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【第3部】13章 切り裂く刃
◆エピソード―サンチェス伯:引き出しの中の短剣
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サンチェス伯エルネスト・サンチェスは、サンチェス伯爵家の長男として45年前に生を受けた。
多くの貴族が魔法の力を持つのに対し、彼や彼の両親はそれを持たなかった。
しかし不足はなかった。それで差別を受けたことはないし、両親も祖父母も優しく、召使いも皆心が穏やかだ。
領地は広くはないが、気候風土はそれなりに良い。
名産品はぶどうだ。同じく名産地であるレザン地方のそれにはかなわないが、民が工夫をして一生懸命おいしいものにしようと努力をしてくれていた。
月に一度、母がぶどうのパイを焼いてくれた。いつも美味しい。大好きだった。
このぶどうは幸せの象徴、そして誇りだった。
しかし――……。
「私ぶどうってあんまり好きじゃないし、ここのぶどうって、なんだかすっぱくっておいしくなーい」
エルネストは大人になり結婚をした。
この時彼は20歳。相手はとある伯爵家の三女――名前をルイーザといった。16歳だった。
ルイーザはエルネストと同じく魔法の力を持たなかった。
しかし彼と大きくちがう点があった。彼女の家族は皆魔法使い。彼女だけが魔法を持っていなかったのだ。
彼女の姉2人は有力な貴族に嫁いだ。
しかし末妹の彼女だけが、伯爵家とはいえ特に権力を持たないサンチェス家へ。
彼女はそれを「自分が魔法を使えないからだ」と言ってはばからなかった。
「はぁ……」
ルイーザは毎日ため息をついていた。
無理もないだろう。彼女の実家は王都よりの発展した街。
それに比べれば、このサンチェス伯領は田舎で娯楽が少ない。
加えて結婚相手の自分は見目があまり良くなく、女性を喜ばせる会話術も持っていない。
街育ちの若い貴族の娘にとっては、この土地も自分もさぞつまらないだろう。
だが、いつかは受け入れてくれるはずだ。
貴族同士の結婚には、愛あるものは少ない。
愛が芽生えることは無理でも、共に過ごす内にいずれ信頼や情は生まれる。
この土地もちゃんと知れば好きになってもらえるはず――そう信じた。
◇
結婚して2年後、娘が生まれた。
ベルナデッタと名付けた。とてもかわいい子だ。きっと美人になるだろう。
ルイーザは「胸の形がくずれるのが嫌」「吐かれて服が汚れるのが嫌」と言って最初の1ヶ月ほどしか乳を与えず、あとは全て乳母任せだった。
そういうケースは少なくない。
貴族の女性は、民のように生母が子供を育てることは少ない。教育も育児も、乳母が行う。自分もそうやって育てられた。
子供を置いてお茶会に行くことも、よくある話だ。
別に構わない。自分や自分の母もいる。乳母も召使いも娘をかわいがってくれる。
育てはしないが、妻も娘が「かあしゃま」と駆け寄れば顔がほころぶ。
「どうしたのベルちゃん」と笑顔で抱き上げる姿はとてもかわいらしい。
時間をかければ、本当の家族になれる――。
◇
結婚して14年、エルネストの母が亡くなった。エルネストが34歳、娘が12歳の時だった。
母を亡くした心の損失は思ったよりも大きく、彼は塞ぎがちになった。
妻のルイーザは悩み事を相談出来る相手ではなかった。
彼女は未だに「魔法がないために田舎に嫁がされた都会の姫君」のつもりでいる。
その上、姑である母が亡くなったためなのか屋敷内での態度が大きくなり、女主人のような振る舞いを始めたのだ。
そんなルイーザに、召使いは不満を募らせ始める。
そして彼女も、前々から抱いていたらしい不満を会う人間会う人間に漏らす。
本当にここは何もない、外に出てもぶどう畑しかないし、虫だらけで肥料が匂う。
