【完結】運命じゃない香りの、恋

麻田夏与/Kayo Asada

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6 ※成人向け

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 ヒヤシンスやエリカの花の時季になった。
 寒い中、ファーコートを着てリュカがホホラと花摘みをしている。
 マシレは実験室の窓から、その姿を微笑ましく見つめる。だが、和んでしまっている自分に気付き、慌てて自分の心を叱咤した。悠長にしていられないのだ、マシレは。
 リュカのヒートが近いのに、依頼の香水はまだできていない。それどころか、リュカのフェロモンと馴染み、効果を強化するような試作品ばかりができてしまう。自分の作ったその香水の効果に時々惑わされそうになっているマシレである。
 フェロモンを打ち消すのに、新たな香水を作るというアプローチ自体が間違っているのだろうか。だが、オメガが自衛するにはその方法しかないと思う。手軽に身に纏える、ヒート自体を邪魔しないもの。

(何かキィはあるはずだ。リュカを守らなければ)

 思考に没頭する。これまでの試作品を見直そうとした、そのとき。

「マシレ様、花を摘んできました」

 リュカの声が、背後からした。
 実験室にリュカが居ることさえ気付いていなかったから、驚いて、手にしていたガラス瓶を取り落としてしまった。彼の香りを強化する成分の、それを。

「あ」

 リュカがそれを嗅いだ瞬間、彼の頬が赤くなり、そしてフェロモンが一気に放出された。かつて体験した、発情の香りの渦。

(──しまった)

 試作品の香りで、ヒートが誘発されたのかもしれない。必死にリュカから、彼のフェロモンと自分の作った香水から遠ざかろうと思うのに、足が動かない。リュカから視線を離せない。

「マシレ様」

 その声で呼ばないでくれと思う。そんな、物欲しそうに見られたら、身体が昂ぶってしまう。
 潤んだ目のリュカが側にやってくる。息を呑む。汗が額を伝っているのが分かる。耳許に、切なげな吐息。耐えられない。

「マシレ様、僕を抱いてください」

 駄目だと頭の中では警鐘が鳴っているのに。胸がぐつぐつと煮えて仕方ない。
 リュカが欲しい。
 強請られたらもう、奪うまで。

「リュカ」

 腕の中に彼を抱き、寝室へと急ぐ。ほんの少しの距離がもどかしいほどだ。
 辿り着いたベッドに、彼を横たえようとしたら、シーツの上の違和感に気付く。

「私の服……?」

 洗濯を頼んでいたはずの昨日の服が、何故だかベッドの上にあった。それだけではない、しまっておいたはずの外套も置かれていて、こんな場所にどうして、と首を捻る。そのとき、腕に抱いたリュカが、頬を真っ赤に染めて「まずい、忘れてた」と小声で悲鳴を上げた。

「そなたがこれを?」
「あの、これは、その……巣作りという本能で……ヒートの前はアルファの香りが欲しくなるので、その」
「ああ、そういうものだったか」

 文献で読んだときはもう少し何か書かれていた気がするが、もう頭が回らない。シーツにリュカを横たえ、貪ることしか考えられないのだ。

「リュカ」

 コートも、チュニックもベストも。そうして下衣の半ズボンも長靴下も、全て脱がしてしまう。リュカの小さな身体は真っ白で、淡く輝くようですらあった。なんて美しく、そそる生き物だろう。羞恥を帯びて顔を背けるのすらいじらしい。
 そしてその中心で既に蜜で濡れている、桃色のリュカ自身。同性の身体に性的興奮を覚えたことなどないのに、ひどく心惹かれた。あれを、食べて、みたい。
 ごくりと唾を呑み込み、そっと、閉じた脚を割り開かせる。あらわになったのは、欲望する二つの性器だ。
 はしたなくぴくぴくと震える彼の棘と、よだれを垂らしてマシレを待つ、赤い、奥まった秘所。

