22 / 118
2章 ロランと泥の人形
11話 倫理:冬の街角
しおりを挟む
「……う~、寒っ」
2月末、とある木曜日。この日はバイトが休みで他に予定もなかったので昼前まで寝て、起きてからは動画を見たりマンガを読んだりしてダラダラゴロゴロした。
昼食は適当に作るつもりだったが唐突にファーストフードが食べたくなったので、自転車を飛ばして駅前のファーストフード店へ向かうことに。
3月が近いが外の気温はまだ低い。天気予報で「この気候は3月中旬頃まで続くでしょう」なんて言っていた。
――さっさと春になってほしい。
冷たい風に当たると、先月の苦い出来事が思い起こされてしまう。
(田中君、どうしてるんやろ……)
田中君が去ってから2ヶ月が経とうとしている。
塾は学校ではないから、生徒が1人いなくなったところで誰もさして気に留めない。
……通常はそうなのだが、田中君が辞めた時は違った。
彼がいなくなって生徒も職員も皆ほっとしていた。もちろん、田中君ではなく彼の母親が来なくなったからなのだが……。
「……栢木、先生」
「ん?」
昼食を買って帰路につこうとしていると、後ろから誰かに呼びかけられた。
「あっ! た……田中君?」
声をかけてきたのは、あの田中君だった。
名前を呼ばれた田中君は微笑を浮かべてこちらに会釈をしてくる。
「久しぶりやなあ、……元気、しとった?」
――たぶん、元気ではない。だが塾で見た時よりも顔色がよかった気がしたので、あえてそう言った。
「そうですね、前よりは……」
「そっか。良かった」
「……栢木先生、ボクね、引っ越すんです」
「えっ、引っ越し?」
「……奈良のおじいちゃんおばあちゃんとこ行くんです。高校はそっちの方で受験しようって話になって」
「そうなんや。……お母さんは?」
「お母さんは行きません。田舎嫌いやし、『義実家でなんか暮らされへん』て。"義実家"ってなんやろ……ネット用語かな? ホンマそんなんばっか詳しい、あの人」
「…………」
――大人としては「親を"あの人"なんて言うもんじゃない」とたしなめるべきところだろうが、好きに言わせてやることにした。誰か1人くらい、それを許してやってもいいだろう。
「……すんません、お礼言うだけのつもりやったのに、しょうもないこと……。栢木先生、ありがとうございました。先生の授業、楽しかったです。もっと来てくれたらエエのにって……思てました」
「……田中君」
嫌われているとばかり思っていたが、そんな風に思っていてくれたとは。
「ほな、ボクもう行きます。ホンマ、ありがとうございました――」
「あ……、田中君!」
踵を返そうとする田中君を大声で呼び止めると、田中君は驚いた顔をした。
「あ、えっと……」
――何か言葉をかけたいが、何を言うべきか分からない。
「がんばりや」と言うのは違う。田中君は頑張っていた。頑張った上で成績が落ちたのだ。
「なんかあったら言ってな」と、通信アプリのIDを教える? ……それも何か違う。
「元気でな」辺りが無難なのだろうが、しかし……。
「あのさあ、ハラ減ってない? ……アップルパイいる? さっきそこの"マコド"で買うてん」
そう言って紙袋からアップルパイを取って差し出すと、田中君は目を大きく見開く。
「アップルパイ苦手やったら、他にもあるで。カスタードパイと、あとレモンパイと……」
「3つも……?」
「食べ比べしたろ思て。ハンバーガーもあるで」
「…………ボクん家、コンビニとかファーストフードとか禁止なんですよ。お菓子もお母さんの手作りしかアカンくて」
「そ……そっか。ほな、アカンな――」
「……でも、もらいます」
「え? でも」
「……ボク、実は不良なんですよ。コンビニの唐揚げとかめっちゃ好きで……夜に家抜け出して、こっそり買って食べてる」
そう言うと田中君は目を伏せ薄く笑う。ひょっとして、「悪い顔」のつもりだろうか。
「えー、夜に? めちゃめちゃ不良やな」
「1個増量ん時とか、めっちゃアツいんですよ」
「ハハッ! 悪いやっちゃなあ」
「先生、そういうことしたことある?」
「先生はないなあ。実家田舎やって、コンビニとか車なかったら行かれへんかってん」
「えっ、コンビニ近くにないんや。……めっちゃかわいそう……」
「え、ちょ……『かわいそう』て何よ。全然かわいそうちゃうから!」
憐れむような顔で酷いことを言う田中君に抗議すると、彼は歯を見せて「へへっ」と笑った。
――顔を突き合わせて話をしてみたら、彼も年相応の普通の少年だ。
秀才だから真面目で大人しくて、くだらない話は嫌い。
だから自分のような人間は好きではないだろう……なんて、勝手に考えていた。
