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「異世界の楽園」編
4.二か月後
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五色の魔力を得た次の日。俺は島中を飛び回り、魔力のへそから素材を集めてきた。
森の巨木の先端に生えた枝。
山の火口で燃えながら固まった溶岩。
底なし沼の底に埋もれていた太古の骨。
川の流れで延々と磨かれ続けた石。
平野で長年陽の光を浴びた鉱物の欠片。
いずれもたっぷりと魔力を含んでいて、魔宝造りには最高の材料となるそうだ。
集めたモノをビビアナに渡すと、彼女は島の奥にひっそりと立っていた塔に俺を連れて行った。こんなところにこんなモノがあるなんて、これまで気付かなかったぞ。
「ワシがいいと言うまで、中に入ってはいかんぞ」
ビビアナはそう強く命じると、素材を持って一人で塔に篭ってしまった。
それから早うん十日。毎日様子を伺いに行ったが、塔の中からカンカンギンギンと音が響いてくるばかりで、なんの音沙汰もない。
なのでその間、俺は俺で魔術や剣術の鍛錬に明け暮れた。そうしてビビアナの蔵書も読み尽くし、いよいよやることがなくなった頃。
焚き火で夜飯の準備をしていたところに、ようやくビビアナが帰ってきた。
「おお、終わったのか。何が出来たんだ?」
「……うむ」
俺は軽い口調で出迎えたが、暗がりから現れたビビアナの足取りは重く、今にも倒れそうなくらい生気がなかった。
「お、おい! 大丈夫か、しっかりしろ」
そして案の定倒れ込んだ彼女を、慌てて抱きとめる。
「師匠、まさか飲まず食わずで……? 食べる物は毎日置きに行っていたのに……!」
そう呟いた俺の腕の中で、ビビアナはかすかに笑い、懐から五つの指環を取り出した。
「忘れたか……ワシは元々一度死した身。食おうが食うまいが意味はない。ただ……終わりが来たというだけのことじゃ」
「……! 前に言っていた『時間は有限』というのは、このことか……」
見れば、ビビアナの手の先は黒く濁り、もはや体にも力が入らないようだ。
俺は彼女が差し出した指環を受け取り、その手を握る。
「そんな……すまない、こんなことになっているとは……だったら俺のためなんかじゃなく、自分のやりたいことをやらせてあげればよかった……」
そう言った俺に、ビビアナはまた美しい笑顔を見せて、かすかに握り返してくれた。
「何を言う。それこそがこれなのじゃよ。かつて全てを諦めたワシには、もはやこの世に未練などなかった。しかし、お主という可能性を見て、まだこの手でやるべきことがあると知れたのじゃ。お主はワシの希望、ワシの愛しい魂そのものよ」
そうして、五つの指環を俺の左手の指の一本一本にはめてくれる。
「ワシの全力を注いで造り上げたこの指環には、この島を離れようが、それぞれの色の魔力を喚び出せる魔法言語を刻み込んである。これこそ、我が人生をかけて辿り着いた秘術そのものと言えるじゃろう。叶うなら、お主にはこの指環を受け継いでほしい。そしてこれらをよく『見て』『理解』すれば、きっと再現することもできるはずじゃて」
「もちろんだ、ありがたく、受け取るよ」
「そう、か……古来、指環は男から……女に、贈るもの……じゃがな……今回は、特別ぞ」
そう言ってまた笑うビビアナ。しかし、俺は彼女の冗談に上手く笑うことができない。
「さあ、いよいよの、ようじゃ……すまんが、約束通り、ワシの魂を、送り出して、くれんか……万が一アンデッドにでもなったらことじゃでな」
苦しげな息遣いで頼むビビアナに、俺は頷いて、左手の薬指にはめた白い指環の魔法陣を起動させる。
なぜ、こんなに心揺さぶられるのだろう。ビビアナと一緒に過ごしたのは、ほんのわずかな時間にすぎないというのに。
「……いや。違う……ビビアナこそ、俺の魂の支えだったんだ」
彼女がいなければ、俺はこの世界に来た初日に渇きで死んでいた。彼女がいなければ、知識を得ることも青の魔力を得ることもなく、この島から出ていけるようになることもなかった。ビビアナは、俺の命を守り育ててくれた母のような恩人なのだ。
それだけではない。彼女は、俺が現世に出現させた、いわば我が子。そして、人を寄せ付けぬこの島で孤独を分かち合った友でもある。
そんなビビアナもまた、俺を希望と呼んだ。
共有した時間の多寡など関係がないほどに、俺達の運命は深く絡み合っていたのだ。
そんな彼女と、これからの旅を共に乗り越えていくものだと、俺は勝手に思い込んでいた。この世に永遠などないのに、なんて浅はかさだろう。
「君がいなくなるのは寂しいよ」
正直な思いを告げて、また手を握る。ビビアナも三度微笑むが、今度は握り返してくれない。握り返すことができない