街の建物のテイストが古い、服は時代遅れ、王都に比べれば、実家に比べれば、レザン地方に比べれば。
魔法があれば姉達のように良いところに嫁げたのに、とんだ貧乏くじだわ――。
不満は日を追うごとにただの悪口と嘲笑になっていく。
己の生きる土地を貶された召使い達――サンチェス伯領の民は、ルイーザを本格的に嫌い始めた。
エルネストはルイーザを「そんな物言いはやめなさい」とたしなめるが、「だって本当のことじゃない」と聞かない。
何不自由ない生活をさせているつもりだが、なぜか妻の愚痴と悪口は止まらない。
「頼む、そういう悪口はやめてくれ。どこから相手の耳に入るか分からないんだぞ。そもそも陰口など下品で下劣だ」
たまりかねて強めに注意すると美しい顔が見る見る歪み「ただの世間話もさせてもらえないの」と大声で叫んで泣かれた。
そして今関係ない過去を持ち出され、召使いがいる前で徹底的に糾弾された。
「デートと思ったらぶどう農園の見学だった最悪」「ウェディングドレスが田舎くさくて最低だった」「あんな式、記憶から消したい」――そんな内容だったと思う。
なぜ、あそこまで怒ったのだろうか。
自分の言い方が、悪かっただろうか。
何を言えば、理解をしてもらえたのだろうか。
自分はこの家の主人であるのに、召使いの前であんなにまで貶められなければいけなかった理由は、何だろうか……。
◇
妻に貶められたあの日以来、気分がどうしようもなく落ち込む。
自分はこの領地を営む才能がない。だから妻はふがいない自分をあれほど糾弾するのだ。
――この地は王家に返還し、自由に生きよう。
自分は領民とぶどう農園さえあればいい。下働きでも良い、この地に関わることができるなら……そう思っていた矢先のことだった。
娘が癒やしの力に目覚めた。
魔法の力の中でもとりわけ重要視されるものだ。いずれ聖女になれる可能性も秘めている。
「やっぱり私の家の血筋は優秀だわね!」
妻はこれまでにないほど色めきだち、魔術学院に娘を編入させた。
そして自分の承諾なしに娘の婚約まで取り付けてきた。
「ベルちゃんが結婚したら、あっちの領地に住まわせてもらおうかしらー。あーん、こんな土臭い田舎から出られるなんて夢みた~い!」
「………………」
◇
結婚して20年が過ぎた頃。
彼は妻に憎悪の念を抱くようになっていた。
何の話も通じず、自分の見たい物しか見ない。
あの女にとってここはずっと陰気な田舎。
召使い達はいつまでも自分をよそ者扱いする。こんな田舎でずっと暮らしているから、みんな性格が陰湿だ。
名産品のぶどうは何をしてもレザン産の一級品にかなわない粗雑な偽物。
娘をせっかく回復魔法を使えるように産んでやったのに、娘は誰でもできる菓子作りなんかに没頭する恩知らず。
身体ばかり成長して、頭が一切成長しない馬鹿。
……毎日毎日、同じことしか言わない。
たしなめれば、被害妄想混じりの口撃でこちらの精神がえぐり取られる。
――頼むから黙ってくれ。
黙らないなら死んでくれ。
いっそ殺してしまえば、全て楽になるだろうか――。
ある日、彼は街の道具屋で短剣を買った。
何の変哲もない安物の鉄の剣だ。
彼には剣術の心得はないし、コレクターでもない。だが、なぜか買おうと思った。
それを彼は自室のチェストに乱雑にしまった。
――私はいつでもこの剣で妻を黙らせることができる。
日の終わりに引き出しを開けて剣を手に取り、馬鹿げた妄想に浸るのが日課になった。
妻が出かけることがあれば引き出しを開け、どうか事故に巻き込まれて死んでくれと願う。
同時に、どうか生きて帰って、これからも存分に人に憎まれてくれとも願った。
自分の思考は異常だと分かってはいたが、彼はその祈りの儀式をやめられなくなっていた。
◇
そんなことを繰り返していたある日。
ミランダ教会から、娘のベルナデッタが聖女候補に選ばれたと記す手紙が届いた。
