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2章 ロランと泥の人形
11話 倫理:冬の街角
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「……う~、寒っ」
2月末、とある木曜日。この日はバイトが休みで他に予定もなかったので昼前まで寝て、起きてからは動画を見たりマンガを読んだりしてダラダラゴロゴロした。
昼食は適当に作るつもりだったが唐突にファーストフードが食べたくなったので、自転車を飛ばして駅前のファーストフード店へ向かうことに。
3月が近いが外の気温はまだ低い。天気予報で「この気候は3月中旬頃まで続くでしょう」なんて言っていた。
――さっさと春になってほしい。
冷たい風に当たると、先月の苦い出来事が思い起こされてしまう。
(田中君、どうしてるんやろ……)
田中君が去ってから2ヶ月が経とうとしている。
塾は学校ではないから、生徒が1人いなくなったところで誰もさして気に留めない。
……通常はそうなのだが、田中君が辞めた時は違った。
彼がいなくなって生徒も職員も皆ほっとしていた。もちろん、田中君ではなく彼の母親が来なくなったからなのだが……。
「……栢木、先生」
「ん?」
昼食を買って帰路につこうとしていると、後ろから誰かに呼びかけられた。
「あっ! た……田中君?」
声をかけてきたのは、あの田中君だった。
名前を呼ばれた田中君は微笑を浮かべてこちらに会釈をしてくる。
「久しぶりやなあ、……元気、しとった?」
――たぶん、元気ではない。だが塾で見た時よりも顔色がよかった気がしたので、あえてそう言った。
「そうですね、前よりは……」
「そっか。良かった」
「……栢木先生、ボクね、引っ越すんです」
「えっ、引っ越し?」
「……奈良のおじいちゃんおばあちゃんとこ行くんです。高校はそっちの方で受験しようって話になって」
「そうなんや。……お母さんは?」
「お母さんは行きません。田舎嫌いやし、『義実家でなんか暮らされへん』て。"義実家"ってなんやろ……ネット用語かな? ホンマそんなんばっか詳しい、あの人」
「…………」
――大人としては「親を"あの人"なんて言うもんじゃない」とたしなめるべきところだろうが、好きに言わせてやることにした。誰か1人くらい、それを許してやってもいいだろう。
「……すんません、お礼言うだけのつもりやったのに、しょうもないこと……。栢木先生、ありがとうございました。先生の授業、楽しかったです。もっと来てくれたらエエのにって……思てました」
「……田中君」
嫌われているとばかり思っていたが、そんな風に思っていてくれたとは。
「ほな、ボクもう行きます。ホンマ、ありがとうございました――」
「あ……、田中君!」
踵を返そうとする田中君を大声で呼び止めると、田中君は驚いた顔をした。
「あ、えっと……」
――何か言葉をかけたいが、何を言うべきか分からない。
「がんばりや」と言うのは違う。田中君は頑張っていた。頑張った上で成績が落ちたのだ。
「なんかあったら言ってな」と、通信アプリのIDを教える? ……それも何か違う。
「元気でな」辺りが無難なのだろうが、しかし……。
「あのさあ、ハラ減ってない? ……アップルパイいる? さっきそこの"マコド"で買うてん」
そう言って紙袋からアップルパイを取って差し出すと、田中君は目を大きく見開く。
「アップルパイ苦手やったら、他にもあるで。カスタードパイと、あとレモンパイと……」
「3つも……?」
「食べ比べしたろ思て。ハンバーガーもあるで」
「…………ボクん家、コンビニとかファーストフードとか禁止なんですよ。お菓子もお母さんの手作りしかアカンくて」
「そ……そっか。ほな、アカンな――」
「……でも、もらいます」
「え? でも」
「……ボク、実は不良なんですよ。コンビニの唐揚げとかめっちゃ好きで……夜に家抜け出して、こっそり買って食べてる」
そう言うと田中君は目を伏せ薄く笑う。ひょっとして、「悪い顔」のつもりだろうか。
「えー、夜に? めちゃめちゃ不良やな」
「1個増量ん時とか、めっちゃアツいんですよ」
「ハハッ! 悪いやっちゃなあ」
「先生、そういうことしたことある?」
「先生はないなあ。実家田舎やって、コンビニとか車なかったら行かれへんかってん」
「えっ、コンビニ近くにないんや。……めっちゃかわいそう……」
「え、ちょ……『かわいそう』て何よ。全然かわいそうちゃうから!」
憐れむような顔で酷いことを言う田中君に抗議すると、彼は歯を見せて「へへっ」と笑った。
――顔を突き合わせて話をしてみたら、彼も年相応の普通の少年だ。
秀才だから真面目で大人しくて、くだらない話は嫌い。
だから自分のような人間は好きではないだろう……なんて、勝手に考えていた。
