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マシレに、番になることを断られた。
リュカの精一杯の勇気は、水泡に帰してしまった。
(マシレ様……やっぱり僕のことなんて、眼中にないんだ)
それが悲しいのを認めざるを得ないくらいに、マシレへの想いは強くなっている。
また失恋したのだ。
ここに居なければならないのに、マシレの側で呼吸をするのが辛い。庭でシクラメンの花摘みをするホホラの様子を、廊下の窓から眺めて嘆息する。
ここに来たのはマシレに守ってもらうためだったはずなのに、今や、そんなことはもうどうでもいいから、側に置いてこちらを見て欲しいと思う。袖にされたばかりなのに、そんなことを考える自分が愚かで悔しくなる。
マシレはもうすぐ実験は成功すると太鼓判を捺した。だからきっと、もうすぐリュカは出て行かなければならない。
一人で生きていくよりも、マシレが居ない場所で生きることの方が、厳しい道のような気がした。気を抜けばきっと王子に捕まり、ひどい目に遭わされるに決まっているのに、もはやそれではリュカの心は動かないような。マシレの隣に居られないことこそが、リュカをきっと破滅させるのだ。
(マシレ様……)
溜息を重ねた瞬間だった。
ぞわり、寒気がした。
どこかから見られているような、そんな気配を感じる。
「誰かいるのか」
壁を背にして廊下に放った声は、反響して消えた。だが、視線は止むことがない。
反射的に、マシレの許に逃げ込むことを思いつく。今追い出されたばかりの実験室に向かおうとすると。
「リュカ、探したぞ」
嫌な、嫌でたまらないのに、狂おしい心地をもたらす声がした。
身を竦ませ振り返ると、そこに、他ならぬダイセル王子が、狩り用の軽装でこちらを睨んでいる姿があった。
「ひ──」
狩りの対象は、リュカ自身だ。
混乱と恐怖。それに急き立てられ、リュカは走り逃げ出す。実験室へと疾走する。そこしか安全な場所が思い浮かばない。
リュカが扉を開ける前に、向こうから開いた。これまで見たことのないくらいのしかめっ面のマシレが、低い声を出す。
「リュカ、この不法侵入者は誰だ」
「ダイセル第一王子殿下です! 何故ここが……使者は追い返したのに」
震撼するリュカに、王子は鼻で笑ってみせた。
「貴様の居場所くらい知っていたわ。臣下の目は騙せても、俺の目は誤魔化せん。運命の番だからな」
不敵に笑い胸を張った彼が怖い。運命が、怖い。どうしてこんなにも巡り会ってしまうのか。
「……ダイセル様が絶対ここだって言って聞かないから、ぼくが頑張って連れてきてやっただけじゃないですか。偉そうに」
「シズ! 少々黙っていろ」
その言葉に、王子の隣に、杖を持ち長いローブを着た銀髪の少年が立っているのに気付く。出で立ちからして王宮付きの魔術師だろう。マシレと同じように、転位魔法を二人分使える、実力者だ。この口の利き様からして、王子自身より彼の方を注意した方がいいかもしれない。実際、ちらりと盗み見たマシレは、王子は目に入れずにシズばかりに意識を向けている。
「リュカ。俺の居ないヒートは苦しかったろう。だがそれは、俺の厚意を無碍にした罰だ。今戻るなら許してやるから、早く王宮へ来い」
「そんなことはさせぬ。大体にして、王侯であっても民の所有地への不法侵入などこの国では許されておらぬ。憲兵を呼ばれたくなければお引き取り願う」
マシレが淡々と反論すると、王子はたじろいだ。王権よりも法の優先される国で、無茶をしている自覚はあるのだろう。
「そうですよね。すいません、うちの王子が。ほら、帰りますよ王子」
「シズ! せっかくここまできたのに接吻の一つもせずに帰れるか」
「そうですか。じゃあリュカ妃殿下、さっさとこの色惚けにキスを」
シズに背中を押された王子を、何とか躱す。緑の目が見開かれる。驚いたように。
自分でも、彼を驚かせて拒むことができるのかもしれない。そう思うと、鼓舞されるような気持ちになった。
