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4章 悲しむこと
10話 疼き
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「1人にしてくれ」と言われて「まだ話したいことが」と食い下がれるほど、僕はコミュニケーションが得意ではない。
「魔力供給」とか「モノを買ってきた」とか、何かしらの口実がないと僕は彼に近づくことすらできない。
結局再びトモミチの元を訪れたのは夜になってからだった。
――魔力供給の時間にはまだ早いが、それまでに少しでも話ができれば……。
ノックをすると「はい」と返事が返ってきた。気のせいか、昼訪れたときより声に張りがある気がする。
「トモミチ、……僕だ」
「ああ、どーぞー」
ドアを開けて中に入ると、トモミチがベッドに横たわっていた。
いつも頭を置いている方に足を、足を置いている方に頭を置いている。
トモミチはその体勢のまま起き上がることなく、顔だけをこちらに向けて笑った。
「おー、どうしたー? ちょっと時間早ない? 実は今日もおみやげあったりとかー?」
「お、起き上がったら……どうだ」
話の内容は普通だし口調も明るいのに、ベッドの縁から頭をだらりと下げ、顔を逆さにしたまま喋る様が何か異様で怖い。
トモミチは僕の言葉を聞いて微笑を浮かべたが、起き上がることも逆さの顔を直すこともしない。
「いやー、ちょっと昼寝しとってさー」
「……昼寝」
「そうー。ひっさびさにクスリなしで普通に寝たわ~」
「…………」
(……薬……)
「トモミチに催眠魔法が効かないのは睡眠障害を抱えているからではないか」とビクトルが言っていたが、どうやらその推測が当たっていたらしい。
トモミチは、薬で強制的に眠ることしかできない……。
前に自分の年齢を誤認していたときと同じように、自分で話しながらも「薬で寝ていた」という事実には引っかかりを覚えていないようだ。どうやら、今はまだ「睡眠障害を抱えていた」という記憶に辿り着いていない。
だがそれもきっと時間の問題だろう――。
「はぁ……けどさあ、せっかく寝たのに、ヘンな夢のせいで今ひとつスッキリせんくて」
「ゆ……め」
「そう。声だけめっちゃ聞こえてんねんな」
「…………」
――内容を聞いてはいけない。それは大きな記憶の鍵になる。しかし、「喋るな」とも言えない。
何も知らないトモミチは、顔を逆さにしたまま口を開く……。
「『皆様。まもなく、1号線に、電車が到着いたします。危険ですので、黄色い線の内側にお下がりください』」
「!?」
突然トモミチが意味の分からない単語だらけの文言を発する。
発音は僕達の喋っている〝共通語〟に近い。
だがトモミチはそんな喋り方はしないし、普段と全く違う無機質な口調は逆にこちらの恐怖を煽り立てる。
「『ただいま到着の電車は、特急、神戸三宮ゆきです。停車駅は……』って、こーいうのが延々と流れてて。ほんで他の車線にもガンガン電車来てんねんけど、オレその場におんのに、いーっつまでも全~然乗れへんねん」
「……なんなんだ、今のは。……呪文か?」
「呪文。……ハハッ、知らん人にはそう聞こえるんかあ」
「は、……早く起き上がれ、……怖いんだ」
「えっ、怖い? ゴメンな。エクソシストみたい?」
(エクソシスト……?)
