愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

文字の大きさ
29 / 118
3章 変調

4話 変化

しおりを挟む
「あっ、ロラン先生~。おはようございます~!」
「……おはよう」
「へっ!? あっ! わっ、わっ……と!」
 
 厨房にいるレミに声をかけると、間抜けな声を上げて驚かれた。
 驚いた拍子に持っていたグラスを落としそうになり、慌ててキャッチする。
 こいつはいつもこうだ。この調子で"命の水晶"を割られたことが何度あったか……。
 
「なんだ、どうした」
「ご、ごめんなさい。えっと、先生が『おはよう』って言ったので……」
「……そうか」
 
 ――言われてみれば今までレミに「おはよう」と声かけをしたことはなかった。
 だとしても、グラスを取り落としそうになるほど驚くことではないと思うが……。
 
「レミ、アンソニーを見なかったか?」
「アンソニーさん? どこか行くって話は聞いてないですよ~。剣の稽古か、ロザリンデのお世話をしてるんじゃないかなあ」
「……そうか」
 
 
 
 
「さあ、綺麗になったわよロザリンデ。ふふ、お前は本当に、とっても美人さんねえ~」
 
 レミが言った通り、アンソニーは馬のロザリンデの所にいた。
 足元には水の入った桶やブラシが置いてある。ロザリンデの身体を洗ってやっていたらしい。
 僕と話しているときと違い、ロザリンデといるときのアンソニーからはあの芝居臭さは感じられない。
 おそらくあれが素なのだろう。話しかけるとまた嫌味や皮肉を言われるかもしれない――。
 
「あらぁ? ロラン先生じゃなくって?」
「!」
 
 どう話しかければいいものか考え込んでいると、アンソニーの方から声をかけられた。
 言葉の準備ができていないのに、やめてほしい。
 
「あ……」
「どうしたの~? 先生の方からアタシのところに来るのって初めてよねえ」
 
 そう言いながらアンソニーは手を洗い、ポケットからハンカチを取り出し濡れた手を拭く。
 女物の白いレースのハンカチだ――奴の大きな手を拭くには面積が足りなそうに見えるが……。
 
(駄目だ……またよそごとを考えている)
 
 ゴーチエの言いつけ以外のことをするとき、僕は別のことに思考をそらしてその行動自体をやめてしまおうとするクセがある。
 それではいけない。僕は今日街へ行く。そのために、護衛が必要だ……。
 
「……お、おは、よう」
 
 話の始まりに何を言えばいいか分からなかったのでとりあえず挨拶をすると、アンソニーは最大限に目を見開いて驚いた。レミのように持っている道具を落としはしないが……。

 ――「挨拶は1日の始まり」なんじゃないのか?
 こんなに驚かせてしまうなら、挨拶などやはり不要じゃないか?
 そう考えているとアンソニーが笑顔で頭を下げてきた。
 
「いっけない。アタシったら、挨拶もしないで。おはようございます、先生」
「……ああ」
「それで、アタシに何か御用?」
「街へ行きたい、異世界人向けの食材を買うためだ、昨日申し送りをしていないが、可能か」
 
 言葉を挟ませないように、途切れ途切れではあるが言いたいことを全部言いきってしまう。
「異世界人向けの食材」なんて、トモミチのための物に決まっている――また「いいわ、愛ねえ」などと言ってからかわれるだろうか?
 
「街? いいわよぉ」
「!」
 
 予想外の言葉に頭を上げてアンソニーを見やると、アンソニーがきょとんとした顔で口を開く。
 
「なぁに?」
「行ける、のか」
「とーぜんよ。仕事ですもの」
「昨日、申し送りをしていないが……」
「いーわよ、そんなの。それはもちろん、前日から予定を言っておいてもらえるのは助かるけれど、急用ができることだってあるじゃない。ていうかまどろっこしい決まりよねえ。これ、ロラン先生が考えたの?」
「……いや、これは先代が」
「じゃ、変えちゃえば? 用事があるときは声かけてくれればいーわよ。じゃ、アタシ準備してくるわね~」
 
 そう言うとアンソニーはロザリンデを一撫でして「お出かけよ、うれしいわね」と声をかけ、清掃道具を片付け始める。
 
「…………」
 
 嫌味や皮肉を言われることなく簡単に物事が運んだことにひとまず安堵するが、それと同時に心にずっしりと重しが乗ってくる感覚を覚える。
 
 ――僕はゴーチエが定めたルールを破った。
 ホロウのトモミチと関わりを持って、彼の望む物を自主的に用意しようとしている。
 夜10時までに済ませておくべき"申し送り"をせず、手紙ではなく直接声をかけて護衛を依頼した。
 
 出先で何か悪いことが起こってしまうかもしれない。
 頭の中ではすでにゴーチエが「それ見たことか、全部お前のせいだ」と罵ってきている。
 
 まだ何も起こっていない。
 たかだか街に出るだけなのに、心臓がざわざわする。
しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

魔法使い、双子の悪魔を飼う

よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」 リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。 人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。 本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり... 独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。 (※) 過激描写のある話に付けています。 *** 攻め視点 ※不定期更新です。 ※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。 ※何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様 (無断転載×)

行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる

春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。 夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。 形のない愛は信じない。 でも、出来立ての肉は信じてしまう。 肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。 これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。

終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす

河野彰
BL
かつて、ローゼンベルグ家の庭には白薔薇が咲き誇っていた。嫡男リュシアンは、そのバラのように繊細で、風が吹けば折れてしまいそうなほど心優しい青年だった。しかし、名門という名の虚飾は、代々の放蕩が積み上げた「負の遺産」によって、音を立てて崩れようとしていた。 悪役になり切れぬリュシアンと彼を執拗にいたぶる執事のフェラム、純粋な愛情を注ぐ?庭師のルタムの狂気の三重奏。

可哀想は可愛い

綿毛ぽぽ
BL
 平民、ビビり、陰キャなセシリオは王立魔術学園へ入学を機に高校デビューを目指したが敢え無く失敗し不良のパシリをさせられる毎日。  同室者の男にも呆れられ絶望するセシリオに天使のような男が現れるが、彼もかなりイカれた野郎のようで……?セシリオは理想の平和な学園生活を送る事が出来るだろうか。また激重感情を抱えた男から逃げられるだろうか。 「むむむ無理無理!助けて!」 ━━━━━━━━━━━ ろくな男はいません。 世界観がごちゃごちゃです。余り深く考えずに暖かい目で読んで頂けたら、と思います。 表紙はくま様からお借りしました。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~

春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』 アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。 唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。 美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。 だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。 母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。 そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。 ——カイエンが下す「最後の選択」とは。 ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。

処理中です...