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~神聖ザカルデウィス帝国 旅禍篇~

~神聖ザカルデウィス帝国前編~ 鬼神

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 皇国レミアムは、建国から二千年の時を経て、そして突如として国と領土もろとも消え去り、更に二千年後、復活したのだ。それは皇国レミアム初代帝王ゴーデリウス一世が窮極神術を発動させたからに他ならない。国と領土を魔界と冥界の狭間に転移させ、二千年の時を過ごした。その間にも営みは行われ、いつでも復活させても良かったのだが、帝王ゴーデリウス一世が一振りの剣、ゼイフォゾンの降臨を予見した時が契機となり、ようやく地上に転移。その際に、建国当初に存在した将軍格は歴代最強の顔ぶれだったので、その際に生きてきた各将軍を全盛期のままの絢爛豪華な復活を目指した。それは転移の際の時空の衝撃により、皇国レミアムは建国当初の栄華をそのままに伝説の将軍たちも復活し帝王ゴーデリウス一世が考えるよりも大きな戦力を獲得した状態で地上に突如として現れた。その時にいたのが、皇国レミアム将軍アルティス。このアルティスという男は、今は亡き国、タオの国で武器術と武術を学んだ男である。〈武神太極〉という武の極致、これを人類で初めて極めた男がアルティスである。そして武の神域であり悟りである、〈銀河烈震〉にまで達していた。そして独自の流派を作り、カミシニの国にも渡り、剣術を学んだ。その剣術の極致である〈弾劾と真戦〉を修得。更に日々の研鑽により、その時代、無窮の鬼神と称されたアルティスは、武の道において最強、頂点を極める男となっていた。その名は時代の流れにより武を司る神と呼ばれるようになり、武に生きる道を選んだ者は毎回、このアルティス・ジ・オードの名を聞く事になる。だが、その伝説の物語は過小評価でしかない。皇国レミアム復活の際に行われた御前試合で兄であるゼウレアーと決闘し、それに勝利して純然たる人類最強の称号を渡され、ラーディアウスと決闘するとそれにも勝利し、アルティスの武芸はいよいよ誰にも追従できないほどになっていた。ゼイフォゾンは最強の相棒を得た事になるのだが、それ以上にアルティスは生粋の兵法家であった。それのみならず、優秀な錬金術師としても活躍していた。それよりも特徴的なのが、アルティスは人間関係を構築するのが上手だった。そういう男だったので、ゲンドラシルは裏表のない表情を見せるアルティスを信頼していた。そのアルティスの得物である剛覇方天画戟はただの得物ではなかった。その風貌はまるでタオの国の伝承に伝わる神ホウセンによく似ていた。

 アルティスは己の〈全戦域侵攻制圧戦秘術“高原”〉に対して絶対の自信があった。全ての動きが攻防一体、神速の体技と一撃必殺の剛撃が一体となっている。それは完成し尽くされた型から先を行くための研鑽と綿密で緻密に練られた究極の一撃必殺への飽くなき探求心が織りなす奇跡とも言うべき武なのだ。これを止める者など、この世には存在しなかった。例え、神聖ザカルデウィス帝国の将軍であっても。ゲンドラシルは、このアルティス・ジ・オードという者の力量を計り間違えていたのかも知れない。強過ぎるという宿命を背負った男の往く先は、誰にも分からなかった。だが、アルティスはただアルティスであった。変わらず、明るく、活発な性格のアルティスは自分の武に驕る事はなかった。ただ、アルティスはこう思っていた。自分を超えるような武芸者は今の時代にはいないのかと。そのアルティスに興味を持ったのが、元帥ギルバートである。ドラゴンマスターという立場の人間は、五大竜騎士団が束になっても勝利できないほどの武力を持たなければいけない。元帥ギルバートとは、亡国となったタオの国の書物を多数所有していた。それらは全てアルティスが記した書物なのだが。元帥ギルバートも同じく、インペリウス大陸では敗北を知らなかったので、それを味わわせてくれるのではないか。アルティス・ジ・オード本人なら、可能ではないか。そう考えていた。それは、覇界の大帝エクスマギアクレアには伝わっておらず、元帥ギルバートは竜の力を借りずにアルティスと戦いたがっていた。その試合は、アルティスが神聖ザカルデウィス帝国の人間として認められるための試験と言うべき試合であった。グランダールの平原で、二人は戦う事になっていた。ゲンドラシルが見守る中、アルティスと元帥ギルバートが対峙する。アルティスと元帥ギルバートを見下ろすのはダイレーデンの山脈である。インペリウス大陸は広大過ぎるほど巨大な大陸なので、どういった規模の戦闘になっても関係なかった。

