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4章 悲しむこと
13話 北の魔女ザビーネ(後)
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「騒がしくてごめんなさいね。今、お茶の用意をするわね。焼き菓子もあるのよ」
あいさつをしたあと、客間に案内された。
僕達が応接のソファに腰掛けたのと同時に客間の隣にある部屋の扉が開き、ポット、カップ、ソーサーが載ったワゴンがカラカラと音を立ててやってきた。
ワゴンを押す人間はいない。ザビーネの魔法で動いているようだ。
「ザビーネ様、先ほどのデンワの相手は? また同じ――あの男ですか」
「そう。色々と困っているみたいでねえ……まあ、その話は今はいいでしょう」
ザビーネが人さし指を軽く振るとソーサーとカップが浮き上がり、僕達の前にフワフワとやってきた。
それらがテーブルに静かに着地すると同時に、全員のカップの中から赤茶色の液体がぐるりと渦を描くようにして現れカップを満たす。
(すごい……)
――今のは何だろう。ポットの中の茶をカップに転移させたのだろうか?
この短時間で知らない魔法ばかりを目にしている。
「どうぞ」と促されたので茶を一口飲むと、甘い風味が口の中に広がった。
おそらく〝紅茶〟という飲み物だろうが、ビクトルの所で出された紅茶とは味も香りも違っていた。
「どうかしら?」
「……おいしい、です」
「それは良かった。異世界の、リンゴというフルーツを使ったお茶なのよ」
ザビーネがにっこりと笑う。
「それで――私に何を聞きたいのかしら」
「……あ、え、と」
話を聞きに来たというのに、向こうから話を振られると言葉が出ない。
トモミチのこと、ゴーチエのこと、ゴーチエの教育の答え合わせ……聞きたいことはたくさんある。
――どうしよう……何から聞く?
「き、昨日、ビクトル――先生、にも、聞いたの、ですが」
「大丈夫よ。あなたの話しやすい口調で、ゆっくり喋って」
「……、すみま、せん」
ゴーチエ以外の人間に敬語で語りかけたことがないため、どうしても口調がしどろもどろになってしまう。
僕が話しやすい口調とは、敬語を使わない――トモミチが言うところの「タメ口」というやつになる。
トモミチには「人様にお伺いを立てるのにそれはなあ」と言われていたが、今は構わないだろうか……?
「数日前、反魂組成で男を1人呼び出した。そいつは最初から〝完成体〟だった。そういったケースは今までにありましたか。どんな、個体でしたか」
敬語とタメ口が混じった妙な口調になってしまったがザビーネは眉をひそめることなく「そうねえ」と笑う。
「あったわねえ。どれも魔力の強い個体だったわ」
やはり、最初から完成体のホロウは皆高い魔力を保有しているらしい。
ザビーネは目線を少し上に向けながら「だけど」と続ける。
「だけど、生存率は他のホロウ達より低かったわね。10日目まで持ったのは、全体の1割くらいじゃないかしら」
「……1割……」
「ザビーネ様ほどでも、成功率はそのくらいなのですか……」
ザビーネの言葉を聞いたビクトルが溜息を吐く。彼は彼で完成体のホロウについて知りたいことがあるようだ。
ザビーネが言葉を続ける。
「術者の魔力はきっと関係ないわ。完成体で現れた子達は人間の形をしていて最初から意思の疎通もできるけれど、他のホロウよりも余程に脆く儚い。彼らが崩れて……死んでしまってから分かるの。みんなギリギリの状態で立っていた、って……」
「そ……そうならないために、どうすればいい? そのホロウから、持ち物を預かってきた。この中に死に繋がる何かがあったりするだろうか? 何を避ければいいんだろう、……分からないんだ、僕は。ホロウとまともに語らったことがないから」
「落ち着きなさいな。……どれ」
焦って矢継ぎ早に言葉を発する僕を手で小さく制しながら、ザビーネは僕が持ってきたトモミチの私物を手に取る。
持ってきたのは財布と免許証、そして社員証だ。「こんな珍しい物は初めて見た。じっくり見てみたいから貸して欲しい」と言って預からせてもらった。
これらは全て情報の宝庫――最後の日まで僕が持っておくつもりだ。これ以上ここから〝記憶の鍵〟を見つけられてはたまらない……。
