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終章 未来へ

また、あの木の下で ※挿絵あり

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「このあたりって、魔物出るんですかね? 歩きやすい靴で来て正解だったなあ」
「…………」
「グレンさん」
「…………」
「グレンさ~ん」
「あ……、すまない。また……」
「手、つないで行きましょ。迷子になっちゃう」
 
 立ち止まっていた彼の手を取り、グッと引っ張って歩き出す。
 
「……大丈夫ですよ。わたしがいるんだもん」
「ん……」
 
 後ろから、力のない返事が聞こえてくる。今日はずっとこうだ。
 
(グレンさん……)
 
 
 5月初旬。
 わたしとグレンさんは、とある用事のためにディオール王国へやってきていた。
 目的地は、"リューベ"という村。
 グレンさんが子供の時に住んでいた村だ。そこは彼の故郷であり、因縁の地でもある……。
 
 なぜ、リューベ村へ行くことになったのか。いきさつはこうだ。
 
 先週末グレンさんはカルムの町役場で、彼のご両親の召使いだったサリという人と出会った。
 彼女の家に招かれたグレンさんは、サリさんから自身の誘拐事件の顛末てんまつを聞いた。……とても悲しく、惨い話だった。
 お父様が"呪い"に囚われているかもしれないと考えたグレンさんは、サリさんから自分の生家の場所を聞き出した。
 ノルデンの北部リースベット地方、その最北端に位置する"リネア"という街だ。
 場所と名称が分かったのはいいけれど、そこへ行くのは容易ではなかった。
 
 リネアへ行くには、ノルデンとディオールの国境に近い土地まで行って、そこから転移魔法で飛ぶのが一番安全で確実だ。
 けれど、グレンさんの転移魔法ではそこへ行くことができない。転移魔法は術者が知らない土地、術者の知り合いがいない土地へは飛べないからだ。
 生まれてすぐに生家から引き離されたグレンさんはリネアでの記憶は全くないし、知り合いもいない。
 そうなれば、徒歩で行くしかない。だけどノルデンにはロレーヌとは比べものにならないほど強大な魔物が棲息せいそくしている。災害で滅亡しているため、途中で休めるような街もない。いくらグレンさんが強くても、1人で行くのは現実的ではない。
 だからやっぱり、どうにかして転移魔法で飛んでいきたい。
 何か良い方法はないものかと、最近まで魔法の研究をしていたジャミルに聞いてみたけれど……。
 
「行ったことない、知らない土地に転移魔法で? うーん……わりい、分かんねえ。魔術の専門家に聞いてみたら? 魔術学院の人とかさ」
 
 ――魔術の専門家、魔術学院の人……その単語を聞いて、グレンさんの頭にある人物の姿が思い浮かんだ。
 彼が昔いた孤児院で一緒だった「レスター・バートン」という人だ。
 魔術学院の特等学科を卒業後、今は孤児院の院長をしているらしい。
 
 その人のことはわたしも知っている。彼の意識の闇の中で見た。
 グレンさんが孤児院にいた時、一番仲が良かった子だ。お互いに心の支えにもなっていた。
 ところが悲しい出来事があって2人の仲に亀裂が入り、そのまま縁が切れてしまう。
 
 15年前のこと。
 孤児院の副院長がグレンさんを放火犯と決めつけ、激しくなじった。
 グレンさんが「自分じゃない」と大声で叫ぶと、副院長の顔のそばで小爆発が起こった。火の紋章が発現したのだ。
 副院長は「やはりお前が放火犯じゃないか」とグレンさんを罵倒。
 誰もかばってくれない中、グレンさんはすがるようにレスターさんの名を呼ぶ。
 けれどレスターさんは歯をガチガチと震わせるばかりで、言葉を発することはなかった。彼はグレンさんに対して恐怖の感情を抱いてしまったのだ。
 
『レスター、どうして……』
 
 友達に裏切られたと思ったグレンさんは傷つき打ちのめされ、村から出奔しゅっぽん
 行き場所がなかった彼は、そこから数年間"カラス"として山の穴蔵で暮らすことになる。
 自分を貶めた副院長を、自分を裏切った友達を恨み、憎みながら――……。
 
