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2章 ロランと泥の人形
7話 まだまだ喋る男
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「この“ルリ"“ヒスイ"って単語、ややこいよなあ。文字の組み合わせめっちゃ似てる。……コレで合ってる?」
「合ってる」
「そーかそーか。せやろな~、知ってた」
「………………」
トモミチは「さっすがオレ」と言って鼻息をフンと吹き出し、僕が貸してやったペンで本に書き込みをする。
本の傍らには帳面が置かれている。単語を書き出して、自分用の「ポケット辞書」を作りたいらしい。
黙ってやってくれればいいのだが、そうはいかない。
単語と綴りを書く合間合間に、「そういえば」「ところで」と言って何かを喋り出す……。
短時間のうちに僕は、こいつのプロフィールを余すところなく聞かされてしまっていた。
それと"カズ"以外の人物――こいつ自身の家族のことまで。
父ジュンペイ、62歳。平凡なサラリーマン。最近頭部が寂しくなってきた。
母ヤエコ、56歳。平凡な主婦。綺麗好きで、部屋を散らかしがちなトモミチはよく怒られていた。
姉メグミ、愛称はメグちゃん――トモミチとカズの間でだけ「メグさん」「メグミ様」「女王」などと呼ばれている。
4個上でとても怖い。姉が"ジュケンセイ"の時に自室でカズと大声で騒いでいたら鬼の形相で乗り込んできて、『アンタがジュケンの時おんなじことしたるから、よう覚えとけよ』と凄まれた。
「まあ実際オレが高校受験の時ねーちゃんひとり暮らししとったし、一緒におったとしてももう19やから、そんなんせんかったやろけど。いや~、あん時はホンマ殺されるか思たわ~。カズなんか震えあがっとったし。それからねーちゃんの受験終わるまでカズんとこで遊んでた」
……その怖い姉は7年前会社の先輩の"ナカモリさん"と結婚、子供が1人いる。
ナカモリさんはメグミより5歳上のクマみたいな人。
"クマ"というのはトモミチの世界の生き物だろうか――気になるが、聞いてはいけない。
聞いたら最後、クマとやらの生態を余すところなく聞かされてしまう。
僕には分からない。
なぜ、こんなに喋ることがあるのだろう……。
(取ってくる魂を間違えただろうか……)
この男の魂は"黒の大河"から引き上げてきた。自死者の魂が行き交う川だ――だから、こいつも自死者のはず。
だが今までのこいつの様子からはそれが微塵も感じられない。
死に至るまでの記憶が抜け落ちているからと言えばそれまでだろうが、それにしてもさすがに……。
――ひとつだけ、思い当たることがあった。
ニライ・カナイには魂が行き交う場所がもう2カ所ある。
"底の海"、そして"天海"だ。
底の海には罪人や悪しき心を持った者の魂が流れている。穢れた魂は数十年、数百年かけて底の海で洗われ、穢れがなくなったあと次の生へ。次の生は、人間でない別の生命体になると言われている。
一方"天海"には事故や病気、老衰などで死んだ人間、そして動物など、"善き者"の魂が流れている。
魂達はニライ・カナイ全体を照らす"生命の天盤"めがけて泳いでいき、次の生へと運ばれていく。
ごくまれに、そこにいる魂が何かの間違いで黒の大河に落ちてしまうことがあるという。
それならばトモミチが最初から"完成体"で現れたのも合点がいく。
天海を泳ぐ魂には"生きる力"があるから、魔力の供給がなくとも形を保っていられる。
ただし天海を泳ぐ魂で取っていいのは動物のものだけで、人間の魂を取ることは法で禁じられている。転生を阻害することになるからだ。
対して、自ら命を絶った者は何にも生まれ変わることができない。
黒の大河はニライ・カナイの地下深くで円環状に流れている川。
行き着く所がない、終わりのない川だ。自死者の魂はそこを永遠に泳ぎ続ける――次の生はない。
