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3章 変調
10話 西の都
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「ロザリンデ、お願いね。それじゃ、しゅっぱーつ♪」
アンソニーが手綱を引っ張るとロザリンデが小さく鳴き、馬車がゆるゆると進み始める。
今日の行き先は西の都、〝リンクス〟の街――異世界人の割合が多く、商店も彼ら向けの道具をたくさん取りそろえている。
燐灰の森からリンクスの街へは、馬車で2時間半ほど。途中ロザリンデの休憩を挟み、3時間で辿り着いた。
「面白いわねえ、この〝色見本〟って。この筆も……字を書くのに特化したものなのかしら? 色んな文化があるのねえ」
トモミチから受け取った色見本と筆の絵を興味深そうに眺めながら、アンソニーがつぶやいた。
「……お前はここに来たことがあるのか」
「へっ??」
僕の言葉にアンソニーが目をパチクリさせる。
「お前はこの西の都に来たことがあるのか、と聞いた」
「アタシ? ……いえ、アタシはあんまり。異世界のモノ仕入れるなら中の都の方が近いし」
「そうか」
「……ゴメンなさいねえ、先生にそういう質問されることなかったから、ビックリしちゃって」
アンソニーが眉を下げて笑う。
――確かに、これまでアンソニーやレミと仕事以外の話をしたことはなかった。
アンソニーがここに来たことがあろうがなかろうが僕には何の関係もないのに、なぜこんな質問を投げかけてしまったのだろう。
(……あいつのせいだ……)
トモミチが「年はいくつ?」とか「自分の国には文字がいくつあるでしょう」とかくだらない質問ばかりしてくるから、それがうつってしまっているんだ。
どうしてしまったんだ。こんなのは、僕じゃない……。
「じゃ、そろそろ行きましょーか?」
「ああ、そうだな」
「アタシはここのことあんまり詳しくないけど、きっと目当ての物はすぐ見つかるわよ。これだけ店があるんですもの」
「……そう、か」
アンソニーはなぜだか上機嫌だ。
嫌味や皮肉を言われないのはいいが、今ひとつ理解が及ばない。
今さっきの会話から、何か得る物でもあっただろうか……。
◇
「ふう、ここもダメ、と……」
「…………」
西の都に入り店を何軒か回ったが、目的の物を得られないまま1時間が経過していた。
――モノがないというわけではない。
「さあ? 知らないね」
「そんなもの、うちにはないよ」
「悪いが他を当たってくれ」
……こうやって、行った先々で店の者に冷たくあしらわれてしまうからだ。気のせいか、店の客や道行く人の視線も冷たい。
なぜそんな対応をされるのか、その理由が分かったのは5軒目の店――「食材がダメならば先に筆を買おう」と、雑貨屋へ入ったときのことだった。
僕が店員にトモミチが描いた筆の絵を見せると、そこの店員もまた他の店の人間と同様渋い顔をして「うちには取り扱いがないな」と言う。
仕方がない、と店を出ようとしたとき……。
「兄さん、あんた、屍霊術師だろ」
「ああ」
「この街でそういう……〝それ〟って分かる格好しない方がいいぜ。あんたらを嫌って、恨んでる人間も少なくない」
店員の男が腕組みしながらそう言い、目を細める。
それを聞いたアンソニーが男の前に歩み寄り、恭しくお辞儀をした。
「ご親切にどうもありがとう。……どのお店に入っても冷たーい目で見られたのは、そーいう理由だったのね」
「そうだ。嫌な目に遭いたくねえなら、服装には気を付けるんだな。……最悪、刺されるかもしれねえ」
「まあ、怖い。中の都ではそういった風潮なかったから、分からなかったわぁ。……そうやって教えてくれるということは、おじさまは屍霊術師様を恨んでらっしゃらないってこと?」
