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3章 変調
2話 色見本
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「……ああ、でもええで、別に」
「え……?」
いつものように「お願いがあんねんけど」と茶色や赤や黄色の食材を買うことを要求されるものとばかり思っていたのに、トモミチの言葉は思いもよらないものだった。
「なぜ」と問うよりも先にトモミチが目を伏せ口を開く。
「どうせ食べても味分からんし。昨日アンソニーさんが赤ワインくれてんけど、その味も分からんかってんよな」
「酒の味が……?」
初日にレミが勧めた"プルの実"のジュースを飲んだトモミチが、「味がしない、味覚も駄目なのだろうか」と聞いてきて、それに対し僕は「2、3日もすれば戻るだろう」と答えた。
その日から4日経っているが、まだ味覚は戻らないままらしい。
「……せやから、わざわざ用意してくれやんでも」
「そ……そういうことを、言うな」
「えっ……?」
トモミチがきょとんとした顔で僕の顔を見上げてきた。
僕自身も、口を衝いて出た自らの言葉に驚いている。
「そういうことを言うな」――なぜ、そんな言葉が出てきたのだろう。
……分からない。ただ、「お願いがあんねんけど」ではなく「別にいい」「どうせ味が分からない」「わざわざ用意しなくても」といった言葉がこいつの口から出てきたことが何かとてつもなく嫌だった。
僕の発言に驚いているのか、トモミチがいつまでも僕の顔を見つめてきている。
――ずっと目を合わせていると顔が熱くなってくるので、顔ごと目をそらす。
「さ……探してきてやるから、何か食べろ」
「えー? でも悪いわ」
「私の術に不手際があった可能性があるのだから、責任は取る。……言え。茶色、赤、黄の物だったらなんでもいいのか」
「んー。『なんでも』ってワケじゃないな、色の濃さとかもあるし。……あっ! ちょっと待って。エエもん持ってるわオレ」
言いながらトモミチが上着のポケットをまさぐり、細長いカードの束を取り出した。
不思議な道具だ。硬質の白いカードに1枚1枚、様々な色で描かれた四角形がずらりと並んでいる。
「……これは?」
「"色見本"。壁とか屋根とか、配色どんなんがエエかなーって考えるときに使うヤツやねんけど……」
トモミチが"色見本"を繰り、カードをまとめている金属の輪を開けた。
そして束からカードを何枚か外し、こちらに見せてくる。
「大体、こんくらいの色が多いかなあ」
「……分かった。探してくる」
茶・赤・黄というからもっときつい色を想像していたが、渡されたカードの色はいずれも淡い色合いのものだった。
緑色の物もあり、こちらは他より濃い色合いをしている。これはどんな食材に使われる色なのだろう……?
(…………?)
カードを受け取ってから全く声がしなくなったので気になってトモミチの方を見やると、トモミチは色見本を手にしたまま、どこともつかないところへ視線をやって固まっていた。
「……おい、どうした? どこを見ている」
呼びかけるとトモミチは我に返ったように目を見開く。
「えっ、ああ、ゴメンゴメン。……あのさあ、オレが今着てる服ってロラン君が出したやん? これって、オレが着てたやつやんな?」
「そうだ。お前の記憶の中にある物を呼び出した」
「呼び出す……? スゴイな。じゃあ、ポケットん中にあったこの色見本も?」
「そうだ」
「………………」
「……? どうした」
「いや……なんでオレこんなん持ってんねやろ、って。……そもそも、この服もなんなんやろ? 作業着っぽいけど、オレこんなん知らん……」
その後トモミチは着ている紺の上着を脱いでまじまじと見つめたあと、いくつかあるポケットを探って中身を机に出して並べては首をひねっていた。
(……まずい……)
――トモミチが、"死"を探り始めている。
ホロウの頭からは自死に直結する事実は全て失われる。
だが習性なのか本能なのか、彼らはその真実を追い求めるようになる。意志と言葉、そして人としての形を取り戻してからそれは加速していく。
着ている服、持ち物、自分の姿……あらゆるもの、あらゆる事象から"死"の記憶を探り始め……。
ホロウが自分の姿を取り戻すのは、ほとんどの場合8日目。死の真相を隠し通すのは2日でいい。
だがトモミチは最初から人間の姿と意志、言葉を持っている。つまり、死の真相に疑問を持ち始めるのも早いということ。
