上 下
26 / 37
~神聖ザカルデウィス帝国 旅禍篇~

~神聖ザカルデウィス帝国前編~ 邂逅

しおりを挟む
 アルティス・ジ・オード…皇国レミアムの武の象徴の片割れ。その武は地形を軽々しく変化させ、その闘気はあまねく武人の総力を足しても及ばないほど極限にまで練り上げられている。およそ二千年前、タオの国と呼ばれる場所で人類史上初めてとなる武神太極を会得した張本人。タオの国のみならず、世界において最強、天上天下唯我独尊の武力を誇った。武の悟りの一つである銀河烈震を会得し、カミシニの国で弾劾と真戦を会得し、独自の〈全戦域侵攻制圧戦秘術“高原”〉を編み出し、一切の動きに無駄がなく、一撃一撃が全て必殺の威力を誇る。その存在は世界では、武を司る神として伝承され、今に至る。皇国レミアムが復活して、アルティスも全盛期のまま復活し、その伝説は再び動き出した。兄である総帥ゼウレアーも、ラーディアウスも勝てなかったというアルティスの武力は、純然たる人類最強を自負している。このアルティスの名は当然、神聖ザカルデウィス帝国にも知れ渡っていた。ゲンドラシルは、このアルティスと行動を共にしていた。アルティスは自分の闘気を多少なりとも垂れ流していた。アルティスはもともと、幼少の頃から強力な闘気を纏っていた。それが成長するにつれ、強大になっていき、アルティス自身の実力が拡大していくにつれてそれと比例するように闘気が出鱈目な規模で溢れ出すようになり、それを抑えるのが至難の業であった。アルティスの実力が果てしないものだと認識していたゲンドラシルは、いかに自分の相棒であるダーインスレイヴがどれほど強くても、このアルティスと戦えば敗北するであろう事は感じていた。この将軍アルティスは、自分が挑んでいい人間ではない。挑んでいいのは元帥ギルバートの武力でないと無事では済まない。強者の風格は、ゲンドラシルにもあったが、アルティスはそれを簡単に圧倒していた。ゲンドラシルは、ある者の弟子であった。アイゼンも同門で、二人はその師匠の戦闘能力を引き継いでいた。その名は、エミリエル…そう、ゲンドラシルとアイゼンは共にドグマ大陸でエミリエルに師事し、強力な武力を手にしていた。エミリエルの武は、〈全領域征伐戦抜刀術“一重”〉で、二人はそれを継承したのだと言う。そのエミリエルからアルティスの話は聞いていた。アルティス・ジ・オードとは、皇国レミアム最強の将軍であり、人類という区分に置けば、誰もその武に追従する事はできない。その伝説が、今、自分の隣で歩いている…ゲンドラシルは光栄と思っていたが、同時に畏怖していた。無理もない、全ての武人の憧れなのだから。

 ゲンドラシルは、リンドバーグが開店する前に、寄っておきたい場所があると言った。それはゲンドラシルの家であった。ゲンドラシルには妻がおり、娘もいた。人間としての幸せの大半を手にしているのだった。アルティスは家に上がり、その家の広さに驚いた。皇国レミアムの家が小屋に見えるほどである。内部には先端技術がふんだんに使われており、快適であった。ゲンドラシルの妻はラグーナと名乗った。娘の名はベルといった。妻は美しく、娘もそれに似て美しかった。アルティスは羨ましく思えた。自分も家庭を持ちたくなった。一度目の人生では妻はいなかった。なので、二度目の人生くらいは何とか妻くらいは…考えれば考えるほど寂しくなってきたので、アルティスは考えるのを止めた。娘はアルティスを気に入ったらしく、くっついて離れなかった。ゲンドラシルという恐ろしい男が目の前にいるのに、ここまで気に入られて、殺されやしないかと思っていた。ゲンドラシルは、家で時間を潰すと言った。それを了承したアルティスはソファーに座って、コーヒーを飲んでいた。ベルはもう大きく成長していた、今は想う男性もいておかしくないのだが、そういう人間はいなかった。ゲンドラシルという恐怖の父親がいるおかげで、男がまったく寄ってこないのである。ゲンドラシルはそんな娘を心配して、自分の知り合いである若い男を紹介したりもしたが、ベルが懐かない。ベルは、自分の父親よりも実力がある男でないと頼れないと語っていた。そのハードルを越える男などどこにもいないだろうと、アルティスは思った。ベルは一瞬で見抜いていた。アルティスの実力は、父親であるゲンドラシルを超えている。それには間違いはなかったが、それで体を押し付けてくる暴挙には流石のアルティスも困惑していた。確かにベルは美しかったが、アルティスにはそんな気は毛頭なかった。ゲンドラシルはベルに離れるように言ったが、言う事を聞かなかった。アルティスはますます困惑していた。ベルには恋心ではなく、兄のように思っていてもらいたかった。ラグーナは軽食を作っていた。何の変哲もない、普遍的な家族である。アルティスはこの神聖ザカルデウィス帝国にこんな平和が存在している事を再確認していた。何と穏やかな時間であろうか。アルティスとゲンドラシル、ラグーナ、ベルは同じテーブルで食事して、リンドバーグの開店時間までリラックスしていた。

