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3章 変調
4話 変化
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「あっ、ロラン先生~。おはようございます~!」
「……おはよう」
「へっ!? あっ! わっ、わっ……と!」
厨房にいるレミに声をかけると、間抜けな声を上げて驚かれた。
驚いた拍子に持っていたグラスを落としそうになり、慌ててキャッチする。
こいつはいつもこうだ。この調子で"命の水晶"を割られたことが何度あったか……。
「なんだ、どうした」
「ご、ごめんなさい。えっと、先生が『おはよう』って言ったので……」
「……そうか」
――言われてみれば今までレミに「おはよう」と声かけをしたことはなかった。
だとしても、グラスを取り落としそうになるほど驚くことではないと思うが……。
「レミ、アンソニーを見なかったか?」
「アンソニーさん? どこか行くって話は聞いてないですよ~。剣の稽古か、ロザリンデのお世話をしてるんじゃないかなあ」
「……そうか」
「さあ、綺麗になったわよロザリンデ。ふふ、お前は本当に、とっても美人さんねえ~」
レミが言った通り、アンソニーは馬のロザリンデの所にいた。
足元には水の入った桶やブラシが置いてある。ロザリンデの身体を洗ってやっていたらしい。
僕と話しているときと違い、ロザリンデといるときのアンソニーからはあの芝居臭さは感じられない。
おそらくあれが素なのだろう。話しかけるとまた嫌味や皮肉を言われるかもしれない――。
「あらぁ? ロラン先生じゃなくって?」
「!」
どう話しかければいいものか考え込んでいると、アンソニーの方から声をかけられた。
言葉の準備ができていないのに、やめてほしい。
「あ……」
「どうしたの~? 先生の方からアタシのところに来るのって初めてよねえ」
そう言いながらアンソニーは手を洗い、ポケットからハンカチを取り出し濡れた手を拭く。
女物の白いレースのハンカチだ――奴の大きな手を拭くには面積が足りなそうに見えるが……。
(駄目だ……またよそごとを考えている)
ゴーチエの言いつけ以外のことをするとき、僕は別のことに思考をそらしてその行動自体をやめてしまおうとするクセがある。
それではいけない。僕は今日街へ行く。そのために、護衛が必要だ……。
「……お、おは、よう」
話の始まりに何を言えばいいか分からなかったのでとりあえず挨拶をすると、アンソニーは最大限に目を見開いて驚いた。レミのように持っている道具を落としはしないが……。
――「挨拶は1日の始まり」なんじゃないのか?
こんなに驚かせてしまうなら、挨拶などやはり不要じゃないか?
そう考えているとアンソニーが笑顔で頭を下げてきた。
「いっけない。アタシったら、挨拶もしないで。おはようございます、先生」
「……ああ」
「それで、アタシに何か御用?」
「街へ行きたい、異世界人向けの食材を買うためだ、昨日申し送りをしていないが、可能か」
言葉を挟ませないように、途切れ途切れではあるが言いたいことを全部言いきってしまう。
「異世界人向けの食材」なんて、トモミチのための物に決まっている――また「いいわ、愛ねえ」などと言ってからかわれるだろうか?
「街? いいわよぉ」
「!」
予想外の言葉に頭を上げてアンソニーを見やると、アンソニーがきょとんとした顔で口を開く。
「なぁに?」
「行ける、のか」
「とーぜんよ。仕事ですもの」
「昨日、申し送りをしていないが……」
「いーわよ、そんなの。それはもちろん、前日から予定を言っておいてもらえるのは助かるけれど、急用ができることだってあるじゃない。ていうかまどろっこしい決まりよねえ。これ、ロラン先生が考えたの?」
「……いや、これは先代が」
「じゃ、変えちゃえば? 用事があるときは声かけてくれればいーわよ。じゃ、アタシ準備してくるわね~」
そう言うとアンソニーはロザリンデを一撫でして「お出かけよ、うれしいわね」と声をかけ、清掃道具を片付け始める。
「…………」
嫌味や皮肉を言われることなく簡単に物事が運んだことにひとまず安堵するが、それと同時に心にずっしりと重しが乗ってくる感覚を覚える。
――僕はゴーチエが定めたルールを破った。
ホロウのトモミチと関わりを持って、彼の望む物を自主的に用意しようとしている。
夜10時までに済ませておくべき"申し送り"をせず、手紙ではなく直接声をかけて護衛を依頼した。
出先で何か悪いことが起こってしまうかもしれない。
頭の中ではすでにゴーチエが「それ見たことか、全部お前のせいだ」と罵ってきている。
