愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

文字の大きさ
10 / 118
1章 最悪の印象

7話 屍霊術師ビクトル

しおりを挟む
「これはこれは。ロラン・ミストラル殿ではありませんか」
「……?」
 
 南の都の雑貨屋で時計を物色していると、男に声をかけられた。
 僕のことを知っているようだが、見覚えはない。
 僕と似たような濃紫こむらさきのローブを身にまとい、首からは黒い布で出来た平たい小袋を下げている。
 
屍霊術師しれいじゅつし……)
 
 黒の布袋は、屍霊術師の証。袋の中に入っている木の札には、守護の呪文が刻まれている。
 反魂組成はんごんそせいの儀式を行う際、屍霊術師の肉体と魂が死者に食らわれるのを防ぐ――とのことだ。
 
「……何だ、お前は」
「ああ、申し訳ない。私は、ビクトル。ビクトル・メサと申します。このようなところで高名な屍霊術師様であるあなた様にお会いできるとは、全くもって光栄の極み――」
 
 そう言うと男――ビクトルはニタリと笑った。
 不気味な男だ。藍色の髪に、紫色の瞳。髪で顔の片側を隠し、隠れていない方の目には片眼鏡を着けている。
 姿勢が悪く、背中を常に丸めている。その状態でも僕より視線が高い――背筋を伸ばせばトモミチと同じくらいあるかもしれない。
 
「……別に、高名ではない」
「いえいえ。若くしてあのゴーチエ殿の跡を継いでおられるのですから、十分に高名ですよ」
 
(やはり、それが目当てか……)
 
 "ゴーチエ"というのは、僕の師の名。15年ほど前、僕は彼に買われて弟子になった。
 "燐灰りんかい隠者いんじゃゴーチエ・ミストラル"――術師をやっていて、その名を知らぬ者はいない。
 反魂組成術はんごんそせいじゅつのみならずあらゆる魔術や治癒術を使いこなし、薬草学や魔道具の知識にも精通していた。
 だがその正体は謎に包まれている。年齢はいくつなのか、いつからあの燐灰の森に庵を構えていたのか、いつからこの世に存在していたのか定かではない。
 嘘か真か、彼自身が反魂組成の祖であり、術を使って数百年の時を生きているという噂もある。
 
 しかし、師は4年前に亡くなった。それからというもの、ゴーチエ・ミストラルの謎と彼の魔術の知識を得たいがために、弟子であった僕に近づいてくる者は少なくない。
 だが……。
 
「……師のことを知りたいのなら無駄だ。私もほとんど知らされていない」
 
 あいにく僕も師のことは全くといっていいほど知らない。
 教えられ、授けられたのは彼の知識のごく一部――反魂蘇生術と少しの魔術のみ。
 
「そのような……私はただ、ご挨拶をしたかっただけですよ」
「なら、もう用事はないな」
「おっと……」
 
 棚に置いてある時計を適当につかんで歩き出そうとすると、ビクトルが棚に手をかけて進路を妨害してきた。
 
「挨拶をしたかっただけじゃないのか」
「ええ、ええ。ご挨拶と、少しばかりご忠告を……と思いまして」
「忠告?」
 
「そう」と言うとビクトルは背筋を伸ばし、メガネに手をかけニタリと笑う。
 棚と棚の間が狭く、後ろは壁――そして想像したとおり、背筋を伸ばしたビクトルは上背があった。
 僕と同じに痩せてはいるが、この身長差では僕がこいつを押し退けることは不可能だろう。
 
 ――アンソニーを連れてくるべきだった。
 街に着いたあと僕は馬車を降り、アンソニーには「そのまま家具屋へ行って寝具を買うように」と命じて解散してしまっていた。
 僕が何も言わないでいると、それを降参の意思と取ったらしいビクトルがまた薄く笑った。
 
「"いち"の商人から聞いたことですが。あなた……作ったホロウの恨みを買っていますよ」
「恨み? ……なぜ」
「作ったあと、何の説明もせず市場へ放り出しているそうじゃないですか」
「説明はしている」
 
 僕の言葉を聞いたビクトルは真顔になり、小さく溜息を吐く。
 
「……何を説明してらっしゃいます? 私はこの世界の文字と地理、それと常識などを教えておりますが」
「え……?」
 
 ――師からはそんなことをしろとは教わっていない。
 師がホロウに教えていたのは『ここはニライ・カナイという世界』『お前は死んで、自分がこの世界に呼び戻した』『自分から魔力の供給を受けろ』という事実のみ。
 黙り込んだ僕を見て、ビクトルが再び口を開く。
 