「……僕は、妃殿下ではありません。婚約は交わしていないはずです。ダイセル王子殿下にはもう二度とふれたくありません」
そうして、マシレの後ろにそっと隠れた。
王子から目を背けるのは、身を切るように痛む。素直に涙を落としていた王子の傷ついた顔が、心身を軋ませる。だが、この痛みはリュカの心そのものではない。運命に負けたくない。
「リュカ、何故そこまで俺を嫌うのだ……俺の運命の相手はお前だけなのに」
「そりゃね、一目惚れだからって強姦した挙げ句取り巻きに食わせてやるような相手、信用ならないでしょ。ぼくだって拒みますよ、ぼくはアルファだけど」
「シズ! 貴様、俺の味方なのか敵なのかどっちだ!」
「忠臣の振りして出世を狙う魔術師です」
「どちらでもよい。出て行ってもらおう」
マシレの手に魔力が集まるのを感じる。シズが杖を前に翳すが、その拮抗はあまり長くは続かなかった。マシレの魔力が王子とシズを包んだのだ。
「うわ。マシレ殿強ーい。ぼくやられちゃう」
「何とかしろ、シズ!」
「無理でーす。もう持ちません」
その声に悔しげに歯噛みして、王子は吠えた。
「くそ! 俺は諦めない! また来るからな!」
そうして二人は消え去った。突風でも吹き抜けていったかのような時間だった。
「……マシレ様、申し訳ありません。僕の所為でお騒がせしてしまって」
「構わん。それにしても、あれが次の王か? この国の未来は暗いな」
「そう、ですね」
王子を評するその言い方があまりに呆れ果てたものだったので、可笑しくなってリュカも笑った。呆れられるような相手が怖く、また狂おしくて仕方がない自分が情けないが、笑い飛ばしてしまいたい気分だ。二人、ひとしきり笑ったが、不意にマシレは真顔になった。
「だがあのシズという魔術師は、かなりできる。私の魔法の柵を破って入ってくるとは。強化はしておくが、また来るかもしれぬ。城内とはいえ気をつけろ」
「……はい」
リュカの精一杯の勇気は、水泡に帰してしまった。
(マシレ様……やっぱり僕のことなんて、眼中にないんだ)
それが悲しいのを認めざるを得ないくらいに、マシレへの想いは強くなっている。
また失恋したのだ。
ここに居なければならないのに、マシレの側で呼吸をするのが辛い。庭でシクラメンの花摘みをするホホラの様子を、廊下の窓から眺めて嘆息する。
ここに来たのはマシレに守ってもらうためだったはずなのに、今や、そんなことはもうどうでもいいから、側に置いてこちらを見て欲しいと思う。袖にされたばかりなのに、そんなことを考える自分が愚かで悔しくなる。
マシレはもうすぐ実験は成功すると太鼓判を捺した。だからきっと、もうすぐリュカは出て行かなければならない。
一人で生きていくよりも、マシレが居ない場所で生きることの方が、厳しい道のような気がした。気を抜けばきっと王子に捕まり、ひどい目に遭わされるに決まっているのに、もはやそれではリュカの心は動かないような。マシレの隣に居られないことこそが、リュカをきっと破滅させるのだ。
(マシレ様……)
溜息を重ねた瞬間だった。
ぞわり、寒気がした。
どこかから見られているような、そんな気配を感じる。
「誰かいるのか」
壁を背にして廊下に放った声は、反響して消えた。だが、視線は止むことがない。
反射的に、マシレの許に逃げ込むことを思いつく。今追い出されたばかりの実験室に向かおうとすると。
「リュカ、探したぞ」
嫌な、嫌でたまらないのに、狂おしい心地をもたらす声がした。
身を竦ませ振り返ると、そこに、他ならぬダイセル王子が、狩り用の軽装でこちらを睨んでいる姿があった。
「ひ──」
狩りの対象は、リュカ自身だ。
混乱と恐怖。それに急き立てられ、リュカは走り逃げ出す。実験室へと疾走する。そこしか安全な場所が思い浮かばない。
リュカが扉を開ける前に、向こうから開いた。これまで見たことのないくらいのしかめっ面のマシレが、低い声を出す。
