君のこと

シグレ

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第1章 コミュニケーションとはかくあるべしっ!

出会い

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それは全くの偶然だった。


その日の学校からの帰り道。たまたま母親にちょっとした買い物を頼まれて、たまたまいつもは通らない道を近道にと選んだだめに、同じ町内ながらに今まで行ったことの無い公園に行き着いた。


そこは周辺部の大部分を木に囲まれてしまっているために危険度が高いとされ、小中学生の子供は寄りつかない、どちらかといえば人気の少ないと聞く公園だった。

鬱蒼と茂る木々のためか、公園内からは外の様子が見えないというほどではないが、やはり見えづらいし、外からもそうなのだろう。
どことなく不気味な雰囲気がしないでもない。


そんな公園でも、ここを突っ切ると大きな通りに出ておそらく近道になるはずだと僕は思ったのだ。


何事もなく通過できていれば実際そうなっていた。
僕は下校途中の買い物を完遂しながら、いつも通りの時間に帰宅するという業を成し遂げていたはずなのだ。
 
そうならなかったのは、あの全くといっていいほど偶然で、面倒くさくて、今となっては少しだけ愛おしいと思える、彼女とのあの出会いに僕の帰宅を阻害されたからに他ならない





偶然なのだ、すべてが偶然。


その日、彼女がそこにいたのも、


俺が公園に入ったとき、彼女が鉄棒に紐をくくりつけて首に引っ掛けたまま、今まさに自殺をしようとしている人のような格好でいたのも全くの偶然だったのだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


場を沈黙が支配していた。


僕は買い物したモノが入ってるスーパーの袋を右手にぶら下げ、左手には学生鞄をもって立ち尽くしていたし、首に紐をくくりつけている彼女は、怒ったような少し笑っているような顔でこちらを見ていた。


まだ少し肌寒い4月の風が二人の沈黙を掠め取っていくかのように公園を通り過ぎって行った。
先に動いたのは僕だった。


少し衝撃的な場面に遭遇してしまったけど、「あれ」は僕が触れなければ、僕の近道予定に干渉してくるようなモノでもないだろう。

触らぬ神に祟りなしというではないか。

どんな事情があったのかは知らないし知りたくもないが、「あれ」に関わってしまったら絶対に面倒なことになるとわかっているのだ。勘とかではなく頭で考えれば。

僕は何か言おうとしているように見える彼女が喋る前にここからとんずらをここうと、彼女を横目に素通りして公園から出ようとした。

「ちょっと!」

ビクッと身体が硬直する。

コッチが触れないようにしてやったのに、なぜあっちから来る。
とても不本意だが声を掛けられたからには無視というわけにもいかない。

ゆっくり後ろを振り向く。

すると彼女は首に紐をくくりつけたまま腰に手を当てて堂々と立っていた。

「何でなにもいわないの。」

「......何か言って欲しかったのか?」

「え、いや、あなた私なにしようとしてるように見える?」

「万が一間違えてたら悪いけど、自殺をしようとしているように見えるよ。」

むしろそれ以外の何にも見えない。
それ以外の目的で鉄棒と首を紐でつないでる人がいたらただの変人だ。

「そう、私は自殺をしようとしてるの!」

「やっぱりそうか、邪魔してすまなかったな。
俺は早いとこ去るから、その後でゆっくり続きをしてくれ。」

そういってくるりと方向転換し、公園の出口へ向かう。

「ち、ちょっと、ちょっと!   ちょっと待ってよ!」

「....なんだよ」

僕は心底ウンザリした気持ちで振り返った。

「私自殺しようとしてるんだよ?」 

「みたいだな」

「止めないの?」

「....え、止めて欲しいの?」

「...,。」
「....。」

再び場に沈黙が舞い降りてしまう。
こいつはさっきから何を言っているんだ?

