愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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4章 悲しむこと

12話 北の魔女ザビーネ(前)

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 トモミチの部屋を出たあとアンソニーとともに庵を出て、ビクトルの元へ向かった。
 今日は馬車ではなく、昨日ビクトルに教わった〝転送陣〟を用いて直接くさびの森にあるビクトルのいおりへ飛ぶ。
 転送陣は転移魔法とは原理が違うようだ。魔法円の中心で魔力を込めて念じるだけで簡単に転移できる。
 
「ようこそ、お待ちしていました」
 
 転送陣の円の外で、ビクトルと彼の護衛の女が僕達を待ち受けていた。
 
「転送陣、うまく使いこなせているようですね」
「……ああ」
「転移魔法の方はどうです? 試してみましたか」
「試したが……発動しなかった」
 
 僕が転移魔法を使えないのは、ゴーチエに嘘の術式を教えられていたからだ、ということが昨日判明した。
 正しい術式を教えてもらったので何度か練習してみたのだが、やはり飛べないままだった。
 
 転移魔法は頭の中に描いた術式を地面に具現化し、そのあと人や場所を思い浮かべて飛んでいく魔法だ。
 何度やっても、最初の段階の「術式を頭の中に描く」がどうしてもできない。間違った術式の方が頭に浮かんでしまうのだ。
 術式の紙を眺めながらやってみても同じだった。ただ魔力を放出しただけで終わってしまう――。
 
「……なるほど。失敗体験から来る〝できない〟という思い込みが、自らを封印状態に追い込んでしまっているのかもしれませんね」
「…………」
「落ち込むことはない。正しい術式を知ったのだから、必ず使えるようになります。……それでは、参りましょうか」
 
 そう言って、ビクトルは塔屋を出て行く。
 ザビーネの元へは、やはり転送陣を使って飛んで行く。しかしこのガラスの塔屋の転送陣はそこに通じていない。
 
 転送陣は術者が最初に定めた1つの地点にしか飛べない。つまりこの転送陣で行き来できる地点は、僕なら自分の庵、ビクトルなら彼の自宅だけ。
 ザビーネのところへ飛ぶ転送陣はまた別のところにあるのだという。
 転送陣は転移魔法と比べ消費魔力が少なく発動が容易だが、これをメインの移動手段に使おうとした場合、魔法円を描くスペースが何カ所も必要になってしまう。そう考えると、あまり実用的であるとは言えない。……少し残念だ。
 
「こちらです」
 
 地下の物置のような部屋に、ガラスの塔屋のものと少し術式が異なる転送陣が描いてあった。文字で場所を区別しているのだろうか。
 全員魔法円の中に立ったところでビクトルが目を閉じ念じる。魔法円が紫色の光を放ったかと思うと、次の瞬間にはもう別の場所だった。
 
「まあ……綺麗」
 
 アンソニーが辺りを見回して、ほうっと溜息をつく。
 辿り着いたのは、青みがかった半透明の石材で造られた小屋――壁の向こうに、青や水色をした高木こうぼくが生い茂っているのが見える。
 木はこの建物を構成している石材と同じに透き通っていて、天海てんかいを魂が通過するたび、木の上の方にある葉が魂の輝きを反射して様々な色合いに小さくきらめく。燐灰りんかいの森では見られない、美しく不思議な光景だ。
 
(ここが、大森林……)
 
 ニライ・カナイ北部の大部分を覆う〝大森林〟――ここに、ザビーネという屍霊術師の女がいる。
 一体どんな奴なのだろう。僕は年齢関係なく女が嫌いなのだが、敵意を露わにすることなく話ができるだろうか。
 無知を蔑まれはしないだろうか、ヒステリックに怒鳴られはしないだろうか……。
 
『大丈夫やって。世の中の人間そこまでヒドイもんちゃうで』
 
(……トモミチ)
 
 ――そうだ、大丈夫だ。
 世の中の人間は、ゴーチエほどに酷くはない。
 想像ではなく、ちゃんと自分の目で見て、感じて、考えなければ。
 
 
 ◇
 
 
「こちらにザビーネ様がいらっしゃいます」
 
 転送陣がある石室から少し歩いたところに、ザビーネの庵があった。僕と同じに、森の中に庵を構えているらしい。
 大森林の環境が好きであるというのと、「『魔女は森の中で怪しいことをしているもの』というイメージを守るため」なのだそうだ。よく分からないこだわりだ……。
「では」と言って、ビクトルが屋敷の入り口付近に取り付けてある小さな箱の中央のボタンを押す。
 すると箱が緑色に薄ぼんやりと光を放ち、「はい、だあれ?」という女の声が響いた。
 
