愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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4章 悲しむこと

2話 再び、南の都

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 トモミチと話をしたあと、準備を整え出発した。
 南の都ドルトへは、馬車で1時間ほど。道中、ロザリンデを休憩させる必要はない。
 だがビクトルの居場所がどれくらいでつかめるか分からないから、街の滞在時間は未知数だ。
 昨日より早く、できれば夕刻頃には帰りたいが――。
 
 
「ロラン先生~、分かったわよ、ビクトル氏の居場所~」
「は……」
「は?」
「早い、な……」
「そうねえ、アタシもビックリだわ」
 
 街へ着いて数十分もしないうちにアンソニーが情報を持ち帰ってきた。
 ビクトルはこのドルトの街の郊外に居を構えているとのことだった。
 
「街に……住んでいるのか? 屍霊術師しれいじゅつしが……」
くさびの森というところにロラン先生みたいにいおりを構えていて、反魂組成はんごんそせいで人間を作るときだけそこで過ごしているんですって。普段は街で普通に生活しているそうよ」
「……そう、なのか」
「それと、月に一度屍霊術師の偉い人と会合? みたいなのを開いてるそうだけれど」
「偉い人?」
「〝ザビーネ・リルケ〟という名の女性ですって。結構有名みたいだけど……ご存知?」
 
 ――会ったこともないし、名を聞いたこともない。
 黙って首を振るとアンソニーは腕組みをして何か考え込み、しばらくしてから「ロラン先生」と呼びかけてきた。
 いつものニヤついた表情ではない、真剣な顔をしている。
 
「今回の『他の屍霊術師の人と話をしよう』っていうのは、カシワギ君の提案よね? ……アタシもそうした方がいいと思うわ」
「なに……?」
「失礼を承知で申し上げるけれど。ロラン先生、知らないことが少し多すぎないかしら? 無知とかそういうことじゃなくて……意図的に情報を遮断されているように見えるのよ」
「…………」
 
 否定する言葉が出てこない。
 確かに僕は知らないことが多い。ゴーチエが僕に教えたのは文字の読み書き、屍霊術と魔術の一部のみ。
 
 ビクトルは作り出したホロウに何も教えず放り出してきたことで恨みを買い、襲撃されたという。
 屍霊術師を恨むホロウがいる。ホロウを雑に扱うことで恨みを買い、襲撃される危険性がある。
 なぜゴーチエは、それらを僕に教えてこなかったのか。
 
 ゴーチエならば襲ってきたホロウを軽くいなすことができるだろうが、僕にはできない。
 僕がどうなろうと知ったことではないということなのか?
 あの男は一体僕をどうするつもりで、どうなってほしかったんだ。
 必要なことを何も教わらず、与えられた命令をただこなすのみ。それでは人形と変わらないじゃないか。
 
 ……僕は僕で、なぜその状態に疑問を抱いてこなかったのか……。
 
「……だから、他の屍霊術師の話を聞いて視野を広げるべきだと思うのよね」
 
 そう言うとアンソニーは身を翻し、「じゃ、行きましょ」と馬車を指さす。
 
「町外れまでちょっと距離があるみたい。馬車で行きましょ」
 
 僕が馬車に乗り込み、中に座ったのを確認してからアンソニーはロザリンデの手綱を引っ張る。
 ロザリンデが短く鳴き、馬車がゆっくりと走り出す。
 
 流れる景色をぼんやり眺めながら、僕は昨日今日のアンソニーの言葉と態度を思い返していた。
 接し方を変えてから、アンソニーの態度が明確に変わった。挨拶をして普通に話せば普通に言葉を返してくる。
 アンソニーは、僕が他の屍霊術師と交流を持つことを「良い考えだ」と言った。僕がゴーチエから何も教わっていないと感じたからだ。
 嫌味や皮肉、上っ面ではなく、本心からの言葉に思える。
 
 僕は、アンソニーは僕を嫌っていると思っていた。
 奴は屍霊術師に良い感情を持っていない。なら、僕のことも嫌いだ、そうに決まっている――そう思い込んで、敵対するような態度を取り続けていた。
 ゴーチエのように高圧的に、自らの利益しか考えず、誰にも何の思いやりも持たず……。
「なぜあいつはいつも僕に嫌味や皮肉を言うのだろう」と腹を立てていたが、何のことはない。僕の態度と言動が悪いから、同じように返してきているだけだったのだ。
 