言葉の意味をいちいち聞いてはいけない。
先ほどの口上も気になるが、これも聞いてはいけない。
トモミチの世界では怖いものではないようだが、僕は正直言って怖くてたまらない。
「……っ、とと……」
「!」
トモミチはベッドから身を起こし立ち上がったが、片足を踏み外したのかなんなのか、バランスを崩してベッドに座り込んでしまった。
すぐにまた立ち上がりこちらに歩み寄ってきたが、何か息が荒い。
「トモミチ? どうした……」
「うん、なんつーかさ、ちょっと今日、もう……活動限界、みたい」
「活動限界……?」
「ゴメン。なんか……話あったんかな? それまた、明日にしてくれる……?」
「!!」
トモミチが叩くくらいの勢いで僕の肩に手を置き、強くつかむ。
その目は虚ろで、光が宿っていない。
「トモミチ? どうし――」
「……昨日、今日と、あんま無理強いせんようにって、思ってな。……唇も、何回もやらんようにって、1回だけで済むようにって、気合い入れて、頑張ってんやん。けど……それ、アカンかったみたい。ぜんぜん、……全然、足らん……!」
「……ひゃっ……!?」
突然ガバッと強い力で抱きしめられ、間抜けで甲高い声が出てしまう。
「オレ、……オレ普段絶対、こんなことせえへんのに……抑えが、……きかん」
「と、トモ……」
「ゴメンロラン君、ホンマに……あ、あとで、メチャクチャ、殴ってくれて……いいから。……は……早く……!」
絞り出すようにそう言うと、トモミチは僕を抱いていた手の片方を僕の頬へ持ってきて、唇に唇を重ねてきた。
最初にしてきたように、角度を変えて何度も何度も――彼が口を少し開けているため、舌の先が唇に当たる。その状態で彼は僕の唇を食むように唇で挟んできた。
「ん、ん……っ!」
――息が苦しい。
物理的に唇を塞がれていることもあるが、それとは違う要因で呼吸が荒れている。
……熱い。胸が爆発しそうなほどに鼓動を打っている。
「っ、はあ、はあ……」
唇が離れたので、呼吸をするために大きく口を開ける。
息を吸い込んだ次の瞬間、開いたままの口を再度唇で塞がれた。驚き戸惑っていると、口の中に何か熱いものが侵入してきた。
「んっ……!?」
トモミチの舌が入り込んできて、探るように口内のあちこちをなぞったあと僕の舌に絡みついてくる。
あまりのことに身体が動かない。自由にできるのは目線くらいだ。
目を開けると、焦茶色の瞳と目線がかち合った。まただ――どうしていつも彼は目を開けているのだろう。
目が合ったことに気付いたトモミチは目を細め、舌先で僕の舌をなぞりながらさらに奥へと入り込んできた。
「ふ……っ」
視界が霞む。何が由来か分からない涙がにじみ出て、目の端から流れ落ちる。
それに気付いたのか、トモミチは僕の頬を持っている手をわずかに動かし、親指で涙を拭い取った。
――熱い。熱い。魔力が出ていっているのか、ただ力が抜けているのか分からない。
とんでもないことをされているのに抵抗する気は起きない。
昨日の夜と今朝の魔力供給は、唇を軽く合わせるだけで終わった。
それがどうしようもなく物足りなかった。もっと強く抱きしめていいのに、もっと何回も唇を合わせてくれていいのに。
もっと欲しかったのに……そう思っていた。
冷たい石の部屋に、舌が絡み合う水音とお互いの荒い呼吸の音が響いている。
呼吸の音に混じってトモミチの掠れた声が聞こえてくると、身体がゾクゾクとしてきて、それまで抱いたことのなかった欲望と熱い疼きが湧いてくる。
(違う、違う! これは……)
――彼が求めているのは昨日今日で不足してしまっていた魔力であって、僕じゃない。
頭でちゃんと理解しているのに衝動を抑えられず、気付けば彼の舌に自分の舌を絡めていた。
僕の変化に気付いたらしいトモミチが僕を抱く手に力を込め、より一層荒々しく僕の舌に絡みついてきた。
トモミチ、好きだ。