娘に憎悪の念はない。だが愛しているかどうかは分からない。
娘が外遊をするという時、護衛を雇う金はないから冒険者についていけと命じた。
――実のところ、護衛を雇う金はあった。だが雇わなかったのだ。
娘は馬鹿ではないが他者に影響されやすく、流されやすい。
どこかの冒険者の男と懇ろになって、相手の男に駆け落ちしようなどと言われればそのままついていくにちがいない。
それで婚約も何もめちゃくちゃになって、妻の顔に泥を塗りたくってくれればいいのだ。
そうすれば自分の気持ちも、少しは晴れるだろう――。
そう思っていたのだが、娘は自分に似たのか思い切りがない。
魔力が高い上にモラルを大きく外れた行動はせず、真面目につとめを果たす。
だから聖女候補になど選ばれてしまったのだ。
妻はますます調子づき、毎日鼻の穴を大きくしながら「さすがこの私の子よね」と方々に自慢して回る。
「不遇の時代が長かったけれど、これでやっと幸せになれるわ」とも。
――お前が不遇だった時代がどこにある。いつでも好き勝手に振る舞ってきたではないか。
だが何を言っても無駄なのだ。
鼻息をフンスと吐いて「先祖代々無能者なあなたの家とちがって、私の家は優秀ですから」と全く関係ない悪口を口を歪ませながら返してくるだけだろう。
そう言っている姿を想像し、エルネストは脳内の妻をあの剣でズタズタに切り裂く。
今日もまた引き出しを開け、短剣を手に取る。
鞘から抜くと剣は鈍色に輝く。
――この剣は、こんなに黒かっただろうか?
自分は本格的におかしくなっていると感じる。
近頃は幻覚まで見える。人から薄黒い煙が出て、この剣に集まっている幻覚だ。
一度この煙のことを家令のハンスに聞いてみたが、何も見えないと言われた。
彼は母の代から仕えてくれていて、優秀な魔法使いでもある。
彼に見えないというのなら、やはり自分にだけ見えている幻覚なのだろう。
娘が帰ってから、この剣に集まる煙が増えた。
――本当に幻覚なのだろうか?
だが、確かめる術はない。
剣に集まる煙を見つめながら、今日もサンチェス伯エルネストは妻の生と死を願う。
多くの貴族が魔法の力を持つのに対し、彼や彼の両親はそれを持たなかった。
しかし不足はなかった。それで差別を受けたことはないし、両親も祖父母も優しく、召使いも皆心が穏やかだ。
領地は広くはないが、気候風土はそれなりに良い。
名産品はぶどうだ。同じく名産地であるレザン地方のそれにはかなわないが、民が工夫をして一生懸命おいしいものにしようと努力をしてくれていた。
月に一度、母がぶどうのパイを焼いてくれた。いつも美味しい。大好きだった。
このぶどうは幸せの象徴、そして誇りだった。
しかし――……。
「私ぶどうってあんまり好きじゃないし、ここのぶどうって、なんだかすっぱくっておいしくなーい」
エルネストは大人になり結婚をした。
この時彼は20歳。相手はとある伯爵家の三女――名前をルイーザといった。16歳だった。
ルイーザはエルネストと同じく魔法の力を持たなかった。
しかし彼と大きくちがう点があった。彼女の家族は皆魔法使い。彼女だけが魔法を持っていなかったのだ。
彼女の姉2人は有力な貴族に嫁いだ。
しかし末妹の彼女だけが、伯爵家とはいえ特に権力を持たないサンチェス家へ。
彼女はそれを「自分が魔法を使えないからだ」と言ってはばからなかった。
「はぁ……」
ルイーザは毎日ため息をついていた。
無理もないだろう。彼女の実家は王都よりの発展した街。
それに比べれば、このサンチェス伯領は田舎で娯楽が少ない。
加えて結婚相手の自分は見目があまり良くなく、女性を喜ばせる会話術も持っていない。
街育ちの若い貴族の娘にとっては、この土地も自分もさぞつまらないだろう。
だが、いつかは受け入れてくれるはずだ。
貴族同士の結婚には、愛あるものは少ない。