「ええ……と、これは――」
社員証を片手に持ち、ザビーネがメガネを上げる。
「ト・モ・ミ・チ、カ・シ・ワ・ギ……。ふぅん、ニホン人だねえ、珍しい」
「よ、読めるのか」
「ほんの少しだけね。この国の文字は数も形も膨大だから、解読が難しくて。……ああ、ロラン。よくぞこれを回収しておいたこと。良い判断だわ」
言いながらザビーネが財布の中身からカードを抜き取って、僕の前に並べる。
「……これは?」
「〝診察券〟よ。医者にかかったときに出されるものね。読めない部分が多いけど……こっちは〝胃腸科〟、こっちは〝心療内科〟と書いてある」
「心療、内科?」
「心の調子が悪くなった時に行くところだそうよ。……それと、これは薬ね」
ザビーネが財布から、銀色をした長方形の板を取り出す。
板の表面――と思われるところには何かの文字が書いてあり、裏面には透明の小さなドームがいくつも並んでいて、中には小さなタブレットが入っている。
何の薬なのだろう――昨日トモミチが「薬なしで寝られた」と言っていたから、その類のものだろうか。
タブレットは1列目の左だけ、5列目の右だけ、3列目の左右2つ……といった風に、並び順関係なくランダムに抜き取られている。
ザビーネもそれが気になったのか、抜き取られているところを指で確かめている。
「変則的な抜き取り方ね。そういうのを気にしない性質の人間も多いだろうけど……精神の乱れから来ている可能性もあるわ。……ロラン。そのホロウは、今何日目?」
「7日目だ」
「7日。……よく、保っていること」
「あ、あの……そいつは最初、本当に元気で、よく喋る奴だったんだ。……でも、昨日から様子が変わってしまって。口数が少ないし、声も小さくなって……」
「元に……戻っていっているんだね」
ザビーネが指先を少し上げるとトモミチの財布と社員証、診察券と薬が浮き上がり、僕の手元に返ってきた。
「ロラン。この彼は、よく喋る元気な男だったんだね?」
僕がうなずくとザビーネは目を伏せて首を振った。
「残念だけれど、彼がその状態に戻ることはもうない。あんたがこれまで相対してきたカシワギ・トモミチは、すでに失われた過去の幻。……あんたはこれから、彼の真の姿に向かい合わなければならない」
あいさつをしたあと、客間に案内された。
僕達が応接のソファに腰掛けたのと同時に客間の隣にある部屋の扉が開き、ポット、カップ、ソーサーが載ったワゴンがカラカラと音を立ててやってきた。
ワゴンを押す人間はいない。ザビーネの魔法で動いているようだ。
「ザビーネ様、先ほどのデンワの相手は? また同じ――あの男ですか」
「そう。色々と困っているみたいでねえ……まあ、その話は今はいいでしょう」
ザビーネが人さし指を軽く振るとソーサーとカップが浮き上がり、僕達の前にフワフワとやってきた。
それらがテーブルに静かに着地すると同時に、全員のカップの中から赤茶色の液体がぐるりと渦を描くようにして現れカップを満たす。
(すごい……)
――今のは何だろう。ポットの中の茶をカップに転移させたのだろうか?
この短時間で知らない魔法ばかりを目にしている。
「どうぞ」と促されたので茶を一口飲むと、甘い風味が口の中に広がった。
おそらく〝紅茶〟という飲み物だろうが、ビクトルの所で出された紅茶とは味も香りも違っていた。
「どうかしら?」
「……おいしい、です」
「それは良かった。異世界の、リンゴというフルーツを使ったお茶なのよ」
ザビーネがにっこりと笑う。
「それで――私に何を聞きたいのかしら」
「……あ、え、と」
話を聞きに来たというのに、向こうから話を振られると言葉が出ない。
トモミチのこと、ゴーチエのこと、ゴーチエの教育の答え合わせ……聞きたいことはたくさんある。
――どうしよう……何から聞く?
「き、昨日、ビクトル――先生、にも、聞いたの、ですが」
「大丈夫よ。あなたの話しやすい口調で、ゆっくり喋って」
「……、すみま、せん」
ゴーチエ以外の人間に敬語で語りかけたことがないため、どうしても口調がしどろもどろになってしまう。
僕が話しやすい口調とは、敬語を使わない――トモミチが言うところの「タメ口」というやつになる。
トモミチには「人様にお伺いを立てるのにそれはなあ」と言われていたが、今は構わないだろうか……?