 そして、神聖ザカルデウィス帝国の情勢を改めて詳しく、ゲンドラシルから聞き出そうとした。ゲンドラシルは淡々と語った。神聖ザカルデウィス帝国には正規軍があり、それを統率するのがドラゴンナイトである。ドラゴンナイトとは指揮官としても機能し、戦艦と魔導巨神の運用はドラゴンロードに任されている。ドラゴンロードとは五大竜騎士団の団長の事で、総勢で五人の将軍で構成されている。まずは青竜騎士団、団長はザーバッハ・ミシェル・アイゼン。相棒は聖竜王ズフタフ。そして赤竜騎士団、団長はゲンドラシル・ジェノーバ。相棒は灼竜王ダーインスレイヴ。更に黄竜騎士団、団長はエアラルテ・ミッテ・フェノッサ。相棒は煌竜王アスカロン。もう一人がラーディアウスの妹、暴竜騎士団、団長はソーン・ロックハンス。相棒は朧竜王カッツヴァルゲル。最後に五大竜騎士団最強と称される黒竜騎士団、団長はカオウス・オデュッセス・オーファン。相棒は邪竜王グラム。この五人の将軍が陣頭指揮を執っている。それぞれ艦隊を指揮している。それだけでなく、この神聖ザカルデウィス帝国のインフラ整備も一手に引き受けているのだという。それを総括するのが、元帥である。ギルバート・ネロス・ヴォルコフ、その相棒が応竜王エクスマギアクレア。この応竜王とは、覇界の大帝である。そして、初代ドラゴンロードと言われている。元帥とはそれの上をいく存在としてドラゴンマスターという称号が与えられている。ドラゴンロードという称号をわざと分け与えられており、その源である大帝エクスマギアクレアとは、覇界において数億年はその座に就いている。初代ドラゴンロード…そう、応竜王とは、七英雄なのである。それを相棒としている元帥の艦隊は圧倒的で、他のどの騎士団が束になっても簡単にあしらう程度の力は保有しているらしい。聞けば聞くほど皇国レミアムと全面戦争などしたらいけない気がしてきた。アルティスはそのドラゴンマスターに興味が湧いてきた。その元帥がどれだけの腕を以て統率しているのかが気になった。なので、ゲンドラシルに聞いてみた。その元帥ギルバートとコンタクトが取れるタイミングはいつかと。だが、その元帥ギルバートはあまり表に出てこない。国の運営に注力しているので、どこで外に出てくるのかは分からないらしい。

 光都エリュシオンの中心にある巨大な城、エクスカリバーン城は、そのまま戦艦として機能する。その戦艦は史上最大の旗艦型であり、皇帝、絶対神フェイトレイドの座乗艦になるらしく、インペリウス大陸が何かがあった場合の国民の箱舟になる。その全長、約二万メートル。攻撃力は制圧侵攻に特化させており、強大である。主砲の一撃だけでも星に大きなダメージを与えるほどで、ダーインスレイヴの巨躯でさえもかなり小さく映るらしい。それが逆に防衛的な役割を果たしつつ、切り札でもある。そのエクスカリバーンの起動キーを握っているのも元帥ギルバートである。権力が元帥に集中しているのは分かるが、それだって人間である。総帥ゼウレアーのようなデスルーラーという特殊な人外とは違う、かなり無理しているのではないか。確かに、皇国レミアムにも権力闘争はある。しかし、総帥ゼウレアーは外聞を気にしている上に、方々にも出向いて忙しく動く。国民にもその絶大なカリスマ性で人気が極めて高い。それは、総帥ゼウレアーが人間とは違うからできる事であった。だが元帥ギルバートは確かに人間である。相棒の、覇界の大帝エクスマギアクレアが助言しているからなのだろうか。暴君とも言われているが、その国民からの人気はかなり高い。それもカリスマ性という言葉で片付けられるのだろう。アルティスは、この神聖ザカルデウィス帝国とは帝政を敷いているのに、不思議な国だと思った。国民のためにそこまでしているのに、どうして暴虐とも言える政治をするのであろう。皇帝フェイトレイドと元帥ギルバートはそこまで強い繋がりはないのではないか。そもそも皇帝フェイトレイドとは一体どういう存在なのであろうか。皇帝の意向が機能していないのではないか。アルティスはそれが疑問だったので、訊いてみた。その返答は、とてもではないが、返答とは言えるようなものではなかった。皇帝、絶対神フェイトレイドとは、この世、このコル・カロリにおける楔のような存在なのだ。その姿は確かに神だった、人間が知覚できるものではないほどの存在で、この世、森羅万象を創造し、新たな宇宙を創り上げるべく古い宇宙を破壊し、生み出し、滅ぼす事を自在に行うもの。それはすなわちシステムであり、神聖ザカルデウィス帝国のエクスカリバーン城の玉座に縛られる事で、この世のサイクルを管理している。言わば楔なのだ。ゲンドラシルはこう伝えるしかなかった。そうこう話しているうちに、リンドバーグの開店時間がやってきた。二人は外へ出かけた。


