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終章 未来へ

最終話 変わらない日常を、あなたと ※挿絵あり

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 この世界にはいつも二通りの人間がいる。
 魔法が使える人、使えない人。
 冒険をする人、しない人。
 悩み抜いて、がむしゃらに生きる人。これといった難もなく生きる人。
 ドラマチックな恋をする人。特にドラマもない恋を経て、そのうち結婚する人。
 
 わたしはいつも後者の平凡な人間。
 王子様みたいな人と運命の出会いをして、恋愛小説のようにドラマチックな恋を経て結婚する――そんな夢を抱きながら、そのうち自分と同じに平凡な人生を生きた人と一緒になるんだろう。
 
 そういう風に思っていた。
 
 それが――……。
 
 
 ◇
 
 
 1564年9月。砦解散から半年後。
 今日はわたしの人生で一番嬉しくて、幸せで、特別な日。
 グレンさんにとっても、そうだったらいいな。
 だって、今日はわたしと彼の結婚式なんだもの……。
 
「レイチェル、綺麗だ。本当に……綺麗だ」
 
 純白のドレスに身を包んだわたしの姿を見て、グレンさんが微笑む。
 
「ふふ……嬉しい。グレンさんも超かっこいいですよ」
 
 今日の彼はとびきりかっこいい。シルバーグレーのタキシードがすごくよく似合っている。
 ちょっとウェーブがかかった髪型もかっこいい。
 もうなんていうか、全部全部かっこいい。王子様みたいだ。
 
(レイチェル・マクロード……かぁ)
 
 慣れない名前がくすぐったい。
 結婚後の名前は割と自由なのだけど、わたしはグレンさんと同じ姓を名乗ることにした。
 彼はずっと精神的に天涯孤独だった。だからわたしが彼の家族第一号になって、一緒に家を作っていきたいの。
 
「!」
 
 物思いにふけっていたら、彼がわたしの頬を指で撫でた。
 お化粧を崩さないように気を遣ってか、そっと優しく。
 
「何考えてるんだ?」
「んっと……ふふ、緊張するなーって」
「そうか、……俺もだ」
「ほんと? グレンさんも緊張したりするんだ」
 
 今考えてたことを言うのが恥ずかしかったから別の話をしてごまかしたんだけど、思わぬ収穫だ。
 こうやってこの先、お互いの知らないことを少しずつ知っていくんだなあ……。
 
「失礼します。ご友人の方がいらっしゃっておりますが、お通ししてよろしいですか」
「あ……はい!」
 
 介添人さんがにっこり笑って退室していく。
 しばらくしてから、扉がバァンと開き……。
 
「レイチェル~~~ッ」
「メイちゃん!」
 
 ヒルデガルト薬学院で一緒だったメイちゃんだ。
 学校を卒業後も、ひと月に1回くらいのペースで会っている。学校に行く前から友達だったしね。
 今はヒースコートの街の薬屋で働いているそうだ。
 
「来てくれたんだ、ありがとう」
「当たり前でしょうが~っ、ひぃん、キレイだよおお~~ おべでどおおおお」
「め、メイちゃん……早いよ」
 
 まだ会ったばかりなのに、メイちゃんの涙腺がすでに決壊している。せっかくお化粧してるのに……。
 
「なんか、なんかさあ、レイチェルが遠くなった気がして、あたしゃ寂しいんだよおお」
「なんでよ、3日前会ったじゃない」
「だっでえー! ご来賓の皆々様、あれなんなのよ~? 美男美女ばっかだし、貴族の割合高くない? 場違い感がすごいんだけど!? 金銀財宝プレゼントかよぉ~~」
 
 ……と言ったところで、グレンさんが盛大に吹き出す。
 そこでメイちゃんが真っ赤な顔で「ヒィッ」と叫んだ。
 どうやらグレンさんの存在に今気づいたらしい。
 
「は、わ、わ……ごごごご、ごめんなさい、レ、レ、レイチェルに首ったけであたし……!」
「……いえ。グレン・マクロードです。今日は来てくれてありがとうございます」
「はひっ、いえいえあの、こ、こ、こ、こちらこそでございますわっ。……はっ! 自己紹介! あのあの、ええと……あたくしはあのっ、メ、メイチャンデスッ!!」
 