失うことを恐れてはいけない。「死は馬鹿でかい何かではない」。地球にいた頃に聞いた、どこかの詩人の言葉だ。意味も知らずになぜか頭の片隅に残り続けたこの言葉が、今は勇気をくれる。
「……最期に、一つ、忠告を。いくらお主に、計り、知れん……才能があるとはいえ、世界は広い。決して、侮るでないぞ……」
「ああ、心に刻んでおくよ」
そうして、ビビアナが見つめ合っていた目を閉じる。
俺は白の魔力を用いて、彼女をこの世に縛り付けていた呪いを解いた。
眩しい光の中、ビビアナの体はどこかへと消え去っていく。
俺はその光景を目に焼き付けながら、ただじっと見送った。
***
失って初めて得られるものは、確かにある。それなら、俺はまたビビアナのような魂の伴侶を得ることができるのだろうか。分からない。
彼女がいなくなった次の日から、俺は島の奥に立つ塔に篭り、ビビアナが残した指環の秘術を解読していった。
それは、この指環についてのみならず、魔宝という五色の魔術の外にある理を学ぶこととなった。
完全に身に付けるにはかなりの時間を要したが、ついに俺は成し遂げた。この島でやることは、もうない。
「さあ、行くか」
いよいよ、今日島を旅立つと決めた。俺の目的はあくまで元の世界に帰ることだが、それまでには何が待っているのだろう。なんであれ、成し遂げよう。ビビアナの魂にかけて。
「飛行術」で浮かび上がった俺は、最後に上空から島を見下ろして、世話になったこの土地に別れを告げようとした。
その時。
プオオォォォンンーーーー
突如、眼下の海が爆発したように盛り上がり、その中から鯨なんて目じゃないほど巨大な魚が現れる。
「うおおぉぉぉ⁉︎」
これほどのサイズの生物がいるなんて……さすがは異世界……
と、驚愕していたのは一瞬のこと。なんたることか、この世界のスケールはこんなものではなかった。
ゴオオオオオオオオオォォォンンンンーーーーーーーー
鰐のような鮫のような姿の怪物が海面から飛び出したかと思いきや、その巨大魚をひと口で呑み込み、海底へと消えていったのだ。
牙の一本でビルほどもあったし、いわんや全長は今までいた島とどっこいどっこいだった。
「……『侮るな』ってのは、こういうことね……」
俺は息を呑みながら、なぜあれほどの力を持つ師匠が、船で海を渡って帰ろうとしなかったかを理解した。
この世界は広い。それは確かだ。それでも、やることは変わらない。やるならやらねば、だ。
空にもあんな怪物がいないとは限らないので、十分気を付けながら行こうと覚悟した俺は、地図で見た大陸のある方角に向かって飛行を始めた。
森の巨木の先端に生えた枝。
山の火口で燃えながら固まった溶岩。
底なし沼の底に埋もれていた太古の骨。
川の流れで延々と磨かれ続けた石。
平野で長年陽の光を浴びた鉱物の欠片。
いずれもたっぷりと魔力を含んでいて、魔宝造りには最高の材料となるそうだ。
集めたモノをビビアナに渡すと、彼女は島の奥にひっそりと立っていた塔に俺を連れて行った。こんなところにこんなモノがあるなんて、これまで気付かなかったぞ。
「ワシがいいと言うまで、中に入ってはいかんぞ」
ビビアナはそう強く命じると、素材を持って一人で塔に篭ってしまった。
それから早うん十日。毎日様子を伺いに行ったが、塔の中からカンカンギンギンと音が響いてくるばかりで、なんの音沙汰もない。
なのでその間、俺は俺で魔術や剣術の鍛錬に明け暮れた。そうしてビビアナの蔵書も読み尽くし、いよいよやることがなくなった頃。
焚き火で夜飯の準備をしていたところに、ようやくビビアナが帰ってきた。
「おお、終わったのか。何が出来たんだ?」
「……うむ」
俺は軽い口調で出迎えたが、暗がりから現れたビビアナの足取りは重く、今にも倒れそうなくらい生気がなかった。
「お、おい! 大丈夫か、しっかりしろ」
そして案の定倒れ込んだ彼女を、慌てて抱きとめる。
「師匠、まさか飲まず食わずで……? 食べる物は毎日置きに行っていたのに……!」
そう呟いた俺の腕の中で、ビビアナはかすかに笑い、懐から五つの指環を取り出した。
「忘れたか……ワシは元々一度死した身。食おうが食うまいが意味はない。ただ……終わりが来たというだけのことじゃ」
「……! 前に言っていた『時間は有限』というのは、このことか……」
見れば、ビビアナの手の先は黒く濁り、もはや体にも力が入らないようだ。
俺は彼女が差し出した指環を受け取り、その手を握る。
「そんな……すまない、こんなことになっているとは……だったら俺のためなんかじゃなく、自分のやりたいことをやらせてあげればよかった……」
そう言った俺に、ビビアナはまた美しい笑顔を見せて、かすかに握り返してくれた。