愛が芽生えることは無理でも、共に過ごす内にいずれ信頼や情は生まれる。
この土地もちゃんと知れば好きになってもらえるはず――そう信じた。
◇
結婚して2年後、娘が生まれた。
ベルナデッタと名付けた。とてもかわいい子だ。きっと美人になるだろう。
ルイーザは「胸の形がくずれるのが嫌」「吐かれて服が汚れるのが嫌」と言って最初の1ヶ月ほどしか乳を与えず、あとは全て乳母任せだった。
そういうケースは少なくない。
貴族の女性は、民のように生母が子供を育てることは少ない。教育も育児も、乳母が行う。自分もそうやって育てられた。
子供を置いてお茶会に行くことも、よくある話だ。
別に構わない。自分や自分の母もいる。乳母も召使いも娘をかわいがってくれる。
育てはしないが、妻も娘が「かあしゃま」と駆け寄れば顔がほころぶ。
「どうしたのベルちゃん」と笑顔で抱き上げる姿はとてもかわいらしい。
時間をかければ、本当の家族になれる――。
◇
結婚して14年、エルネストの母が亡くなった。エルネストが34歳、娘が12歳の時だった。
母を亡くした心の損失は思ったよりも大きく、彼は塞ぎがちになった。
妻のルイーザは悩み事を相談出来る相手ではなかった。
彼女は未だに「魔法がないために田舎に嫁がされた都会の姫君」のつもりでいる。
その上、姑である母が亡くなったためなのか屋敷内での態度が大きくなり、女主人のような振る舞いを始めたのだ。
そんなルイーザに、召使いは不満を募らせ始める。
そして彼女も、前々から抱いていたらしい不満を会う人間会う人間に漏らす。
本当にここは何もない、外に出てもぶどう畑しかないし、虫だらけで肥料が匂う。
街の建物のテイストが古い、服は時代遅れ、王都に比べれば、実家に比べれば、レザン地方に比べれば。
魔法があれば姉達のように良いところに嫁げたのに、とんだ貧乏くじだわ――。
不満は日を追うごとにただの悪口と嘲笑になっていく。
己の生きる土地を貶された召使い達――サンチェス伯領の民は、ルイーザを本格的に嫌い始めた。
エルネストはルイーザを「そんな物言いはやめなさい」とたしなめるが、「だって本当のことじゃない」と聞かない。
何不自由ない生活をさせているつもりだが、なぜか妻の愚痴と悪口は止まらない。
「頼む、そういう悪口はやめてくれ。どこから相手の耳に入るか分からないんだぞ。そもそも陰口など下品で下劣だ」
たまりかねて強めに注意すると美しい顔が見る見る歪み「ただの世間話もさせてもらえないの」と大声で叫んで泣かれた。
そして今関係ない過去を持ち出され、召使いがいる前で徹底的に糾弾された。
「デートと思ったらぶどう農園の見学だった最悪」「ウェディングドレスが田舎くさくて最低だった」「あんな式、記憶から消したい」――そんな内容だったと思う。
なぜ、あそこまで怒ったのだろうか。
自分の言い方が、悪かっただろうか。
何を言えば、理解をしてもらえたのだろうか。
自分はこの家の主人であるのに、召使いの前であんなにまで貶められなければいけなかった理由は、何だろうか……。
◇
妻に貶められたあの日以来、気分がどうしようもなく落ち込む。
自分はこの領地を営む才能がない。だから妻はふがいない自分をあれほど糾弾するのだ。
――この地は王家に返還し、自由に生きよう。
自分は領民とぶどう農園さえあればいい。下働きでも良い、この地に関わることができるなら……そう思っていた矢先のことだった。
娘が癒やしの力に目覚めた。
魔法の力の中でもとりわけ重要視されるものだ。いずれ聖女になれる可能性も秘めている。
「やっぱり私の家の血筋は優秀だわね!」
妻はこれまでにないほど色めきだち、魔術学院に娘を編入させた。
そして自分の承諾なしに娘の婚約まで取り付けてきた。
「ベルちゃんが結婚したら、あっちの領地に住まわせてもらおうかしらー。あーん、こんな土臭い田舎から出られるなんて夢みた~い!」
