閃き輝く異世界無敵語り/行きて帰りたい物語

横山剛衛門

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「勝利の女神の塔」編

10.失われた魔法

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 ヴィエイラの独白を聞き終えた俺は、それでも、こいつと戦うことに踏ん切りがつけられないでいた。

「ほら、構えろって。俺はお前を倒してに行く。行かなきゃいけないんだ」

 そう言うと、ヴィエイラは斧を担ぐ得意の構えに入った。
 そして、躊躇なく切り込んでくる。体力の消耗や、先ほどまでの戦いで負った怪我の影響など微塵も感じさせない、鋭い踏み込みだ。
 その美しいまでに見事な動きは、俺の魂を揺さぶった。
 これで、こいつの覚悟は分かった。ならばと、俺も覚悟を決める。

「仕方ない、やってやる」

 構えた剣にヴィエイラの斧が触れる瞬間、やわらを用いて衝撃を吸収し、刃こぼれすらさせずに受け止める。

「うおおおお!!!」

 それで狙い通りと言わんばかりに、ヴィエイラは思いきり鍔迫り合いに持ち込んできた。ドラゴンを一撃で倒した俺の力の源はスピードであり、パワーなら負けないと踏んだのだろう。確かに、破壊力は速度にも比例するし、あの時の俺の突撃の速さを見た上で、そう思うのも無理はない。
 だが、甘い。
 剣は斧を受けた位置のままピクリとも後退せず、逆に少しずつ押し込んでいく。

「読みが外れたな……っ⁉︎」

 しかし、ヴィエイラの真骨頂はここからだった。なんとも器用に斧を動かして、俺が加えた力の方向を上手く受け流し、剣を弾き飛ばそうとしてきたのだ。
 この動き、俺の柔を真似ている! こいつが見たのはわずか一度。それだけでこれほど絶妙に使いこなし、我がものとするとは。
 まさに"後継者"の二つ名に恥じぬ、素晴らしい才能だった。

「どうだ! これで終わりーー⁉︎」

 しかし、今度はヴィエイラが驚く番だった。
 奴が巻き取ろうとした俺の剣は、より速く大きく動くことで斧から伝わる力を逃がしきり、そこから円の動きで逆に斧を弾き飛ばす。剣道で言うところの巻き技の応酬を、俺が制した形だ。

「惜しかったな。俺の勝ちだ」

 剣をヴィエイラの喉元に突きつけ、俺はそう宣言した。
 ヴィエイラもそれ以上抵抗することなく、素直に両手を上げる。

「降参だ。やっぱ、無理か」

 そう、初めから、勝負の結果がこうなることは見えていたーーお互いに。
 この世界でも殺人はご法度とはいえ、両者の合意の上での決闘の結末ならば、その限りではない。ヴィエイラは本当に命をかけて俺に挑んできた。それを理解して、俺もまたその思いに応えたのだ。

「付け焼き刃の技に頼ったのが間違いだ。本来の実力でかかってきていれば、まだ分からなかったさ」

「パワーもスピードもテクニックも、全部完膚なきまで格の違いを見せつけといて、よく言うぜ」

 そう言って笑うヴィエイラの顔は、決して腐ったりはしていない。こいつはやはり本物だ。

「二人とも無事で済んでよかった……どうなることかと思ったぞ。ここまで来て誰かが欠けるなど、あってはならないからな」

 じっと事の成り行きを見守っていたアメリアがそばまで寄ってきて、ホッとしたように言う。

「ホンダもじきに目を覚ます。誰も来ないうちはここでそれを待って、それから聖杯を取りに行こう」

「そうはさせン。お前達の命運ハ、もはやこれまでヨ」

 俺達の他は誰もいないはずの部屋に、不気味な声が響いた。しばらくヴィエイラとの戦いに集中していたとはいえ、俺の警戒も今の今まで反応することなく、接近を許してしまうほどの手練れ。
 その何者かが放つ気配の圧力で、部屋全体が歪むような錯覚すら覚える。

「……お前ら、ホンダを連れて先に行け!ここは俺が引き受ける!」

「だ、だがこれほどの相手に、いくらお前でも一人だけではーー」

「いいから行け! 足手まといだ!」

 躊躇するアメリアに鋭く言い放った俺は、それ以上は三人に構うことなく、この危険な気配の出所を探ることに集中する。

「行こう、その方がいい……」

 ヴィエイラは悔しそうにそう言って、すぐさまホンダを担いで奥の方へと進んでいく。
 あいつには分かったのだ。自分の実力では、この気配の主に抗うことは到底できないのだと。
 まず間違いなくの冒険者、その中でも特に戦闘に秀でた者。そしてこれだけ邪悪な気配を纏うとなると、そうはいない。

「久しぶりだナ、ツバサ。会いたかったゾ」

「俺としては、二度と会うことはないと思っていたがな。会いたくもなかった。そして、今度こそ二度と会わないようにしてやる」

 俺の名を呼ぶ男の正体は、"悪王"エリック。かつてクラン「赤い悪魔」の長として君臨していたS級冒険者にして、悪夢のような事件を引き起こした極悪人だ。
 ギルド総出の討伐戦の果てに跡形なく消えたはずの亡霊が、今さら表舞台に出てきて何をしようというのか。

「聖杯が持つチカラ、貴様も知っているのだろウ? アレによっテ、我輩は完全に復活すル。もうイチド、この手に全てを掴むためニ」

 ち、こいつも聖杯の価値を知っているのか。
 この迷宮のボスを倒したのは、まず間違いなくこいつだ。あのシェイプシフターでは力不足だと思っていたが、ボスの屍体にかけられた黒魔術といい、すべてを陰から操っていたのだ。

