愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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4章 悲しむこと

1話 新しい朝

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 6日目、朝の魔力供給の時間。
 ベッドに横たわるトモミチを前にして、僕は立ち尽くしていた。
 
(どうしよう……)
 
 魔力の供給は、唇を介して行う。
 朝は僕の方から唇を合わせなければいけない。
 いけないのだが……トモミチへの気持ちの正体に気付いた今、それまで当たり前にやってきた「唇を合わせる」という行為にひどくためらいを感じる。
 
 ――やっていいのか?
 一方的に好意を抱いている相手が意識を失っている間に唇を合わせるなんて、そんなこと……。
 そう考えたところで頭をブンブンと振り、深呼吸をしてからトモミチの顔の横に手をつく。
 
(違うから……!)
 
 ――これは〝魔力の供給〟なんだ。
 〝ホロウ〟が人間として完成するために必要な行為――いわば、給餌と同じ。
 キスをしているわけじゃないんだ。
 勘違いするな……!
 
 一体誰に向けて毒づいているのか――だがこんなことでも考えていないと唇を合わせられない。
 もうすでに、息が出来ないくらいに心臓の鼓動が早い。……「ドキドキする」というやつだ。
 おかしい。心臓が鼓動を打つのは身体中に酸素を行き渡らせるため。それなのに鼓動が早まったら息が苦しくなるなんて、人間の身体は一体どうなっているんだ。
 
「…………?」
 
 唇を合わせて十数秒経ったが、トモミチの動きがない。
 いつもなら腕が巻き付いてきて「ガッ」と抱き寄せられているはずなのに。
 どうしたのだろう、何か異常でもあったのか――そう思い目を開けると、うっすらと開いたトモミチの目と視線がかち合った。
 
「!!」
 
 慌てて唇を離し身を起こすとトモミチものっそりと起き上がってきて、眠たそうな目で「おはよう、ロラン君」とつぶやいた。
 
「お、おは……よう」
 
 挨拶を返すとトモミチは「うん」と満足げに笑う。
 
(……どうして……)
 
 朝起きたときいつもトモミチにがっしり抱きしめられ、彼の「おはよう」という挨拶に応えたところでやっと解放される……というのが通例だったが、今日はそれがない。
 昨日の夜の魔力供給もそうだった。肩をがっしりと持ったくらいで、いつものように抱き寄せられることも何度も唇を合わせてくることもなかった。
 本来ならそれが正しい動きなのだが、彼への気持ちを自覚した今それはどうしても、どうしても……。
 
「………………」
 
 ……物足りない……。
 
 どうして「ガッ」としなくなったんだろう、どうしてキスをしなくなったんだろう。
 気になって仕方ないが、理由を問うのは違うというのはさすがに僕にも分かる。
 だってまるで欲しがっているみたいじゃないか。――いや、今は本当に欲しがっているのか……。
 
「ロラン君」
「はっ……!?」
 
 呼びかけに驚き間抜けな声を上げてしまい、その羞恥を隠すため口をふさぐ。
 顔が熱い。熱いということは、きっと赤くなっている。
 ――大丈夫か? まさか今の考えまで見抜かれていないだろうな……?
 
「な、なんだ……?」
「ありがとー、昨日靴脱がしといてくれてんなあ」
「べ、別に……お前が一昨日の夜に『たまには靴を脱いで寝たい』と言っていたから」
「うん。あとあれ、ふとんもかぶせといてくれてんな」
「……別に。かぶらないのも、変だと思っ――」
「ありがとーっ! ロラン君! 恩に着るッ!!」
「う、うるさい。大声を出すな……」
 
 突然の大声に耳をふさぎながら抗議すると、トモミチはベッドの下に揃えてあった靴を履いて立ち上がり「フッ」と笑う。
 目の前に立っているだけなのに無意味に胸の鼓動が早まる。
 
「ほんで、今日はいつくらいに出かけんの?」
「このあとすぐ、出る用意をする」
「そっか。アンソニーさん、いけるって?」
「ああ……」
 
 
 
 
 
 ビクトルを捜して面会を取り付けるには、会話が得意で社交性があるアンソニーの協力が必須。
 だが、『食べ物を買いに行きたい』よりも依頼事項が複雑であるため、どういう頼み方をしていいか僕には分からなかった。
 それを聞いたトモミチは「なるほど」と言って、紙に会話の流れを書いて説明を始めた。
 翌朝、僕はそれを実践した。今からほんの十数分前の出来事だ。
 
