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15章 祈り(後)
52話 船出
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「レイチェル。あと10分ほどしたら出かけるから」
「はい」
姿見鏡の前で服装を整えていると、グレンさんが声をかけてきた。
おかしなところがないことを確認したあとリビングのソファーに腰掛け、ローテーブルに置いてある新聞を手に取る。新聞には、「シルベストル侯爵が新聞各社の代表を集めて記者会見を行った」という記事が掲載されている。
あの出来事から約1週間。
"彼"の一件は「シルベストル侯爵邸襲撃・礼拝堂爆発炎上事件」という見出しで、太陽が消えたこと、地震が起きたことと併せて新聞で大きく報じられた。
禁呪による天と地の異常事態、術を発動したのは聖女様を目覚めさせた者と同一犯――そんな"特ダネ"を新聞記者が放っておくはずがなく、記者達は事件の翌日から侯爵家の使用人に聞き込みを開始。
けれど、取材は難航を極めた。
『事件を起こしたのは光の塾の残党の"赤眼の男"。行方不明だった聖女様と聖銀騎士団長セルジュ様を追ってシルベストル侯爵邸に辿り着いた男は、2人を殺すために禁呪"天蝕呪"を発動、太陽を消し地震を起こした。しかし禁忌を犯した報いか、男は雷に打たれて死んだ』――……。
敷地内で起きた異常な現象については事細かな証言が得られるのに、それ以上の情報が出てこない。肝心かなめの「犯人の情報」を誰も保有していないのだ。
記者達は最初「侯爵が箝口令を敷いているのだろう」と考えた。ところが、何か様子がおかしい。
皆が皆、口を揃えて言う。
『神が現れた』……と。
『神は少年の姿をしていた』
『神の姿は見えなかった。光が人型を取っていた』
『人ではなかった。光る樹だった』
『咎人は最後、雷に打たれた』
『神が裁きを下したのだ』――。
各々が見た"神"の姿について食い違いがあるものの、皆、"神"が降臨したことを確定した事実として話す。
不気味に思いながらも記者達は取材を続けた。やがて、そんな記者達を不可解な現象が襲うようになる。
右腕、あるいは左手首に原因不明の激痛が走ってペンを持てなくなったり、何もないところから落ちてきた石片で怪我をしたり……。
そこでこの新聞の記事、「シルベストル侯爵の記者会見」につながる。
事態を知ったシルベストル侯爵は新聞各社の代表を集め、侯爵家を代表して今回の事件のあらましを説明。
会見の最後、侯爵は記者達にいくつか警告をしたという。
『神は確かに現れた、我々からはそれしか言えない』
『神を追ってはならない。また、否定することも禁ずる』
『探ることは、異教の神への冒涜になりかねない』
『事実だけを書きなさい。憶測を書くことは君達のためにならない』――……。
「……その記事」
「!」
読んでいる途中で、グレンさんに声をかけられた。
わたしの手から新聞を取ると渋い顔で記事に目を通し、フッと笑ってわたしに返してきた。
「『都合により、取材を打ち切ります』……か」
「グレンさん、何か知ってますか?」
「ああ。セルジュから聞いた」
記者達は侯爵の『異教の神への冒涜』という言葉に震え上がったものの、それでも「脅しには屈しない」と言って食い下がる者がいた。
記者はまた原因不明の"腕の激痛"に襲われ、そればかりか取材中や就寝中に誰かがすすり泣く声が聞こえるようになる。
それでも諦めずに屋敷の者に聞き取りを試みるも、「やめておきなさい」と言われるばかり。
やがて一連の怪異現象は彼らの家族にまで及び始め、そんな中ようやく得た犯人の情報は「犯人には左手首と右腕がなかった」というもの。
そこで記者達はとうとう音を上げ、これ以上深入りしないことを侯爵に誓った。最後に礼拝堂跡地で祈りを捧げたあと、クモの子を散らすように逃げていったという。
去って行く記者団を見てシルベストル侯爵はセルジュ様に、「しばらくはうるさいかもしれないが、いずれ探ろうと思っていたことすら忘れるだろう」と言ったそうだ。
