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5章 薄氷の上
2話 今日の予定
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「今日はどっか出かけんの?」
僕の頭をしばらく撫でたあと、最後にポンポンとしてトモミチがまた口を開く。
――もっと撫でられていたかったな……。ああ駄目だ、惚けている場合じゃない。
「少し荷が軽くなった」といってもトモミチの症状が寛解したわけじゃないんだ。これから先のことを真面目に考えなくては。
「今日は図書館で本を借りてきて、その後はずっとここにいる」
「図書館?」
「昨日会ったザビーネという屍霊術師の庵に、大きな書庫があって」
昨日、話の流れでザビーネが自分の書庫に案内してくれた。
書庫にはニライ・カナイの文書だけでなく、異世界の言語で書かれた本もたくさんあった。どれも南の都の本屋にはない珍しいものばかり。
感動のあまり、思わず「すごい、こんな量の本一生かかっても読み切れない」なんてつぶやいてしまった。
それを見たザビーネが笑いながら「いつでも来ていいし、何冊でも借りていっていいわよ」と言ってくれたのだ。
「しかし」と躊躇すると「人の好意には素直に寄りかかっておくものよ」と言われた。
「へえ……ほんならさあ、オレにもなんか適当に本借りてきてくれへん?」
「いいけど。何がいいんだ」
「なんでもええよ。童話とかでも」
「ど、……童話……?」
僕の反応を見てトモミチがフッと笑う。考えていることは同じだろう……。
「……聞きたい?」
「嫌だ。二度とするな。絶対にやめろ」
即答するとトモミチはまた笑った。
蘇る、恐ろしい〝読み聞かせ〟の記憶――あれから僕のトモミチに対する気持ちは全く変わっているが、さすがにあれはもう二度とごめんだ。
「ゴメンゴメン、もうやらんて」
「結局、何がいいんだ」
「んっとなー、なんか、本」
「『なんか本』ってなんだ? もっと具体的に――」
「持ってきてくれたやつやったらなんでも読むから」
「……、分かった」
以前ビクトルが「ホロウに地理や歴史、常識を教えている」と言っていた。その系統の本でも借りてくればいいか……?
そんなことを考えていると、トモミチがまた口を開いた。
「ロラン君帰って来るまで何してよっかな~。なあ、何したらいいと思う?」
「…………」
『知らない。なんでもしたらいいじゃないか』と以前の僕なら言っているところだ。
だが、それではいけない。今のトモミチの言動から、懸念されることがある……。
「……筆文字を書くのは? あまり書いていないんじゃないのか」
「あっ、ホンマやな。カズのこと思い出してそれきりほったらかしやわ。せやな、お習字でもしてよかな。……何書こっかなー。なあ、なんかエエ単語ある?」
「…………」
やはり、思った通りだ。
トモミチは今「自分で何かを考え決めること」ができない。僕と同じだ……。僕はゴーチエの指導になかった物事を考えること、決めることがひどく苦手だ。「愚かだ」と断じられるかもしれない、自分の決断や選択は間違っているに違いないと考えてしまう。
ゴーチエがいなくなって数年経っているのにだ。
もしかして、トモミチも誰かにひどく責め立てられていたのだろうか。
そのせいで、食欲も睡眠欲も味覚も失うほどに精神を損傷して……?
(……駄目だ……!)
トモミチは自死をして、徐々に辛い記憶を取り戻しつつある。だが今は明るく話しているし、「何かをしよう」という気力もある。
ビクトルにも言われたが、悪い風にばかり考えるのはやめよう。
――そうだ、会話を続けなければ。
〝習字〟でどういう単語を書くかという質問をされていたんだった。
改めて思うが、筆で単語を書くとは変わった文化だ。芸術の一種なのだろうか。
「いい単語」と言われてもどういうのがいいかパッと思いつかないな。……いい単語、いい単語……。
「あっ」
「ん?」
「い、……いや……」
頭の中にある単語が思い浮かんだが、すぐに思いとどまって言うのをやめた。
でも、他に思いつかない……。
「…………り、倫理、とか」
僕の言葉にトモミチは目を丸くしたが、すぐに目を細め破顔した。
「〝倫理〟かあ……そーいや、単語として書いたことはなかったかもな。……うん、書いてみるわ。」
「……うん」
最初の反応で「やらかしてしまったか」と焦ってしまったが大丈夫だった。
倫理はトモミチ自身を示す言葉――そんなのを「いい単語」として一番に言うなんて好意があからさますぎ……いや、よく考えなくてもすでに告白めいたことをさんざん言ってきていないか……?
ああもう、いいか。トモミチは何も気にしていなさそうだし。
どうして僕はトモミチのことになると、理性的な判断と思考ができなくなってしまうんだ?
