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14章 狂った歯車
7話 竜騎士と少年
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リタのことがあってから俺はなんでも兄のせいにして憎むことをやめ、色んな出来事について「それは本当に兄のせいか」と考えることにした。
手帳に兄に関する"事実"と"思い込み"とを書き出して比較してみると、そのほとんどが"思い込み"。
兄は俺に嘘をついて、友達の集まりに連れて行かなかった。
だから俺は釣りに行った。そこで"何か"があって、俺は過去の竜騎士団領に。
そこまでが、事実。
釣りに行くきっかけは兄だったが、兄は「湖に来い」と言ったわけでもなければ、もちろん俺をこんなとこに飛ばす儀式をしたわけでもない。
俺がここで仕事や行儀なんかのことで怒られることに、兄自身は全く関係がない。
あれもこれも、兄貴のせいだ。
……ちがう。
あれもこれも、兄貴は悪くない。俺のせいだ。
――しんどいなあ。
俺は俺の「責任」ってやつを知っていかないといけない。
それが大人になっていくということなんだろう。
◇
リタの遊び役をやめた俺は、騎士団の寮へ。
現金なもので、リタに対する罪悪感は仕事の忙しさと楽しさで徐々に薄れてしまい、ひと月と経たないうちに過去のものとなってしまった。
時折姿を見かけた時に重苦しい気分になるだけ。もちろん、話す機会などない。
見習い騎士の仕事は武器を運んだり磨いたり、あとはもっぱら自分が乗ることになる飛竜の世話。
竜と人、心を一体にしないと飛べない。そのためにちゃんと主人として認められないといけない、
だからまずは人の側が心を込めて竜に仕えるんだって、そう言われた。
俺が最初に飛竜の厩舎に来た時に嬉しそうに鳴いた奴がそのまま俺の飛竜になった。
『……よろしく。あのさ、俺、"カイル・レッドフォード"っていうんだ……』
俺はそいつに自分の真名を明かした。
リタと離れた今、もう誰も"カイル"という俺を知らない。
それはやっぱりどうしても辛くて、これからお仕えする竜にだったらいいだろうと思ったんだ。
俺が名乗ったあと飛竜は「キュウ」と一鳴きした。言葉は分からないけど、名前を呼んでくれたみたいで嬉しかった。
俺はその竜に「シーザー」と名付けた。
昔会った「竜騎士のお兄さん」の飛竜の名前から取った。
その「お兄さん」の正体は、全く予想もしないものだった――。
◇
「兄ちゃん、レイチェル、見ろよ! 飛竜だ、飛竜がいる! ……すげーなー! 見せてもらおうぜ!」
「…………!」
1553年5月、竜騎士団領の独立記念祭の日。
俺は「竜騎士のお兄さん」として、その時代を生きている幼い俺に出会った。
あの時、シーザーが幼い俺にすり寄って……あいつは、あいつだけは目の前にいる少年が俺と同一の存在だと認識できたんだ。
飛竜は風の紋章の眷属だというから、あいつには少年のまとう風が"視えた"のかもしれない。
目の前で"カイル"という無邪気な子供が、キャッキャ言いながらシーザーを撫でている。
それを見て俺の心に、どろりとしたものが湧き上がる。
――なんだこれ。なんの冗談だ?