――そう。みんな、忘れる。
現にシルベストル侯爵家の人達は、セルジュ様の家族など主立った人を除いて、"彼"の記憶を失っていっているという。
あれほど強烈だった"神様"の顕現もそのうちに忘れ去られる。
"神様"と呼ばれたあの少年は、何も知らない人達の邪推や勘繰りといった"穢れ"から守られる。
全ては「意識の闇の海」の、底の底へ……。
「行こうか」
「うん」
グレンさんが黒い帽子をかぶり、ダイニングテーブルに置いてある包みを取る。
白い布で包んだ木箱の中には、これから使う大事な物が入っている。
今日行う、"葬送の儀"のための――。
◇
"葬送の儀"の提案をしたのはベルだった。
全てが終わったとはいえ、あんな悲惨な場面を見たあとでは安堵などできるはずもなく、砦に戻っても誰も言葉を発することはなかった。
グレンさんが「みんなご苦労だった、今日は帰って休んでくれ」と事務的に短く告げたのみ。
その後もみんな、砦に顔を出すことはあるものの、会っても挨拶をする程度でほとんど何も話さない――という状態が続いた。
事件から3日ほど経ち、たまたま食堂に全員揃った時にベルが「あの人を見送る式のようなことをするのはどうでしょう」と提案したのだ。
「何をやってもきっとあの人には届きません、自己満足に過ぎないかもしれません。だから、式は彼ではなくあたし達のために行うことになります。各々の心を整理するため、前に進んでいくための区切りとして……どうでしょうか」
わたしはその提案を「良い」と思ったけれど、満場一致とはいかなかった。
わたしとジャミルとルカは良いと思った。
だけどグレンさんとカイル、そしてセルジュ様の反応は芳しくなかった。
――否定や反対をするわけじゃない。弔うことも区切りも必要だと考えている。
けど、自分達は"彼"の命を奪うことを決めた人間だ。最終的に"彼"の命を奪ったのは"神"だったとはいえ、グレンさんとカイルは彼に手を下してもいる。
そんな自分達が葬儀に参列したところで、本当にただの自己満足ではないか……そう考えたらしい。
「少し考える時間が欲しい」と、話し合いは保留に。
3人の考えが変わったのは、それから数日後。教皇猊下に"彼"の結末を話したあとだった……。
◇
アパートを出て、砦に辿り着いた。
グレンさんは忘れ物を取るため2階にある自室へ向かった。わたしは一足先に待ち合わせ場所である食堂へ。
時刻は朝の10時。
中庭に面する廊下を歩いていると、掃き出し窓の向こうにカイルがいるのが見えた。
ベンチの肘掛けに身体を預けるようにして斜めに座り、どこともつかない場所へ目線を向けている。
中庭に入り「おはよう」と声をかけるとカイルは姿勢を正して座り直し、少しだけ笑ってみせた。
「おはよう、レイチェル。……元気だった?」
「普通だよ。カイルは?」
「俺?」
「……顔色、あんまりよくなさそうだから」
「はは……"旅疲れ"かなあ。ここ数日、砦と竜騎士団領行ったり来たりしてて。今朝帰ってきたとこなんだ」
「"今朝"? 花水晶作ったあとも、また行ってたの?」
「うん。話したことあると思うけど、"ロジャーじいさん"って、向こうで俺の世話してくれてた人がいて……その人に会いに行ってた」
「急に会いたくなってさ」と言ったあと、カイルは目を閉じてうつむいてしまう。
"あの人"の死を聞いて教皇猊下は悲しみに打ちひしがれた……と、グレンさんから聞いた。
泣く教皇猊下の姿が、その"ロジャーおじいさん"と重なったのかもしれない……。
「……おはよう」
「あ、ルカ。おはよう」
「やあ、おはよう」
ルカが中庭に入ってきた。
手には花バサミと、何か小道具が入ったカゴを持っている。
ルカは花畑の前に座り込むと花を何本か切り、カゴからヒモや包装紙を取り出して手早くまとめ、最後に紫色の細いリボンを巻いて結びつけた。
風がふわりと吹き、花畑の花が小さく揺れる。ルカが秋の終わり頃に植えて、ずっと育てていた――勿忘草の花だ。
「綺麗に咲いたね。それ、持ってくの?」
カイルの問いに、ルカは小さくうなずく。