『ゴーチエのコピー目指してる?』
『大丈夫やって。世の中の人間そこまでヒドイもんちゃうで』
 
(……トモミチ)
 
 西の都で出会ったキムやトミーも、普通に話せば受け入れてくれた。
 トモミチの言うように、本当に世の中の人間は僕が思うほど酷くないのだろうか。
 ゴーチエの言動と行動をなぞらなければ、嫌われ遠ざけられることはなくなるのだろうか。
 嫌だ。もう冷たいところに居たくない……。
 
「着いたわよ~、先生。ここよね」
「!」
 
 馬車が停止したので幌から顔を出すと、青い三角屋根の薄青色の家が視界に入った。
 普通の木造家屋だ。南の都に建ち並ぶ他の家々と全く変わりがない。
 僕が住む庵はサンゴのような素材でできた味気ない直方体の建物で、家というより研究所に近い佇まいだが、この建物は本当にただの〝住居〟だ。
 屍霊術師がこういうところに住んでいいのか――ああ、僕は本当に何も知らない……。
 
「ちょっと見てくるから、先生はここで待ってて」
 
 アンソニーが馬車から飛び降り、家の玄関に向かって歩いていく。
 突然来たから、留守の可能性がある。その場合はあらかじめ書いてあった手紙を郵便受けに入れておく、ということになっているのだが……。
 しばらくの間のあと、アンソニーが駆け足で戻ってきた。
 
「いけたわよ、先生。会って話をしてもらえるみたい」
「そ、そうか。あの……ありがとう」
 
 礼を言うとアンソニーは少し目を見開き、「お安い御用よ」と笑った。
 アンソニーのあとについて玄関まで歩いて行くと、ちょうどドアが開き、中から男が姿を現した。
 藍色の髪の、片眼鏡の男――数日前会った屍霊術師、ビクトル・メサに間違いない。
 
 前会ったときは薄暗いところだったため分からなかったが、明るいところで見るとビクトルの髪色は途中までが藍色でそこから毛先までは紫色をしていた。
 色合いは違うが僕と同じ2色の髪――それは、〝特等純血種〟の証。どうやらこの男は僕と血縁関係にあるらしい。
 だが血縁などニライ・カナイの人間には何の重要性も価値もない事実だ。
 それに、今日はそんな話をしに来たのではない。
 
 ビクトルが表情なく僕に視線を向けてきたので、僕はトモミチに言われたようにまず彼と目を合わせ、会釈をした。
 ……ここからはアンソニーではなく、僕が喋らなければいけない……。
 
「ぼ……私は、ロラン・ミストラル。……この前は、不躾な態度を取って、申し訳なかった。お……あ、あなたに聞きたいことが」
「どうしました? 前と同じ風に話してもらって構いませんよ」
 
 喋りながらいつの間にか下を向いてしまっていた。ビクトルの言葉に顔を上げると、彼は微笑を浮かべる。
 この男と最初に会ったとき「ニタリと笑う不気味な男」と感じたが、今それは感じられない。
 いや――最初から、そうではなかったのかもしれない。
 僕が「自分以外の人間は敵だ」と悪い方に思い込みすぎていたから、悪いように見えていたんだ。……顔色が悪いからそう見えていた、というのもあるが……。
 
「私が何をお答えできるか分かりませんが。まあ、とりあえず中へどうぞ」
 
 ビクトルが家の中を手で指し入るように促してくる。
 
「お、お邪魔……します」
 
 そう言うとビクトルは目を見開き、「なんですか、それは」と笑った。

 ――顔が熱い。
 「人の家に入るときは『お邪魔します』って言うんやで」とトモミチに言われたので実践したのだが、変だったのか?
 人の家を訪ねたことがないから分からない。
 やはり〝菓子折〟とやらが必要だったか……?
 
 ビクトルから敵意は感じられない。
 この調子で、僕の知らない情報をうまく仕入れられるといいのだが……。
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