 
「魔術学院の人」という言葉でレスターさんに思い当たったグレンさんは、状況の説明と、方法があったら教えてほしいと記した手紙をリューベ村に送った。
 ただし、彼が手紙を送った相手はレスターさんではない。村の自警団の団長をしている「ノア」という人に宛てて送った。レスターさんと同じく、孤児院で親しくしていた人らしい。
 
 手紙を送って数日後、返事が来た。
 差出人はノアさんだった。
 
『積もる話もあるだろう。会って話さないか? レスターも一緒に』――。
 
 手紙を読んだグレンさんは面食らってしまう。
 彼の想定では、やりとりは全て手紙で行われるはずだった。その手紙をきっかけに、少しずつ交流を復活させられれば……くらいに考えていたのだ。
 なのに、一足飛びで"会う"ことを持ちかけられてしまった。
 まだその時じゃない。本当は断りたい。だけど、断れば角が立つ――どころか、二度とやりとりができなくなるかもしれない。
 そう考えて「分かった」と返事を送ったのだけど……。
 
「大丈夫でしょ? だって、会ってくれるんだもん」
「……手紙を書いたのはノアだから」
「…………」
 
 グレンさんの足取りはずっと重い。
 村へは転移魔法ですぐ行けるけど直接飛ばず、カンタールの街の駅馬車に乗ってリューベ村に一番近い街で降り、そこからわざわざ歩いている。
 
(どうなるのかな……)
 
『大丈夫でしょ』なんて言ったけれど、実際レスターさんがどういう気持ちでいるのかは分からない。
 レスターさんもグレンさんとの接触を避けているように思えるからだ。
 
 数ヶ月前カイルがリューベ村へ荷物の配達に行ったとき、彼がレスターさんから伝言を預かってきたことがあった。
『村を救ってくれてありがとう』というものだった。内容から察するに、レスターさんはグレンさんに悪感情を抱いてはいない。
 それでも手紙ではなく、伝言という形で思いを届けようとした。
 
 ――わたしがレスターさんなら、その行動の思惑はこうだ。
 
 自分の父親が友達をいじめて苦しめて、陥れた。
 そして自分は友達をこの上なく傷つけた。
 彼とコンタクトを取りたいが会わせる顔がない。
 手紙を書いてもきっと受け取ってもらえない。
 彼は今も自分を恨んでいるだろうから――……。
 
 
 ◇
 
 
「到着~! ですよね? ね?」
「うん……」
 
 40分ほど歩いて、リューベ村と思しきところに到着した。
 着いたはいいけれど、グレンさんは立ち止まったまま村の門をくぐろうとしない。
 
「まずはノアさんに会うんですよね? 自警団の詰め所でしたっけ?」
「うん……」
「ねえー、行きましょ? 場所分からないから、グレンさんが先導してくれないとー」
「…………」
「あっ、場所忘れちゃったとか? わたし、村の人に聞いてきましょうか?」
「やめてくれ……ちゃんと入るから――」
 
 グレンさんが数ヶ月前ガストンさん夫婦と会いに行ったときのように帽子を目深にかぶり、コートの襟を立てる。
 
「またー……。それやめましょうよ、余計目立っちゃいますよ」
 
 背伸びして、彼のコートの襟をババッと元に戻す。帽子も直そうと思ったけど、手が届かない。
 
「んもー、早く戻してよー。怪しい人の隣歩きたくないよー」
 
 むくれながらそう言うと、彼は渋々それに従った。
 
 
 
「のどかですねえ……」
「ん? うん……」
 
 リューベ村は緑豊かで、のどかだ。
 人口はあまり多くないようで、家と家の距離がかなり離れている。家屋よりも畑や樹木の方が多い。
 村の中を小川が流れている――今はまだ肌寒いけれど、もう少し温かくなったらあそこが子供の遊び場になっていそうだ。
 グレンさんにもそういう思い出、あるかな。嫌な思い出ばっかりかな……。
 
 小川にかかる橋を越えると、周りの民家よりも立派な石造りの建物が表れた。
 門のところの看板に「大切な故郷、自分たちの手で守りぬこう」と記してある。
 どうやらここが自警団の詰め所のようだ。
 