「これがなぐさめになるとは、思わないけど……」
「いいんじゃないかな、やりたいと思うことをやれば。ベルナデッタが言ったように、これは俺達の中の"区切り"だからね」
「……うん」
◇
「ジャミル……?」
食堂に行くと、ジャミルが椅子に座って手元にある"何か"をボーッと見つめていた。
わたしに気づくとジャミルは顔を上げ、「よう」と言って"それ"をポケットにしまい込む。
「何見てたの? お札……に見えたけど」
「ああ、5000リエール札がポケットに入ったままになっててさ。……お客さんから預かった金だったのに、マスターに渡すの忘れてたなー って、そう考えてただけなんだ」
「ふーん……」
言葉の意味以上に何かありそうな気がしたけれど何と言っていいか分からず、気のない返しになってしまう。
わたしの反応を見たジャミルは目を伏せて「ほんとになんでもねえんだ」と笑った。
少しの間のあと食堂の扉が開き、グレンさんとベルとセルジュ様が入ってきた。それに続いてカイルとルカも入ってくる。
「行こうか」
全員の姿を確認したあとセルジュ様がつぶやき、食堂の扉を開け出て行く。
皆もそれに続く――今日はわたしもグレンさんもみんな、黒い服に身を包んでいる。
こうやって黒い装いの人間が連れ立って歩いていると、葬列を組んでいるみたいだ。
――どうしてこんな、取るに足らないことを考えてしまうんだろう。
みんなは今一体何を思い、何を考えているのだろう……。
◇
転移魔法でシルベストル侯爵邸に移ったあと、セルジュ様の案内で敷地内にあるミロワール湖のプライベートビーチへ。
以前セルジュ様に聞いた通り、シルベストル侯爵領はミロワール湖とそこに流れ込む川に面していて、お屋敷の敷地も半分以上がミロワール湖に接している。
湖の桟橋には、船が何艘か停泊している。天気の良い日はこの船に乗り、家族や夫婦で湖をのんびり遊覧するらしい。
もちろん今日は船に乗るわけじゃない。今からここで"葬送の儀"を執り行うのだ。
「……こんにちは、皆さん」
桟橋にシリル神父が立っていた。黒い祭服を身に着け、肩には紫色のストールをかけている。ミランダ教の聖職者の、葬儀の際の服装だ。
彼は事件のあと侯爵様に請われ、礼拝堂跡地で鎮魂のための祈りを捧げているのだという。
不思議なことに、この人も"彼"のことを忘れていなかった。
"彼"は連日街の入り口で倒れてはシリル様の教会に運ばれ、介抱を受けていた。それが関係しているのだろうか?
今日のことを聞いて、「自分も是非参加させて欲しい」とセルジュ様に持ちかけてきたらしい。
こういう場に神父様がいてくれると気が引き締まる――とはいえ、今日式を執り行うのは彼ではない。
「では……ベルナデッタ。お願いします」
シリル様がベルに優しく呼びかけると、ベルは肩をビクリと強ばらせた。
今日の彼女はシリル様と同じく黒の祭服に身を包み、髪は全て頭に被ったベールの中にしまい込んでいる。
ベルはぎこちない歩みでみんなの前に出たあと、杖をギュッと握りながら不安げにシリル様の方を見た。
「あ、あの……やはりここは、シリル様が――」
「今日のことを考えたのは君だと聞きました。なら、君が責任を持って執り行わなければ」
「は、はい。……これより、葬送の儀を執り行います」
ベルが頭を深々と下げたので、わたし達もそれに習う。
「葬送の儀……ですけれど、故人の亡骸が見つからなかったので棺はありません。ですので、供物をこちらに」
ベルが、足元の祭壇を手で指し示す。今日のために組み上げた石の祭壇だ。
グレンさんが家から持ってきた白い包みを解き、箱の中から"あるもの"を取り出して祭壇に置いた。
木製の、船の模型――これは、グレンさんが作ったものだ。わたしも作るのを手伝ったけれど、完成までにはかなり時間を要した。
グレンさんは"モノ作り"に関して心に大きな傷を抱えている。しかも、船の模型は彼の――そして"あの人"の心を壊すきっかけになった、"呪いの品"とも呼べるもの。
最初は木を1つ2つ組み上げるのも手が震えるほどだった。毎日作業が終わったあとは、「衝動的に壊してしまうかもしれないから、隠しておいて欲しい」と頼まれて……。