お前誰なんだよ、むかつくな。
勝手に俺の思い出に入り込むなよ。
なんでみんなこいつをカイルって呼ぶんだ、おかしいだろ。
……俺が。
今ここにいる俺こそが、本当の"カイル・レッドフォード"だろう――。
「こいつはそんなに人懐っこい方じゃないんだけど、ずいぶん君を気に入ってるな……。ひょっとしたら君は竜騎士の素質があるかもしれないね」
「えっ!? ほんと!? うぇーい! やった――!」
笑顔を貼り付けて発した言葉に、少年がピョンピョンと嬉しそうに跳ねる。
ご機嫌な幼い主人を見て、シーザーもキュンキュンと鳴いた。
「へへっ! 未来の竜騎士だぜー! いいだろー」
得意げに威張る少年を見て少女が「すごーい」なんて言って、少年は「チョーシのんな」ってふてくされている。
「…………」
俺はこの頃にはもう、元の時代に戻りたくないと思い始めていた。
竜騎士「クライブ・ディクソン」という人生を生きる自分を、失いたくなかった。
だから少しでも幼い俺の心のとっかかりになりそうことを言って……縛り付けて誘導して、支配してやろうと思ったんだ。
素質なんか、知るわけない。
カイルには、調子に乗ってもらわないといけない。
竜騎士を夢見てそこらへんの枝を振り回したり、幼なじみや兄が成長して子供用スカーフを巻かなくなっても、バカみたいにずっと巻いていてもらいたいんだ。
そうだ。お前は俺と同じ道を辿って、またここに戻ってくるんだ――。
(……嫌だなあ……)
昔俺が会ったあの「竜騎士のお兄さん」っていうのは、一体"誰"だったんだろう?
あれも、時間を越えてやってきた"俺"だったのかな?
だとしたら……それは嫌だな。
だって、あのお兄さんはさわやかでかっこよくてさ。
あの人が内心こんなこと考えてたなんて嫌すぎる、俺があんまり可哀想じゃないか……。
「あの、竜騎士のお兄さん! 飛竜と一緒に、写真とってもいいですかっ!?」
「え……」
つまらないことを考えていたら、幼い俺がキラキラの目で俺に語りかけてきていた。
「……ああ、いいけど」
「やーったぁ! 父ちゃん、おねがい! ホラ、ホラ、兄ちゃん、レイチェル!」
(写真……?)
――そういえば写真撮ったんだっけ。
あれ?
そうだ、このあとたしか、俺は……。
「竜騎士のお兄さんも入ってよ!」
ああそうだ、そう言った。そしたら、お兄さんは……。
「えっ? ……いや、俺は」
困ったようにそう言って、断ろうとした。
そうだ。だって、写真に写ったら……。
「すみません騎士様。どうか、入ってやってくれませんか」
何年かぶりに会った両親が、俺に頭を下げながらお願いしてくる。
"騎士様"だってさ。嫌だな、まるで他人じゃないか……。
「え、ええ……それじゃ」
結局、流されるがまま写真に写ってしまった。
元の自分に戻るための制約のひとつ、「現身を残してはならない」を破ったことになる。
「仕事中ですから」とでも言えば断ることができたかもしれないのに、断らなかった。半分意図的だった。
それでいい。"その日"を迎えたとき、俺はあいつを乗っ取ってやるんだ。
そうしたらその時こそ本当に、俺は俺として生きていける――。
◇
兄を憎まなくなった俺の"心の闇"は、いつしか自分自身に対する激しく根深い執着へと変貌を遂げていた。
グレンの奴が「お前は絶対に闇に堕ちない、絶対的な光だ」なんて言っていたけど、そんなことはない。
闇が全部自分に向かっているから表に出ないだけなんだ。
――お前、俺を買いかぶりすぎなんだよ。
お前にとって俺が「自分の闇を色濃く映す光」だって言うなら、俺にとってのお前もそうだったよ。
俺はグレンに的外れな嫉妬心を抱いていた。
