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「勝利の女神の塔」編
9.二面の顔
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「俺は、いつか『チャンピオンズ・リング』をこの手にしたい。それだけが、俺が生きる意味なんだ」
チャンピオンズ・リングーーあらゆる冒険者の頂点に立つ王者の証。
ギルド発祥以来伝わるこの指環は、所持者に戦いを挑んで勝利することによってのみ手に入る。つまり、所持者はこの世界で最強ということだ。また、相対的に保持者の強さを更新していくので、同時に歴史上でも最強ということにもなるため、通常の二つ名の他に"史上最高"と呼ばれるようになる。
現保持者は"勝利者"アヴェイロだったか。
「アヴェイロとは同じクランだから、あいつの凄さは身に染みて分かってる。今の世の中で"救世主"リオネルと張り合えるのはあいつくらいだ。どっちも本当の化け物だよ」
ここ何年も、チャンピオンズ・リングはアヴェイロとリオネルの間を行ったり来たりしている。たまに第三者もその頂上争いに割り込み参戦するが、最後はこの二人のどちらかが勝利するのだ。
「いつかあいつに勝てるのか、正直分からない。それでも、俺はやり続けなきゃならないんだ。我が父祖カルロスの魂にかけて」
「それは分かった。だが、今こうする必要はないんじゃないか?」
今、俺とヴィエイラは互いの得物を手に、対峙していた。それを、アメリアが固唾を呑んで見守っている。
困った。一体何が悪くて、こうなってしまったというのだろうか。
***
野営を終えていよいよ六階に足を踏み入れた俺達の前には、巨大な扉が待ち構えていた。
「この扉の向こうに、『勝利の女神の塔』の主がいるのだな……必ず勝ってみせるぞ。いいな、みんな!」
アメリアがそう力強く宣言する。
しっかり休んだおかげでヴィエイラの体調も戻り、俺達はほぼ万全の状態に仕上がっていた。
俺の切り札は使ってしまったが、まだ隠し球はある。
それよりも不安だったのは、姿を消したホマレが抜け駆けして、先にボスに挑んでしまっていないかということだったが……はっきり言って彼女の実力では、単独でボスに勝つのは難しいから、その点は杞憂で済むだろう。
「行くぜ……!」
いつも通り、パーティの先頭を切ってヴィエイラが扉を押し開く。
素早く全員が扉をくぐり抜けると、暗かった部屋の両脇にズラッと置かれていたかがり火が灯っていった。
「出たな……」
ヴィエイラの呟きに、全員が警戒を最大限にする。
俺達が通った扉の反対側、部屋の最も奥にある玉座には、目を不気味に光らせ、口から血を滴らせる巨人が腰掛けていた。
よくよく見れば、部屋中に人骨が散らばっている。こいつに食われた冒険者の残骸か。
これまで攻略されたことのないSランク迷宮。その主であるこいつの名は、巨人ナポレオンであるとか、食人鬼ゴールであるとか、色々と伝わっている。
いずれにせよ、これほどの巨体であるならばそれだけ物理的に強大であるのはもちろんのこと、迷宮のボスとして魔術、または魔法を備えているかもしれない。
「まずは様子見か? それとも全力で一気に片を付けるか?」
「ここは様子を見よう。この距離なら、初撃は私の弓で仕掛ける。奴をよく見ていろ」
アメリアはそう答えて、弦を引き絞る。魔力の矢は光り輝き、放たれてからあっという間に目標に食らいついた。
しかし、巨人は額に矢が刺さったままでビクともしない。様子が変だ。
「あいつ、誰かにコントロールされているぞ」
俺の目には、巨体を覆う魔力の光が見て取れた。それに急所を抉られた痛みにすら反応しないということは、巨人に自分の意思はなく、いわば傀儡となっている。
しかし、いったい誰が? 迷宮のボスに魔術をかけるなど、並みの腕では不可能だ。
「っ! 動くぞ」
ヴィエイラの警告と同時に、巨人はゆらりと立ち上がり、これまた巨大な棍棒を担ぎ上げてヨロヨロと駆けてくる。
それは、本来の能力とは程遠いであろう緩慢な動き。これではっきりした。これは黒魔術による屍体の操作に違いない。
生きたままの相手を支配するよりははるかにハードルが低いが、それ以前にこいつを殺す必要がある。どっちにしろ、術者は計り知れない実力の持ち主だ。
「あの様子ならタフネスは低い、一気にやるぞ!」
屍体を操る魔術が効くのなら、様子見の必要はない。俺は稲妻を放ち、タフネスを削ろうと試みる。