 軍人のようにビシッと姿勢を正して、メイちゃんは大声でご挨拶をした。緊張しすぎで声が裏返っている。
 その後メイちゃんは「ではのちほどでございましてよ」と言いながら後ろ歩きでしずしずと退室していった。
 メイちゃんが出て行ったあと、グレンさんはしばらくの間動けないくらいに笑っていた。
「腹が痛くて苦しい」だって……グレンさんをそこまで笑わせるなんて、メイちゃんったらやるわね……。
 
 
 ◇
 
 
「レイチェル! おめでとう~、あーん、すごく綺麗よ!」
「お姫様感、ばつぐん」
「そう~! ほんとそれ! 隊長……グレンさんも、おめでとうございます!」
「ありがとう」
「王子様感、そこそこ」
「え……俺は抜群じゃないのか」
「……美少女のジョーク。ちゃんと抜群ですわ」
「それは、どうも」
 
 砦の仲間が来てくれた。
 ルカにジャミルにベルにセルジュ様、フランツ、そして……。
 
「カイル! 来てくれたんだ」
「え~? 当然じゃないか。なんで?」
「だってずっと行方知れずだったから。駆け落ちなんてビックリしたよ」
「はは……まあ、ね」
 
 カイルが頬を掻きながら苦笑いする。
 カイルがリタ様を連れて逃げ出したあと、ユング侯爵家はけっこうな騒ぎになったらしい。
 時折カイルからグレンさん宛てに絵はがきが届いていたから、無事なのは分かっていたけれど……。
 
「追われる身になるかと思ったけど、なんだかんだでお咎めなしだよ。ラルス様イザベラ様、それとセルジュがゲオルク様を説得してくれたおかげだね」
「説得というか……子世代全員で『いい加減喧嘩をやめてください、見たくありません』と言っただけだよ」
「わあ……そういうのが一番効くのかな」
「どうだろうね。子が大きくなれば分かるのかもしれないが」
 
 セルジュ様が肩をすくめて笑う。
 そんなセルジュ様の後ろから、ニコニコ顔のフランツがひょっこりと出てきた。
 半年前より、すごく背が伸びてる。もうルカよりも高いんじゃ……?
 
「レイチェル姉ちゃん! おめでとう」
「ありがとう、フランツ。ね、背すごく伸びたね」
「へへ、でしょ~? アリシアよりも高いんだよ」
「あっ、やっぱり」
 
 フランツのセリフに、ルカが頬をプクーと膨らませながら「生意気」と言う。
 ……怒っているのかもしれないけど、かわいいだけだ。
 
 そのあともみんなでワイワイと近況話をした。
 
 ルカは学校に行っている。お兄さんのアルノーさんの助けになりたいから働きたい、と言ったらしいけど、「まずは学校で社会を知らなきゃ」と説得され、それに従うことにしたとか。……うん、わたしもそれがいいと思う。
 ジャミルはご両親にベルを紹介。それに加え、サンチェス伯がレッドフォード家にご挨拶に来たそうで、ご両親は終始震え上がっていたとか……。
 ベルはシリル様の教会に併設されている孤児院で、子供達にお菓子を作ってあげている。魔法の力はまだ戻らないけれど、ハッピハッピーに毎日を過ごしている。
 カイルはリタ様と冒険者をやっている。グレンさんと組んでいた時のように魔物退治はあまりやらず、飛竜で高所にのみ生えている薬草を採取する任務なんかをこなしながら、各地をのんびりと巡っているそうだ。
 ちなみに、今日リタ様はシルベストル侯爵邸に滞在している。元聖女様が教会に来ると、騒ぎになるかもしれないから……ということらしい。
 フランツは修道士になる勉強を本格的に始めた。将来は聖銀騎士団の顧問司祭になってセルジュ様の補佐をするのが目標なんだって。
 セルジュ様は今も変わらず聖銀騎士団の団長を務めている。1月には2人目のお子さんが生まれるらしい。
 
(楽しい……)
 