そうやって、3日くらいかけてようやく作り上げることが出来た。
船は立派な物ではない。子供が初めて作るような簡易な木の模型だ。継ぎ目は歪で、出来上がりは決して良いとは言えない。
でも、"あの人"を見送るのにこれ以上の物はない……わたしはそう思う。
ベルが船に小さな風の魔石を置き、上から聖水を振りかけ、祈る。
次にルカが勿忘草の小さな花束を乗せ、最後にわたしが白色と紫色のアスターの花を一輪ずつ乗せた。
本当は全員でアスターの花を一輪ずつ添えられれば良かったけれど、模型が小さいからあまり色んな物は乗せられない。
ベルが船をミロワール湖にそっと浮かべて祈る。
船に乗せてある風の魔石がぼんやりと光を放ち、船が湖をゆっくりと進み出した。
これでいいか不安になったのか、ベルがシリル様へ目を向けた。シリル様はそれに微笑を返して口を開く。
「……ベルナデッタ、祈りの言葉を」
「祈りの……」
「格式ばったことは言わなくても良いです。君自身の言葉で」
「はい」
ベルが杖を頭上に掲げ、目を閉じる。
「私の名は、ベルナデッタ・サンチェス。……私は祈ります。彼の者……イリアス・トロンヘイムの魂が意識の海に還り、また新たな生命として浮かび上がってこられますよう……。祈りましょう、皆さん。彼の者に、女神の加護のあらんことを……」
「女神の加護の、あらんことを……」
祈りの言葉を唱え、全員目を閉じる。
……船が行く。
彼への祈りを、願いを乗せた船が……。
(……イリアスさん……)
――わたし達はあなたを理解し、救うことはできませんでした。
あなたはこんなことを全く望んでいないかもしれません。
だけどせめて、あなたの魂があるべきところに還れるよう、そしてあなたの次の人生が光に満ちたものであるよう、祈らせてください。
さようなら。
わたしは、
……わたし達は。
あなたを、赦します――……。
――15章 終わり――
「はい」
姿見鏡の前で服装を整えていると、グレンさんが声をかけてきた。
おかしなところがないことを確認したあとリビングのソファーに腰掛け、ローテーブルに置いてある新聞を手に取る。新聞には、「シルベストル侯爵が新聞各社の代表を集めて記者会見を行った」という記事が掲載されている。
あの出来事から約1週間。
"彼"の一件は「シルベストル侯爵邸襲撃・礼拝堂爆発炎上事件」という見出しで、太陽が消えたこと、地震が起きたことと併せて新聞で大きく報じられた。
禁呪による天と地の異常事態、術を発動したのは聖女様を目覚めさせた者と同一犯――そんな"特ダネ"を新聞記者が放っておくはずがなく、記者達は事件の翌日から侯爵家の使用人に聞き込みを開始。
けれど、取材は難航を極めた。
『事件を起こしたのは光の塾の残党の"赤眼の男"。行方不明だった聖女様と聖銀騎士団長セルジュ様を追ってシルベストル侯爵邸に辿り着いた男は、2人を殺すために禁呪"天蝕呪"を発動、太陽を消し地震を起こした。しかし禁忌を犯した報いか、男は雷に打たれて死んだ』――……。
敷地内で起きた異常な現象については事細かな証言が得られるのに、それ以上の情報が出てこない。肝心かなめの「犯人の情報」を誰も保有していないのだ。
記者達は最初「侯爵が箝口令を敷いているのだろう」と考えた。ところが、何か様子がおかしい。
皆が皆、口を揃えて言う。
『神が現れた』……と。
『神は少年の姿をしていた』
『神の姿は見えなかった。光が人型を取っていた』
『人ではなかった。光る樹だった』
『咎人は最後、雷に打たれた』
『神が裁きを下したのだ』――。
各々が見た"神"の姿について食い違いがあるものの、皆、"神"が降臨したことを確定した事実として話す。
不気味に思いながらも記者達は取材を続けた。やがて、そんな記者達を不可解な現象が襲うようになる。
右腕、あるいは左手首に原因不明の激痛が走ってペンを持てなくなったり、何もないところから落ちてきた石片で怪我をしたり……。
そこでこの新聞の記事、「シルベストル侯爵の記者会見」につながる。