しかし、たまたま赤魔術に対しては耐性があるのか、稲妻は弾かれてしまって効果を発揮しなかった。
「なら俺が相手だ、喰らえっ!」
ヴィエイラの斧が唸り、巨人の棍棒と激しく打ち合う。その隙にホンダが忍び寄って死角から斬りつけ、またアメリアの矢が急所を貫く。
そうしてしばらく攻撃を続けた結果ーー巨人は不意に崩れ落ちたのだった。
「……あっけなきものよ。この程度のものなのか?」
Sランク迷宮の攻略は初めてとなるホンダが、肩透かしを食らったと言いたげな口調でアメリアに訊く。
「いや、他のSランク迷宮のボスはこんなものじゃなかった。この状況には、何者かの思惑が見える」
「その通りなのです。皆さん、お疲れ様でした!」
再び倒れた巨人の周りに集まっていた俺達に、どこからともなく誰かの声がかけられた。
「ーーぐうおぉぉ⁉︎?」
と同時に火球が宙を走り、ホンダに直撃する。急いで火を消して回復させたことで命に別状はないが、意識は失ったままだ。
今の声には聞き覚えがある。ホマレの声だ。
「ホマレ! どこだ! 今まで何をしていた⁉︎」
混乱するアメリアの叫びには、くすくすという含み笑いが応える。やはり、間違いなくホマレの声だ。
だが、ホマレはこんな笑い方をする奴だったのか? 変だ、違和感がある。
「皆さんのおかげで、私の目的を果たすことができました。お礼に教えてあげますね。私は相手の戦い方を見ることで、その人になることができるんですーーそう、こんな風にな!」
部屋の隅の陰から現れたのは、ホマレーーではなく、なんとヴィエイラだった。
「おいおい、俺かよ?」
しかし、本物のヴィエイラはずっと俺達のそばにいる。
「ヴィエイラが二人? そうか、こいつ……シェイプシフターか」
シェイプシフターとは、他人に化ける力を持つ魔物。俺達に近づくためにアメリアと親交のあるホマレの姿をとっていただけで、本物ではなかったわけだ。
「おう、その通りだ。狙い通りこの姿になったからには、もうお前らに勝ち目はねえよ。悪いがこの塔の聖杯は俺がもらう。我が主人"悪王"様がそうお望みだ」
で、こいつがカリムが言っていたもう一人の追手だったと。一人じゃ俺達に敵わないと見て、策略を練っていたのだな。
「うへーっ、気持ちわる、俺の顔であんな奴に様付けするんじゃねえよ」
そう言いつつ、本物のヴィエイラが一歩前に出た。その顔にあるのは、気分の悪さと怒りと呆れが入り混じった、複雑な表情だ。
「おっと、弱体化していたとはいえ、今の巨人との戦いでだいぶ消耗しただろ? こっちは万全の体力で、お前と同等の能力なんだ。勝ち目はねえよ」
シェイプシフターは、ヴィエイラの顔で、本物なら絶対に見せないような汚らしい笑みを浮かべている。
「そもそも、五階の宝物庫から出た時点で相当無理しただろ? てか、どうやっても脱出したんだ? あのドラゴンが二匹がかりなら、まず間違いなくあそこで全滅だと思ったのによ」
あの時はやはり、こいつが宝を二つ持って一人だけ先に部屋の外に出ることで、掟破りの罰を発生させていたわけか。
そして、今の言い草からして、どうやらシェイプシフターはあの時の戦いを見ていなかったようだ。そもそも俺の存在自体、ノーマークだったらしいな。で、こっちの中じゃ一番の実力者と判断したヴィエイラに化けたと。
「いいから構えろ、後悔させてやるからよ」
俺がいろいろ考えているのに対し、ヴィエイラは相手の話になどまるで耳を貸さず、斧を振り上げて構える。
「何言ってやがる、後悔するのはそっちだぜ。死ぬのはおまえからってことでいいんだな? ま、バカは死ななきゃ治らねえ、ってよ」
「やめろ、ヴィエイラ! 悔しいがこいつの言う通りだ。ここはなんとか逃げて、対策を練る時間を稼ぐんだ!」
「大丈夫だ、見てろ」
アメリアの悲鳴のような叫び声を、ヴィエイラは静かに押し返す。
そうして、まったく同じ姿、まったく同じ構えの二人が向き合う。
ーー次の瞬間。
常人なら知覚するのも不可能なスピードですれ違った二人は、互いに斧を振り切った姿勢で立ちつくしていた。
そして、全身鎧とその下の黒い肌に赤い線が走り、それは徐々に広がっていく。
「ば、バカな……こっち、は……かん、ぺきに、温存、して、い、た……のに……」
そうして、シェイプシフターの体は斜めに真っ二つになって崩れ落ちた。魔力で構成されるこの魔物の残骸は、ゆっくり光の粒となって消滅していく。
「能力は同じでも、実力が違わあな。ちょっとくらい消耗してたってカンケーねぇよ」
そう言い捨てたヴィエイラは、斧を担ぎ直すと、俺に向き直る。なんだ?