まだ何も起こっていない。
たかだか街に出るだけなのに、心臓がざわざわする。
「……おはよう」
「へっ!? あっ! わっ、わっ……と!」
厨房にいるレミに声をかけると、間抜けな声を上げて驚かれた。
驚いた拍子に持っていたグラスを落としそうになり、慌ててキャッチする。
こいつはいつもこうだ。この調子で"命の水晶"を割られたことが何度あったか……。
「なんだ、どうした」
「ご、ごめんなさい。えっと、先生が『おはよう』って言ったので……」
「……そうか」
――言われてみれば今までレミに「おはよう」と声かけをしたことはなかった。
だとしても、グラスを取り落としそうになるほど驚くことではないと思うが……。
「レミ、アンソニーを見なかったか?」
「アンソニーさん? どこか行くって話は聞いてないですよ~。剣の稽古か、ロザリンデのお世話をしてるんじゃないかなあ」
「……そうか」
「さあ、綺麗になったわよロザリンデ。ふふ、お前は本当に、とっても美人さんねえ~」
レミが言った通り、アンソニーは馬のロザリンデの所にいた。
足元には水の入った桶やブラシが置いてある。ロザリンデの身体を洗ってやっていたらしい。
僕と話しているときと違い、ロザリンデといるときのアンソニーからはあの芝居臭さは感じられない。
おそらくあれが素なのだろう。話しかけるとまた嫌味や皮肉を言われるかもしれない――。
「あらぁ? ロラン先生じゃなくって?」
「!」
どう話しかければいいものか考え込んでいると、アンソニーの方から声をかけられた。
言葉の準備ができていないのに、やめてほしい。
「あ……」
「どうしたの~? 先生の方からアタシのところに来るのって初めてよねえ」
そう言いながらアンソニーは手を洗い、ポケットからハンカチを取り出し濡れた手を拭く。
女物の白いレースのハンカチだ――奴の大きな手を拭くには面積が足りなそうに見えるが……。
(駄目だ……またよそごとを考えている)
ゴーチエの言いつけ以外のことをするとき、僕は別のことに思考をそらしてその行動自体をやめてしまおうとするクセがある。
それではいけない。僕は今日街へ行く。そのために、護衛が必要だ……。
「……お、おは、よう」
話の始まりに何を言えばいいか分からなかったのでとりあえず挨拶をすると、アンソニーは最大限に目を見開いて驚いた。レミのように持っている道具を落としはしないが……。
――「挨拶は1日の始まり」なんじゃないのか?
こんなに驚かせてしまうなら、挨拶などやはり不要じゃないか?
そう考えているとアンソニーが笑顔で頭を下げてきた。
「いっけない。アタシったら、挨拶もしないで。おはようございます、先生」
「……ああ」
「それで、アタシに何か御用?」
「街へ行きたい、異世界人向けの食材を買うためだ、昨日申し送りをしていないが、可能か」
言葉を挟ませないように、途切れ途切れではあるが言いたいことを全部言いきってしまう。
「異世界人向けの食材」なんて、トモミチのための物に決まっている――また「いいわ、愛ねえ」などと言ってからかわれるだろうか?
「街? いいわよぉ」
「!」
予想外の言葉に頭を上げてアンソニーを見やると、アンソニーがきょとんとした顔で口を開く。
「なぁに?」
「行ける、のか」
「とーぜんよ。仕事ですもの」
「昨日、申し送りをしていないが……」
「いーわよ、そんなの。それはもちろん、前日から予定を言っておいてもらえるのは助かるけれど、急用ができることだってあるじゃない。ていうかまどろっこしい決まりよねえ。これ、ロラン先生が考えたの?」
「……いや、これは先代が」
「じゃ、変えちゃえば? 用事があるときは声かけてくれればいーわよ。じゃ、アタシ準備してくるわね~」
そう言うとアンソニーはロザリンデを一撫でして「お出かけよ、うれしいわね」と声をかけ、清掃道具を片付け始める。
「…………」
嫌味や皮肉を言われることなく簡単に物事が運んだことにひとまず安堵するが、それと同時に心にずっしりと重しが乗ってくる感覚を覚える。
――僕はゴーチエが定めたルールを破った。
ホロウのトモミチと関わりを持って、彼の望む物を自主的に用意しようとしている。
夜10時までに済ませておくべき"申し送り"をせず、手紙ではなく直接声をかけて護衛を依頼した。
出先で何か悪いことが起こってしまうかもしれない。
頭の中ではすでにゴーチエが「それ見たことか、全部お前のせいだ」と罵ってきている。
まだ何も起こっていない。
たかだか街に出るだけなのに、心臓がざわざわする。
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