「私もあなたと同じく、ほとんど何も説明をせずに人間を作っては市場に売り……そういう日々を繰り返していました。しかし10年前、でしたかね……」
「!!」
 
 ビクトルが顔の片側を覆い隠している前髪をめくり上げると、赤くただれた皮膚が露わになった。
 目は赤く膨れあがった皮膚で埋没している――おそらく、光は届いていないだろう。
 
「私が作ったホロウにやられました。街を歩いていたら薬品をかけられましてね……。熱傷に呻く私を見てホロウは『よくもこんな所に呼び出しやがったな』『外道め、ざまあ見ろ』と叫んで――そのあとすぐに溶けてしまいました」
「溶けた……?」
 
 僕の言葉にビクトルは薄く笑い、前髪を元の位置に戻して再び口を開いた。
 
 そのホロウはビクトルに"組成そせい"されたあと、市に売られた。
 そのあとどういう生活をしていたのか知らないが、とにかくビクトルに強い恨みを持ち、何かしらの仕返しをすることを考えたのではないか。
 ビクトルはそのホロウの顔も名前も覚えていなかった。だが、自身が作ったモノであることは確信している。
 自分を襲撃するのに、刺す・殴るなどではなく、「薬品をかけて顔を損壊させる」という方法を選んだからだ。
 ビクトルには自己陶酔の気があり、ことあるごとに鏡を覗いていた。ホロウはそれを見ていて、「顔を損壊させることが何よりの復讐になる」と考えたのに違いない。
 
 ホロウはおそらく、ビクトルに痛手を負わせることだけを考えて生きていた。
 本懐を遂げたら生きている理由がなくなり、溶けて死んだのではないか……。
 
「“空虚なものホロウ"とはよく言ったものです。10日間魔力を注いで人間として完成しても、そこで終わりではない。生きる理由――“芯"を失っても彼らは溶け消えてしまう」
「………………」
「ロラン殿。あなた、ずいぶんとたくさん人間を作っておいでのようですね? 一体どれくらい作りましたか? その者達のうち、どれくらいが今も"芯"を持って生きているのでしょうね」
 
 そこまで言うとビクトルは棚から手を離し、道を開けた。
 
「話が長くなりました。今はまた新しいホロウを作っていらっしゃる最中ですか? ……身の振り方には、十分にお気をつけを……」
しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる

春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。 夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。 形のない愛は信じない。 でも、出来立ての肉は信じてしまう。 肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。 これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。

魔法使い、双子の悪魔を飼う

よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」 リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。 人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。 本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり... 独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。 (※) 過激描写のある話に付けています。 *** 攻め視点 ※不定期更新です。 ※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。 ※何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様 (無断転載×)

定時後、指先が覚えている

こさ
BL
職場で長く反目し合ってきた二人。 それでも定時後の時間だけは、少しずつ重なっていく。 触れるはずのなかった指先。 逸らさなかった視線。 何も始まっていないのに、 もう偶然とは呼べなくなった距離。 静かなオフィスでゆっくりと近づいていく、 等身大の社会人BL。

終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす

河野彰
BL
かつて、ローゼンベルグ家の庭には白薔薇が咲き誇っていた。嫡男リュシアンは、そのバラのように繊細で、風が吹けば折れてしまいそうなほど心優しい青年だった。しかし、名門という名の虚飾は、代々の放蕩が積み上げた「負の遺産」によって、音を立てて崩れようとしていた。 悪役になり切れぬリュシアンと彼を執拗にいたぶる執事のフェラム、純粋な愛情を注ぐ?庭師のルタムの狂気の三重奏。

可哀想は可愛い

綿毛ぽぽ
BL
 平民、ビビり、陰キャなセシリオは王立魔術学園へ入学を機に高校デビューを目指したが敢え無く失敗し不良のパシリをさせられる毎日。  同室者の男にも呆れられ絶望するセシリオに天使のような男が現れるが、彼もかなりイカれた野郎のようで……?セシリオは理想の平和な学園生活を送る事が出来るだろうか。また激重感情を抱えた男から逃げられるだろうか。 「むむむ無理無理!助けて!」 ━━━━━━━━━━━ ろくな男はいません。 世界観がごちゃごちゃです。余り深く考えずに暖かい目で読んで頂けたら、と思います。 表紙はくま様からお借りしました。

イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺

ユッキー
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。  大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?

処理中です...