「ゲンドラシル、皇帝は楔と言ったが、まるでそのシステムとやらが理解できない。お前は理解しているのか?」

「いや、俺もそこまで詳しく知っているわけではない。しかし、必ずその玉座には存在しているのだ。それは感じている。だが、俺は玉座の間に行った事がない。行けるのは元帥だけだ。皇帝陛下の姿を見ているのは元帥ギルバートのみ。俺は行ってない。ただ分かるのは、このコル・カロリの世界を創造したのは間違いなく皇帝陛下だ。この神聖ザカルデウィス帝国の神話に登場する最強の破壊神の名がフェイトレイドという。それはあまねく世界を破壊し、あまねく世界を創造し、そしてこのコル・カロリに住まい、人間や魔族、竜を創造し、そして腰を落ち着かせた……と書いてある」

「そうか……神聖暦という暦は、このザカルデウィス帝国によるものだとは知っていたが、そういう神話があるとは知らなかった。そうか、皇帝フェイトレイドとはそういう存在だったのか。だとしたら、それだけの力がありながら、何故、表に出てこない?」

「表に出てこれないのだ……と元帥は言っていた。力は、そうだな……まだまだ解明されていない事の方が多い」

「不可思議な事があるんだな。それも自分の皇帝陛下の実態が分からないとはな、何だか笑ってしまうが……俺はやたらと前線に出てこようとする帝王しか知らないからな。少し違和感だ、皇国レミアムが珍しいだけか?」

「それはそうかも知れないな。まったく、面白い国だな。皇国レミアムは王が先頭を切るのか。なら、国民は迷わずに済むかも知れないな。だからこそ、アイゼンの侵攻を止める事ができたのだろう。この神聖ザカルデウィス帝国の一つの騎士団の総力は大国三つと呼ばれるほど強力だ。それを撤退させる……あの戦艦もあったのだろうが、きっと準備ができていたのか」

「そうだ。ドグマ大陸では未来の予見が正確だから、それに向けて準備を整える力がある。それに向けて幾度となく軍議を繰り返し、情報を刷新しながら、軍略を立案する」

「この神聖ザカルデウィス帝国の軍略は、侵略に特化している。空を奪い、地を踏み鳴らし、挟み撃ちにする事で敵を絶望の淵に叩き込む。良くない軍略に思うが、今のところこういう戦争しかしていない。国民はドラゴンナイトや俺たち将軍を英雄と呼んで送り出す。だが、やはり戦争は間違っている。ドグマ大陸を更地にする事なんて、俺にはできない。分かるだろう?」