「リュカ、この不法侵入者は誰だ」
「ダイセル第一王子殿下です! 何故ここが……使者は追い返したのに」
震撼するリュカに、王子は鼻で笑ってみせた。
「貴様の居場所くらい知っていたわ。臣下の目は騙せても、俺の目は誤魔化せん。運命の番だからな」
不敵に笑い胸を張った彼が怖い。運命が、怖い。どうしてこんなにも巡り会ってしまうのか。
「……ダイセル様が絶対ここだって言って聞かないから、ぼくが頑張って連れてきてやっただけじゃないですか。偉そうに」
「シズ! 少々黙っていろ」
その言葉に、王子の隣に、杖を持ち長いローブを着た銀髪の少年が立っているのに気付く。出で立ちからして王宮付きの魔術師だろう。マシレと同じように、転位魔法を二人分使える、実力者だ。この口の利き様からして、王子自身より彼の方を注意した方がいいかもしれない。実際、ちらりと盗み見たマシレは、王子は目に入れずにシズばかりに意識を向けている。
「リュカ。俺の居ないヒートは苦しかったろう。だがそれは、俺の厚意を無碍にした罰だ。今戻るなら許してやるから、早く王宮へ来い」
「そんなことはさせぬ。大体にして、王侯であっても民の所有地への不法侵入などこの国では許されておらぬ。憲兵を呼ばれたくなければお引き取り願う」
マシレが淡々と反論すると、王子はたじろいだ。王権よりも法の優先される国で、無茶をしている自覚はあるのだろう。
「そうですよね。すいません、うちの王子が。ほら、帰りますよ王子」
「シズ! せっかくここまできたのに接吻の一つもせずに帰れるか」
「そうですか。じゃあリュカ妃殿下、さっさとこの色惚けにキスを」
シズに背中を押された王子を、何とか躱す。緑の目が見開かれる。驚いたように。
自分でも、彼を驚かせて拒むことができるのかもしれない。そう思うと、鼓舞されるような気持ちになった。
「……僕は、妃殿下ではありません。婚約は交わしていないはずです。ダイセル王子殿下にはもう二度とふれたくありません」
そうして、マシレの後ろにそっと隠れた。
王子から目を背けるのは、身を切るように痛む。素直に涙を落としていた王子の傷ついた顔が、心身を軋ませる。だが、この痛みはリュカの心そのものではない。運命に負けたくない。
「リュカ、何故そこまで俺を嫌うのだ……俺の運命の相手はお前だけなのに」
「そりゃね、一目惚れだからって強姦した挙げ句取り巻きに食わせてやるような相手、信用ならないでしょ。ぼくだって拒みますよ、ぼくはアルファだけど」
「シズ! 貴様、俺の味方なのか敵なのかどっちだ!」
「忠臣の振りして出世を狙う魔術師です」
「どちらでもよい。出て行ってもらおう」
マシレの手に魔力が集まるのを感じる。シズが杖を前に翳すが、その拮抗はあまり長くは続かなかった。マシレの魔力が王子とシズを包んだのだ。
「うわ。マシレ殿強ーい。ぼくやられちゃう」
「何とかしろ、シズ!」
「無理でーす。もう持ちません」
その声に悔しげに歯噛みして、王子は吠えた。
「くそ! 俺は諦めない! また来るからな!」
そうして二人は消え去った。突風でも吹き抜けていったかのような時間だった。
「……マシレ様、申し訳ありません。僕の所為でお騒がせしてしまって」
「構わん。それにしても、あれが次の王か? この国の未来は暗いな」
「そう、ですね」
王子を評するその言い方があまりに呆れ果てたものだったので、可笑しくなってリュカも笑った。呆れられるような相手が怖く、また狂おしくて仕方がない自分が情けないが、笑い飛ばしてしまいたい気分だ。二人、ひとしきり笑ったが、不意にマシレは真顔になった。
「だがあのシズという魔術師は、かなりできる。私の魔法の柵を破って入ってくるとは。強化はしておくが、また来るかもしれぬ。城内とはいえ気をつけろ」
「……はい」
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