「グレン……グレンか!?」
「!」
 
 詰め所の門から中に入ろうとしたところで、男性が大声で呼びかけてきた。
 声の方へ目をやると、紫の髪の戦士風の男性が立っていた。
 男性はグレンさんの顔を見て歯を見せてニカッと笑い、こちらへ駆け寄ってくる。
 レスターさんは緑の髪だったから、この人はレスターさんじゃない。それなら……。
 
「……ノア……?」
「ああ……ああ、そうだ! 久しぶりだなあ、でっかくなりやがって……俺よりでけえじゃねえか! ハハッ」
 
 ノアさんがグレンさんの頭に手をやって身長を比べたあと、その手で彼の頭をワシャワシャと撫でる。
 
(グレンさんがワシャワシャされてる……)
 
 ノアさんはグレンさんより4つ年上で、孤児のリーダー格だった人。
 そういう人だから、グレンさんもまず始めにこの人を頼ったんだろう。
 
「!」
 
 鐘の音が響く。正午を告げる教会の鐘だ……。
 
「……昼だな。よっし、行くか」
「『行く』って? ……ここで話すんじゃないのか」
「話すっていったら"いつもの場所"だろ。忘れたか?」
「……覚えてる、けど」
「そりゃよかった。じゃ、行こうぜ。そっちのお嬢さんも一緒に」
 
 ノアさんがグレンさんの背をトンと軽く叩いてから、歩き出す。わたし達もそれに続く。
 
(いつもの、場所……)
 
 ――一緒に暮らすようになってから、グレンさんがこの村でのことを少し話してくれた。
 孤児院の裏庭に大きな木があって、ノアさんレスターさん、そしてエマという女の子と4人、毎日そこに集まって話をした。
 内容は日常のなんでもないこと。愚痴、授業の内容、給食の話……。
 3人が話すのを聞いているだけのことが多かったけど、楽しかった。
 話している3人の"火"の色を視るのが好きだった。
 みんな"火"のことを否定せず、天気の話題をするみたいに軽い調子で聞いてくれた。
 
 あの時間が好きだった。
 
「ずっとこんな日が続けばいいのに」と、そう思っていた――……。
 
 
 ◇
 
 
「到着~……っと」
 
 5分ほど歩き、リューベ村孤児院に辿り着いた。
 裏庭に回り、大きな木のところへ。
 ……誰もいない。
 
「いねえな、レスターのヤツ。さてはビビってやがるな」
「…………」
 
 ここに来るまで、グレンさんはノアさんとあれこれ世間話をしていたのに、着いた途端黙り込んでしまった。
 そんな様子を見て、ノアさんが苦笑する。
 
「……ま、大丈夫だ。エマもいるし、引きずってでも連れてきてくれるさ」
 
 もう1人の昔なじみだったエマさんもこの村で暮らしている。
 ずっと手紙のやりとりをしていたレスターさんと結婚して、彼との間に子供を2人もうけた。今は孤児院の副院長をしているそうだ。
 
「おっ、来た」
「!」
 
 ノアさんの視線の先――建物の陰のところに、メガネをかけた緑色の髪の男性と金茶色の髪の女性が立っている。
 
(レスターさん、エマさん……)
 
「おーい、早く来いよ!」
 
 ノアさんが大声で呼びかけながら手を振る。けれど、レスターさんは歩みを進めようとしない。
 後ろにいるエマさんが彼の背中を撫でながら何事かささやくとようやく歩き出したけれど、あと5歩くらいのところで立ち止まりうつむいてしまう。
 
「はぁ……何やってんだか」
 
 ノアさんが呆れ顔で大きく溜息を吐いて、レスターさんの元へ。
 一方、グレンさんは全く動かない。レスターさんを凝視したまま固まっている。
 
(…………)
 
 ――わたしには何も言えない。
 だって、分からない。
 傷つけ傷つけられ、絶縁状態だった友達との15年ぶりの再会――お互い、どう振る舞うのが正解なの……?
 
