愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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5章 薄氷の上

3話 図書館にて

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 トモミチの部屋を出たあと、転送陣を使ってザビーネのいおりに飛んだ。
 ここに来られるのはザビーネが許した者だけだと聞いた。本を借りて帰るだけだし危険はないだろうと思い、僕1人で行くことに。一応アンソニーに声かけはしておいた。
 
 
 ザビーネの書庫は規模が大きく図書館のようにたくさんの本を取りそろえているが、名目上は〝書庫〟であるため司書や係の者はいない。魔法で動く動物のぬいぐるみがいるのみ。どうやら、彼らが本の整理や掃除などの役を担っているらしい。
 複数のぬいぐるみを遠距離から操りそれぞれ違う動きをさせられるなんて、やはりザビーネの魔術の腕はすごい。
 
 
 案内板を見ながら、館内を探索する。
 ニライ・カナイの地理はともかく、歴史については内容をきちんと精査しなければならない。
 この世界は数百年前から、反魂組成はんごんそせいによって人口をまかなっている。反魂組成に使う魂はどこから取ってくるか、またどういう魂であるかという記述が必ずあるはずだ。トモミチにそれを見せてはならない。
 
(……待てよ……)
 
 ――考えてみれば、ここの歴史についてはアンソニーが最初に簡単な説明をしてくれている。
 歴史の文献を見せるなど、あえて危険を冒す必要はないかもしれない……?
 
「あれ~っ? こんにちは~」
「!」
 
 考えごとをしつつ本を物色していると、上から男の間延びした声が降ってきた。
 声の方向を見ると、数歩先に置いてある脚立の上部に黒髪の男が座っているのが見えた。
 
「あ……」
「どーもどーもー。〝ロラン先生〟だったよね~? いやー、こんなとこで会うなんてー」
「お前は……えっと、トミー……?」
 
 男は西の都で会った商人のトミーだった。
 名前を呼ぶとトミーは「そー! トミーだよ~」と言ってニコーッと笑い、本を数冊小脇に抱え脚立から降りてきた。
 
(しまった……)
 
 やはりアンソニーを連れてくるべきだったか。
 また変な物を売りつけられたりしないだろうな……?
 
「そんな警戒しないでよ~。なんも売りつけたりしないから~」
 
 トミーが苦笑いしつつ肩をすくめる。
 ……考えが態度に出すぎていたか……。
 
「な、なぜ、ここに」
「ザビーネせんせーが『自由に使っていいよ』って言うからさー、お言葉に甘えさせてもらってんの。ここ来てけっこー経つけど、知らないこと多いからね」
「知らない、こと」
「うん。生き物図鑑とか。オレの世界では見かけねーヤツばっかでさー。コイツ人襲うのかなー食えんのかなー、とかってさ。青系統のヤツが多いでしょ? 肉も青とか緑で、やっぱ毒々しいって思っちゃうんだよね~。……あっ! そういえば、この前渡した食材と色水、あれどーだったー?」
「えっ」
「先生んとこの異世界の人、ちゃんと食べられた~?」
「あ、ええと……」
 
 話題が移るのが早い。どうやら商売の話以外でもこうらしい。
 
「『おいしそうだ』とは言っていた。けど、その異世界人は味覚を失っていたみたいで……」
「え、そうなんだ。……そりゃ、辛いな……。早く元に戻れればいいけど」
 
 トミーが残念そうに眉尻を下げる。
 
「……で、ロラン先生はー?」
「え?」
「ハッシュドビーフとマリネ。ロラン先生とあの護衛の人も食べた?」
「あ……うん」
「どうだったー?」
「どっちもおいしかった。護衛の男も庵にいる者も『おいしい』と言っていた」
「そっかー、よかった~!」
 
 感想を聞いたトミーが歯を見せてニコーッと笑う。
 
「やー、オレ的には自信作なんだけど、異世界の人はどうか分かんないからさー。ちょっと不安だったんだよねー!」
「そうか――」
「それでさあ、ちょっとロラン先生にお願いがあるんだけどー」
「…………」
 
 ――さっきから話題の切れ目が全くない。少しくらい息継ぎをさせてほしい。
 待ってくれ。話を聞くより前に、さっきから「言いたい」と思っていたことをまず……。
 
「せ……〝先生〟は、別にいらない。普通にロランと呼んでくれれば」
「え~? けど、屍霊術師の人への敬称なんでしょー」
「……こだわりはないから」
「そう? んじゃ、えーっと……ロラン君。あのさあ、ニライ・カナイの料理のレシピ教えてくれない?」
「料理のレシピ」
 
「うん。前会ったとき言ったけど、やっぱ異世界の食材って高くてさー。ここで採れるヤツでなんとかできたらいいんだけど、何を何に使ったらいいかってのが全っ然分かんなくて。けど『色やだなー』でいつまでも受け入れないってワケにもいかないでしょ。取り入れて極めたいんだよね~。ロラン君、得意料理とかってある?」
 
「いや、特には。あるもので適当に作ってるから」
「おっ! いいね~、あり合わせで作った料理! そーいうのこそ知りたい」
「でも……どれも大した物では」
「おーい。『大したモンじゃない』とか、そーいうこと言うもんじゃないよ。オレは知らないし作れないんだからねー」
「……で、でも」
「『でもー』って、この短時間で2回も言うじゃん」
「う……」
 
 トモミチ、ザビーネに引き続き、この男にまで言われてしまった。出会ったばかりなのに――いや、それで言うなら、全員出会ったばかりだな……?
 
「若いんだからさ、もっと調子乗ってこうぜー。『我こそは食の神なりー』みたいな感じでさ~」
「しょ、食の……神……?」
 
 ――こいつの世界にはそんな神がいるのか。異世界も様々だな。
 ……いやしかし、料理が少しできるくらいで〝神〟を名乗るなどおこがましくないか……?
 
 そんなことを考えていると、トミーが「ぶはっ」と息を吹き出した。
 
「ハハッ、大マジメに捉えないでよ~。『そんくらい軽く考えてこ!』ってだけの話だから~。……で、どう? 教えてもらえる?」
「う、えっと……」
「オレも異世界料理教えるからさー、たのむよ~」
「わ……、分かった」
 
 戸惑ったが、結局了承した。
 どうせ異世界料理の本も探すつもりだったのでちょうどいい。
 この男から教わった料理は本当に美味しかった。彼の書いたレシピなら間違いはないだろう。
 それに、美味しい料理のレパートリーが増えるのなら教わりたい。これは純粋な興味だ。
 
 
 書き物をするため近くにある読書スペースに場所を移した。机に向かい合わせに座って、各々の料理レシピを書いて交換する。
 
「〝ヒスイ貝のスープ〟かあ。ヒスイってことは、やっぱ色はエメラルドグリーンとか?」
「身は緑がかった半透明だ。煮込むとその色がにじみ出て、身は透明になる」
「わあ……ちなみに味ってどんな感じ? 辛いとか甘いとか」
「辛いか甘いかで言ったら〝辛い〟に入るけど、そんなに辛味はない」
「なるほどぉ。塩っぽい辛さかなあ」
 
「……〝白身魚のムニエル〟とあるが、白い魚に味はあるのか」
「あるよ~。塩コショウが足りないとちょっとマヌケになっちゃうかもだけど」
「コショウか……高級品だ」
「そう、すーっごい高い。塩と砂糖はそんなでもねーのにー ってみんな嘆いてるよ」
「……異世界では一般的なものなのか」
「大体の世界でそーじゃないかなー」
「そうなのか。いいな……」
「はぁ……あの色水みたいにコショウ生み出せたらな~」
 
 そう言ってトミーは天を仰ぐ。
 商売の話のときはペースが早いうえに謎の演技が要所要所で入ってきて全然追いつけなかったが、今は口調がゆったりしていて話しやすい。
 僕の方も、興味のある話題だから聞く姿勢を取れている、というのもあるかもしれない。
 ……もしかして、今とても自然に〝普通の会話〟ができているんじゃないか?
 
「……料理が好きなのか?」
「うん、好きだねー。楽しいし」
「楽しい……?」
「作り慣れたのに手加えてもっと美味くしたりとか、あと新しい料理作るのも。あれとこれ組み合わせたらこんな味にー? って発見が楽しい」
「あ……それは、分かる。僕も、教わった料理を作ったとき同じ気持ちだった」
「ほんと? そりゃ何より」
「……ちょっと、実験をしてる気分だった……けど」
「実験。……ハハッ! オレも今日教わったヤツ作る時そう思うかもー」
「……ふふ」
 
 顔が勝手に緩んで、変な風に息が漏れる。
 朝、トモミチと話をしたときもこうなっていた気がする――。
 
(もしかして今、笑ってる……?)
 
 目の前の相手が笑ってるのを見て、初めて今の自分の状態を理解した。僕は今、相手との〝会話〟が楽しくて笑っている。
 知らなかった――僕にも〝笑う〟という機能がちゃんと備わっていたのか。
「楽しい」という感覚とは違っていたが、もしかしたら朝トモミチと話した時も笑っていたのかもしれないな。
 あの時、トモミチの反応が変だったのが気になる。僕は笑ったことがなかったから、よほど変な表情をしていたのだろうな……。
 
「ロラン君ロラン君~、これなんだけどさー」
「あ、それは……」
 
 それからしばらくの間、僕はトミーと料理や食材の話をして盛り上がった。
 トミーが質問をしてきて、僕はそれに答える。逆に僕が質問をすることもあり、話題は常に途切れることがない。
 好きなことの話をして、共感してもらえて、そこからまた話題が広がる。
 
 ――楽しい。本当に楽しい。
 
 トモミチに出会わなければ、これら全てを「下らない、無駄なこと」と考えたまま生きていた――。
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