「おはよう、アンソニー」
 
 まずは挨拶をする。相手の名前も入れると感じがいい。
 
「あらロラン先生、おはようございます」
「頼みたいことがあるんだが、いいか。2日連続、突然になってしまうが」
 
 挨拶が返ってきたら、こちらから依頼事項を話す。『2日連チャン・アポなしで頼み事をしているということは重々分かっております申し訳ない』という空気をかもし出しつつ――単語の説明は受けたが、“連チャン〝とか“アポなし〟とか、あいつの使う言葉はよく分からない……。
 
「頼みごと? また街へ買い物かしら」
「……街に行くが、今日は買い物じゃない。人に会いに行く。ビクトル・メサという屍霊術師しれいじゅつしの男だ」
「あら、お珍しい。屍霊術師の人とお話なんて、初めてじゃなくて?」
「ああ、……トモミチのことで、他の屍霊術師の見解を聞きたいんだ。僕1人では、限界があるから」
 
 ……と言ったところで、アンソニーは「まあ」と目を見開いて腕組みをした。
「嫌である」という意思表示には感じられないが、これまでのこともありやはり嫌味や皮肉を言われるのではと思ってしまう。
 ところが……。
 
「それはいい考えだわ!」
 
「パン」と手を打って、アンソニーは満面の笑みを浮かべた。
 予想外の反応に面食らいながら、「肯定の返事が返ってきた時用の言葉」を口から絞り出す。
 
「……そ、それで、頼みごとというのが……お前に、そのビクトル・メサの居場所を調べてほしくて」
「居場所? アタシが?」
「僕は、ビクトル以外に屍霊術師の知り合いがいない。そのビクトルも最近知り合って一言二言交わしただけで、居場所を知らない。でもどうしても会って聞きたいことがあって、……でも、しかし……」
「分かったわ、その人の情報を集めればいいのね?」
「! い……いいのか」
「ええ。そーいうのってやったことないけど、諜報員みたいで面白そう~っ♪」
 
 組み合わせた手を頬の横に持ってきて、アンソニーはキャッキャとはしゃぐ。
 
「あ……ありがとう。よろしく、頼む」
「りょーかい! じゃあアタシ、準備してくるわね~♪」
 
 そう言うとアンソニーは踊るように身をくるりと翻し、鼻歌を歌いながらスキップでいおりの別館へ引っ込んでいった……。
 
 
 
 
「……思ったよりうまくいった感じ? そんな会話のパターン考えんでもよかったな」
「そう、だな」
 
 断られた場合は追加で報酬金を出すことを提案してみる、値段はこれだけなら出せる……など、交渉の手段もあれこれ考えていたが杞憂に終わった。
 正直助かった。金額の交渉など僕にできる気がしない。
 アンソニーを護衛に雇う時金を払ったが金額は最初から決まっていたため、こちらから何か持ちかけることはなかったのだ。
 
「まずは第一段階クリアってとこやな。この調子でうまいことビクトルさん見つかって、話もできたらええんやけど」
「…………」
 
 それもやはり不安だ。
 行方を探るのは簡単かもしれないが、会う約束を取り付けて対談となると難易度が跳ね上がる。
 聞くことはある程度まとめたが、今まで屍霊術師との対話を全て「知らない、分からない」と撥ね付けてきた僕に知識など授けてもらえるのか……。
 そういうことをぼんやり考えていたら、突如トモミチが僕の背中をバンと叩いた。……痛い。
 
「だいじょーぶだいじょーぶ、イケるて!」
「……痛い……」
「せやけど、あれかな。やっぱ菓子折とか持ってった方がエエんかな~」
「かしおり?」
「ちょっとエエめのお菓子を持ってってな、『つまらないものですが~』って」
「……なぜ、つまらないものをわざわざ……?」
「フフッ……アカンかな? いやあ、ビクトルさんが日本人やったらなあ~」
「……??」
 
 妙な言葉遣いはある程度聞き慣れたが、トモミチの言うことはやはりわけが分からない。
 しかし、それ以上に自分が分からない。彼と話をしている間僕はずっと、トモミチは背が高いなとか、顔がいいな、声もいいなとかそんなことばかり考えていたのだ。
 
 日を追うごとに、僕は馬鹿になっていっている……。
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