事態を知ったシルベストル侯爵は新聞各社の代表を集め、侯爵家を代表して今回の事件のあらましを説明。
会見の最後、侯爵は記者達にいくつか警告をしたという。
『神は確かに現れた、我々からはそれしか言えない』
『神を追ってはならない。また、否定することも禁ずる』
『探ることは、異教の神への冒涜になりかねない』
『事実だけを書きなさい。憶測を書くことは君達のためにならない』――……。
「……その記事」
「!」
読んでいる途中で、グレンさんに声をかけられた。
わたしの手から新聞を取ると渋い顔で記事に目を通し、フッと笑ってわたしに返してきた。
「『都合により、取材を打ち切ります』……か」
「グレンさん、何か知ってますか?」
「ああ。セルジュから聞いた」
記者達は侯爵の『異教の神への冒涜』という言葉に震え上がったものの、それでも「脅しには屈しない」と言って食い下がる者がいた。
記者はまた原因不明の"腕の激痛"に襲われ、そればかりか取材中や就寝中に誰かがすすり泣く声が聞こえるようになる。
それでも諦めずに屋敷の者に聞き取りを試みるも、「やめておきなさい」と言われるばかり。
やがて一連の怪異現象は彼らの家族にまで及び始め、そんな中ようやく得た犯人の情報は「犯人には左手首と右腕がなかった」というもの。
そこで記者達はとうとう音を上げ、これ以上深入りしないことを侯爵に誓った。最後に礼拝堂跡地で祈りを捧げたあと、クモの子を散らすように逃げていったという。
去って行く記者団を見てシルベストル侯爵はセルジュ様に、「しばらくはうるさいかもしれないが、いずれ探ろうと思っていたことすら忘れるだろう」と言ったそうだ。
――そう。みんな、忘れる。
現にシルベストル侯爵家の人達は、セルジュ様の家族など主立った人を除いて、"彼"の記憶を失っていっているという。
あれほど強烈だった"神様"の顕現もそのうちに忘れ去られる。
"神様"と呼ばれたあの少年は、何も知らない人達の邪推や勘繰りといった"穢れ"から守られる。
全ては「意識の闇の海」の、底の底へ……。
「行こうか」
「うん」
グレンさんが黒い帽子をかぶり、ダイニングテーブルに置いてある包みを取る。
白い布で包んだ木箱の中には、これから使う大事な物が入っている。
今日行う、"葬送の儀"のための――。
◇
"葬送の儀"の提案をしたのはベルだった。
全てが終わったとはいえ、あんな悲惨な場面を見たあとでは安堵などできるはずもなく、砦に戻っても誰も言葉を発することはなかった。
グレンさんが「みんなご苦労だった、今日は帰って休んでくれ」と事務的に短く告げたのみ。
その後もみんな、砦に顔を出すことはあるものの、会っても挨拶をする程度でほとんど何も話さない――という状態が続いた。
事件から3日ほど経ち、たまたま食堂に全員揃った時にベルが「あの人を見送る式のようなことをするのはどうでしょう」と提案したのだ。
「何をやってもきっとあの人には届きません、自己満足に過ぎないかもしれません。だから、式は彼ではなくあたし達のために行うことになります。各々の心を整理するため、前に進んでいくための区切りとして……どうでしょうか」
わたしはその提案を「良い」と思ったけれど、満場一致とはいかなかった。
わたしとジャミルとルカは良いと思った。
だけどグレンさんとカイル、そしてセルジュ様の反応は芳しくなかった。
――否定や反対をするわけじゃない。弔うことも区切りも必要だと考えている。
けど、自分達は"彼"の命を奪うことを決めた人間だ。最終的に"彼"の命を奪ったのは"神"だったとはいえ、グレンさんとカイルは彼に手を下してもいる。
そんな自分達が葬儀に参列したところで、本当にただの自己満足ではないか……そう考えたらしい。
「少し考える時間が欲しい」と、話し合いは保留に。
3人の考えが変わったのは、それから数日後。教皇猊下に"彼"の結末を話したあとだった……。
◇
アパートを出て、砦に辿り着いた。
グレンさんは忘れ物を取るため2階にある自室へ向かった。わたしは一足先に待ち合わせ場所である食堂へ。
時刻は朝の10時。
