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4章 悲しむこと
3話 "人"として(前)
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「お話は私の庵で致しましょう」と、ビクトルは僕達をあるところへ誘導した。
床に魔法円が描かれた部屋だ――円を描く前は物置だったのか、何かの道具が魔法円を避けて雑然と転がっている。
「これは……?」
「転移魔法の一種で、人間を特定の場所へ飛ばしてくれるものです。術を私に授けてくれた方は、〝転送陣〟と呼んでいました」
「転送陣……」
「転移先にも同じ魔法円を描かなければいけないので最初だけ手間がかかりますが、何度も同じところへ飛ぶのならこちらが断然便利です。……さあ、こちらへ。護衛の方も」
「あら……アタシも? いいのかしら」
「お待ちいただくなら、ここよりもあちらの方が都合がいいので」
「……そう。分かったわ」
アンソニーが転送陣に入り、僕の横に立つ。
ビクトルが目を閉じて念じると魔法円が紫色の光を放ち、程なくして身体から意識がグッと飛び出るような感覚が駆け巡る。
転移魔法の感覚と同じだ――どうにも慣れない。
目の前の景色がばらけていき、やがて別の景色がパズルを組み上げるように徐々に拡がっていく――。
「うっ……!?」
景色が完全に切り替わったと思った次の瞬間、目を開けていられないほどの光が視界を奪った。
「ああ……申し訳ありません。点けっぱなしになっていました」
ビクトルがつぶやくと同時に光が収まる――おそらく収まっていると思うのだが、強烈な光をまともに見てしまったため目が眩んでしまい、なかなか目を開けられない。
十数秒ほど経ってようやく目を開けると、そこはガラス張りの八角形くらいの塔屋だった。
外には黄緑色の木がたくさん生い茂っている。南の都ドルトに生えている木と同じだ。
(楔の、森……)
木の色合い以外は僕の住む燐灰の森と変わらない。だが、その木の色が明るいため空間自体が明るいものに思える。
ガラス張りの塔屋の上部には白く小さな発光体がふよふよと浮かんでいて、ビクトルが指をつまむ動作をすると発光体の光が消えた。
――先ほど視界を奪ったのはこれか? 一体何なのだろう、〝点けっぱなしになっていた〟と言っていたが……。
「いや、申し訳ありません。少し実験中でして。……やはり光の調整が難しいな」
「あれは何だ? 屍霊術と関係あるものか」
「関係あるかないかで言えば、ありますね。多くの異世界に浮かんでいるという〝太陽〟というものを再現しようとしているのですが」
「タイヨウ……?」
「我らの世界の〝天海〟には、〝命の天盤〟が輝いていますよね。それと同じようなものです。……いえ、話によるともっと眩しく尊きもので、〝神〟と崇める世界もあるのだとか」
「神? あんな発光体が……?」
「ただの発光体ではないらしいのです。多くの異世界人にとって太陽は命の源であり、希望の象徴。どれほど心が絶望に支配されようと、〝希望〟たる太陽はいつでも輝きを放ち、人を照らし続ける。……しかし、ニライ・カナイにはそれがない。ゆえにホロウ達は絶望し、また消え去ってしまう……それを少しでも防げないかと、こうやって再現を試みているのですが……」
ビクトルの手に、光を発していた球がポトリと落ちる。
「……駄目ですね。〝神〟など、人間が作り出せるはずはない」
手のひらに落ちた小さな球を握り込み、ビクトルは自嘲的に笑った。
◇
「……それで、私に聞きたいことというのは」
庵の客間に案内された。
ビクトルの召使いの女が茶を入れて出してくれた。赤茶色をした妙な飲み物だ。「紅茶」というらしい。
茶を出したあと召使いの女はソファに座るビクトルの後ろに回り、手を後ろで組んで直立した。
大柄で目つきが鋭い。丈の長いメイド服を着ているが、服の上からでも屈強であることが見て取れる。おそらく護衛も兼ねているのだろう。
僕の後ろではアンソニーが、召使いの女と同じように手を後ろで組んで立っている。
――双方、とてつもない威圧感だ。別に戦いに来たわけではないのだが……。
「僕が今回反魂組成で呼び出したホロウの話だ。最初から完成体で現れたのだが、そういったケースはあったか」
気を取り直し質問すると、ビクトルはさほど驚く様子も見せず「ありましたよ」と答えた。
「! そ、それは……なぜそうなったか、分かるか」
「確証はありませんが、どの個体も魔力の保有量が多いようでした。それが関係しているのでしょう」
(……やはり)
やはり僕の見立て通りだった。
――次に聞くことは……そう、味覚と嗅覚についてだ。
口を開こうとすると、ビクトルの方が先に口を開いた。
「屍霊術師になって17年ほど。その間、完成体で現れたのは10人――しかし、完成までいったのは1人だけでした」
「1人……?」
「……しかも、10日しっかり魔力を注いで真の〝完成体〟になったというのに崩れてしまったのです」
「それは……まさか」
「ええ。以前お話しした、私を恨み薬品をかけてきたホロウです。……思えば、扱いもとても難しかった。死を探り始めるのが早かったうえ、眠りの魔法が効きづらく……」
「あ……」
トモミチと同じだ。
トモミチの場合は眠りの魔法が〝効きにくい〟ではなく〝効かない〟のだが……その差は一体、どこから来るものなのだろう?