死にたいから今まさに自殺をしようとしてるんじゃないのか?
僕は自殺をしようとしたことがないけれど、死ぬ前に誰かの制止を受けなければならないという作法のようなモノがあるのだろうか。あるはずない。

どうやら彼女は自殺しようとしているのに、僕に自殺を止めて欲しいらしい。
彼女のその心中は全くわからないけれど、とりあえず今の僕の心中は謎の足止めを食らっている怒りが8割と、この状況に対する好奇心が2割くらいを占めていた。

「......で、結局なんなの。 君は俺にどうして欲しいの。」

「.......。」

だんまりか。
でもなんとなくわかった。

「俺が代わりに言ってやろうか。  お前、ホントは死ぬつもりなんてこれっぽっちもないんだろ? それで誰かにそれを止めて欲しいだけ。
お前の中では誰かに止めてもらうというところまででワンセットなんだ。」

「.....別に、死ぬつもりが、ないわけじゃない。」

「ならなんで公園なんかで死のうとする。 確かにここは比較的人は通らないけれど、ゼロなわけじゃない。
ホントに死にたいなら山の中とか自分の部屋とか誰にも止められない場所でやるよ。」

彼女は何も言わない。
ただ顔を歪ませてこちらを見ている。

もう、少しだけ日は傾いていて太陽はオレンジ色になりかけている。
彼女の影が僕に重なった。

太陽を背に背負っているためか少し顔が暗くなっている。


今彼女はどんな顔をしているのだろうか。
悔しさを浮かべているのだろうか、恥ずかしさを表情ににじまけているのだろうか。

どちらにせよ僕にはもう関係のないことだ。

三度目の正直と、方向を転換して出口に向かおうとすると、すすり泣くような声が聞こえてきた。

なにか後ろで最悪のことが起こっているような気がして、振り返ると、案の定彼女は泣いていた。
顔はよく見えないが、腕で目の辺りを覆っているし、なにより泣き声上げてるし。

女の子を流せた時点で男側の敗北は決定しているのだ。
ついさっきまで彼女と何の関わりもなかった僕も、今では彼女を泣かせだ加害者的人間に早変わりだ。

なんと恐ろしいことだ。

彼女はしばらくしゃくりあげていて、僕は帰ることも出来ず、どうしたらいいのかもわからなかったのでただ立ち尽くすことしかできなかった。 

家族以外の人間とのコミュニケーションを日常最小限に抑えていると、いざというときに頭が回らないという弊害が起きる。
誰かを気遣う言葉なんて日々の中で使わないから、こういうときに出てこない。

しばらくして、落ち着いてきたのか彼女はゆっくりと話し出した。

「死のうって思ってたのはホントなの。それは嘘じゃないよ。  ただやっぱり怖いんだ。この時点でもうそれは本気じゃないって言われるかもしれないけど。死にたいって思う一方、死ぬことの恐怖がどうしても振り払えなくてね。   だから人が来にくいけど来ないわけでもないようなところをわざわざ選んで、さ。
人が来ないうちに早く!っていう気持ちと誰か来てくれないかなっていう気持ちとが戦ってる内に君が来たんだよ。」

彼女はゆっくりと、でもはっきりしっかりと話してくれた。
死の恐怖で自殺を止めるのはおかしいことじゃない。
死のことが怖くなかったら、僕はとっくに自殺してる。
だって生きてる理由は特にないから。
しいて言えば死にたくないから生きているのだ。

「で、君が来て、そしたらやっぱり、私まだ死にたくはないかもなあって思った。 なんとなくね。」

そう言って彼女は笑った、ような気がした。

「そうか、じゃあ俺は今日一人の命を救ったわけか。」

「そうだよっ!  君は私の命を救ったんです!
言うなれば命の恩人。」  

言いながら、彼女は紐を何かナイフのようなもので切り、首から解いて、僕の元に小走りで寄ってきた。

「だからね、一度でも死のうと思ったこの命を君にしばらく預けようと思うの。」

そう言った彼女は笑顔で、

「もし私が本気で死のうと思う気持ちが出来たら、その時はこの場所で君に見ててもらいながら死のうと思う。
で、もし私が本気で生きようって思えたら、そのときは君から私の命を返してもらうことにするよ。」

そして彼女はうはははっと笑った。




その時僕が何も言えなかったのは、


そのお願いというか、一方的な頼み事のあんまりな身勝手さに呆れたからではなく。

初めてはっきりと見えた彼女の顔が、僕が今までに見た女の子とはくらべものにならないほど綺麗だったからでもなくて。


ただただ、赤い夕焼けのせいだった。
































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