思い出ごと忘れてしまうの。
 封印が解けるのは、5年後――。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...