「俺は、ここに来て長いからな。……前の人生も良くなかったし……。けど、そうでない奴らも当然いる。強制的にここに呼ばれて、わけもわからないまま売り飛ばされ……そりゃあ、恨みに思うのは仕方ねえだろう」
「…………」
――先日南の都で会った屍霊術師ビクトルのことを思い出す。
ビクトルは街を歩いているとき、自身が組成したホロウに襲撃された。顔に薬品をかけられたうえ、『よくもこんな所に呼び出しやがったな』と罵倒されたのだという。
ビクトルの話によれば、僕もまたホロウの恨みを買っている。
西の都リンクスは、異世界人が多く暮らす街。住人の中には、僕が作ったホロウもいるかもしれない――。
「……というわけで、ここで服を買っていけ」
「えっ」
「屍霊術師の服は忌み嫌われている。だったら他の服を着ればいいんだ、簡単だろう。……ここはなあ、服屋なんだよ。その絵のモンは筆だろう? 服屋にそんなもんがあると思うか」
店員の男がムスッとした顔でトモミチの筆の絵を指さす。
最初に筆について尋ねたとき男が渋い顔をしたのは、「そんなものがあるわけないだろう」という考えから来るものだったようだ……。
「……いや、しかし、私は」
「今なら服と靴セットで安くしてやる。その筆を売っていそうな店も教えてやろうじゃないか」
「あらぁ、おトク♪」
「おい、アンソニー……」
「いーじゃない。どうせ服は違うのを用意しないといけないのよ。その服装で入れる服屋が他にないかもしれないじゃない」
「……それは、しかし」
――ここ数日のトモミチとのやりとりで気づかされたことだが、僕は〝押される〟ことにとても弱い。
相手が自分の希望や主張を表明して強く押してくると逆らうことができず、そのまま押し切られてしまうのだ。
……それではいけない。突っぱねたいが、アンソニーがさきほど言った通り、この服装で入れる服屋はないかもしれない。
拒否をする理由がないが、抵抗はしたい……。
「ぼ……私は、術師のローブ以外着たことがないから――」
「あらぁ、それじゃあアタシが見立ててあげるわ~♪」
アンソニーがニコニコ顔でパンと手を打ち、その手を頬にやって顔を傾ける。
「ロラン先生ってばせっかくの美少年なのに、ズルズルの野暮ったいローブしか着ないんだもの。勿体ないって思ってたのよね~」
「しょ、少年じゃ……ない」
「ねえおじさま~、このコに似合いそうな服ある~?」
お前の話など聞いていないとばかりにアンソニーが踵を返し、店内を闊歩し始めた。
商品を買ってもらえそうだからか、店員の男も乗り気だ。「これはどうだろう」などと言いながら服を持ってきては次々に並べ出す。
「……そんなの、なんだっていい。これと、これで――」
「やあだー。その色合いじゃあ、いつもと変わんないじゃな~い」
「…………」
適当に黒と紫の服を指さしたら却下されてしまった。
――なぜいつもと同じ色合いでは駄目なんだ。なぜ僕が着る服なのに、お前が取り仕切るんだ。服なんかどうだっていいのに。
しかしアンソニーと店員の男にとってはそうではないらしい。
僕が「上の服はこれにする」と言うと2人は、ならズボンはこれがいいだろう、ベルトはこの色がいいだろう、合わせる靴の形は、色は……などと盛り上がり始める。
その場しのぎのための服のはずなのに試着もさせられ、最終的に上と下3着ずつ、靴とベルトも買わされてしまった。
会計を済ませたあと買った服に着替えると、アンソニーと店員の男は顔を見合わせて満足げに笑った。
「ステキよぉ、先生。ちょっと質素だけれど、まあ最初はこんなものでしょ」
「最初……?」
「よーく似合ってるぜ、兄さん。ハッハッハ」
最初の渋い表情からは考えられない笑顔で店員の男――キムという名らしい――がハキハキと明るい調子で喋る。
もしかして「屍霊術師の格好をしていると刺されるかもしれない」というのは、ここで服を買わせるための脅し・策略だったのだろうか……?