「『吸収』」

「!」

 いきなりの詠唱に反応が遅れ、黒魔術で俺の生命力が奴に奪われてしまう。くそ、幸先が悪い。

「『稲妻』!』

「『反対呪文』」

 こちらからも仕掛けるが、呪文の阻害に長けた青魔術は奴の得意とするところで、絶妙に相殺されてしまう。
 青魔術のみならず、弱体化や即死の手段に秀でる黒魔術、それらに対抗する白魔術にも、奴は精通している。
 ならば、とヴィエイラに渡された剣で攻めようとするもーー

「『槍を鎌へ』」

 白魔術の武器破壊呪文で、その手も封じられる。逆に、奴は黒塗りの剣を抜き払った。

「それで終わりカ? お前への借りを返すまで長くかかったガ、いざその時となれバあっけないものダ」

 黒いローブの下にかすかに見える、憎しみと喜びがない交ぜになった凄惨な笑み。そこに、かつて多くの人々から賞賛を得た英雄らしい矜持は、一切見受けられない。
 魔術士としても剣士としても最高峰だったエリックほどの男が、これほど身を堕とすことになるなど、誰に想像できただろう。

「あの時、多くの冒険者が我輩を迫ってきていタ。だガ、お前さえいなけれバ、問題なク逃げられただろウ。お前が放っタ魔術の与えた苦しミ、今日までひと時も忘れることは
なかっタ」

 当時、多くの冒険者同様にエリックの討伐依頼を受けた俺は、睡蓮の谷と呼ばれる魔力溢れる土地まで奴を追い詰めた。
 常人の立ち入りが禁じられるほど、魔力に満ちたその谷で、エリックと俺は激しい戦いを演じた。そして最後に俺が放った魔術で、奴の体はこの世界から消滅したはずだった。
 しかし、エリックは現にここにいる。これはあり得ないはずの事態であると同時に、ある可能性を示している。

「ローブをとって姿を見せてみろよ。それができるんならな」

 俺の挑発には耳も貸さず、エリックはいきなり斬りつけてくる。これこそ、奴が追放されるきっかけとなった、斬った相手の魂を奪う黒剣だ。
 魂は人の魔力の源にして、各自が持つ技が記憶された、いわば才能の本質そのもの。それを奪うということは、相手のすべてを我が物とすることであり、際限なく力を増す手段となり得る。
 理論としては古来伝えられてきたことだが、当然禁忌とされ、少なくとも表立って実行する者など皆無だった。
 それを、エリックが密かにこの剣を作り上げ、一般人で試し切りをしていたことが発覚。それ以上の被害者を出す前にと、ギルドが奴の討伐を命じたというのが、当時の事件の流れだ。

「お前の魂ハ、どれほどの力を我輩に与えてくれるノだろうカ……楽しみダ!」

 もはや魔術ではなく魔法の領域に踏み込んでいると思われるこの剣に斬られれば、さすがに俺もどうなるか分からない。
 奴の一部となるくらいなら死んだ方がマシだが、魂を吸われれば死ぬことも許されないだろう。
 ならば、勝つしかない。そのために何をすべきかは、すでにいる。

「そう上手くいくかなーーっと!」

 俺は大振りで振られた剣を躱すと同時に、脱兎のごとく走り出し、先に部屋の奥へと進んだ仲間の後を追った。

「逃さン!」

 元S級冒険者相手とはいえ、俺がスピードで負けることはない。少しずつ引き離すほどの勢いで駆けていき、奥にあった階段を一段飛ばしで上っていく。
 その先にあったのは、天から光の降り注ぐ屋上だった。

「ツバサ、無事か⁉︎  奴は、エリックはどうした⁉︎」

 俺がアメリアに答えるより早く、俺の後ろからエリックが姿を現わす。

「……っ! やはり、一人では無理だったのだな。任せろ、私の命にかけても一矢報いてやるーー」

「いや、そういうわけじゃない。単に、下だと不都合だっただけだ」

 肩透かしを食ったアメリアから少し白い目で見られるが、そんなのに構っていられるほどの余裕はない。

「ふはハ、ここに来ただけデ何が変わるというのダ? 今の貴様に剣はなく、魔術も通用せン。もはや打つ手などあろうはずがなイ」

 そう断言するエリックに、俺も不敵な笑みを返して言う。

「お前が想像もできない、見たこともないやり方だよ。宣言しよう。俺が勝ち、お前は再び奈落をさまようことになる」

「おお、やはり、何か奥の手があるのだな!」

 顔面蒼白ながらも声を上げるアメリアに、俺は振り返ることなく告げる。

「ああ、、任せとけ。『我に閃くものあり』だ」

 息を呑んだ気配からして、おそらくアメリアは呆然としているだろう。まさかこんな局面で、ぶっつけ本番の手を試すとは思っていないだろうから。
 しかし、これだけの距離、これだけの空間があれば、俺の狙いは絶対に成功する。たとえ相手があのエリックであれ。
 俺は左手の指にある五つの指環をすべて外し、それらを右手の人差し指に重ねて嵌める。
 後のことを考えると、この技はあまり使いたくないのだが……選択の余地はない。

「血迷ったカ。貴様ガ五色の魔術を操れルことなど、この場でハ何の意味もなーーなニ!? なんだそれハ!」

「お前が想像したことも見たこともない技と言っただろう? 伝説級の戦士に敬意を払って、伝説の技で相手してやる」

 白、緑、赤、黒、青の五つの指環は、魔術を発動させる時のように強い光を発しながら、それと同時に段々と重なり合って、黄金に輝く一つの指環となっていく。

「ーーかくあれかし、『黄金律』」

 そして、五つの指環と引き換えに行使できる俺の最後のとっておきが放たれた。
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