「さあ、ボスは倒したし、こそこそしてた怪しい奴も消えた。これで心配事は全部片付いたよな? あとは聖杯を持って帰るだけってところだが……俺にはまだやり残してることがある」
そして、腰に差していた予備の剣を鞘ごと俺に放り投げると、斧を俺に向けて突き出し、こう言った。
「勝負してくんねえか、ツバサよぉ。俺は、強い奴と戦いにこの塔に来たんだ。が、あのドラゴン以外は大したことなかった。でもアレはお前に取られちまったし、このままじゃ欲求不満なんだ。でもお前なら、満足させてくれるよな?」
ーーこうなったか。あの時、俺の秘密を話した時から、こいつの俺を見る目はおかしくなっていた。それがこういう理由だったというのは、正直、分かっていながらあえて目を背けていたことだ。
理由は、こいつとは戦いたくなかったからだ。ここまでの道中でいい奴だということはよく分かったし、なによりも、はっきり言って勝負の結果は目に見えている。やるまでもないことだ。
だが、こいつは俺がそう考えていることも知った上で、今こうして挑んできた。それだけ強く望んでいるからだろう。
「ーー俺には、どうしても叶えたい夢……いや、俺だけじゃなく、一族の悲願があるんだ。そのためには、お前みたいな奴を乗り越えていかなきゃいけない」
そう言って、ヴィエイラは自らの願望について、ゆっくりと語り出すのだった。
チャンピオンズ・リングーーあらゆる冒険者の頂点に立つ王者の証。
ギルド発祥以来伝わるこの指環は、所持者に戦いを挑んで勝利することによってのみ手に入る。つまり、所持者はこの世界で最強ということだ。また、相対的に保持者の強さを更新していくので、同時に歴史上でも最強ということにもなるため、通常の二つ名の他に"史上最高"と呼ばれるようになる。
現保持者は"勝利者"アヴェイロだったか。
「アヴェイロとは同じクランだから、あいつの凄さは身に染みて分かってる。今の世の中で"救世主"リオネルと張り合えるのはあいつくらいだ。どっちも本当の化け物だよ」
ここ何年も、チャンピオンズ・リングはアヴェイロとリオネルの間を行ったり来たりしている。たまに第三者もその頂上争いに割り込み参戦するが、最後はこの二人のどちらかが勝利するのだ。
「いつかあいつに勝てるのか、正直分からない。それでも、俺はやり続けなきゃならないんだ。我が父祖カルロスの魂にかけて」
「それは分かった。だが、今こうする必要はないんじゃないか?」
今、俺とヴィエイラは互いの得物を手に、対峙していた。それを、アメリアが固唾を呑んで見守っている。
困った。一体何が悪くて、こうなってしまったというのだろうか。
***
野営を終えていよいよ六階に足を踏み入れた俺達の前には、巨大な扉が待ち構えていた。
「この扉の向こうに、『勝利の女神の塔』の主がいるのだな……必ず勝ってみせるぞ。いいな、みんな!」
アメリアがそう力強く宣言する。
しっかり休んだおかげでヴィエイラの体調も戻り、俺達はほぼ万全の状態に仕上がっていた。
俺の切り札は使ってしまったが、まだ隠し球はある。
それよりも不安だったのは、姿を消したホマレが抜け駆けして、先にボスに挑んでしまっていないかということだったが……はっきり言って彼女の実力では、単独でボスに勝つのは難しいから、その点は杞憂で済むだろう。
「行くぜ……!」
いつも通り、パーティの先頭を切ってヴィエイラが扉を押し開く。
素早く全員が扉をくぐり抜けると、暗かった部屋の両脇にズラッと置かれていたかがり火が灯っていった。
「出たな……」
ヴィエイラの呟きに、全員が警戒を最大限にする。
俺達が通った扉の反対側、部屋の最も奥にある玉座には、目を不気味に光らせ、口から血を滴らせる巨人が腰掛けていた。
よくよく見れば、部屋中に人骨が散らばっている。こいつに食われた冒険者の残骸か。