中庭に面する廊下を歩いていると、掃き出し窓の向こうにカイルがいるのが見えた。
ベンチの肘掛けに身体を預けるようにして斜めに座り、どこともつかない場所へ目線を向けている。
中庭に入り「おはよう」と声をかけるとカイルは姿勢を正して座り直し、少しだけ笑ってみせた。
「おはよう、レイチェル。……元気だった?」
「普通だよ。カイルは?」
「俺?」
「……顔色、あんまりよくなさそうだから」
「はは……"旅疲れ"かなあ。ここ数日、砦と竜騎士団領行ったり来たりしてて。今朝帰ってきたとこなんだ」
「"今朝"? 花水晶作ったあとも、また行ってたの?」
「うん。話したことあると思うけど、"ロジャーじいさん"って、向こうで俺の世話してくれてた人がいて……その人に会いに行ってた」
「急に会いたくなってさ」と言ったあと、カイルは目を閉じてうつむいてしまう。
"あの人"の死を聞いて教皇猊下は悲しみに打ちひしがれた……と、グレンさんから聞いた。
泣く教皇猊下の姿が、その"ロジャーおじいさん"と重なったのかもしれない……。
「……おはよう」
「あ、ルカ。おはよう」
「やあ、おはよう」
ルカが中庭に入ってきた。
手には花バサミと、何か小道具が入ったカゴを持っている。
ルカは花畑の前に座り込むと花を何本か切り、カゴからヒモや包装紙を取り出して手早くまとめ、最後に紫色の細いリボンを巻いて結びつけた。
風がふわりと吹き、花畑の花が小さく揺れる。ルカが秋の終わり頃に植えて、ずっと育てていた――勿忘草の花だ。
「綺麗に咲いたね。それ、持ってくの?」
カイルの問いに、ルカは小さくうなずく。
「これがなぐさめになるとは、思わないけど……」
「いいんじゃないかな、やりたいと思うことをやれば。ベルナデッタが言ったように、これは俺達の中の"区切り"だからね」
「……うん」
◇
「ジャミル……?」
食堂に行くと、ジャミルが椅子に座って手元にある"何か"をボーッと見つめていた。
わたしに気づくとジャミルは顔を上げ、「よう」と言って"それ"をポケットにしまい込む。
「何見てたの? お札……に見えたけど」
「ああ、5000リエール札がポケットに入ったままになっててさ。……お客さんから預かった金だったのに、マスターに渡すの忘れてたなー って、そう考えてただけなんだ」
「ふーん……」
言葉の意味以上に何かありそうな気がしたけれど何と言っていいか分からず、気のない返しになってしまう。
わたしの反応を見たジャミルは目を伏せて「ほんとになんでもねえんだ」と笑った。
少しの間のあと食堂の扉が開き、グレンさんとベルとセルジュ様が入ってきた。それに続いてカイルとルカも入ってくる。
「行こうか」
全員の姿を確認したあとセルジュ様がつぶやき、食堂の扉を開け出て行く。
皆もそれに続く――今日はわたしもグレンさんもみんな、黒い服に身を包んでいる。
こうやって黒い装いの人間が連れ立って歩いていると、葬列を組んでいるみたいだ。
――どうしてこんな、取るに足らないことを考えてしまうんだろう。
みんなは今一体何を思い、何を考えているのだろう……。
◇
転移魔法でシルベストル侯爵邸に移ったあと、セルジュ様の案内で敷地内にあるミロワール湖のプライベートビーチへ。
以前セルジュ様に聞いた通り、シルベストル侯爵領はミロワール湖とそこに流れ込む川に面していて、お屋敷の敷地も半分以上がミロワール湖に接している。
湖の桟橋には、船が何艘か停泊している。天気の良い日はこの船に乗り、家族や夫婦で湖をのんびり遊覧するらしい。
もちろん今日は船に乗るわけじゃない。今からここで"葬送の儀"を執り行うのだ。
「……こんにちは、皆さん」
桟橋にシリル神父が立っていた。黒い祭服を身に着け、肩には紫色のストールをかけている。ミランダ教の聖職者の、葬儀の際の服装だ。
彼は事件のあと侯爵様に請われ、礼拝堂跡地で鎮魂のための祈りを捧げているのだという。
不思議なことに、この人も"彼"のことを忘れていなかった。
"彼"は連日街の入り口で倒れてはシリル様の教会に運ばれ、介抱を受けていた。それが関係しているのだろうか?
