愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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3章 変調

17話 確認と自覚(前)

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「ロラン君、なんか趣味とか好きなことないの?」
 
 イスに腰掛けた次の瞬間、トモミチが僕にそう問いかけてきた。
 置かれたところから動かさずそのまま腰掛けたものだから、お互いの膝が擦れ合いそうなくらいに距離が近い。
 
「……ゴメン、ちょっと近すぎるよな。もーちょっと後ろ下がれる?」
 
 さすがにトモミチもこの距離感は気になったようだ。促されたので、僕は座ったままイスごと2歩ばかり後退した。
 それと同時にトモミチは膝に手をつき、その手の上に顔を乗せ僕を見上げてくる。そんな体勢になったら顔が近いままだ。せっかく距離を取ったのに、最初と何も変わっていないじゃないか――。
 
「趣味なんか……ない」
 
 真下にうつむくとトモミチと視線がかち合ってしまうので、顔を横にそらす。
 
「そうなん? この前、なんか勉強しとったやん。あれは何の勉強?」
「異世界の魔術だ」
「へーっ、どんなんがあんの?」
「……説教をするんじゃないのか? 異世界の魔術の話なんて、今何の関係がある」
「いやあ、オレの世界に魔法とかないから、純粋に興味あって。えー、何何? 今すぐ説教聞きたい?」
「か、……影を操る魔法とか、水を降らせる魔法とか」
 
 説教よりは魔術の話がいいと思い、仕方なく話を続ける。
 
「へーっ、すごい。水降らせるっていうのは、雨とはまた別なんかな? ……って、それは今はいっか。異世界の魔法に興味あんねんや。楽しい?」
「別に……」
「『別に』禁止な。楽しい?」
「どうせ、使えるわけではないし――」
「た~の~し~い~? って聞いてる~~」
「……た、楽しい」
「楽しい理由ってなんなんやろ?」
 
 ――こんな質問に一体何の意味があるんだ?
 〝説教〟というのは相手の至らぬ点を並べ立てて反省を促し、謝罪を述べさせるものではないのか。この話の終着点はどこにあるのだろう……。
 顔の向きをトモミチの方に戻し彼を見やると、茶色の目と視線がかち合った。ずっと僕の顔を見ていたのだろうか――考えただけで顔が熱くなってきたので慌ててまた別の方へ顔を逸らし、今の質問に対する答えを考える。
 なぜ、異世界の術を学ぶのが楽しいのか……?
 
「今まで学んできた魔術とは、体系も理論も全然違う。たとえ使えなくとも、知らないことを知るのは、楽しい」
「うんうん。知らんこと知るのって楽しいよなあ。分かる~」
 
(……本当か……?)
 
 あまりに軽い調子で返してきたので適当に言っている気がして、つい呆れた顔でトモミチの方を見てしまう。
 その表情だけで僕の言いたいことを読み取ったようで、トモミチは「ホンマに分かるって~」と言って笑った。
 
「だってオレもニライ・カナイの文字なろて本読めるようになったら楽しかったもん。視野と領域が広がるのって、いいよなあ。積もったばっかの雪踏みしめてってる感じっていうか」
 
「ユキ」というものが分からず首をかしげると、トモミチはそれも読み取ったらしく、「雪って知ってる? 興味ある?」と聞いてきた。
 また長い説明が始まることを警戒してかぶりを振る僕を見て、トモミチは「ハハッ」とまた笑う。
 
「だいじょーぶ、今その話ちゃうから説明はせえへんよ。……ロラン君はさあ、興味・関心持ってることいっぱいありそうやのに、それ押し込めてる感じするよなあ。それってなんでなんやろ?」
「え……?」
 
 どきりとしてしまう。
 トモミチの言う通り、僕は興味や関心を持った物事があっても、それが魔術や屍霊術しれいじゅつの知見を広めるものでない場合は全て押し込めてきた。そうしなければいけなかった。
 
「くだらない……ことだから」
「くだらない? ええやん別に、くだらんことに興味持ったって。そういうのが色んな発見につながるんやで」
「でも、先生が」
「出たよ。……先生がなんて?」
「『くだらないことに脳の領域を使うな』、と……」
 
 ゴーチエは僕が魔術と屍霊術以外の分野に興味を持つのを嫌っていた。
 燐灰りんかいの森に生えているプルの実の木を観察していると『薬草の勉強はどうした』と言い、料理をしていれば『くだらぬことだけは覚えがいい』と言う。
 そういうことに興味を持つのは屍霊術師しれいじゅつしの勉強から逃げている証拠だ、そんなにも嫌なら出て行け、だがお前に行くところなどあるまい。馬鹿の子供など誰が必要とするものか――何度そう言われ続けてきたか分からない。
 
