愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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3章 変調

20話 不安(後) ※挿絵あり

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「28歳……?」
「そうー。いやあ、22歳って。6歳もサバ読むとかありえへんよな~」
 
 驚愕に目を見開く僕を見て、トモミチは苦笑いしながらこめかみの辺りを指で掻く。
 
 数日前の会話で、トモミチが自分の実年齢を誤認していたことが分かった。
 理由は分からない。22歳から28歳までの6年間で「死に直結する事実」が積み上がっていったから……僕はそう推測している。
 
 見たところ、トモミチに変調は見られない。ただ実年齢を思い出し、それを言ってきただけ――そう思える。
 だがそれだけで済むとは、到底……。
 
「なぜ……急にそんなことを思い出したんだ」
 
 ――「ロランが驚いた顔をしているのは、自分が6歳も年をごまかしていたことに呆れているからだ」――トモミチには、そう誤解していてもらいたい。
 今、ちゃんと〝焦り〟を隠せているだろうか……?
 こんな質問は良くないかもしれない。だがこれをきっかけに悪い事象へ繋がっていくことを防ぐためにも、何が原因で実年齢の記憶を取り戻したのかは知っておきたい。
 
「これ見てさあ」
 
 トモミチが引き出しを開け、中から小さなカードを取り出し机に置いた。
 カードには彼の世界の文字と思しき模様、右部分には彼の顔の鮮明な肖像が描かれている。
 以前首から提げていたカードと似ているが……。
 


「なんだ、これは? あの首から提げていたものとは違うものか」
「アレは社員証で、『この会社に勤めてますよ』っていう証やねん。こっちは免許証。まあ、身分証やな。ほんで、ここ……」
 
 トモミチがカードの右上部を指さす。
 当然ながら、何が書いてあるのか分からない。全ての文字が違う形をしているように思える――以前こいつが「自分の世界には文字が5万くらいある」と言っていたが、本当のことなのかもしれない。
 
「これ、生年月日でさあ。『平成7年9月13日生』って書いてあんねん。平成7年って、西暦で言うたら1995年やねんけど――」
「ヘイセイ、セイレキ……??」
「ゴメン。意味分からんよな。……んで、ここに交付日と有効期限が書いてあって。交付日が令和4年10月1日、有効期限は『2027年、令和9年10月13日まで』って」
「……?」
「……早い話、オレが22やったらこの免許証持ってんのはおかしいねんな。令和4年――2022年いうたら、オレ26やし」
 
 何を言っているのか全然分からない。
 〝身分証〟とはなんだ? なぜ、そこまで子細に情報を記す必要がある?
 
「それにオレが22んときってまだゴールドちゃうかったし、元号も〝平成〟やったし……最初『〝令和〟って何や!?』ってなったわ」
 
 全く分からない独白が続く。
 今気付いたが、これは僕に話しかけているのではなく、喋ることで頭の中の情報を整理しているのではないか。
 
「サイフに入ってる小銭も、未来のやつばっかでさー」
 
 続けてトモミチは胸ポケットから財布を取り出し、中の硬貨を机に並べてみせる。
 
 ――こいつの世界はどうなっているんだ。
 社員証だの身分証だの、なぜ自らを証明・記録することにこだわる? 金に年代を刻むことに何の意味がある?
 こんな小さなカードと硬貨からそこまで正確な情報を引き出せてしまうのなら、トモミチはあと5日どころか1日2日で簡単に全て取り戻してしまう――。
 
「あー、せや。免許といえば。オレ22ん時、クルマにかれてさあ」
「車……? 馬車のことか?」
「んん……まあ、似たようなもん。腕と足折れてけっこうヤバかったから、アレのせいで死んだー思って、ほんでトシも事故当時の22って錯覚してもうたんかな~」
「………………」
 
 ――最悪だ。
「なぜ年齢を思い出したのか」という質問が免許証の話に繋がり、それが「車に轢かれて大怪我をした」という記憶に繋がった。
 その事故でトモミチは死んでいない。そうなると、次に考えることは当然……。
 
「変やな。……アレで死んだんちゃうんやったら、なんで――」
「トモミチ! 他の屍霊術師とどういう話をするか考えるんじゃなかったのか!?」
 
 僕の大声にトモミチが目を見開き、肩をビクリと上げる。
 思考を遮るためにあえて大きな声を出したのだが、不自然だっただろうか?
 ――いや、僕は普段からこいつにこんな態度を取っているから大丈夫だ。
「急にどうしたんだ」と問われたら、「先ほどの会話で苛々が溜まっている」とでも言えばいい。
 その物言いや態度について説教でも始めてくれれば思考が逸れるから、なおのこと良い――。
 
「ハハッ……せやったな、ゴメン」
 
 苦笑いしながらトモミチが机に出ているカードと硬貨を片付け始める。
 どうやら妙には思われなかったようだ。
 
「早く始めよう。魔力供給の時間まであと少ししかない」
「お、ホンマやな。ほな、対策会議やってこか。秒で済まそ」
「……秒は無理だろう」
「ハハッ」
 
 その後、僕はトモミチと一緒に「他の屍霊術師との会話・行動実践マニュアル」というものを考えた。
 ビクトルの居場所を探す。手がかりをつかんだら面会を取り付ける。自分で無理そうなら、アンソニーに協力してもらう。
 会ったら挨拶はどうするか、何から話し出すか、何を聞くか、相手から質問されたら何を言うか――色々なことを考えたが、正直全く集中できなかった。
 
 集中できていないことをすぐに見抜かれたが、トモミチはそれを「僕が他の人間と話すのを不安がっているからだ」ととらえたようで、「大丈夫やって。世の中の人間そこまでヒドイもんちゃうで」とフォローを入れてきた。
 
 ――そんなこと、何も不安じゃない。
 僕が恐れているのはトモミチが記憶を――〝死〟を取り戻すこと。
 
 僕はトモミチを失いたくない。
 〝仕事〟が無駄になるからではない。僕個人の前から消えて欲しくない……そう考え始めている。
 怖い。彼がダリオのように溶けて消えてしまうことが。
 なぜこんなことを考えてしまうのか……。
 
「よっしゃ、こんなモンでええかな」
「…………」
「だいじょーぶ、絶対イケるから! 栢木かしわぎ大先生が保証しますっ!!」
 
 僕の気持ちをよそにトモミチが大笑いをして僕の背中をバンバン叩く。
 
「やめろ、痛い。そんな大声で喋らなくても聞こえている」
 
 抗議するとトモミチはまた「ハハッ」と笑った。その顔を見ると、声を聞くと、胸がまた熱くなり鼓動が早まる――。
 
(……僕は……)
 
 知っているんだ、本当は。気付いているんだ。本で読んだことがあったから。
 それなのに「なぜか、どうして」と分からないふりをした。「自分にはそんな心はない」と決めつけ、いらない理屈を並べて逃げた。
 それは僕にとって〝嫌悪〟よりも正体不明で、恐ろしいものだったから。
 
 ――僕は、トモミチのことが好きだ。
 
 彼のために何かをしたいと思った。喜んでもらいたかった。「ありがとう」と言って、笑いかけてもらいたかった。
 ここにいてほしい。話をしてほしい。僕の話を聞いてほしい。
 
 だからトモミチ、もう何も思い出さないでほしい。辛いこと悲しいことを取り戻さないでほしい。
 取り戻したら、お前は溶けて崩れて……そうなったらきっと元には戻れない。
 魂も肉体も消滅して、無になってしまうんだ。
 
 お願いだ。
 僕の前から、消えないで。
 
 
 
 ――3章 終わり――
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