 砦にいた時みたいだ。
 半年程前のことなのに、すでに懐かしい。
 みんなみんな、新しい道を進んでいる。
 わたし達だって……。
 
 
 ◇
 
 
「グレン君、レイチェルさん、……久しぶりだ」
「テオ館長!」
 
 "風と鳥の図書館"のテオ館長。
 もちろん、この人も招待客だ。だってこの人がいなかったら、何も始まっていない。
 
「テオドールさん、来てくださってありがとうございます」
「ふふ、当然来ますよ。2人の門出を私が祝わないでどうします。……結婚おめでとう。本当に、おめでとう」
「テオ館長……」
 
 ――ああ、ダメ。すでに泣きそう。わたしもお礼言わないとなのに。
 
「テオ館長、ありがとうございます……。わたし達がこうして一緒になれたのは、館長のおかげです」
「いいえ、私は何もしていませんよ。2人が努力したからです。でも……私と妻が作ったあの空間が2人の人生をつないだというのなら、これほど嬉しいことはありません」
「館長……」
 
 今日という日に、絶対絶対聞きたい言葉がある。
 それを読み取ってくれたのか、館長がわたしとグレンさんに向かって手を上向けにして差し出した。
 
「2人とも、手をここに」
 
 その言葉に従い手を置くと、それを包むようにして館長が自分の手をそっと置く。
 
「おめでとう、君達。どうか2人の人生に、いい風が吹きますように――……」
 
 
 ◇
 
 
 お昼過ぎ、わたし達2人の結婚式が執り行われた。
 場所はポルト市街の教会。式の進行をしてくれるのは、ずっとお世話になっていたシリル様だ。
 
「グレン・マクロード。なんじ、病めるときも、健やかなるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「レイチェル・クライン。汝――……」
「はい……誓います」
 
 誓いの言葉のあと介添人さんにブーケを預け、指輪の交換をする。
 2人で街をいくつも巡って買ったプラチナの指輪――それがリングピローに置かれているのを見るだけで、涙が出そうになる。
 
「それでは、誓いの口づけを――」
 
 彼がヴェールを上げ、わたしの唇に唇を合わせてくる。
 生涯でただ1度、永遠を誓うための口づけ――。
 
「……私はこのお二人の結婚が成立したことを宣言いたします。今日ここにお集まりいただいた皆様が証人です」
 
 シリル様が大きく手を広げ宣言をしたあと、一拍も置かないうちに教会内が拍手に包まれる。
 
「……っ」
 
 ……もう、いいよね。
 ずっと我慢してたけど、もう泣いてもいいよね。
 そう考えた途端、せきを切ったように涙があふれ、介添人さんから返してもらったブーケにこぼれ落ちる。
 鈴蘭の花のブーケだ……グレンさんがお花屋さんに頼んで、この季節まで魔法で保管してもらっていた。
「季節じゃないのにどうして鈴蘭を?」と聞いたら、彼がちょっとはにかみながら「鈴蘭はレイチェルを象徴するような花だから」って、花言葉とともに教えてくれた。
 恥ずかしくて、真っ赤になっちゃった。でもそんな風に思ってくれてたなんて嬉しい。
 
「皆さん、新郎新婦の新たな門出です。……祈りましょう。お二人の行く道に、女神の加護のあらんことを……」
「女神の加護の、あらんことを……」
 
 祈りの言葉を聞いたあと、拍手を浴びながらゆっくりと歩き出す。
 わたし達が教会を出るとみんなも出てきた。その手にはたくさんの花びらを持っている。
 
「レイチェル、おめでとう~!」
「幸せにねー!」
「グレン! レイチェル泣かすなよ~!」
 
 祝福の言葉を思い思いに口にしながら、みんなが花びらを投げてくれる。
 フラワーシャワーってこんな感じなんだ。
 すごい。まるで夢の中にいるみたい……。
 
「ありがとうみんな、ありがとう……」
 
 涙で視界がにじむ。
 色んな感情が押し寄せてきて、わたしは歩き進めることができなくなってしまう。
 そんなわたしの背を、グレンさんが軽くトントンと叩く。
 
「レイチェル」
「グレン、さん……、わたし、わたし……、う……ひっ……」
 
 グレンさんは何も言わず、わたしの背をさすりながら内ポケットからハンカチを取り出し、涙をぬぐってくれる。
 少し気分が落ち着いたので「ありがとう」と言おうとしたその時、グレンさんがニッと笑みを浮かべた。
 次の瞬間……。
 