 ――額に嫌な湿り気を覚える。身体が凍り付いたように固い。
 ゴーチエに言われたことを思い出すと絶対にこうなる。
 死んで4年経った今でも、僕はゴーチエが怖い。怖くてたまらない……。
 
「!」
 
 膝の上で固く握っていた拳に、トモミチの手が添えられる。
 大きくて温かい――胸がまた熱くなってきて、たまらず顔を上げトモミチの方を見ると、彼は今まで見たことがないような険しい表情をしていた。
 
「そのゴーチエさんって人と長いこと一緒に暮らしてたん?」
「じゅ……13年くらい前に、市場で買われた。『魔力があるから屍霊術師になれ』と」
「……13年? ロラン君て19、20くらいって言ってたっけ。子供んときからずっと屍霊術師やってたん?」
 
 ――胸がザワザワする。
 トモミチの声がいつもより低いし、語調も少し荒い。
 怒っている――今の話のどこに怒る要素があるのか分からない。このまま話を続けていいのか……?
 
「初めて屍霊術師の仕事をしたのは5年前だ。それまでは反魂組成はんごんそせいの儀式の手伝いをしていた」
「手伝いってどんな?」
「道具を磨いて運んだり、術が失敗したときの後片付けを」
? ……何の」
「未完成のまま崩れたホロウの、泥を、集めて……」
「――イカレとんな」
「え?」
 
 言葉の意味が分からなかったのでトモミチの顔を見る。
 先ほどよりも眉間のシワが深くなっている――怒気を含んだ表情のままトモミチは黙り込んでしまい、僕は僕でその状態のトモミチに何を喋っていいか分からず、重い沈黙がしばらく続いた。
 やがてトモミチが大きな溜息を1つ吐き、また口を開く。
 
「……ゴメンな。ちょっと、オレの世界とあんまりにも違いすぎて。えっと、それでその、屍霊術師の仕事始めて、やりがいっていうか……そんなんはあった?」
「やりがい?」
「こういうことやったら褒めてもらえたとか、そういうのはない?」
「ない」
「ない……?」
 
 トモミチの言葉に僕は黙ってうなずいた。
 たったの2文字を発声しただけなのに、彼の言葉からは怒りや呆れのような意志が多分に感じられる。
 さっきから一体、何に怒りを募らせているのか……。
 
「いつも、手落ちがあった。完璧にできていないのに褒めるのは、おかしい――」
「さっきも言うてたよな、それ。……なあ、それってロラン君の考えてること? ゴーチエさんの言葉そのまま言うてない?」
「……な、何を」
「ロラン君さ、ゴーチエさんのこと尊敬してる? 好き?」
「え……?」
 
 予想外の質問に固まってしまう。
 
「な、なぜ……そんなことを聞くんだ」
 
 顔を上げ尋ねるも、それに対する答えはない。
 トモミチは先ほどまで険しい顔つきだったが、今は無表情だ。
 僕の今の言葉は全く答えになっていないが、それに対して怒る様子も苛立つ様子もない。僕の顔を見つめたままただ黙して、次の言葉を待っている。
 
 ゴーチエ先生を尊敬しているなら、好きなら、迷わずに「そうだ」と言えばいい。
 だがどうしても言葉が出てこない。沈黙したうえにこんな反応――それ自体が、僕の意識の底に眠る大きくはっきりとした意志の存在を証明していた。
 
「…………っ」
 
 言葉を紡ぐことができなかったので、うつむいて首を振る――それで精一杯だ。
 背中に妙な汗が流れるのを感じる。僕にとって、この気持ちを露わにするのはそれほどまでに恐ろしいことなのだ。
 
 ――僕は。
 ……僕は、ゴーチエ・ミストラルが嫌いだ……。
 
 自覚をしてはいけなかった。その情に向き合ってはいけなかった。
 ゴーチエに抱いた気持ちは全て〝恐怖〟に変換してきた。ひとたびでも〝嫌悪〟という情の存在を認めてしまうと、何もかも全て立ちゆかなくなるから。
 
 すでに、頭の中に過去の記憶とそれに付随する様々な感情が噴き上がってきている。喉の辺りが熱くて吐きそうだ。
 あんなことを言われた、こんなことをやられた。
 悔しい、悲しい。怒りが湧いてくる。憎くてたまらない。だが、ゴーチエはもういない。
 
 ――苦しい。
 トモミチ、どうしてこんなことを確認したんだ。
 お前、僕を潰して殺すつもりなのか? 
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