「……そろそろ、出かけるから」
「ん。行ってらっしゃい」
ニコッと笑って、トモミチが手を振る。
2日前もこんな風に明るい出だしだった。
今日こそは本当に、平和に過ごせればいいのだが……。
僕の頭をしばらく撫でたあと、最後にポンポンとしてトモミチがまた口を開く。
――もっと撫でられていたかったな……。ああ駄目だ、惚けている場合じゃない。
「少し荷が軽くなった」といってもトモミチの症状が寛解したわけじゃないんだ。これから先のことを真面目に考えなくては。
「今日は図書館で本を借りてきて、その後はずっとここにいる」
「図書館?」
「昨日会ったザビーネという屍霊術師の庵に、大きな書庫があって」
昨日、話の流れでザビーネが自分の書庫に案内してくれた。
書庫にはニライ・カナイの文書だけでなく、異世界の言語で書かれた本もたくさんあった。どれも南の都の本屋にはない珍しいものばかり。
感動のあまり、思わず「すごい、こんな量の本一生かかっても読み切れない」なんてつぶやいてしまった。
それを見たザビーネが笑いながら「いつでも来ていいし、何冊でも借りていっていいわよ」と言ってくれたのだ。
「しかし」と躊躇すると「人の好意には素直に寄りかかっておくものよ」と言われた。
「へえ……ほんならさあ、オレにもなんか適当に本借りてきてくれへん?」
「いいけど。何がいいんだ」
「なんでもええよ。童話とかでも」
「ど、……童話……?」
僕の反応を見てトモミチがフッと笑う。考えていることは同じだろう……。
「……聞きたい?」
「嫌だ。二度とするな。絶対にやめろ」
即答するとトモミチはまた笑った。
蘇る、恐ろしい〝読み聞かせ〟の記憶――あれから僕のトモミチに対する気持ちは全く変わっているが、さすがにあれはもう二度とごめんだ。
「ゴメンゴメン、もうやらんて」
「結局、何がいいんだ」
「んっとなー、なんか、本」
「『なんか本』ってなんだ? もっと具体的に――」
「持ってきてくれたやつやったらなんでも読むから」
「……、分かった」
以前ビクトルが「ホロウに地理や歴史、常識を教えている」と言っていた。その系統の本でも借りてくればいいか……?
そんなことを考えていると、トモミチがまた口を開いた。
「ロラン君帰って来るまで何してよっかな~。なあ、何したらいいと思う?」
「…………」
『知らない。なんでもしたらいいじゃないか』と以前の僕なら言っているところだ。
だが、それではいけない。今のトモミチの言動から、懸念されることがある……。
「……筆文字を書くのは? あまり書いていないんじゃないのか」
「あっ、ホンマやな。カズのこと思い出してそれきりほったらかしやわ。せやな、お習字でもしてよかな。……何書こっかなー。なあ、なんかエエ単語ある?」
「…………」
やはり、思った通りだ。
トモミチは今「自分で何かを考え決めること」ができない。僕と同じだ……。僕はゴーチエの指導になかった物事を考えること、決めることがひどく苦手だ。「愚かだ」と断じられるかもしれない、自分の決断や選択は間違っているに違いないと考えてしまう。
ゴーチエがいなくなって数年経っているのにだ。
もしかして、トモミチも誰かにひどく責め立てられていたのだろうか。
そのせいで、食欲も睡眠欲も味覚も失うほどに精神を損傷して……?
(……駄目だ……!)
トモミチは自死をして、徐々に辛い記憶を取り戻しつつある。だが今は明るく話しているし、「何かをしよう」という気力もある。
ビクトルにも言われたが、悪い風にばかり考えるのはやめよう。
――そうだ、会話を続けなければ。
〝習字〟でどういう単語を書くかという質問をされていたんだった。
改めて思うが、筆で単語を書くとは変わった文化だ。芸術の一種なのだろうか。
「いい単語」と言われてもどういうのがいいかパッと思いつかないな。……いい単語、いい単語……。
「あっ」
「ん?」
「い、……いや……」
頭の中にある単語が思い浮かんだが、すぐに思いとどまって言うのをやめた。
でも、他に思いつかない……。
「…………り、倫理、とか」
僕の言葉にトモミチは目を丸くしたが、すぐに目を細め破顔した。
「〝倫理〟かあ……そーいや、単語として書いたことはなかったかもな。……うん、書いてみるわ。」
「……うん」
最初の反応で「やらかしてしまったか」と焦ってしまったが大丈夫だった。
倫理はトモミチ自身を示す言葉――そんなのを「いい単語」として一番に言うなんて好意があからさますぎ……いや、よく考えなくてもすでに告白めいたことをさんざん言ってきていないか……?
ああもう、いいか。トモミチは何も気にしていなさそうだし。
どうして僕はトモミチのことになると、理性的な判断と思考ができなくなってしまうんだ?
「……そろそろ、出かけるから」
「ん。行ってらっしゃい」
ニコッと笑って、トモミチが手を振る。
2日前もこんな風に明るい出だしだった。
今日こそは本当に、平和に過ごせればいいのだが……。
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