愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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1章 最悪の印象

8話 抱擁

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「こんばんは~。魔力とかいうやつくださ~い」
 
 2日目の夜。
 魔力の供給を受けるため、トモミチが僕の部屋にやってきた。
 今日街で買ってきた時計を、トモミチの部屋――安置室に取り付けた。
 昼と夜の区別がつかないということだから、10時間計れる砂時計も買ってきて部屋に置いた。
 明日の正午からこれを利用することになるだろう。
 
「……今度は妙な真似をするなよ」
 
 そう言うと、トモミチは困ったように笑いながら頭を掻いた。
 
 昨夜そして今朝、魔力供給の途中でトモミチに思いきり抱きつかれ唇を押しつけられた。
 途中で角度を変え、何度もだ。
 
「えっと、ホンマ……ごめんな」
「謝罪はいい。二度とやるな、分かったか。もしまたやったら――」
「やったら、どーすんの?」
「何……?」
 
 つい先ほどまでバツが悪そうにしていたトモミチの表情が怒気を含んだものに変わり、腕組みをしてこちらを見下ろしてきた。
 
「無礼働いたのはオレが全面的に悪いから謝るけど。……またおんなじことやったら、キミはオレをどーするわけ? 魔力の供給やめるとか? ほんでオレはまた死ぬってこと?」
「……それは……」
「オレがやったことはそら無礼千万やけど、だからっつって『もう命の供給やめますよ』ってやられるほどのことではないよな? オレはなあ、ここに来たくて来てんとちゃうねん、キミが勝手に呼び出したんやで。せやのにちょっと気に入らんことあったら見捨てるーとか、なんぼなんでも自分勝手すぎんか? キミ、人の命をなんやとおもてるわけ?」
「…………」
 
 思った以上に責め立てられ、返す言葉を失ってしまう。
 
 ――街の雑貨屋で会った屍霊術師のビクトルの言葉を思い出す。
 この世界について何ひとつ説明せずに〝市〟に売り飛ばす……そういう日々を送っていたら作ったホロウの1人に恨まれ、復讐された。
 薬品を顔にかけて熱傷を負わせ、苦しむビクトルを見たホロウはこう叫んだ。
 
『よくもこんな所に呼び出しやがったな』
『外道め、ざまあ見ろ』
 
(外道……)
 
 外道とはどういう行いを指すのだろう。
 それに「人の命を何だと思っている」と言われても、分からない。
 師ゴーチエ・ミストラル曰く、屍霊術師しれいじゅつしは自らの世界で生きる権利を放棄した行き場のない魂に、もう一度現世で生きる機会を与える者。
 拾う魂はいつも無作為だ。彼らの命を利用するためには、どの世界にも存在する〝海の神〟への祈りの言葉を唱えればそれでよい。
 そこにホロウの意志や言葉が介入する余地はない。
 命を放棄した者に、自身の命について主張をする権利はないのだ。
 そう教わった。……そうとしか教わっていない。
 
「し、屍霊術師は……そういう、仕事だ……」
 
 何も反論することができず、答えになっていない言葉だけが口から漏れ出てしまう。
 僕のその反応を見て、トモミチは目を伏せ大きく溜息を吐いた。
 しかし言い争う気はないのか、これ以上こちらを責め立てることはしない。
 少しの間のあと、トモミチは再び口を開いた。
 
「……もう、この話はええわ」
「…………」
「さっさと用事済まそうや。今日の分、早よもらえます?」
 
 そう言ってトモミチは手を後ろで組み、目をつむった。
 
「……あ」
 
 ――昨日、そして一昨日と同じように、数歩踏み出して彼の唇に唇を少し合わせれば終わる。
 だが……。
 
「……何? 早よやってや、死んでまうわ」
 
 片眼だけ開け、トモミチがつぶやく。
 
「あ……、ぜ……絶対、に」
「ごめんやけど、それは約束できん」
「な、何……」
「……たとえばやで? めちゃくちゃ暑い中、水も持たんと何時間も歩いて――喉カラカラで身体も熱くて死ぬって時に『冷たい水あげます』って差し出されたら、際限なくガブガブ飲んでまうよな? そういう感じに近いっていうか。……魔力流れてきたら、『もっと欲しい』ってなって、理性も飛んでまうねんわ」
「……そう、なのか」
 