「お前は本当に普通の感覚を持った人間なんだな、何だか安心するよ」

「着いたぞ。リンドバーグだ、開店直後から大盛況だな。やはり看板娘のミリアリアを見にやってくるんだろうな、男たちの下心が見え見えだ」

「なるほどな。あのベルもラグーナもそうだったが、美しい人間が多いと見る。まぁ、皇国レミアムも負けてないがな」


 アルティスはサリエッタに会いたくなった。サリエッタはアルティスにとって特別な女性であった。だが、肝心のサリエッタに告白も済んでいないので、現状空回りしていた。しかし、それはサリエッタにとっても同じであった。サリエッタはアルティスの事を特別な人間として見ていた。お互いが言い出せずにいて、アルティスはゼイフォゾンと旅をしてしまったので、歯がゆかった。そんな事を思っていたが、早速仕事である。店主のリンドバーグから情報を得ないといけない。ゲンドラシルは酒を頼んで、アルティスは早速、リンドバーグに金を払って情報を聞き出そうとした。あくまでも、客として接するように心掛けていたリンドバーグだったが、アルティスの姿を見ると、その只者ではない雰囲気に気圧されて、報酬通りの情報量を提供した。ソーン・ロックハンスの事である。彼女は今、神聖ザカルデウィス帝国の道路のインフラ整備に着手しているところで、仕事に追われているらしい。しかし、将軍アイゼンの謹慎が今週中には終わるので、用を済ませるなら早めにしておいた方がいいと語ってくれた。将軍ゲンドラシルも今日は忙しかった。もう少しで将軍同士の軍議が始まる。しかし、砂漠に居を構えるカオウスと謹慎中のアイゼンは抜きで、小規模の軍議を始めるという。軍議の内容は、この神聖ザカルデウィス帝国に旅禍として来た一振りの剣と皇国レミアム将軍アルティスの処遇である。その軍議には元帥ギルバートも参加するらしく、きっと重要なものになるだろうから、覚悟した方がいいとリンドバーグは語った。ゲンドラシルはいつの間にか酒を飲みほして出ていった。アルティスは今後、どう行動しようかを自分自身と検討した。リンドバーグからは情報は仕入れた。あとはゼイフォゾンの帰還を待つばかりである。とにかく、アルティスはミカエラに戻った。そして、今後の行動をどうしたらいいのかを、皇国レミアムに相談した。ミカエラのみならず、旗艦型の戦艦には遠隔で通信できる機能が備わっている。ミカエラはそれを自動の錬金術で可能としているため、皇国レミアムの宝具で通信が取れた。アルティスの連絡に応じたのは、総帥ゼウレアーであった。ゼウレアーは、現状をアルティスから聞き取ると、ある事を指示した。その元帥ギルバートと何としても接触し、可能であれば、神聖ザカルデウィス帝国の軍に一時的に属せよ…という内容であった。ゼイフォゾンとアルティスならば、神聖ザカルデウィス帝国でも重要な役割を任されるかも知れない。そうなれば、今後の行動に支障なく、内側まで垣間見れるかも知れない。アルティスはこれを了承すると、早速ミカエラの動力炉を稼働させ、結界を張った。原理の力による結界は物理的な干渉も例外なく遮断するので、乗り込んでくる者はいなかった。

 アルティスは不安を抱えていた。自分とコンタクトを取ったゲンドラシルの処遇である。もしかしたら、叱責されているのではないか。そうなったら、ゲンドラシルの立場が危うくなる。元帥ギルバートが聞いた通りの男なら危険である。場合によっては処刑される。そういう危険を冒してまで、自分たちに良くしてくれた。だが、早めにソーン・ロックハンスにも会っておかなければいけない。今後の計画に必ず必要になる。ゼイフォゾンの旅のお供という名目だが、アルティスは自分の見識を拡大させるべく、動いていた。将軍としてだけではなく、人間としてゼイフォゾンの相棒となっていた。神聖ザカルデウィス帝国の格納庫は暗かったが、ミカエラの艦内は明るかった。そしてアルティスは空いた時間を利用して、技の研鑽をしていた。ゼイフォゾンはしばらく戻ってこないだろう。ゲンドラシルも軍議だ。勝手にベルとラグーナの家に上がり込んで待つのも気が引けた。というより、ベルのアプローチがすごかったので、アルティスは間違えそうな気分になるのを必死に抑える時間はきっと何らかの煩悩なのだと考えるようになった。そう言えば、通信でラーディアウスも参加したが、妹のソーン・ロックハンスは、ロックハンスの一族のなかでも常識人だと言っていた。基本的に、神聖ザカルデウィス帝国の人間は穏やかな人間が多いのかも知れなかった。特異なのは元帥ギルバートと将軍アイゼンくらいであろうか。光都エリュシオンは平和そのものであったし、普通に生活している人間で溢れていた。戦争とは程遠い、鎖国しているのに閉塞感はなく、強力な竜も性格は穏やかに思えた。騎士団によっては性格も色も違うのだろう。青竜騎士団は気が荒く、侵略行為を楽しんでいるように思えた。率いている者によって、一人一人の性格も違い、それが顕著に表れている証なのかも知れない。それはそれで良かった。きっとゼイフォゾンが向っている砂漠の支配者、カオウスも穏やかな性格なのかも知れない。とにかく、自分はゲンドラシルとはある一定の友情を確立できたから、次はソーン・ロックハンスである。

 元帥ギルバートは、アルティス・ジ・オードの名を聞いてある事を考えた。それが本物のアルティス・ジ・オードならば、自分と互角以上に渡り合える存在だ。是非とも手合わせして、できれば殺してしまいたい。それは、元帥ギルバートのわがままであった。軍議でゲンドラシルの話を聞いて、興味をそそられた。元帥ギルバートはゲンドラシルの行動を咎める事はなかった。ソーンは自分からアルティスに会いに行く事を決めていた。世界最強、武の頂点を極めるアルティス・ジ・オードに。運命の歯車は刻一刻と動き出していた。ゼイフォゾンは砂漠にある古城に辿り着いたばかりであった。そのもう漠とした場所は、世界の終わりを示すかのような景色であった。そこに黒竜騎士団の団長、五大竜騎士団最強の男カオウスがいる。太陽はゼイフォゾンを捉えた。ゼイフォゾンはその陽の光の束を掴み、相棒のアルティスの成功を祈った。
しおりを挟む

処理中です...