「……見事だな」

 これほど淫らなものなど、見たことがない。いつか夢想した彼よりも、ずっと蠱惑的で、きれいだ。

「マシレ、様……そんなに見られたら、恥ずかしい、です」
「そうなのか? こんなに欲しそうにしているが」
「……マシレ様が、欲しいのです。僕、もう……」

 そうして切なげにこちらに腕を伸ばしてくるので、思わず指と指を絡めた。

「離したくない、ないな」
「え?」
「ずっと、この手を離したくない」

 指を繋いだまま、リュカ自身に舌を這わす。えもいわれぬ香りがする。男性らしい香りはせず、フェロモンそのものをしずくとしたような、馥郁たる花蜜だ。ずっと舐めていたくなる。

「やぁ……っ、マシレ、さま、そんなところ……」
「嫌か?」
「……もっと、して、ください」

 はあはあと吐息を荒げ、ぎゅっと指先を握る彼が、可愛くて可愛くてどうしようもない。胸を掻きむしっても飽き足りないくらいに、苦しい気持ちがあふれてくる。早く、これを全て自分のものに、したい。誰にも見せずに自分の下だけで喘がせて嬲りたい。あの王子は馬鹿だ。こんな宝物を、自らの行いの所為で逃したのだから。

「リュカ、リュカ……」

 もう涙をこぼしそうな紫の目、上気した頬が愛らしい。どんどん高まっていくように欲望を固くするリュカを、舐めて、含んで、啜って。

「ああっ……!」

 そうして果てた彼の、欲望の白蜜を味わい、喉の奥へ落とす。甘いのはきっと、彼がひとの姿を借りた花だからだと、らしくもない妄想が湧く。そして、それを手折るのは、いつも自分でありたいと。

(……何を考えている、私は)

 リュカには好きな男がいるのに。
 そう思うと、この行為がひどく穢らわしく思えた。己の欲深さが怖くなる。今の状況は単に、マシレがアルファだからだ。ヒートを静められる存在だから、マシレを必要としてくれているだけなのに。

(駄目だ、考えるな、そんなこと)

 誰にもリュカを渡したくないなんて。
 だって、リュカの全てがマシレの心を捉えて放さないのだ。絶頂の余韻に浸る蕩けた顔も、芍薬のようにほころび色付いてきた肌も。マシレを欲情させるためにそうなっているのだとしか、思えなかった。

(リュカ、私を見て、くれないか)

 そうして、マシレだけに笑って、マシレだけをその心に入れて欲しい。
 この凶暴な気持ちの正体が分からない。こんな状況になって、初めて気が付いた自分の欲望が、恐ろしくなる。
 だって、マシレの雄はもうはちきれそうに膨らんでいる。リュカの中に入りたい。リュカの中で吐き出したい。それしか考えられないのだ。

(これではあの王子と同じではないか)

 リュカを悲しませるだけの存在に、成り下がりたくはないのに。

「マシレさま、のも、もう苦しい、でしょう。僕の中に、ください」

 誘うリュカの、その妖艶さ。舌っ足らずなのも、脚をますます広げてみせるのも、理性を崩壊させる。だが、崩れてゆく心の中で、一つだけ、願いがあった。リュカにひどいことだけは、したくないと。

「私は、その……こういったことを、誰ともしたことがない。そなたを傷つけてしまうかもしれぬ」
「マシレさま……どうして、あなたはそう、やさしいのです」

 リュカの目から、涙がこぼれる。可愛いリュカが、もっと可愛らしくなる。しずくを拭ってやりたいけれど、手は離したくなかったから、唇を寄せて吸い取った。

「リュカ、何故泣いている」
「……それは、僕が、あなたを」

 そこで言葉が途切れた。ますます涙をあふれさせるから、マシレはどうしたらいいか分からない。

「リュカ、そなた……」
「……マシレさま、僕が、あなたを欲しがっているのです。マシレさまは、そのままで。僕にさせてください」

 リュカの右手が離れる。そうしてマシレの長衣の下を乱した。膨張した欲がリュカの目に晒されている。リュカの愛らしいものと違って、醜い欲情だけでできているそれを、清廉で美しいリュカが跨いだ。リュカの手にふれられているだけで、気持ちが好いなんて。
 そっと腰を落とすリュカのじっとり濡れすぼった蕾に先端がこすれたとき、リュカの身体が震えた。そうして、少し青ざめている。
 怖いのだろうと、予想が立つ。この行為は、かつてリュカをぼろぼろに傷つけたものと同じだ。それを求めてしまう身体に生まれついた彼が、哀れになる。