 元帥ギルバートが自分の闘気を開放した。その闘気は流石と言ったところか。グランダールの平原を包む空間そのものが揺れていた。だが、アルティスは己の闘気を隠したままであった。何もせず、ただ元帥ギルバートが攻めに来るのを待っていた。それだけで充分であった。アルティスは遊び半分で元帥ギルバートを相手にするようである。だから、闘気は隠しているままであった。まずは元帥ギルバートがどれほどの力量があるかを測る必要があった。その前に自分が倒してしまったなら、元帥ギルバートの実力はその程度であっただけの事。アルティスの中では何も矛盾していなかった。だが、元帥ギルバートは憤りを隠さなかった。完全に甘く見られている。


「皇国レミアムの将軍ともあろう者が、ここにきて油断か。俺はお前を迷いなく殺すぞ、そうでなければ気が済まない。この神聖ザカルデウィス帝国で俺に興味を持たれた事に後悔するがいい」

「俺に傷のひとつでも与えてくれたら力を出してやってもいいぜ。それが出来るのならな。それにその程度の闘気じゃ俺を止める事はできない」

「この程度の闘気だと?俺はタオの国の武神太極に足を踏み入れているのだぞ。お前が本当にアルティス・ジ・オードなら、その力は理解しているだろう。それだけじゃない、お前ならその力の本質が、一番分かっていると思うのだが……」

「武神太極はお前が極められるほど甘い領域じゃない。本物を見た事がないんだろうが、いいさ。俺が本当の武の神域を見せてやる。お前では俺には勝てないという真実だけが残る。どれ、軽く遊んでやろう」

「その余裕は今にも、見るも無惨に砕け散る。覚悟するんだな!」

「ならお前は、本当の武神太極の境地をこれから見る事になるだろう。俺はここの将軍よりも手荒いぞ」


 武神太極…それはタオの国の拳法と武器術の神髄を極めるとまれに目覚める事がある境地。相手の気配、殺意、実力を正確に把握し、無意識に実力差を相手の深層心理に強迫観念として送り込み戦意を喪失させる。相手と実力が同等ならば、相手の力量と行動を無意識に読み、先に無想の一撃を放ってこれを沈黙させる…それが可能なのは現代では元帥ギルバートのみと考えられていた。しかし、皇国レミアムの復活により、アルティスの存在が明るみになった事により、それが崩れた。人類史上初めての武神太極を修得したのはギルバートではなく、アルティスであったと分かった事で、武に生きる者は震撼した。アルティスの実力はこの世のどの武芸者をも遥かに超越していた。ギルバートも薄々気付いていた。このアルティスという男の実力は、自分がどうあがいても届かない領域にいるのではないか。だが、今更退く事はできなかった。今、このアルティスを超えなければ武において最強の存在であった自分の自負が崩れる。それだけは許せなかった。今更復活して、骨董品のような武を扱う、武を司る神と称される男に負けるわけにはいかない。それは神聖ザカルデウィス帝国の元帥としての誇りが、ドラゴンマスターであるという誇りが許せなかった。皇国レミアムなど簡単に滅ぼせるのだ、その将軍など簡単に倒せなければ、五大竜騎士団の将軍に合わせる顔がない。ギルバートは自身の闘気を限界まで練り上げた。その闘気はまさしく総帥ゼウレアーにも引けを取らないものがあったが、アルティスには関係なかったようだ。アルティスは闘気を軽く練り上げ、爆発させた。その規模はギルバートのそれを遥かに上回り、アルティスの周囲の地面が消し飛び、アルティスの足場だけが残り、その周囲はクレーターのようになっていた。この実力差はあまりにも惨いものだった。ゲンドラシルはこの戦いを止めようとしたが、お互いの闘気に隙がなく、入っていけるものではなかった。このままではギルバートがなぶり殺しにあってしまう。だが、そのゲンドラシルの様子を見たアルティスはゆっくりと頷いた。この戦いは一瞬では決まらない、多分、多少の応酬はあるだろう。

 先に動いたのはギルバートであった。その攻撃は無駄が一切ない素晴らしいものだったが、アルティスはそれを先読みして避けた。というより、ギルバートの動きはアルティスにとっては手に取るように分かるものであった。アルティスはギルバートの動きを見ているのではなく、筋力の収縮と骨から骨へと伝わる神経伝達を見透かして先読みしているのであった。見えている世界がまるで違う、ギルバートとアルティスの見ている世界は共通するものではなかった。ギルバートよりも遥か先、上の上をいくアルティスの武はまるで弱いものを虐げているようなもので相違なかった。ギルバートの連撃は止まる事を知らなかった。その武力は確かに五大竜騎士団を凌ぐ、圧倒的なものであった。だが、それがまるで通用しない。ことごとく躱されていく攻撃、その際に生まれるわずかな隙があったが、それをあえて突かなかった。文字通り、アルティスは遊んでいた。最強最大の神聖ザカルデウィス帝国の元帥が、皇国レミアムの武の象徴に弄ばれてしまう現実、これは国民に伝えると後々いけない事になってしまうだろうとゲンドラシルは考えた。そして、唐突にその応酬に終わりが来た。アルティスがギルバートに蹴りを入れたのである。腹部に直撃したのでダメージは大きかった。アルティスは自分の得物をギルバートに向けた。


