愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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2章 ロランと泥の人形

6話 "貝がら姫"のお話

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「"貝がらひめ"。……『むかし、むかし、なかうみに』……"中の海"? って何??」
「……ニライ・カナイの上部にあるのが"天海てんかい"。"中の海"は、地表に広がっている海だ」
「へえ……オレんとこの海とおんなじ感じのヤツかな~」
「…………」
 
 
 4日目、今日もトモミチが僕の部屋にやってきた。
 昨日、この男の希望通りにニライ・カナイの文字を教えた。
「勉強ができる方だからすぐ覚えると思う」という言葉の通り、確かに飲み込みが早い。
 この男の話が本当なら、この男の国には数万ほども文字がある。
 たった30の文字を覚えるなど、造作もないことなのかもしれない。
 
 読み書きができるようになったトモミチは次に、「本を買ってほしい」と要求してきた。
 この男を作り出してから4日。これまでこの男に時計と砂時計と寝具を買い与え、さらに文字を教えた。
 4日間で要望を4つも叶えている。本を買ったら5つだ――言うことを聞くのはしゃくだが、話さないで済むならそれに越したことはない。
 ……そう思っていたのに、トモミチは予想外の行動に出た。
 本を渡すとすぐさまバッと開いて、音読を始めたのだ。
 
「えー、ほんで……? 『中の海に、それはそれは、きれいな女の子が、住んでいました。中の海の底に、大きな、お城があります。真珠みたいに、きれいなお城です」
 
 しかも、声が大きい。
『本が読めるようになったら静かになると思う』――そう言ったのに、全く静かにならない。昨日よりもうるさいくらいだ。
 
「『女の子のお父さんは、お城の王様です。でも女の子の家は、お城ではありません。暗い暗い"底の海"にある、白くてちっぽけな建物が、女の子の家です』……えー、姫やのに?」
「…………」
 
 僕が買ってきたのは「貝がら姫」という題名の児童向けの物語。
 海の国で暮らす、心優しく美しい少女の話だ。
 僕自身はこの本を読んだことはないが、有名な昔話だから大筋は知っている。
 ニライ・カナイの物語には、"魂の伝承"に関するものが多い。
 内容を把握せずに適当な本を与えると、本を読んだトモミチが自分の死因に行き着いてしまう恐れがあった。
 だから、この話ならば内容を知っているし大丈夫だろう――そう思って買ってきたのだ。
 それがまさか、こんな――。
 
「『女の子には、お姉さんが、2人いました。とてもきれいなお姉さんです。上のお姉さんの名前は、ヒスイ姫です。緑色と、エメラルド色が混じり合った美しい髪から、そう名付けられました。下のお姉さんは、ルリ姫です。水色と、藍色が混じった髪から、そう名付けられました』」
「……おい」
「ん? ちょっと待ってな。……『お姉さん達とちがい、女の子の髪は、白といろんな茶色が混じり合った、おかしな色です。まるで、そのへんに転がっている、貝がらみたいです。だから王様は女の子に、"貝がら姫"と名付けました。ある日王様は、姫を大きな大きな貝にとじこめ、地の海に落としてしまいます。王様は、お姫様なのにきたない髪の色をしている貝がら姫を、みんなに見られたくなかったのです』……うわー、王様ありえん。DVやDV――」
「おい! 黙って読めないのか」
「えー。でも読みが間違ってるかもしれんし、やっぱ聞いといてもらわななあ。ロラン君、もし間違ってたら指摘してくれる?」
 
 僕の返事を聞かず、トモミチは音読を再開した。
「指摘してくれ」と言われたが、僕はこの物語の内容は知っていても文章がどんなものなのか知らない。どこが間違っているのか分からないから、聞いていることしかできない。
 
 ――そう広くない室内。
 大の男2人が向かい合わせに座り、お姫様の話の読み聞かせ……。
 
(なんだこれは……)
 
 この男が自らの死因に行き着くことを避けるため取った選択が、こんな奇怪な催しに繋がってしまうとは。
 ――次買うときはもっと、物語の内容を精査する必要が……?
 
(……なぜ、そんなことをしなければならない!)
 
