愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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1章 最悪の印象

6話 街へ

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「ごきげんよう、ロラン先生。準備は済んで?」
「……ああ」
「それじゃ、行きましょうか」
 
 2日目の昼。
 昼食を済ませたあと、いおりの前でアンソニーと待ち合わせをする。街へ買い物に出るためだ。
 
「お出かけよ、ロザリンデ。楽しみねえ」
 
 アンソニーが馬の"ロザリンデ"をひと撫でしてから幌馬車の御者席に腰掛けた。
 僕は馬車の内部に乗り込み、中にある椅子に座る。
 それと同時にアンソニーが手綱を引っ張る。ロザリンデが短く鳴き、馬車はゆっくりと進み出した。
 
 
 
(これから、どうする……)
 
 馬車に揺られながら、昨夜と朝の魔力供給のことを思い出す。
 口づけをしたらいきなりきつく抱きしめられ、その後角度を変えて唇を何度も押しつけられた。
 
 ――あの男は、そのがあるのだろうか?
 いや、あの男の趣味など今はどうでもいい。今後の魔力供給をどうするかの方が問題だ。
 今夜魔力供給をするときもきっと同じようにされる。
 魔法で眠らせてその隙にやってやりたいところだが、なぜかあの男には眠りの魔法が効かない。
 万が一効いたとして、寝ている状態でもこちらを引き込んで抱きしめてくる可能性がある。
 ……どうしようもない。
 
「……っ!」
 
 拳を作り、小さく床を叩く。
 燐灰りんかいの森は"森"というだけあり道が整備されておらず、馬車は常にガタゴトと振動音を立てている。
 少し床を叩いたところで、アンソニーの耳には届かないだろう。
 しかしあまり何度もやると馬のロザリンデの方に影響してしまうかもしれない。
 ほどほどにしなければいけないが、どうしてもイライラが収まらない。
 
(なぜ僕が、あんな男のために……)
 
 今日街に出るのは、あの男の身の回りの物――時計と寝具を買うためだ。
 時計はともかく、"泥人形ホロウ"のために寝具を用意してやる意味が分からない。
 夜の魔力供給をしたあと、ホロウは意識を失い仮死状態になる。
 意識とともに肉体の内部の機能は全部停止するから、寝かされているところが石の台座でも快不快は感じない。
 そう言ったのに……。
 
『いくらオレが"死体"や言うたかて、今意識あって息もしてんねんから最低限人間らしい生活保障してくれる!?』
 
 
 ――うるさい。不平不満、要望がいちいち多い。
 粗野な言葉遣いも不快だ。
 せめて言語だけでも共通語に変化してくれないものだろうか?
 今まで"組成そせい"してきたホロウが意味のある言語を話し始めたのは大体4日目頃だった。
 経験上、その翌日か翌々日には共通語に切り替わっていたはずだが……。
 
「……先生、ロラン先生!」
「!」
 
 アンソニーの呼びかけに思考を中断される。
 気づくと、ロザリンデの歩く速度が落ちていた。会話をするためだろうか。
 
「……なんだ」
「目的地を決めていなかったけれど、今日も南の都でいいのかしら」
「ああ……かまわない」
 
 ニライ・カナイの主要な街は大きく分けて6つ――東・西・南・北・中の都、そして王都だ。
 僕の住む燐灰の森に一番近いのは、南の都の"ドルト"という街。他のところと比べると規模が小さく、"都"と呼べるほどに栄えていない。
 店の品揃えも豊富とはいえない。時計も寝具も種類が少ないだろう。
 が、それで十分だ。あの男のために遠出をしてやる必要などないのだから――。
 
「ねえ、先生」
 
 アンソニーがまた声をかけてきた。馬車の速度は先ほどから変わっていない。
 
「なんだ? まだ何かあるのか」
「別に、用ってほどのことじゃないけれど。ねえ先生、それよくやってるけど、クセ?」
 
 そう言ってアンソニーが親指の爪を噛む仕草をする。
 
「!」
 
 言われて初めて自分が左手親指の爪を噛んでいたことに気づき、手を口から離した。
 
「……やめた方がいいわよ。余裕ない男に見えちゃう」
 
 言いながらアンソニーが前を向き、手綱を引っ張った。
 ロザリンデが歩く速度を上げ、馬車はまた走り出す。
 
 しばらく走っているうちに馬車の振動が少なくなった。
 街に近づき、整備された道に出たのだろう。
 幌から外を覗くと、燐灰りんかいの森とは違う、緑の色合いが濃い木々が見えた。
 南の都ドルト特有の色合いだ。明るくて少し目が疲れる。
 街の喧騒は嫌いだ。必要なものを買ったら、早々に立ち去りたい。
 
 ……そんなことをぼんやりと考えながら、僕はまた左手親指の爪を噛んだ。
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