僕達屍霊術師は、その行き場のない魂を利用する。
"命を弄ぶ行為"として忌避されてきた「反魂組成」が法的に認められたのは、自死者の魂を利用しているからこそ。
……もし、誤って天海の魂を取ってきてしまったというなら……。
「あっ。また爪噛んでる」
「えっ……?」
トモミチが爪を噛む仕草をする。考え事をしている間に、また爪を噛んでいたらしい。
「それなあ、歯並び悪なるしカラダに良うないんやて。やめときやー、ゆう君」
「……ユウ君?」
「あっ……」
トモミチが口を抑えて目を細め、小さく肩をすくめる。
「ありえん間違い方してもうた……。ゆう君て、オレのねーちゃんとこの子やねん。おんなじクセあるから、つい……ゴメンな」
――こいつの姉の子ということは、"ユウ君"は恐らく幼児だ。
幼児と一緒にされるとは……いや、幼児と同じクセを持っている僕の方がおかしいのか。
「ゆう君な、めっちゃかわいいねんで。ねーちゃんも仲森さんもメロメロでさー」
何も聞いていないのに"ユウ君"の話が始まってしまった。
いや、ユウ君というより、こいつの姉のメグミの話だ。
メグミは怒りっぽくてムスッとしていることが多かったが、ナカモリと付き合いだしてから丸くなった。
結婚してユウ君が生まれてからは別人のようだ――とのこと。
「まあ、年齢もあるんかもしれんけど。ねーちゃんも32やしなあ」
「…………」
(……32?)
2日前こいつは「自分は22歳、今年23歳」と言っていた。なら、こいつと4歳違いの姉は今26か27。
姉が今32歳だというなら、トモミチは28歳のはず。
……もしや、記憶が混同しているのだろうか。
反魂組成で呼び寄せた自死者達は、死に至るまでの過程を全て忘れる。
つまりトモミチは、22歳から28歳にかけて6年分の記憶が抜け落ちていることになる。
(やはりこいつも自死者なのか……)
こんなにおしゃべりで陽気な男が、なぜ自ら死を選んだ?
6年の間に、この男に一体何があったというのだろう……?
「合ってる」
「そーかそーか。せやろな~、知ってた」
「………………」
トモミチは「さっすがオレ」と言って鼻息をフンと吹き出し、僕が貸してやったペンで本に書き込みをする。
本の傍らには帳面が置かれている。単語を書き出して、自分用の「ポケット辞書」を作りたいらしい。
黙ってやってくれればいいのだが、そうはいかない。
単語と綴りを書く合間合間に、「そういえば」「ところで」と言って何かを喋り出す……。
短時間のうちに僕は、こいつのプロフィールを余すところなく聞かされてしまっていた。
それと"カズ"以外の人物――こいつ自身の家族のことまで。
父ジュンペイ、62歳。平凡なサラリーマン。最近頭部が寂しくなってきた。
母ヤエコ、56歳。平凡な主婦。綺麗好きで、部屋を散らかしがちなトモミチはよく怒られていた。
姉メグミ、愛称はメグちゃん――トモミチとカズの間でだけ「メグさん」「メグミ様」「女王」などと呼ばれている。
4個上でとても怖い。姉が"ジュケンセイ"の時に自室でカズと大声で騒いでいたら鬼の形相で乗り込んできて、『アンタがジュケンの時おんなじことしたるから、よう覚えとけよ』と凄まれた。
「まあ実際オレが高校受験の時ねーちゃんひとり暮らししとったし、一緒におったとしてももう19やから、そんなんせんかったやろけど。いや~、あん時はホンマ殺されるか思たわ~。カズなんか震えあがっとったし。それからねーちゃんの受験終わるまでカズんとこで遊んでた」
……その怖い姉は7年前会社の先輩の"ナカモリさん"と結婚、子供が1人いる。
ナカモリさんはメグミより5歳上のクマみたいな人。
"クマ"というのはトモミチの世界の生き物だろうか――気になるが、聞いてはいけない。
聞いたら最後、クマとやらの生態を余すところなく聞かされてしまう。
僕には分からない。
なぜ、こんなに喋ることがあるのだろう……。