「数日前、反魂組成で男を1人呼び出した。そいつは最初から〝完成体〟だった。そういったケースは今までにありましたか。どんな、個体でしたか」
敬語とタメ口が混じった妙な口調になってしまったがザビーネは眉をひそめることなく「そうねえ」と笑う。
「あったわねえ。どれも魔力の強い個体だったわ」
やはり、最初から完成体のホロウは皆高い魔力を保有しているらしい。
ザビーネは目線を少し上に向けながら「だけど」と続ける。
「だけど、生存率は他のホロウ達より低かったわね。10日目まで持ったのは、全体の1割くらいじゃないかしら」
「……1割……」
「ザビーネ様ほどでも、成功率はそのくらいなのですか……」
ザビーネの言葉を聞いたビクトルが溜息を吐く。彼は彼で完成体のホロウについて知りたいことがあるようだ。
ザビーネが言葉を続ける。
「術者の魔力はきっと関係ないわ。完成体で現れた子達は人間の形をしていて最初から意思の疎通もできるけれど、他のホロウよりも余程に脆く儚い。彼らが崩れて……死んでしまってから分かるの。みんなギリギリの状態で立っていた、って……」
「そ……そうならないために、どうすればいい? そのホロウから、持ち物を預かってきた。この中に死に繋がる何かがあったりするだろうか? 何を避ければいいんだろう、……分からないんだ、僕は。ホロウとまともに語らったことがないから」
「落ち着きなさいな。……どれ」
焦って矢継ぎ早に言葉を発する僕を手で小さく制しながら、ザビーネは僕が持ってきたトモミチの私物を手に取る。
持ってきたのは財布と免許証、そして社員証だ。「こんな珍しい物は初めて見た。じっくり見てみたいから貸して欲しい」と言って預からせてもらった。
これらは全て情報の宝庫――最後の日まで僕が持っておくつもりだ。これ以上ここから〝記憶の鍵〟を見つけられてはたまらない……。
「ええ……と、これは――」
社員証を片手に持ち、ザビーネがメガネを上げる。
「ト・モ・ミ・チ、カ・シ・ワ・ギ……。ふぅん、ニホン人だねえ、珍しい」
「よ、読めるのか」
「ほんの少しだけね。この国の文字は数も形も膨大だから、解読が難しくて。……ああ、ロラン。よくぞこれを回収しておいたこと。良い判断だわ」
言いながらザビーネが財布の中身からカードを抜き取って、僕の前に並べる。
「……これは?」
「〝診察券〟よ。医者にかかったときに出されるものね。読めない部分が多いけど……こっちは〝胃腸科〟、こっちは〝心療内科〟と書いてある」
「心療、内科?」
「心の調子が悪くなった時に行くところだそうよ。……それと、これは薬ね」
ザビーネが財布から、銀色をした長方形の板を取り出す。
板の表面――と思われるところには何かの文字が書いてあり、裏面には透明の小さなドームがいくつも並んでいて、中には小さなタブレットが入っている。
何の薬なのだろう――昨日トモミチが「薬なしで寝られた」と言っていたから、その類のものだろうか。
タブレットは1列目の左だけ、5列目の右だけ、3列目の左右2つ……といった風に、並び順関係なくランダムに抜き取られている。
ザビーネもそれが気になったのか、抜き取られているところを指で確かめている。
「変則的な抜き取り方ね。そういうのを気にしない性質の人間も多いだろうけど……精神の乱れから来ている可能性もあるわ。……ロラン。そのホロウは、今何日目?」
「7日目だ」
「7日。……よく、保っていること」
「あ、あの……そいつは最初、本当に元気で、よく喋る奴だったんだ。……でも、昨日から様子が変わってしまって。口数が少ないし、声も小さくなって……」
「元に……戻っていっているんだね」
ザビーネが指先を少し上げるとトモミチの財布と社員証、診察券と薬が浮き上がり、僕の手元に返ってきた。
「ロラン。この彼は、よく喋る元気な男だったんだね?」
僕がうなずくとザビーネは目を伏せて首を振った。
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