だってあいつは何があっても"その時代の人間"で、絶対に自分の存在をなくさない。
ずっと"グレン・マクロード"という名前を名乗って生きていける。
時間の波にさらわれることもなければ、忘れ去られる恐怖に怯えることもない。
あいつはずっと自分の時代で自分の道を選んで進んで、未来を築いていける。
これからレイチェルとそうやって生きていくんだよな。
親方夫婦とも再会して和解できたって言うし、誰かと手を取り合って生きていける。
よかったなあと思う反面、やっぱり羨ましくてたまらない。
――いいなあ。
俺はいつからか、誰かを真剣に愛するということをしなくなってしまった。
だって俺の存在はそのうち消えちゃうかもしれない。
期待を持つのも持たせるのも辛いだけだって気づいてしまったから。
手帳に兄に関する"事実"と"思い込み"とを書き出して比較してみると、そのほとんどが"思い込み"。
兄は俺に嘘をついて、友達の集まりに連れて行かなかった。
だから俺は釣りに行った。そこで"何か"があって、俺は過去の竜騎士団領に。
そこまでが、事実。
釣りに行くきっかけは兄だったが、兄は「湖に来い」と言ったわけでもなければ、もちろん俺をこんなとこに飛ばす儀式をしたわけでもない。
俺がここで仕事や行儀なんかのことで怒られることに、兄自身は全く関係がない。
あれもこれも、兄貴のせいだ。
……ちがう。
あれもこれも、兄貴は悪くない。俺のせいだ。
――しんどいなあ。
俺は俺の「責任」ってやつを知っていかないといけない。
それが大人になっていくということなんだろう。
◇
リタの遊び役をやめた俺は、騎士団の寮へ。
現金なもので、リタに対する罪悪感は仕事の忙しさと楽しさで徐々に薄れてしまい、ひと月と経たないうちに過去のものとなってしまった。
時折姿を見かけた時に重苦しい気分になるだけ。もちろん、話す機会などない。
見習い騎士の仕事は武器を運んだり磨いたり、あとはもっぱら自分が乗ることになる飛竜の世話。
竜と人、心を一体にしないと飛べない。そのためにちゃんと主人として認められないといけない、
だからまずは人の側が心を込めて竜に仕えるんだって、そう言われた。
俺が最初に飛竜の厩舎に来た時に嬉しそうに鳴いた奴がそのまま俺の飛竜になった。
『……よろしく。あのさ、俺、"カイル・レッドフォード"っていうんだ……』
俺はそいつに自分の真名を明かした。
リタと離れた今、もう誰も"カイル"という俺を知らない。
それはやっぱりどうしても辛くて、これからお仕えする竜にだったらいいだろうと思ったんだ。
俺が名乗ったあと飛竜は「キュウ」と一鳴きした。言葉は分からないけど、名前を呼んでくれたみたいで嬉しかった。
俺はその竜に「シーザー」と名付けた。
昔会った「竜騎士のお兄さん」の飛竜の名前から取った。
その「お兄さん」の正体は、全く予想もしないものだった――。
◇
「兄ちゃん、レイチェル、見ろよ! 飛竜だ、飛竜がいる! ……すげーなー! 見せてもらおうぜ!」
「…………!」
1553年5月、竜騎士団領の独立記念祭の日。
俺は「竜騎士のお兄さん」として、その時代を生きている幼い俺に出会った。
あの時、シーザーが幼い俺にすり寄って……あいつは、あいつだけは目の前にいる少年が俺と同一の存在だと認識できたんだ。
飛竜は風の紋章の眷属だというから、あいつには少年のまとう風が"視えた"のかもしれない。
目の前で"カイル"という無邪気な子供が、キャッキャ言いながらシーザーを撫でている。
それを見て俺の心に、どろりとしたものが湧き上がる。
――なんだこれ。なんの冗談だ?