(取ってくる魂を間違えただろうか……)
この男の魂は"黒の大河"から引き上げてきた。自死者の魂が行き交う川だ――だから、こいつも自死者のはず。
だが今までのこいつの様子からはそれが微塵も感じられない。
死に至るまでの記憶が抜け落ちているからと言えばそれまでだろうが、それにしてもさすがに……。
――ひとつだけ、思い当たることがあった。
ニライ・カナイには魂が行き交う場所がもう2カ所ある。
"底の海"、そして"天海"だ。
底の海には罪人や悪しき心を持った者の魂が流れている。穢れた魂は数十年、数百年かけて底の海で洗われ、穢れがなくなったあと次の生へ。次の生は、人間でない別の生命体になると言われている。
一方"天海"には事故や病気、老衰などで死んだ人間、そして動物など、"善き者"の魂が流れている。
魂達はニライ・カナイ全体を照らす"生命の天盤"めがけて泳いでいき、次の生へと運ばれていく。
ごくまれに、そこにいる魂が何かの間違いで黒の大河に落ちてしまうことがあるという。
それならばトモミチが最初から"完成体"で現れたのも合点がいく。
天海を泳ぐ魂には"生きる力"があるから、魔力の供給がなくとも形を保っていられる。
ただし天海を泳ぐ魂で取っていいのは動物のものだけで、人間の魂を取ることは法で禁じられている。転生を阻害することになるからだ。
対して、自ら命を絶った者は何にも生まれ変わることができない。
黒の大河はニライ・カナイの地下深くで円環状に流れている川。
行き着く所がない、終わりのない川だ。自死者の魂はそこを永遠に泳ぎ続ける――次の生はない。
僕達屍霊術師は、その行き場のない魂を利用する。
"命を弄ぶ行為"として忌避されてきた「反魂組成」が法的に認められたのは、自死者の魂を利用しているからこそ。
……もし、誤って天海の魂を取ってきてしまったというなら……。
「あっ。また爪噛んでる」
「えっ……?」
トモミチが爪を噛む仕草をする。考え事をしている間に、また爪を噛んでいたらしい。
「それなあ、歯並び悪なるしカラダに良うないんやて。やめときやー、ゆう君」
「……ユウ君?」
「あっ……」
トモミチが口を抑えて目を細め、小さく肩をすくめる。
「ありえん間違い方してもうた……。ゆう君て、オレのねーちゃんとこの子やねん。おんなじクセあるから、つい……ゴメンな」
――こいつの姉の子ということは、"ユウ君"は恐らく幼児だ。
幼児と一緒にされるとは……いや、幼児と同じクセを持っている僕の方がおかしいのか。
「ゆう君な、めっちゃかわいいねんで。ねーちゃんも仲森さんもメロメロでさー」
何も聞いていないのに"ユウ君"の話が始まってしまった。
いや、ユウ君というより、こいつの姉のメグミの話だ。
メグミは怒りっぽくてムスッとしていることが多かったが、ナカモリと付き合いだしてから丸くなった。
結婚してユウ君が生まれてからは別人のようだ――とのこと。
「まあ、年齢もあるんかもしれんけど。ねーちゃんも32やしなあ」
「…………」
(……32?)
2日前こいつは「自分は22歳、今年23歳」と言っていた。なら、こいつと4歳違いの姉は今26か27。
姉が今32歳だというなら、トモミチは28歳のはず。
……もしや、記憶が混同しているのだろうか。
反魂組成で呼び寄せた自死者達は、死に至るまでの過程を全て忘れる。
つまりトモミチは、22歳から28歳にかけて6年分の記憶が抜け落ちていることになる。
(やはりこいつも自死者なのか……)
こんなにおしゃべりで陽気な男が、なぜ自ら死を選んだ?
6年の間に、この男に一体何があったというのだろう……?
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表紙はくま様からお借りしました。
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