「何を言う。それこそがこれなのじゃよ。かつて全てを諦めたワシには、もはやこの世に未練などなかった。しかし、お主という可能性を見て、まだこの手でやるべきことがあると知れたのじゃ。お主はワシの希望、ワシの愛しい魂そのものよ」
そうして、五つの指環を俺の左手の指の一本一本にはめてくれる。
「ワシの全力を注いで造り上げたこの指環には、この島を離れようが、それぞれの色の魔力を喚び出せる魔法言語を刻み込んである。これこそ、我が人生をかけて辿り着いた秘術そのものと言えるじゃろう。叶うなら、お主にはこの指環を受け継いでほしい。そしてこれらをよく『見て』『理解』すれば、きっと再現することもできるはずじゃて」
「もちろんだ、ありがたく、受け取るよ」
「そう、か……古来、指環は男から……女に、贈るもの……じゃがな……今回は、特別ぞ」
そう言ってまた笑うビビアナ。しかし、俺は彼女の冗談に上手く笑うことができない。
「さあ、いよいよの、ようじゃ……すまんが、約束通り、ワシの魂を、送り出して、くれんか……万が一アンデッドにでもなったらことじゃでな」
苦しげな息遣いで頼むビビアナに、俺は頷いて、左手の薬指にはめた白い指環の魔法陣を起動させる。
なぜ、こんなに心揺さぶられるのだろう。ビビアナと一緒に過ごしたのは、ほんのわずかな時間にすぎないというのに。
「……いや。違う……ビビアナこそ、俺の魂の支えだったんだ」
彼女がいなければ、俺はこの世界に来た初日に渇きで死んでいた。彼女がいなければ、知識を得ることも青の魔力を得ることもなく、この島から出ていけるようになることもなかった。ビビアナは、俺の命を守り育ててくれた母のような恩人なのだ。
それだけではない。彼女は、俺が現世に出現させた、いわば我が子。そして、人を寄せ付けぬこの島で孤独を分かち合った友でもある。
そんなビビアナもまた、俺を希望と呼んだ。
共有した時間の多寡など関係がないほどに、俺達の運命は深く絡み合っていたのだ。
そんな彼女と、これからの旅を共に乗り越えていくものだと、俺は勝手に思い込んでいた。この世に永遠などないのに、なんて浅はかさだろう。
「君がいなくなるのは寂しいよ」
正直な思いを告げて、また手を握る。ビビアナも三度微笑むが、今度は握り返してくれない。握り返すことができない
失うことを恐れてはいけない。「死は馬鹿でかい何かではない」。地球にいた頃に聞いた、どこかの詩人の言葉だ。意味も知らずになぜか頭の片隅に残り続けたこの言葉が、今は勇気をくれる。
「……最期に、一つ、忠告を。いくらお主に、計り、知れん……才能があるとはいえ、世界は広い。決して、侮るでないぞ……」
「ああ、心に刻んでおくよ」
そうして、ビビアナが見つめ合っていた目を閉じる。
俺は白の魔力を用いて、彼女をこの世に縛り付けていた呪いを解いた。
眩しい光の中、ビビアナの体はどこかへと消え去っていく。
俺はその光景を目に焼き付けながら、ただじっと見送った。
***
失って初めて得られるものは、確かにある。それなら、俺はまたビビアナのような魂の伴侶を得ることができるのだろうか。分からない。
彼女がいなくなった次の日から、俺は島の奥に立つ塔に篭り、ビビアナが残した指環の秘術を解読していった。
それは、この指環についてのみならず、魔宝という五色の魔術の外にある理を学ぶこととなった。
完全に身に付けるにはかなりの時間を要したが、ついに俺は成し遂げた。この島でやることは、もうない。
「さあ、行くか」
いよいよ、今日島を旅立つと決めた。俺の目的はあくまで元の世界に帰ることだが、それまでには何が待っているのだろう。なんであれ、成し遂げよう。ビビアナの魂にかけて。
「飛行術」で浮かび上がった俺は、最後に上空から島を見下ろして、世話になったこの土地に別れを告げようとした。
その時。
プオオォォォンンーーーー
突如、眼下の海が爆発したように盛り上がり、その中から鯨なんて目じゃないほど巨大な魚が現れる。
「うおおぉぉぉ⁉︎」
これほどのサイズの生物がいるなんて……さすがは異世界……
と、驚愕していたのは一瞬のこと。なんたることか、この世界のスケールはこんなものではなかった。
ゴオオオオオオオオオォォォンンンンーーーーーーーー
鰐のような鮫のような姿の怪物が海面から飛び出したかと思いきや、その巨大魚をひと口で呑み込み、海底へと消えていったのだ。
牙の一本でビルほどもあったし、いわんや全長は今までいた島とどっこいどっこいだった。
「……『侮るな』ってのは、こういうことね……」
俺は息を呑みながら、なぜあれほどの力を持つ師匠が、船で海を渡って帰ろうとしなかったかを理解した。
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