……結局自分も、この子の成績しか見ていなかった……。
2月末、とある木曜日。この日はバイトが休みで他に予定もなかったので昼前まで寝て、起きてからは動画を見たりマンガを読んだりしてダラダラゴロゴロした。
昼食は適当に作るつもりだったが唐突にファーストフードが食べたくなったので、自転車を飛ばして駅前のファーストフード店へ向かうことに。
3月が近いが外の気温はまだ低い。天気予報で「この気候は3月中旬頃まで続くでしょう」なんて言っていた。
――さっさと春になってほしい。
冷たい風に当たると、先月の苦い出来事が思い起こされてしまう。
(田中君、どうしてるんやろ……)
田中君が去ってから2ヶ月が経とうとしている。
塾は学校ではないから、生徒が1人いなくなったところで誰もさして気に留めない。
……通常はそうなのだが、田中君が辞めた時は違った。
彼がいなくなって生徒も職員も皆ほっとしていた。もちろん、田中君ではなく彼の母親が来なくなったからなのだが……。
「……栢木、先生」
「ん?」
昼食を買って帰路につこうとしていると、後ろから誰かに呼びかけられた。
「あっ! た……田中君?」
声をかけてきたのは、あの田中君だった。
名前を呼ばれた田中君は微笑を浮かべてこちらに会釈をしてくる。
「久しぶりやなあ、……元気、しとった?」
――たぶん、元気ではない。だが塾で見た時よりも顔色がよかった気がしたので、あえてそう言った。
「そうですね、前よりは……」
「そっか。良かった」
「……栢木先生、ボクね、引っ越すんです」
「えっ、引っ越し?」
「……奈良のおじいちゃんおばあちゃんとこ行くんです。高校はそっちの方で受験しようって話になって」
「そうなんや。……お母さんは?」
「お母さんは行きません。田舎嫌いやし、『義実家でなんか暮らされへん』て。"義実家"ってなんやろ……ネット用語かな? ホンマそんなんばっか詳しい、あの人」
「…………」
――大人としては「親を"あの人"なんて言うもんじゃない」とたしなめるべきところだろうが、好きに言わせてやることにした。誰か1人くらい、それを許してやってもいいだろう。
「……すんません、お礼言うだけのつもりやったのに、しょうもないこと……。栢木先生、ありがとうございました。先生の授業、楽しかったです。もっと来てくれたらエエのにって……思てました」
「……田中君」
嫌われているとばかり思っていたが、そんな風に思っていてくれたとは。
「ほな、ボクもう行きます。ホンマ、ありがとうございました――」
「あ……、田中君!」
踵を返そうとする田中君を大声で呼び止めると、田中君は驚いた顔をした。
「あ、えっと……」
――何か言葉をかけたいが、何を言うべきか分からない。
「がんばりや」と言うのは違う。田中君は頑張っていた。頑張った上で成績が落ちたのだ。
「なんかあったら言ってな」と、通信アプリのIDを教える? ……それも何か違う。
「元気でな」辺りが無難なのだろうが、しかし……。
「あのさあ、ハラ減ってない? ……アップルパイいる? さっきそこの"マコド"で買うてん」
そう言って紙袋からアップルパイを取って差し出すと、田中君は目を大きく見開く。
「アップルパイ苦手やったら、他にもあるで。カスタードパイと、あとレモンパイと……」
「3つも……?」
「食べ比べしたろ思て。ハンバーガーもあるで」
「…………ボクん家、コンビニとかファーストフードとか禁止なんですよ。お菓子もお母さんの手作りしかアカンくて」
「そ……そっか。ほな、アカンな――」
「……でも、もらいます」
「え? でも」
「……ボク、実は不良なんですよ。コンビニの唐揚げとかめっちゃ好きで……夜に家抜け出して、こっそり買って食べてる」
そう言うと田中君は目を伏せ薄く笑う。ひょっとして、「悪い顔」のつもりだろうか。
「えー、夜に? めちゃめちゃ不良やな」
「1個増量ん時とか、めっちゃアツいんですよ」
「ハハッ! 悪いやっちゃなあ」
「先生、そういうことしたことある?」
「先生はないなあ。実家田舎やって、コンビニとか車なかったら行かれへんかってん」
「えっ、コンビニ近くにないんや。……めっちゃかわいそう……」
「え、ちょ……『かわいそう』て何よ。全然かわいそうちゃうから!」
憐れむような顔で酷いことを言う田中君に抗議すると、彼は歯を見せて「へへっ」と笑った。
――顔を突き合わせて話をしてみたら、彼も年相応の普通の少年だ。
秀才だから真面目で大人しくて、くだらない話は嫌い。
だから自分のような人間は好きではないだろう……なんて、勝手に考えていた。