「ひゃっ……!?」
 
 体が浮き上がる。
 彼のプロポーズを受けたときと同じように、また縦に抱き上げられてしまったのだ。
 あの時は2人きりだったけど、今度は20人以上いる。……それなのに。
 さらに、抱き上げたまま1回転した。
「わあっ」「きゃー」という歓声が耳に入る。
 
「きゃあっ、グレン……!」
「ふふ、可愛い」
「もう、また……やだやだ、恥ずかしい! 降ろしてよー」
 
 ――どうしよう、恥ずかしくてたまらない。
 結婚式で気分が高揚してるのかな? でもでも、こんな……。
 っていうか、あれ?
 この流れ、もしかしてもしかして……?
 
「……キス、してくれたら……」
「えええ……」
 
 ――やっぱりだ。
 こんな大勢の前でそんなこと求めてくるなんて信じられない。
 さっき"誓いのキス"したけど、今度は全く、ただのイチャイチャじゃない!
 でもきっと、キスしない限りずっとこの体勢のままだ。うう……仕方ない。
 
「…………」
 
 彼の頬を持ってキスをすると、遠くの方から「フゥー!」みたいな声が聞こえてきた。
 ……誰!? カイル? ジャミル?
 もう、絶対許さないんだから!
 って……。
 
「ねえ、あの……」
「ん?」
「キス、しましたけど」
「うん」
 
 キスしたのに、一向に降ろしてもらえない。
 懇願するように瞳で訴えかけると、彼は一際嬉しそうに笑った。
 
「キスしくれたら降ろす……なんて、言ってない」
「え――っ! なに、ちょっと! ひどい!」
 
 彼の肩をどんどん叩くけど、全く無駄な抵抗。彼はわたしを抱きかかえたまま歩き始めてしまう。
 
「グレンさん、グレンさん! ……ね、おねがい、降ろして~」
「……嫌なのか?」
「嫌とかじゃないの。恥ずかしいだけで……。それに、えっとね、うんと……や、やっぱり並んで歩きたいなあって」
 
 そう言うと、ようやく彼はわたしを降ろしてくれた。
 地面に降りた時、彼がわたしの耳元で何事か囁いた。だけど、やっと降りられたという安堵感の方が大きかったため、聞き逃してしまった。
 
「……なあに? よく、聞き取れなかった」
「…………だ」
「ん?」
「幸せだ」
「…………」
 
 ――そんな言葉が彼の口から聞けるなんて思わなかった。嬉しい。嬉しくてたまらない。
 わたしも幸せだ。今まで生きてきた中で、一番。
 ……でも。
 
「……これからも、ずっと幸せですよ」
 
 耳元でそう囁くと、彼は潤んだ目を細めて笑う。
 
「……行こうか」
「はい」
 
 差し出された手を取り、わたし達はまた歩き出した。
 
 
 
 ――かつて世界は魔王によって闇に包まれ、それを勇者が討伐して世界には再び光が訪れた……そんな伝説がある。
 魔法使い、戦士、僧侶……様々な能力を持った冒険者がいる。
 お城には王様や王子様にお姫様、それを守る騎士。街の外には魔物もいる。
 20年前に、大災害が起こって滅びた国がある。
 
 この1年で、そういうことに関わる伝説みたいな人達とたくさん出会ってきた。
 だけどわたし自身は平凡なまま、何も変わらない。
 
「レイチェル、愛してる」
「わたしも愛してます」
「幸せになろう」
「……はい!」
 
 これは、平凡に生きているわたしと、平凡に生きることを許されなかった彼の人生が交わって、これから手を取り合って進んで行く話。
 
 ――わたしには特殊な力はない。
 だけど、これだけは分かるの。
 
 わたし達は、幸せになる。
 
 砦にいたときのような、大きな事件やドラマチックな出来事はきっとない。
 小さい幸せを一緒に積み上げて喜び合いながら、穏やかで何気ない日常を生きるの。
 
 そういう人生が、これからずっと続いていくの――……。
 
 
 
『カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~』
 
 
 ――完――
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