「ビクトルです、ザビーネ様」
『はい、はい、どうぞ』
 
 その声と同時にドアが勝手に開き、中から青色の炎がフワフワと出てきた。炎は僕達の周りをフワフワ飛び回ったあと、屋内へ入っていった。
 
「参りましょう」
 
 ビクトルが青い炎に続いて庵の中へ。どうやらあの炎が庵の中の案内をしてくれるらしい。
 
(すごい……)
 
 ――まるで〝使い魔〟だ。炎をあんな、意志を持った生き物のように動かせるものなのか。
 本当に、心の底から「すごい」と思ってしまった。
 今まで目にしたことがない魔術ばかりだ。転送陣にあの炎の使い魔、それに……。
 
「ねえ、ビクトル先生。さっきのやつって、一体何だったのかしら?」
「〝さっきの〟とは?」
「あの緑色の箱よぉ。中から声がしたわ。アタシ、ビックリしちゃった」
 
 アンソニーが手を組み合わせ、目を輝かせながらビクトルに質問を投げかける。
 ……僕もそれが聞きたかった。聞いてくれてありがとうと言いたい。
 
「ああ、あれは……」
 
 青い炎の後をついて歩きながら、ビクトルがあの緑色の箱について説明を始めた。
 あれは〝インターホン〟という異世界の道具で、ボタンを押すと家の中の人間と話ができるものだそうだ。
 ザビーネとビクトルは魔力を使って会話をしているが、本来は魔力を必要としない〝仕掛け道具〟なのだという。
 不思議だ。魔法も使わず、どうやって離れた場所の人間と会話をするのだろう。
 
 話しながら歩いていると、炎の使い魔がある部屋の前で動きを止めた。どうやらここがザビーネの部屋らしい。
 ビクトルがドアをノックしたが、返事がない。その代わり、中から何やら大きな話し声が聞こえてくる。
「だから何度も言っているじゃない」と、まるで誰かと争っているような声だ。
 慌てたビクトルが護衛の女に命じてドアを開けさせる。
 強盗か何かがいるのかと思ったが部屋は荒らされた様子はなく、誰かが倒れているということもなかった。
 ただ、窓際に置いてあるイスに腰掛けた小柄の老女が、片手に持った金属の道具を顔に当てながら、1人で何やら騒いでいるところだった。
 
「うんうん、だからねえ、あんたが『これが魔除けだ!』って思うものを置いとけばいいの。それで十分ですよ」
「…………?」
 
 1人で何を騒いでいるのだろう。誰かと会話をしているように見えるが、相手はどこにもいない。
 ポカンとしていると、ビクトルが小声で「あれは〝デンワ〟というものです」と耳打ちしてきた。
 
「デンワ……?」
「インターホンは家の外と中でだけ会話ができるものですが、あれは遠く離れたところにいる相手と会話ができるのです。たとえば、南の都と西の都とか……」
「南の都と西の都!? そんなことが……」
 
 驚きのあまり大声を上げてしまった。ビクトルが人差し指を口元に持ってきて「シッ……」とつぶやいたが、時すでに遅し。
 僕の声が耳に入ったらしい老女がこちらを振り向き目を見開いた。
 
「……ああ、お客様が来たから切るよ。また夜にでも話聞いてあげるから!」
 
 女が顔に当てている金属の道具から「そんなぁ」という声が漏れ聞こえてくる。女がそれに構わず「じゃあね」と言って金属の道具を台の上に置くと、「チン」という音がした。
 騒がしい道具だ――遠くの人間と会話ができるのは便利だが、僕には必要なさそうだ。
 
 女は大きく溜息をついてから立ち上がるとこちらへ歩み寄り、僕のそばに立つとニコリと笑みを浮かべた。
 
「ようこそ、騒がしくてごめんなさいねえ」
 
 白髪交じりの緑と青の髪、薄青色の瞳。
 老齢であるということだけは分かるが、年齢はよく分からない。70から80代くらいだろうか。
 ――いや、それは別にどうでもいい。まずはあいさつだ……。
 
「ぼ……僕は、ロラン・ミストラル、と……いいます。よろしく、お願いします」
「はい――」
「あっ! は、は……初めましてっ」
 
(しまった……)
 
 ――初見の相手にあいさつをしたことがないので、話す順番がちぐはぐになってしまった。
 そのうえ言うのを忘れたからといって、相手の言葉にかぶせて「初めまして」とは……声の音量も適切ではないし、初手から全部めちゃくちゃだ。
 
「……はい。初めまして、こんにちは。私はザビーネ。ザビーネ・リルケよ」
 
 そう言って女――ザビーネは顔を傾け、またニコリと笑った。
 先ほどの僕の失敗を気にしている様子は全くない。
 
「よろしくね、ロラン。ビクトルから聞いているわ。色々と話をしましょう。……お役に立てればいいのだけれど」
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