今日のことを聞いて、「自分も是非参加させて欲しい」とセルジュ様に持ちかけてきたらしい。
こういう場に神父様がいてくれると気が引き締まる――とはいえ、今日式を執り行うのは彼ではない。
「では……ベルナデッタ。お願いします」
シリル様がベルに優しく呼びかけると、ベルは肩をビクリと強ばらせた。
今日の彼女はシリル様と同じく黒の祭服に身を包み、髪は全て頭に被ったベールの中にしまい込んでいる。
ベルはぎこちない歩みでみんなの前に出たあと、杖をギュッと握りながら不安げにシリル様の方を見た。
「あ、あの……やはりここは、シリル様が――」
「今日のことを考えたのは君だと聞きました。なら、君が責任を持って執り行わなければ」
「は、はい。……これより、葬送の儀を執り行います」
ベルが頭を深々と下げたので、わたし達もそれに習う。
「葬送の儀……ですけれど、故人の亡骸が見つからなかったので棺はありません。ですので、供物をこちらに」
ベルが、足元の祭壇を手で指し示す。今日のために組み上げた石の祭壇だ。
グレンさんが家から持ってきた白い包みを解き、箱の中から"あるもの"を取り出して祭壇に置いた。
木製の、船の模型――これは、グレンさんが作ったものだ。わたしも作るのを手伝ったけれど、完成までにはかなり時間を要した。
グレンさんは"モノ作り"に関して心に大きな傷を抱えている。しかも、船の模型は彼の――そして"あの人"の心を壊すきっかけになった、"呪いの品"とも呼べるもの。
最初は木を1つ2つ組み上げるのも手が震えるほどだった。毎日作業が終わったあとは、「衝動的に壊してしまうかもしれないから、隠しておいて欲しい」と頼まれて……。
そうやって、3日くらいかけてようやく作り上げることが出来た。
船は立派な物ではない。子供が初めて作るような簡易な木の模型だ。継ぎ目は歪で、出来上がりは決して良いとは言えない。
でも、"あの人"を見送るのにこれ以上の物はない……わたしはそう思う。
ベルが船に小さな風の魔石を置き、上から聖水を振りかけ、祈る。
次にルカが勿忘草の小さな花束を乗せ、最後にわたしが白色と紫色のアスターの花を一輪ずつ乗せた。
本当は全員でアスターの花を一輪ずつ添えられれば良かったけれど、模型が小さいからあまり色んな物は乗せられない。
ベルが船をミロワール湖にそっと浮かべて祈る。
船に乗せてある風の魔石がぼんやりと光を放ち、船が湖をゆっくりと進み出した。
これでいいか不安になったのか、ベルがシリル様へ目を向けた。シリル様はそれに微笑を返して口を開く。
「……ベルナデッタ、祈りの言葉を」
「祈りの……」
「格式ばったことは言わなくても良いです。君自身の言葉で」
「はい」
ベルが杖を頭上に掲げ、目を閉じる。
「私の名は、ベルナデッタ・サンチェス。……私は祈ります。彼の者……イリアス・トロンヘイムの魂が意識の海に還り、また新たな生命として浮かび上がってこられますよう……。祈りましょう、皆さん。彼の者に、女神の加護のあらんことを……」
「女神の加護の、あらんことを……」
祈りの言葉を唱え、全員目を閉じる。
……船が行く。
彼への祈りを、願いを乗せた船が……。
(……イリアスさん……)
――わたし達はあなたを理解し、救うことはできませんでした。
あなたはこんなことを全く望んでいないかもしれません。
だけどせめて、あなたの魂があるべきところに還れるよう、そしてあなたの次の人生が光に満ちたものであるよう、祈らせてください。
さようなら。
わたしは、
……わたし達は。
あなたを、赦します――……。
――15章 終わり――
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