……結局自分も、この子の成績しか見ていなかった……。
2月末、とある木曜日。この日はバイトが休みで他に予定もなかったので昼前まで寝て、起きてからは動画を見たりマンガを読んだりしてダラダラゴロゴロした。
昼食は適当に作るつもりだったが唐突にファーストフードが食べたくなったので、自転車を飛ばして駅前のファーストフード店へ向かうことに。
3月が近いが外の気温はまだ低い。天気予報で「この気候は3月中旬頃まで続くでしょう」なんて言っていた。
――さっさと春になってほしい。
冷たい風に当たると、先月の苦い出来事が思い起こされてしまう。
(田中君、どうしてるんやろ……)
田中君が去ってから2ヶ月が経とうとしている。
塾は学校ではないから、生徒が1人いなくなったところで誰もさして気に留めない。
……通常はそうなのだが、田中君が辞めた時は違った。
彼がいなくなって生徒も職員も皆ほっとしていた。もちろん、田中君ではなく彼の母親が来なくなったからなのだが……。
「……栢木、先生」
「ん?」
昼食を買って帰路につこうとしていると、後ろから誰かに呼びかけられた。
「あっ! た……田中君?」
声をかけてきたのは、あの田中君だった。
名前を呼ばれた田中君は微笑を浮かべてこちらに会釈をしてくる。
「久しぶりやなあ、……元気、しとった?」
――たぶん、元気ではない。だが塾で見た時よりも顔色がよかった気がしたので、あえてそう言った。
「そうですね、前よりは……」
「そっか。良かった」
「……栢木先生、ボクね、引っ越すんです」
「えっ、引っ越し?」
「……奈良のおじいちゃんおばあちゃんとこ行くんです。高校はそっちの方で受験しようって話になって」
「そうなんや。……お母さんは?」
「お母さんは行きません。田舎嫌いやし、『義実家でなんか暮らされへん』て。"義実家"ってなんやろ……ネット用語かな? ホンマそんなんばっか詳しい、あの人」
「…………」
――大人としては「親を"あの人"なんて言うもんじゃない」とたしなめるべきところだろうが、好きに言わせてやることにした。誰か1人くらい、それを許してやってもいいだろう。
「……すんません、お礼言うだけのつもりやったのに、しょうもないこと……。栢木先生、ありがとうございました。先生の授業、楽しかったです。もっと来てくれたらエエのにって……思てました」
「……田中君」
嫌われているとばかり思っていたが、そんな風に思っていてくれたとは。
「ほな、ボクもう行きます。ホンマ、ありがとうございました――」
「あ……、田中君!」
踵を返そうとする田中君を大声で呼び止めると、田中君は驚いた顔をした。
「あ、えっと……」
――何か言葉をかけたいが、何を言うべきか分からない。
「がんばりや」と言うのは違う。田中君は頑張っていた。頑張った上で成績が落ちたのだ。
「なんかあったら言ってな」と、通信アプリのIDを教える? ……それも何か違う。
「元気でな」辺りが無難なのだろうが、しかし……。
「あのさあ、ハラ減ってない? ……アップルパイいる? さっきそこの"マコド"で買うてん」
そう言って紙袋からアップルパイを取って差し出すと、田中君は目を大きく見開く。
「アップルパイ苦手やったら、他にもあるで。カスタードパイと、あとレモンパイと……」
「3つも……?」
「食べ比べしたろ思て。ハンバーガーもあるで」
「…………ボクん家、コンビニとかファーストフードとか禁止なんですよ。お菓子もお母さんの手作りしかアカンくて」
「そ……そっか。ほな、アカンな――」
「……でも、もらいます」
「え? でも」
「……ボク、実は不良なんですよ。コンビニの唐揚げとかめっちゃ好きで……夜に家抜け出して、こっそり買って食べてる」
そう言うと田中君は目を伏せ薄く笑う。ひょっとして、「悪い顔」のつもりだろうか。
「えー、夜に? めちゃめちゃ不良やな」
「1個増量ん時とか、めっちゃアツいんですよ」
「ハハッ! 悪いやっちゃなあ」
「先生、そういうことしたことある?」
「先生はないなあ。実家田舎やって、コンビニとか車なかったら行かれへんかってん」
「えっ、コンビニ近くにないんや。……めっちゃかわいそう……」
「え、ちょ……『かわいそう』て何よ。全然かわいそうちゃうから!」
憐れむような顔で酷いことを言う田中君に抗議すると、彼は歯を見せて「へへっ」と笑った。
――顔を突き合わせて話をしてみたら、彼も年相応の普通の少年だ。
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だから自分のような人間は好きではないだろう……なんて、勝手に考えていた。
……結局自分も、この子の成績しか見ていなかった……。
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