これまで攻略されたことのないSランク迷宮。その主であるこいつの名は、巨人ナポレオンであるとか、食人鬼ゴールであるとか、色々と伝わっている。
いずれにせよ、これほどの巨体であるならばそれだけ物理的に強大であるのはもちろんのこと、迷宮のボスとして魔術、または魔法を備えているかもしれない。
「まずは様子見か? それとも全力で一気に片を付けるか?」
「ここは様子を見よう。この距離なら、初撃は私の弓で仕掛ける。奴をよく見ていろ」
アメリアはそう答えて、弦を引き絞る。魔力の矢は光り輝き、放たれてからあっという間に目標に食らいついた。
しかし、巨人は額に矢が刺さったままでビクともしない。様子が変だ。
「あいつ、誰かにコントロールされているぞ」
俺の目には、巨体を覆う魔力の光が見て取れた。それに急所を抉られた痛みにすら反応しないということは、巨人に自分の意思はなく、いわば傀儡となっている。
しかし、いったい誰が? 迷宮のボスに魔術をかけるなど、並みの腕では不可能だ。
「っ! 動くぞ」
ヴィエイラの警告と同時に、巨人はゆらりと立ち上がり、これまた巨大な棍棒を担ぎ上げてヨロヨロと駆けてくる。
それは、本来の能力とは程遠いであろう緩慢な動き。これではっきりした。これは黒魔術による屍体の操作に違いない。
生きたままの相手を支配するよりははるかにハードルが低いが、それ以前にこいつを殺す必要がある。どっちにしろ、術者は計り知れない実力の持ち主だ。
「あの様子ならタフネスは低い、一気にやるぞ!」
屍体を操る魔術が効くのなら、様子見の必要はない。俺は稲妻を放ち、タフネスを削ろうと試みる。
しかし、たまたま赤魔術に対しては耐性があるのか、稲妻は弾かれてしまって効果を発揮しなかった。
「なら俺が相手だ、喰らえっ!」
ヴィエイラの斧が唸り、巨人の棍棒と激しく打ち合う。その隙にホンダが忍び寄って死角から斬りつけ、またアメリアの矢が急所を貫く。
そうしてしばらく攻撃を続けた結果ーー巨人は不意に崩れ落ちたのだった。
「……あっけなきものよ。この程度のものなのか?」
Sランク迷宮の攻略は初めてとなるホンダが、肩透かしを食らったと言いたげな口調でアメリアに訊く。
「いや、他のSランク迷宮のボスはこんなものじゃなかった。この状況には、何者かの思惑が見える」
「その通りなのです。皆さん、お疲れ様でした!」
再び倒れた巨人の周りに集まっていた俺達に、どこからともなく誰かの声がかけられた。
「ーーぐうおぉぉ⁉︎?」
と同時に火球が宙を走り、ホンダに直撃する。急いで火を消して回復させたことで命に別状はないが、意識は失ったままだ。
今の声には聞き覚えがある。ホマレの声だ。
「ホマレ! どこだ! 今まで何をしていた⁉︎」
混乱するアメリアの叫びには、くすくすという含み笑いが応える。やはり、間違いなくホマレの声だ。
だが、ホマレはこんな笑い方をする奴だったのか? 変だ、違和感がある。
「皆さんのおかげで、私の目的を果たすことができました。お礼に教えてあげますね。私は相手の戦い方を見ることで、その人になることができるんですーーそう、こんな風にな!」
部屋の隅の陰から現れたのは、ホマレーーではなく、なんとヴィエイラだった。
「おいおい、俺かよ?」
しかし、本物のヴィエイラはずっと俺達のそばにいる。
「ヴィエイラが二人? そうか、こいつ……シェイプシフターか」
シェイプシフターとは、他人に化ける力を持つ魔物。俺達に近づくためにアメリアと親交のあるホマレの姿をとっていただけで、本物ではなかったわけだ。
「おう、その通りだ。狙い通りこの姿になったからには、もうお前らに勝ち目はねえよ。悪いがこの塔の聖杯は俺がもらう。我が主人"悪王"様がそうお望みだ」
で、こいつがカリムが言っていたもう一人の追手だったと。一人じゃ俺達に敵わないと見て、策略を練っていたのだな。