「……レス、ター……」
「!」
 
 意外にも、最初に言葉を発したのはグレンさんの方だった。
 うつむいていたレスターさんが不安げに顔を上げる。何か言おうとしたのか口を開けたけれど、言葉はなかった。
 
「……レスター。その……」
「あ……」
「…………、やせた?」
 
 まさかのセリフに全員固まってしまう。
 けど一拍も置かないうちにノアさんが「ハハッ」と笑い出し、それにつられてエマさんも口を抑えてクスクスと笑う。
 レスターさんは顔を赤くしている……。
 
「そっか。お前、太ってるレスターしか知らないんだ。ハハハッ……!」
「レスターってば、魔術学院に入った頃からどんどんスリムになってね。けっこうハンサムでしょ? ふふ」
「ストレス太りだったんだよなあ。クソオヤジと離れてからシュッとしちまって……」
「そう……なのか、知らなかった。本当に誰か分からなくて、固まってしまった。……ごめん」
 
 彼の言葉を聞いたレスターさんが首をブンブンと振り、グレンさんの方に大股で歩み寄ってきた。
 
「どうして……君が謝ることなんか、ひとつもないだろ。僕は……僕の方こそ、謝らないといけないのに……」
「……レスター」
「ごめん……ごめんよ、グレン。何もできなくて、助けられなくて、……それどころか、怖がったりなんかして。……友達、だったのに」
「……もう、いいから。仕方のないことだと……思ってる」
「でも――」
 
 レスターさんが何か言いかけたところで、グレンさんが手をスッと差し出す。
 
「……くだらないことだ。忘れよう……お互いに。これからも、よろしく」
「あ……」
 
 差し出された手を両手でつかみ、レスターさんは涙を流す。
 
「……もちろんだよ、当たり前だよ、喜んで……! グレン……僕の方こそ、これからも……よろしく」
 
 ふさわしい言葉を模索するようにひとつひとつ口にしてから、レスターさんがグレンさんの手をさらに強く握る。
 その手に空いていた方の手を添え、グレンさんは「うん」と目を細めて笑った。
 
(グレン……よかったね……)

 

 

 ◇
 
 
 一連のやりとりのあと、孤児院の院長室に場所を移した。
 グレンさんがレスターさんに、改めて事情を説明する。
 
「……記憶にない出生地へ、転移魔法で……」
「ああ。何か、手立てはあるか?」
「結論から言うと、普通の魔術師には不可能だ。……でも、君のように紋章を持つ人間なら、あるいは」
「! ……できるのか? どうやって」
「先に聞いておきたいんだけど、その場所は本当に全く記憶にない? たとえば、夢に出てきたとか、そういうことは」
「……あるといえばある、けど」
「じゃあ、可能性が少し上がったね」
 
 にっこり笑うレスターさんに対し、他の人間はみんな怪訝な面持ちをしている。
 レスターさんの話によると、"夢の風景"というのは本当に全く空想のときもあれば、記憶の奥底に沈む現実であったりもするという。
 ……それで言えば、グレンさんは意識の闇の中でリネアの……自分の生家の風景を見た。
 そこをイメージすれば、辿っていける……?
 
「……無理じゃないのか? 『実在している』という認識ができなければ飛んで行けない」
「その場所に、何か印象的な"モノ"はなかった?」
「"モノ"……?」
「そう。家とか本とかぬいぐるみとか、そういうの。"モノ"ってね、記憶を持っているんだよ」
「…………??」
 
 レスターさんの話はとても感覚的で不思議なものだった。
 
 ――人間の記憶は曖昧あいまいだけれど、"モノ"が持つ記憶と思い出は、それが消滅しない限り不変だ。
 "モノ"をイメージすれば、自分の魂に刻まれた記憶と"モノ"の記憶が共鳴して、飛んで行ける。
 けどそれは、誰もができる芸当ではない。自然と共鳴し共生する力――つまり、紋章を持つものだけが、モノの記憶に干渉できる……。
 
「印象的な、"モノ"……。あっ、グレンさん! あの葉っぱはどう?」
「葉っぱ、……ああ。あとは、ブランコ……かな」
 
 葉っぱというのは、意識の闇の中グレンさんを引き戻すきっかけになった一片ひとひらの葉のこと。
 屋敷の庭にカエデの木が植わっていて、赤ちゃんだったグレンさんはそのカエデの葉が風で揺れる様子と、それと葉擦れの音が好きだったらしい。
 ブランコは彼の意識の世界に何度か登場していたそうだ。それはおそらく、シグルドさんが作ったもの。
 年月を経ているけれど、今もそこにあるなら強い思いを残しているはず。
 
 ……行けるかもしれない。彼の生まれたリネアの街へ。お父様お母様2人の思い出が眠る、始まりの地へ。
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