うるさいくらいに陽気で“死"から程遠いところにいるように思えて、これまで組成してきたホロウの誰よりも“死"の定めに近いところにいるのかもしれない……。
「え……?」
いつものように「お願いがあんねんけど」と茶色や赤や黄色の食材を買うことを要求されるものとばかり思っていたのに、トモミチの言葉は思いもよらないものだった。
「なぜ」と問うよりも先にトモミチが目を伏せ口を開く。
「どうせ食べても味分からんし。昨日アンソニーさんが赤ワインくれてんけど、その味も分からんかってんよな」
「酒の味が……?」
初日にレミが勧めた"プルの実"のジュースを飲んだトモミチが、「味がしない、味覚も駄目なのだろうか」と聞いてきて、それに対し僕は「2、3日もすれば戻るだろう」と答えた。
その日から4日経っているが、まだ味覚は戻らないままらしい。
「……せやから、わざわざ用意してくれやんでも」
「そ……そういうことを、言うな」
「えっ……?」
トモミチがきょとんとした顔で僕の顔を見上げてきた。
僕自身も、口を衝いて出た自らの言葉に驚いている。
「そういうことを言うな」――なぜ、そんな言葉が出てきたのだろう。
……分からない。ただ、「お願いがあんねんけど」ではなく「別にいい」「どうせ味が分からない」「わざわざ用意しなくても」といった言葉がこいつの口から出てきたことが何かとてつもなく嫌だった。
僕の発言に驚いているのか、トモミチがいつまでも僕の顔を見つめてきている。
――ずっと目を合わせていると顔が熱くなってくるので、顔ごと目をそらす。
「さ……探してきてやるから、何か食べろ」
「えー? でも悪いわ」
「私の術に不手際があった可能性があるのだから、責任は取る。……言え。茶色、赤、黄の物だったらなんでもいいのか」
「んー。『なんでも』ってワケじゃないな、色の濃さとかもあるし。……あっ! ちょっと待って。エエもん持ってるわオレ」
言いながらトモミチが上着のポケットをまさぐり、細長いカードの束を取り出した。
不思議な道具だ。硬質の白いカードに1枚1枚、様々な色で描かれた四角形がずらりと並んでいる。
「……これは?」
「"色見本"。壁とか屋根とか、配色どんなんがエエかなーって考えるときに使うヤツやねんけど……」
トモミチが"色見本"を繰り、カードをまとめている金属の輪を開けた。
そして束からカードを何枚か外し、こちらに見せてくる。
「大体、こんくらいの色が多いかなあ」
「……分かった。探してくる」
茶・赤・黄というからもっときつい色を想像していたが、渡されたカードの色はいずれも淡い色合いのものだった。
緑色の物もあり、こちらは他より濃い色合いをしている。これはどんな食材に使われる色なのだろう……?
(…………?)
カードを受け取ってから全く声がしなくなったので気になってトモミチの方を見やると、トモミチは色見本を手にしたまま、どこともつかないところへ視線をやって固まっていた。
「……おい、どうした? どこを見ている」
呼びかけるとトモミチは我に返ったように目を見開く。
「えっ、ああ、ゴメンゴメン。……あのさあ、オレが今着てる服ってロラン君が出したやん? これって、オレが着てたやつやんな?」
「そうだ。お前の記憶の中にある物を呼び出した」
「呼び出す……? スゴイな。じゃあ、ポケットん中にあったこの色見本も?」
「そうだ」
「………………」
「……? どうした」
「いや……なんでオレこんなん持ってんねやろ、って。……そもそも、この服もなんなんやろ? 作業着っぽいけど、オレこんなん知らん……」
その後トモミチは着ている紺の上着を脱いでまじまじと見つめたあと、いくつかあるポケットを探って中身を机に出して並べては首をひねっていた。
(……まずい……)
――トモミチが、"死"を探り始めている。
ホロウの頭からは自死に直結する事実は全て失われる。
だが習性なのか本能なのか、彼らはその真実を追い求めるようになる。意志と言葉、そして人としての形を取り戻してからそれは加速していく。
着ている服、持ち物、自分の姿……あらゆるもの、あらゆる事象から"死"の記憶を探り始め……。
ホロウが自分の姿を取り戻すのは、ほとんどの場合8日目。死の真相を隠し通すのは2日でいい。
だがトモミチは最初から人間の姿と意志、言葉を持っている。つまり、死の真相に疑問を持ち始めるのも早いということ。
うるさいくらいに陽気で“死"から程遠いところにいるように思えて、これまで組成してきたホロウの誰よりも“死"の定めに近いところにいるのかもしれない……。
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