お前誰なんだよ、むかつくな。
勝手に俺の思い出に入り込むなよ。
なんでみんなこいつをカイルって呼ぶんだ、おかしいだろ。
……俺が。
今ここにいる俺こそが、本当の"カイル・レッドフォード"だろう――。
「こいつはそんなに人懐っこい方じゃないんだけど、ずいぶん君を気に入ってるな……。ひょっとしたら君は竜騎士の素質があるかもしれないね」
「えっ!? ほんと!? うぇーい! やった――!」
笑顔を貼り付けて発した言葉に、少年がピョンピョンと嬉しそうに跳ねる。
ご機嫌な幼い主人を見て、シーザーもキュンキュンと鳴いた。
「へへっ! 未来の竜騎士だぜー! いいだろー」
得意げに威張る少年を見て少女が「すごーい」なんて言って、少年は「チョーシのんな」ってふてくされている。
「…………」
俺はこの頃にはもう、元の時代に戻りたくないと思い始めていた。
竜騎士「クライブ・ディクソン」という人生を生きる自分を、失いたくなかった。
だから少しでも幼い俺の心のとっかかりになりそうことを言って……縛り付けて誘導して、支配してやろうと思ったんだ。
素質なんか、知るわけない。
カイルには、調子に乗ってもらわないといけない。
竜騎士を夢見てそこらへんの枝を振り回したり、幼なじみや兄が成長して子供用スカーフを巻かなくなっても、バカみたいにずっと巻いていてもらいたいんだ。
そうだ。お前は俺と同じ道を辿って、またここに戻ってくるんだ――。
(……嫌だなあ……)
昔俺が会ったあの「竜騎士のお兄さん」っていうのは、一体"誰"だったんだろう?
あれも、時間を越えてやってきた"俺"だったのかな?
だとしたら……それは嫌だな。
だって、あのお兄さんはさわやかでかっこよくてさ。
あの人が内心こんなこと考えてたなんて嫌すぎる、俺があんまり可哀想じゃないか……。
「あの、竜騎士のお兄さん! 飛竜と一緒に、写真とってもいいですかっ!?」
「え……」
つまらないことを考えていたら、幼い俺がキラキラの目で俺に語りかけてきていた。
「……ああ、いいけど」
「やーったぁ! 父ちゃん、おねがい! ホラ、ホラ、兄ちゃん、レイチェル!」
(写真……?)
――そういえば写真撮ったんだっけ。
あれ?
そうだ、このあとたしか、俺は……。
「竜騎士のお兄さんも入ってよ!」
ああそうだ、そう言った。そしたら、お兄さんは……。
「えっ? ……いや、俺は」
困ったようにそう言って、断ろうとした。
そうだ。だって、写真に写ったら……。
「すみません騎士様。どうか、入ってやってくれませんか」
何年かぶりに会った両親が、俺に頭を下げながらお願いしてくる。
"騎士様"だってさ。嫌だな、まるで他人じゃないか……。
「え、ええ……それじゃ」
結局、流されるがまま写真に写ってしまった。
元の自分に戻るための制約のひとつ、「現身を残してはならない」を破ったことになる。
「仕事中ですから」とでも言えば断ることができたかもしれないのに、断らなかった。半分意図的だった。
それでいい。"その日"を迎えたとき、俺はあいつを乗っ取ってやるんだ。
そうしたらその時こそ本当に、俺は俺として生きていける――。
◇
兄を憎まなくなった俺の"心の闇"は、いつしか自分自身に対する激しく根深い執着へと変貌を遂げていた。
グレンの奴が「お前は絶対に闇に堕ちない、絶対的な光だ」なんて言っていたけど、そんなことはない。
闇が全部自分に向かっているから表に出ないだけなんだ。
――お前、俺を買いかぶりすぎなんだよ。
お前にとって俺が「自分の闇を色濃く映す光」だって言うなら、俺にとってのお前もそうだったよ。
俺はグレンに的外れな嫉妬心を抱いていた。
だってあいつは何があっても"その時代の人間"で、絶対に自分の存在をなくさない。
ずっと"グレン・マクロード"という名前を名乗って生きていける。
時間の波にさらわれることもなければ、忘れ去られる恐怖に怯えることもない。
あいつはずっと自分の時代で自分の道を選んで進んで、未来を築いていける。
これからレイチェルとそうやって生きていくんだよな。
親方夫婦とも再会して和解できたって言うし、誰かと手を取り合って生きていける。
よかったなあと思う反面、やっぱり羨ましくてたまらない。
――いいなあ。
俺はいつからか、誰かを真剣に愛するということをしなくなってしまった。
だって俺の存在はそのうち消えちゃうかもしれない。
期待を持つのも持たせるのも辛いだけだって気づいてしまったから。
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