その後、筆を売っていそうな店をちゃんと紹介してくれたのはいいのだが、服を買うのに1時間、金は5万ほども消費してしまった。
(駄目だ……)
こんな調子では、次に行く店でも何か余計な物を買わされてしまいそうだ。
正直言って、襲われるよりもそちらの方が恐ろしい。
次はもっと毅然とした態度で臨まなければ――。
アンソニーが手綱を引っ張るとロザリンデが小さく鳴き、馬車がゆるゆると進み始める。
今日の行き先は西の都、〝リンクス〟の街――異世界人の割合が多く、商店も彼ら向けの道具をたくさん取りそろえている。
燐灰の森からリンクスの街へは、馬車で2時間半ほど。途中ロザリンデの休憩を挟み、3時間で辿り着いた。
「面白いわねえ、この〝色見本〟って。この筆も……字を書くのに特化したものなのかしら? 色んな文化があるのねえ」
トモミチから受け取った色見本と筆の絵を興味深そうに眺めながら、アンソニーがつぶやいた。
「……お前はここに来たことがあるのか」
「へっ??」
僕の言葉にアンソニーが目をパチクリさせる。
「お前はこの西の都に来たことがあるのか、と聞いた」
「アタシ? ……いえ、アタシはあんまり。異世界のモノ仕入れるなら中の都の方が近いし」
「そうか」
「……ゴメンなさいねえ、先生にそういう質問されることなかったから、ビックリしちゃって」
アンソニーが眉を下げて笑う。
――確かに、これまでアンソニーやレミと仕事以外の話をしたことはなかった。
アンソニーがここに来たことがあろうがなかろうが僕には何の関係もないのに、なぜこんな質問を投げかけてしまったのだろう。
(……あいつのせいだ……)
トモミチが「年はいくつ?」とか「自分の国には文字がいくつあるでしょう」とかくだらない質問ばかりしてくるから、それがうつってしまっているんだ。
どうしてしまったんだ。こんなのは、僕じゃない……。
「じゃ、そろそろ行きましょーか?」
「ああ、そうだな」
「アタシはここのことあんまり詳しくないけど、きっと目当ての物はすぐ見つかるわよ。これだけ店があるんですもの」
「……そう、か」
アンソニーはなぜだか上機嫌だ。
嫌味や皮肉を言われないのはいいが、今ひとつ理解が及ばない。
今さっきの会話から、何か得る物でもあっただろうか……。
◇
「ふう、ここもダメ、と……」
「…………」
西の都に入り店を何軒か回ったが、目的の物を得られないまま1時間が経過していた。
――モノがないというわけではない。
「さあ? 知らないね」
「そんなもの、うちにはないよ」
「悪いが他を当たってくれ」
……こうやって、行った先々で店の者に冷たくあしらわれてしまうからだ。気のせいか、店の客や道行く人の視線も冷たい。
なぜそんな対応をされるのか、その理由が分かったのは5軒目の店――「食材がダメならば先に筆を買おう」と、雑貨屋へ入ったときのことだった。
僕が店員にトモミチが描いた筆の絵を見せると、そこの店員もまた他の店の人間と同様渋い顔をして「うちには取り扱いがないな」と言う。
仕方がない、と店を出ようとしたとき……。
「兄さん、あんた、屍霊術師だろ」
「ああ」
「この街でそういう……〝それ〟って分かる格好しない方がいいぜ。あんたらを嫌って、恨んでる人間も少なくない」
店員の男が腕組みしながらそう言い、目を細める。
それを聞いたアンソニーが男の前に歩み寄り、恭しくお辞儀をした。
「ご親切にどうもありがとう。……どのお店に入っても冷たーい目で見られたのは、そーいう理由だったのね」
「そうだ。嫌な目に遭いたくねえなら、服装には気を付けるんだな。……最悪、刺されるかもしれねえ」
「まあ、怖い。中の都ではそういった風潮なかったから、分からなかったわぁ。……そうやって教えてくれるということは、おじさまは屍霊術師様を恨んでらっしゃらないってこと?」
「俺は、ここに来て長いからな。……前の人生も良くなかったし……。けど、そうでない奴らも当然いる。強制的にここに呼ばれて、わけもわからないまま売り飛ばされ……そりゃあ、恨みに思うのは仕方ねえだろう」