……結局自分も、この子の成績しか見ていなかった……。
9
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる
春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。
夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。
形のない愛は信じない。
でも、出来立ての肉は信じてしまう。
肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。
これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
宮廷乙女ゲームの元恋人、親友、先輩は聖女の兄を逃さない
猫吉大福
BL
病弱な少年は幸せな生涯に幕を下ろした。
貴族として生まれた少年はヒロインで悪役令嬢の兄として生まれた。
悪事を働き、全ての罪を双子兄に着せて失踪した家族。
ヒロインは聖女としての力を覚醒させて宮廷に守られている。
処刑間近の時、助けてくれたのは懐かしい顔のあの人だった。
宮廷乙女ゲームに悪役転生した少年は、龍王子・聖騎士団長・災厄魔導士から求愛を受ける。
救えなかった人生、今度こそ君を守るよ。
王子・騎士団長・魔導士×悪役運命の少年執事
この世界は月読みによって支配されている。
魔法使い、双子の悪魔を飼う
よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」
リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。
人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。
本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり...
独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。
(※) 過激描写のある話に付けています。
*** 攻め視点
※不定期更新です。
※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。
※何でもOKな方のみ拝読お願いします。
扉絵
YOHJI@yohji_fanart様
(無断転載×)
中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと
mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36)
低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。
諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。
冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。
その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。
語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。
終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす
河野彰
BL
かつて、ローゼンベルグ家の庭には白薔薇が咲き誇っていた。嫡男リュシアンは、そのバラのように繊細で、風が吹けば折れてしまいそうなほど心優しい青年だった。しかし、名門という名の虚飾は、代々の放蕩が積み上げた「負の遺産」によって、音を立てて崩れようとしていた。
悪役になり切れぬリュシアンと彼を執拗にいたぶる執事のフェラム、純粋な愛情を注ぐ?庭師のルタムの狂気の三重奏。
大事な呼び名
夕月ねむ
BL
異世界に転移したらしいのだが俺には記憶がない。おまけに外見が変わった可能性があるという。身元は分からないし身内はいないし、本名すら判明していない状態。それでも俺はどうにか生活できていた。国の支援で学校に入学できたし、親切なクラスメイトもいる。ちょっと、強引なやつだけどな。
※FANBOXからの転載です
※他サイトにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる