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12話

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 ミコトは試着室から顔だけを出して恥ずかしそうにしてる。

「ミコト。見えないよ」
「だって……は、恥ずかしいんだよ」
「大丈夫よ。私が選んだ服に間違いなんてないんだから」
「ほんと?絶対に笑わない?」
「笑わない」

 ミコトは意を決して試着室のカーテンから手をはなす。

 ふわふわのワンピースを着たミコトが、目を潤ませて私を見る。

「……どう、かな」
「すごく似合ってる」
「ほんと?」
「うん。とてもかわいいよ、ミコト」

 ミコトは安心してほっと息を吐いた。

「次はプリクラね」
「え、この格好で?」
「うん。せっかく遊んでるのに取らないなんてもったいないじゃない」

 ワンピース姿のミコトとプリクラを取る。マジスタグラム用の全身写真と、自撮りも撮って、アップロードした。

「はぁ……恥ずかしかったけどモモカに頼んでよかった。他の子だったら、もっとからかわれてるかもだし」
「そんなことないよ。みんな優しい子達ばかりなんだから」
「優しいのはそうだけど……でも、優しくて意地悪、みたいな?」

 ミコトにはもっと自信を持ってほしい。自分がかわいいんだってこと。愛されるべき存在なんだってこと。私には得られなかった沢山のものを持っていて、これからも沢山のものを得る人。

 あなたを幸せにすることで、私の空っぽな心は満たされるような気がした。

「次はネイルに挑戦してみない?」
「ネイルも気になってるけど、でも部活があるからなぁ」
「足の指なら問題ないんじゃない?もし無理だったらメイクの練習とか」
「メイクか……あたしにできるかな」
「練習すればきっと上手くなるよ」

 立ち寄ったカフェでパフェを食べる。後で運動しないと。美味しいけど。

「モモカは結局どうすることにしたの?」
「え?」
「学祭、バトルに出るって決めたんでしょ。あたし達との屋台巡りする時間はあるの?というか今遊んでて大丈夫?」
「記念受験のつもりだからそんなに真剣に捉えなくてもいいのよ。予選敗退しちゃうでしょうから、その後にたっぷり遊びましょう?」

 私がバトルに申請すると決めた途端、ミコトはとても過保護になっちゃったの。心配しなくても負けるつもりなんてないのに。

 ぴぃちゃんは使い魔じゃないけど、私の魔法でなんとかする。校則違反なんてどうでもいい。どうせ、クリスくんに屈辱を味合わせたら、私はここから消えるつもりなんだから。

 私はここ最近、クリスくんを負かした後のことを考えていた。染谷クリスくんを1番傷つける方法を考えていたの。

 そして思いついた。あの子を打ち負かして、好きにさせて、私の存在を心に刻みつけて。あの人の前から消えてしまえばいいんだって。

「ミコト。私と仲良くしてくれてありがとう」
「ど、どうしたの急に」
「なんだか言いたくなっちゃった。この学校に転校してから、すごくあっという間だったから。ミコトとまだ知り合って数ヶ月なんて嘘みたい」
「……あたしも同じだよ。モモカ」

 ミコトが手を伸ばし私の頭をゆっくりと撫でる。

「モモカ、悩みでもある?」
「え?」
「ずっと浮かない顔してるよ」

 そんなにバレバレなくらい落ち込んでいたかしら。

「悩みなんてないよ」

 私が笑うと、ミコトが悲しそうな顔をする。ミコトを悲しませたいわけじゃないのに。

「ねぇ、モモカ。困ってることがあるならあたしに言ってね。あたしでよければ何でも相談に乗るからね」
「……ありがとう」

 ミコトは私から無理矢理話を引き出そうとしない。そんな優しいところが私は好きだ。

 あなたを悲しませることになると思うと寂しいけど、でも私は寂しいと思う権利すらない。

 私は悪い人なの。ごめんね、ミコト。




 私達はひとしきり遊んで別れた。

 人通りの少ない路地を通り、曲がり角のところで立ち止まる。

「……随分と下手な尾行ね、あなた」

 私はその人の喉元にナイフを突きつけた。ここは魔法の使用が禁止されている領域だから魔法を使うつもりはない。だけど……

「顔を出しなさい」

 黒いフードで顔を隠したその人に言う。

 ここ最近、私をつけまわす気配があったことには気がついていた。
 仕方ないよね。私ってばこんなに可愛いんだからストーカーさんがいてもしかたない……なんて冗談はさておき。

 私はその気配の正体を探ることにした。

 マジスタグラムに写真を上げたのもそれが理由よ。ストーカーさんにわざと位置情報を知らせることで、純粋な私のファンか、それとも『別の』理由で私を追い回しているのか、調べることにしたの。

 そうしたら意外な事実がわかった。

 その気配は、私が1人でいる時に限って感じられるものだったの。
 それも、突然の気配。

……瞬間移動の魔法かしら。

「魔法領域外での魔法の使用は禁止されてなかったかしら。法を犯してまで何のつもり?」

 ストーカーさんはフードを払った。

「流石に気がついていたみたいだね」
「あなたは……結城くん」

 ストーカーさんの正体は、私のクラスメイトである結城くんだった。

 結城くんに襲われていたクリスくんを私が守ったのよね。それ以来結城くんはずっと学校に来ていなかったはずよ。

「一体私に何の用事なの?あの時私がクリスくんを守ったこと、あなたは恨んでるの?」
「……恨んでいるに決まってるじゃないか。君みたいな女に負けるなんて、悔しくないわけがないだろ」
「性別で物事を判断する人は嫌われるのよ、知ってた?」

 と言っても使い魔わたしに性別はないのだけれど。概念上はそうだけど、私は私自身を女だと思ってる。

「……都築モモカ。君はいったい何者なんだ?」
「何の話?」
「僕の知り合いには情報通がいる。その人に君の出身地と以前通っていた学校について調べてもらったんだ」

 あら、私の弱みを握るために調査をしたのね。私とあなたって似たもの同士じゃない。

「結果を聞いた僕はびっくりしたよ。まさか誰も君のことを知っている人がいないなんてね。出身地も学校も、ご両親の存在も嘘。君は一体なんなんだ」
「そこまで知ってるってことは、私の正体にも検討がついてるのかしら」
「さあね、全く分からないよ。だけど……そんなこと、僕にはどうでもいいことだ」

 どうでもいい?それってどういうこと?

 私は結城くんの言っていることに気を取られ、背後からやってくる「それ」に気がつかなかった。

 足を掴まれる。足元に視線を向けると、緑色のロープみたいなものが私の足首に絡んでいた。

 ロープ?いや、これは_____

「君の魔法、全部頂かせてもらうよ」

 私の体をぐるぐると包んでいく茎。体があっという間に縛られてしまう。そして、緑色の紐で編んで作った壁が、結界のように私達の周りに張り巡らされる。
 
 服の隙間に茎が入り込む。魔力を吸い取る穴を探っているみたい。

「……随分と変態さんなのね、あなたって」
「どうとでも言えばいいよ。どのみち君は僕の使い魔に全てを吸収され、跡形もなくなってしまうんだから。君を探す人はいるかもしれないけど、君の正体を知っている人は1人もいないんだからね」

 茎の壁がどんどん私達に迫ってくる。

「ねぇ。このままじゃ私もあなたも、茎に押しつぶされてしまうのよ。それでもいいの?」
「構わないさ。僕の目的は君の魔力を頂く……それだけだ」

 結城くんの瞳から光が失われる。

 これはマズいかもしれない。完全に使い魔に主導権を乗っ取られているみたい。

 たまにいるのよ。使い魔を強くすることばかりを考えて、使い魔からの信頼を失う人が。
 私利私欲に飲まれ、魔力に体を乗っ取られて、やがてその人は使い魔の意思によって動く完全な傀儡かいらいとなってしまうの。

 知識ばかりを積んで実践を怠った結果ね。

 どうやらこの植物は私の魔力を欲しているらしい。気持ちはすごく分かる。使い魔は「強くなること」にこだわっているから。

 気持ちは分かる。だけど、ここで死ぬわけにはいかないの。
 私はまだあの男に復讐を果たせていない。

「ねぇ結城くん?あなたはどうして強くなりたいの?あなたはどうしてクリスくんに決闘を挑んだの?」

 下手に魔法を使っても吸収されるだけだから、今の私にできることは結城くんの意識を取り戻すだけね。

「あなた、本当はクリスくんに憧れてたんじゃないの?勝つとか負けるとかそんなことは本当はどうでもよくてただあの人と戦いたかった。そうでしょ?」

 結城くんの顔が不快そうにヒクリと動く。

「でもクリスくんはあなたの挑戦状をはなから受け取ろうしなかった。だから怒ってるんでしょ?私にもその気持ちがよく分かる。憧れや好きって気持ちが強いほど、裏切られた時の悲しみが大きいのよね?」
「……君に何が分かる。僕のことを理解したような口をきくな」
「分かるのよ。だって私もあなたと同じなんだから。私もあの人が大嫌い」

 私はクリスくんのことが大嫌い。いっつも私に意地悪で、辛い訓練ばかり私にさせてきた。
 だけどあれほど苦しかったのはきっと、初めて助けられた時の喜びが大きかったから。

 あなたに助けてもらったのが嬉しかったからこそ、その後の態度に私は失望したの。

「あなた、私から魔力を吸収してクリスくんに戦いを挑むつもりでしょ。だけど、こんな卑怯な手で勝ったところであなたに残るものは何もないのよ?どうせなら、みんながいるところで、正々堂々と勝ってみたいと思わない?」

 結城くんは首を振った。

「嘘をつかないでくれるかな。僕は見たんだよ。君があいつとデートをするところを。あんなに楽しそうに腕を組んで歩いていたくせに何が嫌いだよ」
「っそれは……」

 まさか、あんなところまで見られていたなんて気がつかなかった。

 私としたことが、クリスくんと一緒で案外浮かれていたのかも。警戒を怠っていたのかも。

「もう言い訳は聞きたくない」
「やっ……」

 肌をくすぐる茎の感触が気持ち悪い。

 私の目から涙がこぼれ落ちる。

 どうしよう。魔法を使うべきかしら。でも、今の私は上手く魔法が制御できないかもしれない。
 下手したら周りに被害が及んでしまうかも。そうしたら最悪学校に通うことすらできなくなって、復讐どころじゃなくなっちゃう。

 そうだ。ぴぃちゃんだけは逃さないと。ああ、でも、逃したところであの子はどうなるの?すっかり人慣れしてしまったあの子が外の世界で生きられる?

 どうすればいいか分からなくて頭が真っ白になった。



 その時。

 真っ暗になっていた視界に突然、刃で切り裂いたような光が出現した。光はみるみるうちに大きくなり、やがて茎の結界はバラバラになって崩れ落ちる。

「……ユキノくん!」
「都築サン、こっち。早く来テ」

 ユキノくんに手を引かれて、私達は必死になって走った。

「あなた、どうしてこんなところにいるの?ここは魔法禁止区域で、使い魔のあなたも出歩いちゃいけないはずよ」
「それどころじゃナイ」
「どういうこと?」
「ご主人様が危険。あなたニ助けテほしイ」

 クリスくんが危険!?どういうことなの!?

「待て!都築!」

 結城くんが、彼の持っている鉢植えから伸びる双葉が、私達を追ってくる。

「……今はあなたに構ってル暇はナイ」

 ユキノくんは手をかざしてその手を大きく振り上げた。その瞬間、辺り一帯が白い霧に包まれた。

「結界ヲ張った。これでアイツは僕らを追っテこれナイ」

 ユキノくんに手を引かれ、私達は走った。

 私達がたどり着いたのは大きなお屋敷だった。

 忘れもしない……クリスくんのお家だ。
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