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3章 変調
18話 確認と自覚(後)
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「……どうした? 大丈夫?」
ゴーチエへの憎悪の感情に埋もれて窒息しそうになっていたところ、トモミチの言葉で引き戻される。
引き戻されはしたが、僕を苦しめるきっかけを作ったのはこいつだ。
――何が『大丈夫?』だ、ふざけるな……!
「どういうつもりだ!」
拳に置かれた手のひらを払いのけ立ち上がると、その勢いでイスがガタンと音を立てて倒れた。
睨まれながら怒鳴られているのに、トモミチは驚く素振りを見せない。こうなることは予想の範囲内だったのか――?
「……何が?」
「先生を尊敬しているかとか、好きかとか、何の目的で……!」
「うん。オレ、ゴーチエさんのことめーっちゃ嫌い」
「な、何……」
「知らん人やし、ロラン君の育ての親みたいなもんやから黙ってよかと思てたけど、ちょっと無理やわ。――あのさ、1個確認やねんけど。ゴーチエさんって今は何してはる……何をしてらっしゃるん?」
「死んだ。……4年前に」
そう言うとトモミチは少し驚いた顔をして「そっか」とつぶやき、立ち上がる。
「そうなんか。……亡くなった人を悪く言うのはあんまなあ……」
言いながら僕の近くに倒れているイスに手をかけて起こしてベッドの対面に置き、自身はまたベッドに腰掛ける。
『座れ』と言いたいのかもしれないが、どうしてもその気になれない。しかしトモミチはそれを気にする様子はない。
しばらくしてから「フッ」と少しだけ鼻を鳴らして首を振る。
「ま、いっか。すでに『嫌い』言うてもうてるしなあ。……なあロラン君。ソイツ、ヤバい奴やで。探してもちょっとおらんくらいのクズやで」
「な……」
「ゴーチエ先生ってめっちゃすごい人やねんよな。ロラン君の育ての親で、恩人にもなるんやろか? ……でもホンマ、マジでヤバい奴やでソイツ。人格終わってるし性根も腐ってる。〝屍霊術師〟とかエエように言うてるけど、要は死体を扱う仕事やろ? そんなん子供にさすとか、正気の沙汰じゃないわ」
「や……やめろ。なんてことを言うんだ」
突如ゴーチエの悪口を言い始めたトモミチを、震える声で制する。
「なんで?」
「なんで、って……、お前はゴーチエ先生を知らないから」
「せやなあ、知らん。アタマおかしいオッサンやってことは分かるけど」
「………………」
開いた口がふさがらない。
僕にとって「ゴーチエ・ミストラルを悪く言う」という行為は、神に反するに等しき悪行。
ゴーチエへの嫌悪の情、そして心の奥底から湧いてくる憎悪の存在に気がついても、恨み言など言えはしない。ゴーチエに対する「恐怖」が瞬時に消えたわけではないのだから。
それなのにこいつは軽い口調で「嫌い」と言い放ち、そのうえ言うに事欠いて「頭がおかしいおっさん」などと……。
「何が言いたいかっていうと。ロラン君、屍霊術師の仕事向いてないんちゃうかって」
「なっ……侮辱だ! よくも――」
「侮辱はしてないよ。……ロラン君、優しいから。そういう性質と屍霊術師って仕事は全然チグハグな気ぃすんねんな」
「…………」
反論すべき場面なのに、さっきからトモミチの言葉を復唱するか「何を」と言うだけしかできていないのがもどかしい。
僕は考えたことを即座に言葉にして喋るのが苦手だ。どこから言い返していけばいいか、優先順位をつけることもできない。
「や、優しくなんか、ない」
言ってから、それは優先順位が低い事柄だったことに気付く。
そうじゃない。僕が人生を費やしてきた屍霊術師という職と、そのための勉強を無効化されたことに憤るところだったのに。
「習字道具と食材買ってきてくれたやん。わざわざ遠出してさ」
「そんな程度のこと――」
「"そんな程度"とちゃうって。キミがもし冷血で薄情やったら、オレの状態なんか聞いても気にせんとほっといたんちゃう? それか、聞くだけ聞いといて『そんなんなかったわー』とか適当にウソついてごまかすとかもできたんやで。どうせこっちはなんも分からんわけやし。……メシだってそうやん。オレは『わざわざ用意してくれんでええ』っつったのに、キミが『そんなこと言うな』『買ってきてやるから食え』って用意してくれたんやで。レシピもちゃんと見て、完成度高いモン作ってさ……それは、『優しい』っていうんとちゃうんかな。オレはそう思うけど」
「で……」
「『でも』? ……何? 脳内の先生がまたなんか言うてきてる?」
さっきから、考えていること、言おうとしていることを全部読まれてしまっている。
反論をしても無駄だ。話を始める前、こいつは『全部叩き潰すつもりだ』と言っていた。
喋るのが下手で語彙も少ない僕では太刀打ちできない。
「オレはもう、ゴーチエさんの話はエエかなー。何回も話題に上げとったら、まるで『生きてここに居る』みたいな気してくるやん。……嫌いなんやろ? 呼ぶのんやめとこ。〝ペェーン〟しといたらエエわ」
〝ペェーン〟という擬音? を口にしながらトモミチは足元に何かを投げ捨てる動作をしてみせる。
……先生が投げ捨てられてしまった……。
ゴーチエへの憎悪の感情に埋もれて窒息しそうになっていたところ、トモミチの言葉で引き戻される。
引き戻されはしたが、僕を苦しめるきっかけを作ったのはこいつだ。
――何が『大丈夫?』だ、ふざけるな……!