「……今僕のところにいるホロウも同じだ。そいつには眠りの魔法が全く効かない」
「ほう……魔力がそれほど高いということでしょうか」
「それに、『味覚と嗅覚がない』と言うんだ」
「味覚、嗅覚……」
「そうだ。それは、なぜか分かるか? お前のところにいた完成体のホロウ達もそうだったか?」
トモミチが完成体で現れ、眠りの魔法が効かないのは、彼の潜在魔力が高いため。そこまでは僕の予測と同じだ。
だが味覚と嗅覚については全く分からない。ビクトルも分からないのか、黙って考え込んでいる。
しばらくしてから「ロラン殿」と口を開いた。
「……相手が魔力で動く〝泥人形〟だと考えるから難しくなるのではありませんか? 〝人間〟として考えれば、答えは至って単純……そのホロウが、生前から味覚と嗅覚を失っていたのです」
「な、……なんだと……」
「強い精神負荷がかかるとそれらが失せてしまうことがある、と聞きます。眠りの魔法が効かないのも同じこと……」
「同じとは? 一体、何が」
「睡眠障害だったのでは? ……『魔法は心の力』といいます。心が損傷している人間に、精神に作用する魔法は効かない……」
「…………」
「あなたの反魂組成は完璧だった。それゆえに、失せていた味覚、嗅覚、それに睡眠障害すらも忠実に再現してしまった……私は、そう考えます」
床に魔法円が描かれた部屋だ――円を描く前は物置だったのか、何かの道具が魔法円を避けて雑然と転がっている。
「これは……?」
「転移魔法の一種で、人間を特定の場所へ飛ばしてくれるものです。術を私に授けてくれた方は、〝転送陣〟と呼んでいました」
「転送陣……」
「転移先にも同じ魔法円を描かなければいけないので最初だけ手間がかかりますが、何度も同じところへ飛ぶのならこちらが断然便利です。……さあ、こちらへ。護衛の方も」
「あら……アタシも? いいのかしら」
「お待ちいただくなら、ここよりもあちらの方が都合がいいので」
「……そう。分かったわ」
アンソニーが転送陣に入り、僕の横に立つ。
ビクトルが目を閉じて念じると魔法円が紫色の光を放ち、程なくして身体から意識がグッと飛び出るような感覚が駆け巡る。
転移魔法の感覚と同じだ――どうにも慣れない。
目の前の景色がばらけていき、やがて別の景色がパズルを組み上げるように徐々に拡がっていく――。
「うっ……!?」
景色が完全に切り替わったと思った次の瞬間、目を開けていられないほどの光が視界を奪った。
「ああ……申し訳ありません。点けっぱなしになっていました」
ビクトルがつぶやくと同時に光が収まる――おそらく収まっていると思うのだが、強烈な光をまともに見てしまったため目が眩んでしまい、なかなか目を開けられない。
十数秒ほど経ってようやく目を開けると、そこはガラス張りの八角形くらいの塔屋だった。
外には黄緑色の木がたくさん生い茂っている。南の都ドルトに生えている木と同じだ。
(楔の、森……)
木の色合い以外は僕の住む燐灰の森と変わらない。だが、その木の色が明るいため空間自体が明るいものに思える。
ガラス張りの塔屋の上部には白く小さな発光体がふよふよと浮かんでいて、ビクトルが指をつまむ動作をすると発光体の光が消えた。
――先ほど視界を奪ったのはこれか? 一体何なのだろう、〝点けっぱなしになっていた〟と言っていたが……。
「いや、申し訳ありません。少し実験中でして。……やはり光の調整が難しいな」
「あれは何だ? 屍霊術と関係あるものか」
「関係あるかないかで言えば、ありますね。多くの異世界に浮かんでいるという〝太陽〟というものを再現しようとしているのですが」
「タイヨウ……?」
「我らの世界の〝天海〟には、〝命の天盤〟が輝いていますよね。それと同じようなものです。……いえ、話によるともっと眩しく尊きもので、〝神〟と崇める世界もあるのだとか」