もっともっと、僕を……。
「ん、んん……!」
もう立っていられない……そう思ったのと同時にトモミチの顔が離れた。
「……はあ、はあ……」
『何をするんだ!』
『どういうつもりだ!』
――数日前の僕ならば、彼を睨み付けながらそう吠えていただろう。
だが今、胸にも脳にも彼を拒絶する言葉は存在していなかった。
「っ……とも、みち……」
荒れる息とともに出てきたのは彼の名前だけ。
やがてトモミチは僕の身体から手を離し、「ごめん」とつぶやいて2、3歩ほど大きく後ずさりし、後ろにあるベッドに倒れ込んだ。
彼が倒れたあと彼の靴を脱がせて足をベッドに乗せ、シーツをかぶせてやった。
去り際、してはいけないと分かっているのにどうしても抑えきれず、彼の唇に唇を合わせてしまった。
魔力供給など関係ない、ただの口づけを。
唇は氷のように冷たく、生気が感じられない。
すぐに自分の行為を恥じた。
「魔力供給」とか「モノを買ってきた」とか、何かしらの口実がないと僕は彼に近づくことすらできない。
結局再びトモミチの元を訪れたのは夜になってからだった。
――魔力供給の時間にはまだ早いが、それまでに少しでも話ができれば……。
ノックをすると「はい」と返事が返ってきた。気のせいか、昼訪れたときより声に張りがある気がする。
「トモミチ、……僕だ」
「ああ、どーぞー」
ドアを開けて中に入ると、トモミチがベッドに横たわっていた。
いつも頭を置いている方に足を、足を置いている方に頭を置いている。
トモミチはその体勢のまま起き上がることなく、顔だけをこちらに向けて笑った。
「おー、どうしたー? ちょっと時間早ない? 実は今日もおみやげあったりとかー?」
「お、起き上がったら……どうだ」
話の内容は普通だし口調も明るいのに、ベッドの縁から頭をだらりと下げ、顔を逆さにしたまま喋る様が何か異様で怖い。
トモミチは僕の言葉を聞いて微笑を浮かべたが、起き上がることも逆さの顔を直すこともしない。
「いやー、ちょっと昼寝しとってさー」
「……昼寝」
「そうー。ひっさびさにクスリなしで普通に寝たわ~」
「…………」
(……薬……)
「トモミチに催眠魔法が効かないのは睡眠障害を抱えているからではないか」とビクトルが言っていたが、どうやらその推測が当たっていたらしい。
トモミチは、薬で強制的に眠ることしかできない……。
前に自分の年齢を誤認していたときと同じように、自分で話しながらも「薬で寝ていた」という事実には引っかかりを覚えていないようだ。どうやら、今はまだ「睡眠障害を抱えていた」という記憶に辿り着いていない。
だがそれもきっと時間の問題だろう――。
「はぁ……けどさあ、せっかく寝たのに、ヘンな夢のせいで今ひとつスッキリせんくて」
「ゆ……め」
「そう。声だけめっちゃ聞こえてんねんな」
「…………」
――内容を聞いてはいけない。それは大きな記憶の鍵になる。しかし、「喋るな」とも言えない。
何も知らないトモミチは、顔を逆さにしたまま口を開く……。
「『皆様。まもなく、1号線に、電車が到着いたします。危険ですので、黄色い線の内側にお下がりください』」
「!?」
突然トモミチが意味の分からない単語だらけの文言を発する。
発音は僕達の喋っている〝共通語〟に近い。
だがトモミチはそんな喋り方はしないし、普段と全く違う無機質な口調は逆にこちらの恐怖を煽り立てる。
「『ただいま到着の電車は、特急、神戸三宮ゆきです。停車駅は……』って、こーいうのが延々と流れてて。ほんで他の車線にもガンガン電車来てんねんけど、オレその場におんのに、いーっつまでも全~然乗れへんねん」
「……なんなんだ、今のは。……呪文か?」
「呪文。……ハハッ、知らん人にはそう聞こえるんかあ」
「は、……早く起き上がれ、……怖いんだ」
「えっ、怖い? ゴメンな。エクソシストみたい?」
(エクソシスト……?)