「どういうつもりだ!」
拳に置かれた手のひらを払いのけ立ち上がると、その勢いでイスがガタンと音を立てて倒れた。
睨まれながら怒鳴られているのに、トモミチは驚く素振りを見せない。こうなることは予想の範囲内だったのか――?
「……何が?」
「先生を尊敬しているかとか、好きかとか、何の目的で……!」
「うん。オレ、ゴーチエさんのことめーっちゃ嫌い」
「な、何……」
「知らん人やし、ロラン君の育ての親みたいなもんやから黙ってよかと思てたけど、ちょっと無理やわ。――あのさ、1個確認やねんけど。ゴーチエさんって今は何してはる……何をしてらっしゃるん?」
「死んだ。……4年前に」
そう言うとトモミチは少し驚いた顔をして「そっか」とつぶやき、立ち上がる。
「そうなんか。……亡くなった人を悪く言うのはあんまなあ……」
言いながら僕の近くに倒れているイスに手をかけて起こしてベッドの対面に置き、自身はまたベッドに腰掛ける。
『座れ』と言いたいのかもしれないが、どうしてもその気になれない。しかしトモミチはそれを気にする様子はない。
しばらくしてから「フッ」と少しだけ鼻を鳴らして首を振る。
「ま、いっか。すでに『嫌い』言うてもうてるしなあ。……なあロラン君。ソイツ、ヤバい奴やで。探してもちょっとおらんくらいのクズやで」
「な……」
「ゴーチエ先生ってめっちゃすごい人やねんよな。ロラン君の育ての親で、恩人にもなるんやろか? ……でもホンマ、マジでヤバい奴やでソイツ。人格終わってるし性根も腐ってる。〝屍霊術師〟とかエエように言うてるけど、要は死体を扱う仕事やろ? そんなん子供にさすとか、正気の沙汰じゃないわ」
「や……やめろ。なんてことを言うんだ」
突如ゴーチエの悪口を言い始めたトモミチを、震える声で制する。
「なんで?」
「なんで、って……、お前はゴーチエ先生を知らないから」
「せやなあ、知らん。アタマおかしいオッサンやってことは分かるけど」
「………………」
開いた口がふさがらない。
僕にとって「ゴーチエ・ミストラルを悪く言う」という行為は、神に反するに等しき悪行。
ゴーチエへの嫌悪の情、そして心の奥底から湧いてくる憎悪の存在に気がついても、恨み言など言えはしない。ゴーチエに対する「恐怖」が瞬時に消えたわけではないのだから。
それなのにこいつは軽い口調で「嫌い」と言い放ち、そのうえ言うに事欠いて「頭がおかしいおっさん」などと……。
「何が言いたいかっていうと。ロラン君、屍霊術師の仕事向いてないんちゃうかって」
「なっ……侮辱だ! よくも――」
「侮辱はしてないよ。……ロラン君、優しいから。そういう性質と屍霊術師って仕事は全然チグハグな気ぃすんねんな」
「…………」
反論すべき場面なのに、さっきからトモミチの言葉を復唱するか「何を」と言うだけしかできていないのがもどかしい。
僕は考えたことを即座に言葉にして喋るのが苦手だ。どこから言い返していけばいいか、優先順位をつけることもできない。
「や、優しくなんか、ない」
言ってから、それは優先順位が低い事柄だったことに気付く。
そうじゃない。僕が人生を費やしてきた屍霊術師という職と、そのための勉強を無効化されたことに憤るところだったのに。
「習字道具と食材買ってきてくれたやん。わざわざ遠出してさ」
「そんな程度のこと――」
「"そんな程度"とちゃうって。キミがもし冷血で薄情やったら、オレの状態なんか聞いても気にせんとほっといたんちゃう? それか、聞くだけ聞いといて『そんなんなかったわー』とか適当にウソついてごまかすとかもできたんやで。どうせこっちはなんも分からんわけやし。……メシだってそうやん。オレは『わざわざ用意してくれんでええ』っつったのに、キミが『そんなこと言うな』『買ってきてやるから食え』って用意してくれたんやで。レシピもちゃんと見て、完成度高いモン作ってさ……それは、『優しい』っていうんとちゃうんかな。オレはそう思うけど」
「で……」
「『でも』? ……何? 脳内の先生がまたなんか言うてきてる?」
さっきから、考えていること、言おうとしていることを全部読まれてしまっている。
反論をしても無駄だ。話を始める前、こいつは『全部叩き潰すつもりだ』と言っていた。
喋るのが下手で語彙も少ない僕では太刀打ちできない。
「オレはもう、ゴーチエさんの話はエエかなー。何回も話題に上げとったら、まるで『生きてここに居る』みたいな気してくるやん。……嫌いなんやろ? 呼ぶのんやめとこ。〝ペェーン〟しといたらエエわ」
〝ペェーン〟という擬音? を口にしながらトモミチは足元に何かを投げ捨てる動作をしてみせる。
……先生が投げ捨てられてしまった……。
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