「これでお前は二度死んだ事になるな」

「俺の武を、ここまでコケにされたのは初めてだ……」

「お前程度の奴、タオの国にはゴロゴロいたぞ」

「武神太極を修得した存在が、お前の他にいたというのか!?」

「武神太極そのものを修得するのは難しい事じゃない。そもそも武神太極は境地とも言うが、一つの技だ。しかしこれは極めるのが難しい。単に武神太極を修得しただけで、使いこなす事ができない奴はいくらでもいた。使いこなす人間は俺の他に少数いたが。だが俺は武神太極をことごとく極めてしまった。タオの国で敵がいなくなった俺はカミシニの国に渡って、弾劾と真戦を修得し、それを使いこなすまでになった。そして俺の独自の流派の高原で三位一体。そして武の世界で誰も足を踏み入れてなかった悟り、銀河烈震を会得した。お前ごとき、俺の敵じゃない」

「貴様……」

「この戦いの事は誰にも伝わる事はないだろう。帰れ、俺はアルティス・ジ・オード……敗北はあり得ない」


 最強の武人、アルティス・ジ・オードに敗北はあり得ない…それは当たり前だった。銀河烈震を会得した時点で、誰にもアルティスを止める事はできない。何故なら銀河烈震を会得した者はこの地上でアルティスのみであった。ギルバートは武神太極を使うだけの武人、現代では確かに武神太極を会得したのはギルバートだけなのかも知れないが、それだけである。アルティスには遠く及ばないのだ。この戦いはゲンドラシルが知るのみの真実となった。ゲンドラシルはまるで夢を見ているのかと思うようになっていた。無窮の鬼神アルティスの武を目の前にして、ギルバートでさえも話にならなかった。アルティスの武を見られるだけでも貴重なのに、この戦力差である。例え竜が襲い掛かっても問題にはならないであろう。国としての破壊力は確かに神聖ザカルデウィス帝国の全て勝っているのかも知れないが、個人の実力としては皇国レミアムのほうが勝っているのだろう。数千年前の伝説の人間が全て復活しているのならば、尚更である。ゲンドラシルは、皇国レミアムをまともに敵に回すと、インペリウス大陸の本土決戦ともなれば勝ち目はないのではないか。神聖ザカルデウィス帝国の五大竜騎士団では止められない。それだけでなく、一振りの剣であるゼイフォゾンとミカエラまで駆使されたら、もしかしたらエクスカリバーン城を繰り出す事にもなりかねない。国がいくつあっても足りないのではないか。五大竜騎士団の将軍は個人の戦力も凄まじいものがあるが、竜の力に依存しているところが多々ある。ゲンドラシルは自分の力がどれだけ矮小なのかを痛感していた。しかし、アルティスはそれを見ても驕り高ぶる事はなかった。それを見たゲンドラシルは、皇国レミアムの将軍の誇り高さを学んだ気がした。物事の全てを終わりなく探究し、極めてもなお求道する姿は、各国も見習わなければ未来はない。神聖ザカルデウィス帝国も、今のままではなく、そういうところを改革せねばなるまい。そう考えた。

 試合が終わってから、神聖ザカルデウィス帝国はそんな戦いがあった事を忘れているように思えた。国民の誰しもが、そんな話は知らないようであった。皇国レミアムならば物語として広められるものを、神聖ザカルデウィス帝国は隠蔽していた。元帥の権勢に関わる話はしなかった。というよりも都合の悪い話はしないようにしていた。アルティスはそんな事を気にしている余裕はなかったが、とにかくソーン・ロックハンスに接触できるように予定を詰めていた。彼女に会わなければ、話が一向に進まない。ゲンドラシルは自分の味方につけた。それなりに絆は深められたと思って差し支えない。ソーン・ロックハンスがどんな性格の女性なのかは分からないが、多分、普通に歓迎されるとは思っていない。もしかしたらまた戦いを行わなければいけないのかも知れない。そうなったら面倒ではある。というより、ゼイフォゾンが仕事を終わらして帰ってきてしまう。あまりもたもたしてるとそういう予定が崩れる可能性がある。急いでいるわけではないが、だが確実にやることは済ませておいたほうがいい。アルティスは、ゲンドラシルをミカエラに招待してラウンジでくつろぎながら会議していた。ソーン・ロックハンスは仕事する時は仕事しているが、神出鬼没なところがあり、つかまりづらい。それを先回りする事はできないかとアルティスは考えていた。ゲンドラシルはそのソーンは今、インフラ整備のために忙しくインペリウス大陸を飛び回っているらしく、小型の戦艦を使用しているという事を話した。ミカエラで追いかけていくのは目立ち過ぎるので、こちらも小型の戦艦を使用する必要がある。それならば話は早い、その通りに動こう。情報が入ってきた。ソーンは今、クセルクセスの砂漠の城下町にいるらしい。間違いない、ゼイフォゾンが向かった場所である。それならばうまくいけば合流する事もできるかもかも知れない。そうなれば、神聖ザカルデウィス帝国での行動は楽になるであろう。