言葉の意味をいちいち聞いてはいけない。
先ほどの口上も気になるが、これも聞いてはいけない。
トモミチの世界では怖いものではないようだが、僕は正直言って怖くてたまらない。
「……っ、とと……」
「!」
トモミチはベッドから身を起こし立ち上がったが、片足を踏み外したのかなんなのか、バランスを崩してベッドに座り込んでしまった。
すぐにまた立ち上がりこちらに歩み寄ってきたが、何か息が荒い。
「トモミチ? どうした……」
「うん、なんつーかさ、ちょっと今日、もう……活動限界、みたい」
「活動限界……?」
「ゴメン。なんか……話あったんかな? それまた、明日にしてくれる……?」
「!!」
トモミチが叩くくらいの勢いで僕の肩に手を置き、強くつかむ。
その目は虚ろで、光が宿っていない。
「トモミチ? どうし――」
「……昨日、今日と、あんま無理強いせんようにって、思ってな。……唇も、何回もやらんようにって、1回だけで済むようにって、気合い入れて、頑張ってんやん。けど……それ、アカンかったみたい。ぜんぜん、……全然、足らん……!」
「……ひゃっ……!?」
突然ガバッと強い力で抱きしめられ、間抜けで甲高い声が出てしまう。
「オレ、……オレ普段絶対、こんなことせえへんのに……抑えが、……きかん」
「と、トモ……」
「ゴメンロラン君、ホンマに……あ、あとで、メチャクチャ、殴ってくれて……いいから。……は……早く……!」
絞り出すようにそう言うと、トモミチは僕を抱いていた手の片方を僕の頬へ持ってきて、唇に唇を重ねてきた。
最初にしてきたように、角度を変えて何度も何度も――彼が口を少し開けているため、舌の先が唇に当たる。その状態で彼は僕の唇を食むように唇で挟んできた。
「ん、ん……っ!」
――息が苦しい。
物理的に唇を塞がれていることもあるが、それとは違う要因で呼吸が荒れている。
……熱い。胸が爆発しそうなほどに鼓動を打っている。
「っ、はあ、はあ……」
唇が離れたので、呼吸をするために大きく口を開ける。
息を吸い込んだ次の瞬間、開いたままの口を再度唇で塞がれた。驚き戸惑っていると、口の中に何か熱いものが侵入してきた。
「んっ……!?」
トモミチの舌が入り込んできて、探るように口内のあちこちをなぞったあと僕の舌に絡みついてくる。
あまりのことに身体が動かない。自由にできるのは目線くらいだ。
目を開けると、焦茶色の瞳と目線がかち合った。まただ――どうしていつも彼は目を開けているのだろう。
目が合ったことに気付いたトモミチは目を細め、舌先で僕の舌をなぞりながらさらに奥へと入り込んできた。
「ふ……っ」
視界が霞む。何が由来か分からない涙がにじみ出て、目の端から流れ落ちる。
それに気付いたのか、トモミチは僕の頬を持っている手をわずかに動かし、親指で涙を拭い取った。
――熱い。熱い。魔力が出ていっているのか、ただ力が抜けているのか分からない。
とんでもないことをされているのに抵抗する気は起きない。
昨日の夜と今朝の魔力供給は、唇を軽く合わせるだけで終わった。
それがどうしようもなく物足りなかった。もっと強く抱きしめていいのに、もっと何回も唇を合わせてくれていいのに。
もっと欲しかったのに……そう思っていた。
冷たい石の部屋に、舌が絡み合う水音とお互いの荒い呼吸の音が響いている。
呼吸の音に混じってトモミチの掠れた声が聞こえてくると、身体がゾクゾクとしてきて、それまで抱いたことのなかった欲望と熱い疼きが湧いてくる。
(違う、違う! これは……)
――彼が求めているのは昨日今日で不足してしまっていた魔力であって、僕じゃない。
頭でちゃんと理解しているのに衝動を抑えられず、気付けば彼の舌に自分の舌を絡めていた。
僕の変化に気付いたらしいトモミチが僕を抱く手に力を込め、より一層荒々しく僕の舌に絡みついてきた。
トモミチ、好きだ。
もっともっと、僕を……。
「ん、んん……!」
もう立っていられない……そう思ったのと同時にトモミチの顔が離れた。
「……はあ、はあ……」
『何をするんだ!』
『どういうつもりだ!』
――数日前の僕ならば、彼を睨み付けながらそう吠えていただろう。
だが今、胸にも脳にも彼を拒絶する言葉は存在していなかった。
「っ……とも、みち……」
荒れる息とともに出てきたのは彼の名前だけ。
やがてトモミチは僕の身体から手を離し、「ごめん」とつぶやいて2、3歩ほど大きく後ずさりし、後ろにあるベッドに倒れ込んだ。
彼が倒れたあと彼の靴を脱がせて足をベッドに乗せ、シーツをかぶせてやった。
去り際、してはいけないと分かっているのにどうしても抑えきれず、彼の唇に唇を合わせてしまった。
魔力供給など関係ない、ただの口づけを。
唇は氷のように冷たく、生気が感じられない。
すぐに自分の行為を恥じた。
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