「………………」
◇
結婚して20年が過ぎた頃。
彼は妻に憎悪の念を抱くようになっていた。
何の話も通じず、自分の見たい物しか見ない。
あの女にとってここはずっと陰気な田舎。
召使い達はいつまでも自分をよそ者扱いする。こんな田舎でずっと暮らしているから、みんな性格が陰湿だ。
名産品のぶどうは何をしてもレザン産の一級品にかなわない粗雑な偽物。
娘をせっかく回復魔法を使えるように産んでやったのに、娘は誰でもできる菓子作りなんかに没頭する恩知らず。
身体ばかり成長して、頭が一切成長しない馬鹿。
……毎日毎日、同じことしか言わない。
たしなめれば、被害妄想混じりの口撃でこちらの精神がえぐり取られる。
――頼むから黙ってくれ。
黙らないなら死んでくれ。
いっそ殺してしまえば、全て楽になるだろうか――。
ある日、彼は街の道具屋で短剣を買った。
何の変哲もない安物の鉄の剣だ。
彼には剣術の心得はないし、コレクターでもない。だが、なぜか買おうと思った。
それを彼は自室のチェストに乱雑にしまった。
――私はいつでもこの剣で妻を黙らせることができる。
日の終わりに引き出しを開けて剣を手に取り、馬鹿げた妄想に浸るのが日課になった。
妻が出かけることがあれば引き出しを開け、どうか事故に巻き込まれて死んでくれと願う。
同時に、どうか生きて帰って、これからも存分に人に憎まれてくれとも願った。
自分の思考は異常だと分かってはいたが、彼はその祈りの儀式をやめられなくなっていた。
◇
そんなことを繰り返していたある日。
ミランダ教会から、娘のベルナデッタが聖女候補に選ばれたと記す手紙が届いた。
娘に憎悪の念はない。だが愛しているかどうかは分からない。
娘が外遊をするという時、護衛を雇う金はないから冒険者についていけと命じた。
――実のところ、護衛を雇う金はあった。だが雇わなかったのだ。
娘は馬鹿ではないが他者に影響されやすく、流されやすい。
どこかの冒険者の男と懇ろになって、相手の男に駆け落ちしようなどと言われればそのままついていくにちがいない。
それで婚約も何もめちゃくちゃになって、妻の顔に泥を塗りたくってくれればいいのだ。
そうすれば自分の気持ちも、少しは晴れるだろう――。
そう思っていたのだが、娘は自分に似たのか思い切りがない。
魔力が高い上にモラルを大きく外れた行動はせず、真面目につとめを果たす。
だから聖女候補になど選ばれてしまったのだ。
妻はますます調子づき、毎日鼻の穴を大きくしながら「さすがこの私の子よね」と方々に自慢して回る。
「不遇の時代が長かったけれど、これでやっと幸せになれるわ」とも。
――お前が不遇だった時代がどこにある。いつでも好き勝手に振る舞ってきたではないか。
だが何を言っても無駄なのだ。
鼻息をフンスと吐いて「先祖代々無能者なあなたの家とちがって、私の家は優秀ですから」と全く関係ない悪口を口を歪ませながら返してくるだけだろう。
そう言っている姿を想像し、エルネストは脳内の妻をあの剣でズタズタに切り裂く。
今日もまた引き出しを開け、短剣を手に取る。
鞘から抜くと剣は鈍色に輝く。
――この剣は、こんなに黒かっただろうか?
自分は本格的におかしくなっていると感じる。
近頃は幻覚まで見える。人から薄黒い煙が出て、この剣に集まっている幻覚だ。
一度この煙のことを家令のハンスに聞いてみたが、何も見えないと言われた。
彼は母の代から仕えてくれていて、優秀な魔法使いでもある。
彼に見えないというのなら、やはり自分にだけ見えている幻覚なのだろう。
娘が帰ってから、この剣に集まる煙が増えた。
――本当に幻覚なのだろうか?
だが、確かめる術はない。
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