 今考えたことを、頭を振って振り払う。
 望みを5つ叶えたうえ、まだ頼まれてもいないことを先読みして対策を考えてしまっている。
 なぜ、他人――それも自分が作りだした"泥人形"のために無用な思考を巡らせているのか。
 
「『ある日のことです。貝がら姫は、傷だらけの男の人が倒れているのを見つけました。金色の髪をした、とても美しい男の人です。姫は男の人を家に連れて帰り、傷の手当をしました。男の人は何日か後に目を覚ましました。男の人の名前は"シトリン"といいました。でも傷のせいか、名前以外の全部を忘れてしまっていたのです』……おっ、運命の出会い来たこれ」
「……うるさい……」
 
 仕方がないから物語を聞いていようと思うのに、要所要所でトモミチがいらないコメントを挟んでくるから集中できない。
 さらに、分からない読めない単語を聞いてきて、都度僕が説明しているから、話の進みも遅い。
 ちら、とトモミチの手にある本に目を落とすと、まだページは半分以上残っていた。
 早く終わってくれと心で念じていると、トモミチは物語の途中からコメントをするのをやめた。
 
 もちろん僕の念が通じたわけではない。
 物語が転機を迎えたのだ。
 
 貝がら姫とシトリンは愛し合うようになるが、実はシトリンは敵国の王子だったという事実が明らかになる。
 許されない愛――迷った末、2人は駆け落ちを決意する。
 だが、2人が結ばれることはなかった。
 駆け落ちは失敗に終わる。追手により貝がら姫が殺されてしまうのだ。
 彼女の亡骸を抱え涙を流すシトリン――涙が姫の身体に降り注ぐと同時に彼女の身体が光に包まれ、姫の魂が身体から浮き出る。
 貝がら姫の魂はシトリンに「愛しています。もし生まれ変われたら、その時こそ一緒になりましょう」と告げ、亡骸とともに海の泡となって消えた。
 シトリンの手に残されたのは彼女の髪と同じ色の、小さな貝殻――。
 
 それから数百年後。すっかり穏やかになった世界で、2人は再会する。
 平凡な少年少女として生まれ変わった2人――少年は、幼い時からずっと大事にしていた茶色の小さな貝殻を少女に渡す。
 少女は涙を流し、「会いたかった、ずっとあなたを探していた」と微笑む。
 2人はもう絶対に離れることはないでしょう――その言葉で、物語は終わりを迎える。
 
「……ありえん……」
 
 全て読み終わったあと、トモミチがしかめ面で本をバタンと閉じた。
 
「これって童話? 姫死んでもうてるやん。しかもオヤジが差し向けた兵士に殺されて……救いなさすぎん? バッドエンドやん」
「どこがだ? 生まれ変わって――転生してまた王子と出会ったのだから、悪くはないだろう」
「ウッソやん……"生まれ変わり"って、それもう別の存在やん? 見た目おんなじでも、"貝がら姫とシトリン"ではないやん。……オレはちょっと認められへんわぁ……」
「……お前は死んで、この世界に生まれ変わった。だがお前は"別の存在"ではないだろう」
「えっ? んん、……そりゃまあそう、やけど……」
 
 納得いかないといった風にうなりながら、トモミチは本を机に置く。
 
「まあええか。童話にそんなツッコんでもアレやしな。あ、せやロラン君。1個お願いあんねんけど、聞いてくれる? なんか書くもん貸してくれへん?」
「なぜ?」
「この本に出てきた単語まとめたいねん。文字の組み合わせとか、まだ謎なとこ多いし」
「…………」
 
 別に構わないが、それはつまり……?
 
「……お前、まだここにいる気か……?」
「そうやな~。分からんとこ出てきたら聞きたいし。いちいち聞きに来んのもめんどいやん? ……ま、『後半へ続くー』ってことで」
「……後半……?」
 
 眉間に思い切りシワを寄せながら復唱するとトモミチは「ぶはっ」と吹きだして笑った。何がおかしいのか分からない。
 
 ――後半って何なんだ。今までのは前半だったのか?
 今日こいつが部屋にやってきてから1時間経っている。あと1時間いる気か?
 いや、もしかしたらそれ以上……?
 
 ……もう、勘弁してほしいんだが……。
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