「うへーっ、気持ちわる、俺の顔であんな奴に様付けするんじゃねえよ」
そう言いつつ、本物のヴィエイラが一歩前に出た。その顔にあるのは、気分の悪さと怒りと呆れが入り混じった、複雑な表情だ。
「おっと、弱体化していたとはいえ、今の巨人との戦いでだいぶ消耗しただろ? こっちは万全の体力で、お前と同等の能力なんだ。勝ち目はねえよ」
シェイプシフターは、ヴィエイラの顔で、本物なら絶対に見せないような汚らしい笑みを浮かべている。
「そもそも、五階の宝物庫から出た時点で相当無理しただろ? てか、どうやっても脱出したんだ? あのドラゴンが二匹がかりなら、まず間違いなくあそこで全滅だと思ったのによ」
あの時はやはり、こいつが宝を二つ持って一人だけ先に部屋の外に出ることで、掟破りの罰を発生させていたわけか。
そして、今の言い草からして、どうやらシェイプシフターはあの時の戦いを見ていなかったようだ。そもそも俺の存在自体、ノーマークだったらしいな。で、こっちの中じゃ一番の実力者と判断したヴィエイラに化けたと。
「いいから構えろ、後悔させてやるからよ」
俺がいろいろ考えているのに対し、ヴィエイラは相手の話になどまるで耳を貸さず、斧を振り上げて構える。
「何言ってやがる、後悔するのはそっちだぜ。死ぬのはおまえからってことでいいんだな? ま、バカは死ななきゃ治らねえ、ってよ」
「やめろ、ヴィエイラ! 悔しいがこいつの言う通りだ。ここはなんとか逃げて、対策を練る時間を稼ぐんだ!」
「大丈夫だ、見てろ」
アメリアの悲鳴のような叫び声を、ヴィエイラは静かに押し返す。
そうして、まったく同じ姿、まったく同じ構えの二人が向き合う。
ーー次の瞬間。
常人なら知覚するのも不可能なスピードですれ違った二人は、互いに斧を振り切った姿勢で立ちつくしていた。
そして、全身鎧とその下の黒い肌に赤い線が走り、それは徐々に広がっていく。
「ば、バカな……こっち、は……かん、ぺきに、温存、して、い、た……のに……」
そうして、シェイプシフターの体は斜めに真っ二つになって崩れ落ちた。魔力で構成されるこの魔物の残骸は、ゆっくり光の粒となって消滅していく。
「能力は同じでも、実力が違わあな。ちょっとくらい消耗してたってカンケーねぇよ」
そう言い捨てたヴィエイラは、斧を担ぎ直すと、俺に向き直る。なんだ?
「さあ、ボスは倒したし、こそこそしてた怪しい奴も消えた。これで心配事は全部片付いたよな? あとは聖杯を持って帰るだけってところだが……俺にはまだやり残してることがある」
そして、腰に差していた予備の剣を鞘ごと俺に放り投げると、斧を俺に向けて突き出し、こう言った。
「勝負してくんねえか、ツバサよぉ。俺は、強い奴と戦いにこの塔に来たんだ。が、あのドラゴン以外は大したことなかった。でもアレはお前に取られちまったし、このままじゃ欲求不満なんだ。でもお前なら、満足させてくれるよな?」
ーーこうなったか。あの時、俺の秘密を話した時から、こいつの俺を見る目はおかしくなっていた。それがこういう理由だったというのは、正直、分かっていながらあえて目を背けていたことだ。
理由は、こいつとは戦いたくなかったからだ。ここまでの道中でいい奴だということはよく分かったし、なによりも、はっきり言って勝負の結果は目に見えている。やるまでもないことだ。
だが、こいつは俺がそう考えていることも知った上で、今こうして挑んできた。それだけ強く望んでいるからだろう。
「ーー俺には、どうしても叶えたい夢……いや、俺だけじゃなく、一族の悲願があるんだ。そのためには、お前みたいな奴を乗り越えていかなきゃいけない」
そう言って、ヴィエイラは自らの願望について、ゆっくりと語り出すのだった。
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