「神? あんな発光体が……?」
「ただの発光体ではないらしいのです。多くの異世界人にとって太陽は命の源であり、希望の象徴。どれほど心が絶望に支配されようと、〝希望〟たる太陽はいつでも輝きを放ち、人を照らし続ける。……しかし、ニライ・カナイにはそれがない。ゆえにホロウ達は絶望し、また消え去ってしまう……それを少しでも防げないかと、こうやって再現を試みているのですが……」
ビクトルの手に、光を発していた球がポトリと落ちる。
「……駄目ですね。〝神〟など、人間が作り出せるはずはない」
手のひらに落ちた小さな球を握り込み、ビクトルは自嘲的に笑った。
◇
「……それで、私に聞きたいことというのは」
庵の客間に案内された。
ビクトルの召使いの女が茶を入れて出してくれた。赤茶色をした妙な飲み物だ。「紅茶」というらしい。
茶を出したあと召使いの女はソファに座るビクトルの後ろに回り、手を後ろで組んで直立した。
大柄で目つきが鋭い。丈の長いメイド服を着ているが、服の上からでも屈強であることが見て取れる。おそらく護衛も兼ねているのだろう。
僕の後ろではアンソニーが、召使いの女と同じように手を後ろで組んで立っている。
――双方、とてつもない威圧感だ。別に戦いに来たわけではないのだが……。
「僕が今回反魂組成で呼び出したホロウの話だ。最初から完成体で現れたのだが、そういったケースはあったか」
気を取り直し質問すると、ビクトルはさほど驚く様子も見せず「ありましたよ」と答えた。
「! そ、それは……なぜそうなったか、分かるか」
「確証はありませんが、どの個体も魔力の保有量が多いようでした。それが関係しているのでしょう」
(……やはり)
やはり僕の見立て通りだった。
――次に聞くことは……そう、味覚と嗅覚についてだ。
口を開こうとすると、ビクトルの方が先に口を開いた。
「屍霊術師になって17年ほど。その間、完成体で現れたのは10人――しかし、完成までいったのは1人だけでした」
「1人……?」
「……しかも、10日しっかり魔力を注いで真の〝完成体〟になったというのに崩れてしまったのです」
「それは……まさか」
「ええ。以前お話しした、私を恨み薬品をかけてきたホロウです。……思えば、扱いもとても難しかった。死を探り始めるのが早かったうえ、眠りの魔法が効きづらく……」
「あ……」
トモミチと同じだ。
トモミチの場合は眠りの魔法が〝効きにくい〟ではなく〝効かない〟のだが……その差は一体、どこから来るものなのだろう?
「……今僕のところにいるホロウも同じだ。そいつには眠りの魔法が全く効かない」
「ほう……魔力がそれほど高いということでしょうか」
「それに、『味覚と嗅覚がない』と言うんだ」
「味覚、嗅覚……」
「そうだ。それは、なぜか分かるか? お前のところにいた完成体のホロウ達もそうだったか?」
トモミチが完成体で現れ、眠りの魔法が効かないのは、彼の潜在魔力が高いため。そこまでは僕の予測と同じだ。
だが味覚と嗅覚については全く分からない。ビクトルも分からないのか、黙って考え込んでいる。
しばらくしてから「ロラン殿」と口を開いた。
「……相手が魔力で動く〝泥人形〟だと考えるから難しくなるのではありませんか? 〝人間〟として考えれば、答えは至って単純……そのホロウが、生前から味覚と嗅覚を失っていたのです」
「な、……なんだと……」
「強い精神負荷がかかるとそれらが失せてしまうことがある、と聞きます。眠りの魔法が効かないのも同じこと……」
「同じとは? 一体、何が」
「睡眠障害だったのでは? ……『魔法は心の力』といいます。心が損傷している人間に、精神に作用する魔法は効かない……」
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