「…………」
――先日南の都で会った屍霊術師ビクトルのことを思い出す。
ビクトルは街を歩いているとき、自身が組成したホロウに襲撃された。顔に薬品をかけられたうえ、『よくもこんな所に呼び出しやがったな』と罵倒されたのだという。
ビクトルの話によれば、僕もまたホロウの恨みを買っている。
西の都リンクスは、異世界人が多く暮らす街。住人の中には、僕が作ったホロウもいるかもしれない――。
「……というわけで、ここで服を買っていけ」
「えっ」
「屍霊術師の服は忌み嫌われている。だったら他の服を着ればいいんだ、簡単だろう。……ここはなあ、服屋なんだよ。その絵のモンは筆だろう? 服屋にそんなもんがあると思うか」
店員の男がムスッとした顔でトモミチの筆の絵を指さす。
最初に筆について尋ねたとき男が渋い顔をしたのは、「そんなものがあるわけないだろう」という考えから来るものだったようだ……。
「……いや、しかし、私は」
「今なら服と靴セットで安くしてやる。その筆を売っていそうな店も教えてやろうじゃないか」
「あらぁ、おトク♪」
「おい、アンソニー……」
「いーじゃない。どうせ服は違うのを用意しないといけないのよ。その服装で入れる服屋が他にないかもしれないじゃない」
「……それは、しかし」
――ここ数日のトモミチとのやりとりで気づかされたことだが、僕は〝押される〟ことにとても弱い。
相手が自分の希望や主張を表明して強く押してくると逆らうことができず、そのまま押し切られてしまうのだ。
……それではいけない。突っぱねたいが、アンソニーがさきほど言った通り、この服装で入れる服屋はないかもしれない。
拒否をする理由がないが、抵抗はしたい……。
「ぼ……私は、術師のローブ以外着たことがないから――」
「あらぁ、それじゃあアタシが見立ててあげるわ~♪」
アンソニーがニコニコ顔でパンと手を打ち、その手を頬にやって顔を傾ける。
「ロラン先生ってばせっかくの美少年なのに、ズルズルの野暮ったいローブしか着ないんだもの。勿体ないって思ってたのよね~」
「しょ、少年じゃ……ない」
「ねえおじさま~、このコに似合いそうな服ある~?」
お前の話など聞いていないとばかりにアンソニーが踵を返し、店内を闊歩し始めた。
商品を買ってもらえそうだからか、店員の男も乗り気だ。「これはどうだろう」などと言いながら服を持ってきては次々に並べ出す。
「……そんなの、なんだっていい。これと、これで――」
「やあだー。その色合いじゃあ、いつもと変わんないじゃな~い」
「…………」
適当に黒と紫の服を指さしたら却下されてしまった。
――なぜいつもと同じ色合いでは駄目なんだ。なぜ僕が着る服なのに、お前が取り仕切るんだ。服なんかどうだっていいのに。
しかしアンソニーと店員の男にとってはそうではないらしい。
僕が「上の服はこれにする」と言うと2人は、ならズボンはこれがいいだろう、ベルトはこの色がいいだろう、合わせる靴の形は、色は……などと盛り上がり始める。
その場しのぎのための服のはずなのに試着もさせられ、最終的に上と下3着ずつ、靴とベルトも買わされてしまった。
会計を済ませたあと買った服に着替えると、アンソニーと店員の男は顔を見合わせて満足げに笑った。
「ステキよぉ、先生。ちょっと質素だけれど、まあ最初はこんなものでしょ」
「最初……?」
「よーく似合ってるぜ、兄さん。ハッハッハ」
最初の渋い表情からは考えられない笑顔で店員の男――キムという名らしい――がハキハキと明るい調子で喋る。
もしかして「屍霊術師の格好をしていると刺されるかもしれない」というのは、ここで服を買わせるための脅し・策略だったのだろうか……?
その後、筆を売っていそうな店をちゃんと紹介してくれたのはいいのだが、服を買うのに1時間、金は5万ほども消費してしまった。
(駄目だ……)
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