 魔力の受け手側の感覚は聞いたことがなかった。
 そういえば、人間の形になってきたホロウに魔力の供給を行った時、彼らはいつも何かを求めるような熱っぽい目でこちらを見つめてきていた。
 気味が悪くて嫌だった。だから、完成間近になってきたら催眠魔法で眠らせてから魔力を供給していた。
 だが、この男には催眠魔法が効かない。毎回毎回、あの熱っぽいやりとりをしなければならないのだ。
 
 トモミチは何も言わず、こちらが動き出すのを待っている。
 だがまた〝あれ〟があると思うと、どうしても足が動かない。
 僕のその様子に痺れを切らしたのか、トモミチが口を開いた。
 
「そっちからキスせな、魔力ってやつは流れてけーへんの?」
「し……知らない」
「ほな、試しにこっちから行ってみていい?」
「何……?」
「結局またいきなり〝ガッ〟ってやってまうと思うねん。せやから最初から〝ガッ〟ってやった方が覚悟も決まるんちゃうかなーって」
「…………」
 
 こちらからトモミチに近づくことができないのなら、そうするよりほかない。
 ――だが、気に入らない。
 これではまるで、僕が供給を受ける側のようではないか。
 
「や……やるなら、早くしろ」
「はいよ。じゃあ……」
 
 言いながらトモミチが足を1歩、2歩と踏み出す。
 迫ってくるのをなんとなく見ていたくなくて、うつむいて目線を下に落とす。
 コツ、コツ、と靴が地面を鳴らす音だけが聞こえてきて、それはそれで落ち着かない。
 部屋はさほど広くないので、2、3秒も数えないうちに視界にトモミチの靴が現れた。
 
「…………!」
 
 また〝ガッ〟とされる――と、目を思い切りつむって身構えていると、少し上の方から「フッ」と鼻で笑う声が聞こえてきた。
 
「……そんな、怯えんといてくれるか」
「お、怯えてなんか、いな……!」
 
 言葉の途中で頬に手を添えられた。
 すぐにトモミチの顔が近づいてくる気配を感じたが、その気配は途中で消え、頬に添えられた手も離れた。
 何かと思い目を開けトモミチの顔を見ると、トモミチが「せやせや」と言って笑った。
 
「なんなんだ、早く済ませろ!」
「……いやあ、言うの忘れとったと思って」
「な、何を」
「時計とベッド買ってくれてありがとうな」
「べ、別に……。だってお前が、うるさいから――」
 
 言葉の続きを待たずして、トモミチが唇を重ねてくる。
 少しして、トモミチの腕が僕の肩に回ってきた。
 
「……!」
 
 昨夜、そして今朝のことを思い出し、自然に身がこわばる――しかし今回は、あの拘束されるようなきつい抱擁ではなかった。
 力強くはあるものの、不快ではない。
「最初から〝ガッ〟とやる」という宣言の通り、彼が彼自身の意志で僕を抱きしめているからだろうか?
 
「ん、……!」
 
 唇が離れたかと思うと、角度を変えてまた唇が重ねられた。
 押しつけることはせず、軽く触れるだけの口づけ――それを数度繰り返したあとまた唇を重ね、抱きしめる手に力を込める。
 
 ――これは、彼の意志なのだろうか?
 もう今回の分の魔力は流れ込んだはず。
 こんなにまでする必要が、あるのだろうか……?
 
 もういいだろう……と目を開けると、うっすら開いた焦茶の瞳と視線がかち合った。
 驚き突き飛ばそうと腕を上げた瞬間にトモミチの腕がだらりと落ち、彼はすぐにその場に倒れ込んだ。
 
(なぜ……)
 
 魔力の供給のために必要とはいえ、唇を合わせるのは嫌だ。
 抱きしめられるのも嫌だし、触れることもしたくない。されたくない。
 それなのに、先ほどまで自分を包み込んでいた手とぬくもりがなくなったのを惜しいと思っている自分がいる。
 
 ――自分が分からない。怖い。
 心臓がずっと気持ち悪い。


 ――1章 終わり――
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