「クセルクセスの砂漠の城下町ってことは、黒竜騎士団の団長が支配している区域だろう。ゲンドラシル、なんでその黒竜騎士団の団長はひとりだけ砂漠なんだ?」

「そこに存在しているだけで死をばら撒くからだ。本人にはそのつもりがなくても、カオウスの相棒の竜王グラムはそういう力がある。その瘴気に触れると、それだけで周囲の物質がゴミになってしまう。そんな存在を本国、いや光都エリュシオンに置くわけにはいかないんだ。そして、そのカオウスは不死身なんだ。死ぬ事はない、何があってもだ」

「死ぬ事がない将軍と、絶対の死を与える竜王の組み合わせか。敵に回すと厄介だろうな……とにかく、ゼイフォゾンがうまくやってくれていると助かるんだけどな。カオウスという人間は話が分かるのか?それとも極端に気難しいのか?」

「あの男は気難しいんじゃない、とにかく理想主義な部分がある。だが徹底した現実主義者でもある、諦めと怒りの相反する気持ちを原動力にしている人間だと思ってくれていい。もしかしたら、ゼイフォゾンとうまくやるかも知れないな。俺としては、あのふたりは少し似ていると思う」

「似ているか……そうかもな。俺はそこを心配しているわけじゃない。ゼイフォゾンがカオウスにより近づく度に危険に遭わないか心配なんだ。それだけじゃない、クセルクセスの砂漠というのはきっと治安が悪いんだろう。それを統治しているのがいくら名君でも悪の温床は減っていないようにも思える。確かにゼイフォゾンは聡明で抜け目ないが、どうにもな。心配でならない」

「ゼイフォゾンの事、お前は随分好いているのだな」

「ゼイフォゾンはコル・カロリの世界における救世主だ。それは間違いないと思う、そういった宿命を背負っている。皇国レミアム、ドグマ大陸でもそれを示した。ゼイフォゾンの旅は、この世界を確実に変えうるものがある。それを支えるのが、友である俺の役割だ。それに疑問を持った事はない。だからよ、俺はゼイフォゾンの旅を己の武で支える。不敗の力を持っている俺が、隣で支えてやるんだよ。あいつさ、親友を亡くしたばっかりだから」

「親友を?まさか、アイゼンが殺害したドグマ大陸の将軍というのは……」

「ゼイフォゾンの親友、ガトラン・ベネトナーシュだ。ゲイオス王国の将軍だった」

「強かったのか?」

「強い、その将軍アイゼンが竜王に乗っていなかったら、死ぬのはその将軍アイゼンだっただろう。ゲイオス王国が建国して以来の天才だったよ。神聖ザカルデウィス帝国に洗脳されて反乱した事もあったが、それ以外は容赦のない部分もあったが優しい将軍だった。俺は友にとって大切な存在が消えた事に対して大きく怒りを覚えている。それもゼイフォゾンの心はズタズタだ。許せないね」

「その武に似合わぬ、その優しさ……見習いたいものだな」


 アルティスの武は誰かを守り抜きたいからそこまで極めたのではない。ましてや破壊の限りを尽くしたいから極めたわけでもない。誰にも文句を言われないように、甘い態度を取られないように、自分が最強の存在である事で誰もが自分に対して文句が言えなくなる状況を作り出したかった。それは確かにそうなったが皇国レミアムの将軍になった時に、国民の人気を集める兄、ゼウレアーを見て自分もそうなってみたいと思ったのも事実である。力のみを求めてきた自分も、兄のように人望を集め、国民のための将軍になってみたいと思った。無窮の鬼神と呼ばれ、恐怖を与えてきた自分も優しい人間になれたならと。それは確かに叶っていた。だが、今やコル・カロリの救世主と呼ばれるようになったゼイフォゾンやその親友のガトランのように、伝説的な人気を得るまでにはなっていなかった。いつも兄であるゼウレアーの影に隠れていた。それが苦しいのではない。少し、寂しかっただけである。

 アルティスは、ゼイフォゾンとの旅で何か得るものがあると考えた。それは少しの希望だった。自分の武が奇跡を起こす時を信じて。
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