「怖いなら、止めてよいのだぞ。そなたが怖がることを、私はしない」
「……ひどい、ひとですね、あなたは。でも僕はあなたのそんなところが……」

 物憂げに寄せられた眉。だが何か決意したようにその瞳が定まり、リュカは腰をそっと落とした。

「……っ! あぁ……ん」

 熱い、柔らかな粘膜に包まれるのは、神経を焼き切るような衝動と、甘酸っぱさを産んだ。
 地獄にも天国にも似ている、この中は。
 マシレをひどく苛み、歓喜に湧かせ、そうして剥き出しになった己の醜悪さに、気付かせる場所だ。
 リュカが好きなのだと、彼の中に入ってようやく悟る。マシレに注がれている視線も、マシレの所為で泣き歪んでいる顔も、マシレを受け入れぐちゅぐちゅと鳴る繋がった場所も。好きで、好きで。

「すまない。すまないリュカ、私は」

 それ以上は言えなかった。これをきっと横恋慕と言うのだ。今、リュカと一つになれているからといって、リュカは、マシレのものではない。
 ──だから。──なのに。
 一生懸命マシレ自身を受け入れて、甘い息を吐く彼を、シーツに押し倒した。右手を繋ぎ直して、抱え込むようにリュカを穿つ。

「マ、シレ、さま……っ」
 この男が。この存在が、愛おしくてならない。
 今だけ。今だけの関係ならば、リュカの全部を今、この目に焼き付けたかった。

「リュカ」

 ぽってりと火照った唇に、キスを。ふれるだけじゃ、足りない。舌をなぞり、絡ませて、唾液を注ぎ込む。交わっていると、そう実感する。
 腰をリュカに打ち付けて。ぐちょぐちょと鳴る水音は、リュカの所為なのか、マシレの所為なのか、もう分からない。気持ちが好い、欲しい、離したくない。もっと、ずっと、こうしていたい。

「リュカ」

 きっと今、自分は情けない顔をしていると思う。彼を恋う気持ちに支配されて、それが叶わないのが悲しくて、なのに身体は快楽に流されて、めちゃくちゃだ。

「ましれさま──」
 呼ばれた声が、何だかとても、切羽詰まって聞こえて、リュカの顔をまじまじと見る。すると。

「僕を、あなたの、番にして」

 腕がマシレの首に回って。ぎゅっと抱かれる。強い、決意の籠もった力にはっとする。だが。

「リュカ……すまない」

 愛しているから。それだけはできなかった。しあわせになって、欲しいから。
 本当は歯を立ててしまいたい白いうなじに、そっとキスをした。
 そうして、奥の奥へと彼を貫く。

「あ、やぁ……っ! それ、だめ」

 愛らしく跳ねる身体を、そっと抱き寄せて、リュカの反応した奥を、また抉る。その度中がきゅう、と締まって、どんどん耐えられなくなってゆく。

「おねが、い、僕を」

 孕ませて、と、唇だけが動くのを、見なかった振りをした。

「やん、あ、ぁあ……─っ!!」

 ぎゅ、と窄まり、うごめく内側に堪えきれずに、マシレはリュカの腹の上を、白濁で汚した。その光景が淫猥で、力が抜けていくようなのに。だというのに。
 まだ足りないと、心が急く。
 ふるふると震えるリュカを腕の中に抱き込み、膝の上に載せた。顔を上げさせて、キスをする。そうしてまた彼の中に入り込むまでに、時間は掛からなかった。
 この夢のようなときが、いつまでも終わらなければいいのに。

     *

 抱き潰して、眠ってしまったリュカの寝顔が愛おしい。
 だが、マシレはリュカを抱いたことを、後悔していた。
 調香師どころか、男の風上にも置けない。仕事を放り出して、一夜の愉しみに耽るなど。リュカを守るどころか、己のいいように扱ってしまった。恥ずべきことだ。
 だが、皮肉なことに、この経験からマシレは気付いてしまった。オメガのフェロモンを抑える方法に。
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